第8話 さらばネギの世界(レシピ付き)

 俺とブリは、また一分をかけてネギ部屋へと戻ってきた。


「おお! 勇者様がご帰還なさったぞ!」


 ドアを開けた瞬間、わらわらと俺達の元へと寄ってくるネギ達。

 あっという間に、俺とブリはネギ達に取り囲まれてしまった。

 その群集の中からゆっくりとした足取りで、長老が俺達の方へ向かってくる。


「して、首尾の方は?」

「ちゃんと直し方は聞いてきたよ……」


 本当に叩くだけで直るのか確証が持てなかったので、俺の声は自然と自信のないものになってしまっていた。しかしネギ達は俺の口調など気にすることなく、口々にやった! と歓喜の声を上げ始める。


「で、では早速お願い致します、勇者様!」


 ネギ達は、俺をすぐさまあの機械の前へと誘導する。

 もう好きにしてくれ……。

 俺はネギ達に流されるまま、機械の前に立った。そして生姜族に教えてもらった通り、バシン! と一発機械に対して気合いを入れる。

 と次の瞬間、ブッという低い音がモニターから聞こえた。

 そちらに目をやると、モニターの中央に白い文字で『正常化しました』というメッセージが表示されていた。途端にネギ部屋は大きな歓声で包まれる。

 本当に直りやがった……。

 いや、嬉しいけど、嬉しいんだけれども! やはり何か釈然としないというか……。

 いや、もう目的は達成したんだ。今は未来に目を向けよう。ということでさっさと帰ろう。


「さあ、機械は直ったよ。俺を元の世界に戻してくれ」

「かしこまりました。そういうお約束でしたしな。どうぞ着いて来てくだされ」


 俺は、ブリよりも遅い速度で歩く長老の後に着いて行く。そして行き着いたのは、モニター部屋の横にたくさん並んである扉の内の一つだった。

 長老は枯れた先端を扉にちょいちょい、と触れさせつつ、おもむろに口を開いた。


「ここの扉をくぐると、勇者様の世界へ帰ることができます」

「え、ええええええっ!?」


 何だそれ! こんな所に帰る手段があったの!? 灯台下暗しってレベルじゃないよ!? っていうかわざわざ魔方陣で喚びだされたのに、帰る手段はお手軽すぎるだろ!?

 何なのこの異世界。もう色々とツッコミどころありすぎだよ!

 でも……でも、ツッコんだら負けな気がするのはなぜだろう……。

 いや、もう考えるな俺。今から帰るんだ。帰ったら思う存分ツッコんでやるんだ……。

 俺は心の中で固くそう決心すると、ネギ達の方へ振り返る。


「みんな、元気でな」


 俺の別れの挨拶に、次々と俺に駆け寄ってくるネギ達。


「勇者。それで、その……」


 何だか照れた様子のブリに、俺はようやくあることを思い出す。そういえばまだ、告白の返事をしていなかった……。


「……ごめん。やっぱり俺とお前とでは、住む世界がちがうから、その――」

「みなまで言わなくていい。俺も本当はわかっていた……」


 ブリは先端を折り曲げると、抑揚のない声で呟いた。

 うわぁ。いくらネギ相手とはいえ、やはりフッてしまうのはちょっと心が痛いぞ……。

 ブリはしばらく項垂うなだれていたが、いきなり先端を勢い良く伸ばすと、今度はやけに明るい声で俺に告げる。


「勇者。いつかオレを食べてくれ!」


 それは空元気ということが容易にわかるものだったが、俺はあえて気付かない振りをしながらブリに答えた。


「うん。帰ったらいっぱいネギを食べるよ」

「勇者様! わ、私も是非!」

「あらぁ。私が最初に食べてもらうんだからぁ」

「あ、あぁ……」


 口々に俺に食べてくれと懇願する女性ネギ達。君たちもいたのね……。

 俺の後ろにたくさん並んでいる、絡んだことのないネギ達からも同様のラブコールが俺に飛んでくる。

 結局、俺のどこがそんなに良かったのかわからず終いだったな……。

 いや、今さら聞く気にもならないから、もうどうでもいいけど。


 俺は見送るネギ達に軽く手を上げた後、扉をゆっくりと押し開く。その瞬間、視界いっぱいに光が広がった。







 再び目を開くと、そこは近所のスーパーの入り口だった。

 良かった。本当に良かった。帰ってこれたんだ……。

 って今何時だ!?

 俺は慌てて鞄からスマホを取り出し、画面を確認する。

 時刻は14:16、そして日付は昨日――。正確には、俺がネギ達にび出された日を表示していた。

 よくわかんないけど、喚ばれたあの日に戻ってきたらしい。それとも今までの出来事は、俺の脳が見せたリアルな白昼夢だったのか?

 とにかく、明日の大学の講義はちゃんと出られるってことだ。助かった……。

 安堵の息を一つ吐いた後、俺はスーパーの中へ入りカゴを手にする。

 さぁ、夕食の材料の買出しの続きだ。

 入り口のすぐ前に広がる野菜コーナーが何だかいつもと違って見えて、くすぐったい気持ちになる。

 ……カレーはまた今度にするか。俺の体験は夢だったのかもしれないけれど、せっかくあのネギの世界から帰ってきたんだしな。

 そう考えた俺はネギに手を伸ばし――――――かけて、その隣に置いてあったニラをカゴの中に入れた。


 悪いなネギ達よ。俺、実は暗殺ニラを見た時から、ニラ玉スープが食べたいとずっと思っていたんだ……。

 俺は心の中でネギ達に懺悔しつつ、卵コーナーへと向かうのだった。




   END




【ニラ玉スープ】


材料: ・ニラ 1/2束   ・卵  1個

    ・鶏がらスープの素  小さじ2

    ・醤油  小さじ1  ・塩  小さじ1/3

    ・水  600CC  ・砂糖  少々

    ・こしょう  少々  ・ごま油  小さじ1


1.水を沸騰させ、鶏がらスープの素を入れる。

  ざく切りにしたニラを入れ、弱火で2~3分煮る。


2.醤油、塩、砂糖、こしょうを加える。

  溶き卵を回し入れ、ごま油を加える。


3.できあがり。お好みで白ごまを入れてもおいしいよ。

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ネギトリップ! 福山陽士 @piyorin92

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