ユーチューバーだけど異世界行ってみた

本陣忠人

ユーチューバーだけど異世界行ってみた

 数秒の間。微かに混じるノイズ。

 物語のカチンコである開幕の火蓋を切るのは俺の声。


「はいっ! ってことで皆さん、ポテポテっと、やってきました。初見の方ははじめまして、常連の方はおかえりなさい! どうも、MATSURIマツリ☆男爵でっす!」


 俺は持ち込んだハンディタイプのビデオカメラに向かって


お決まりになった寒い挨拶を人造の笑顔で投げ掛ける。

 こちらを向いた小型のモニターに映るのは新進気鋭の人気ユーチューバーである二十代男性。


 旧態依然とした一般論に支配された現代社会では確実に忌避の目で見られる奇抜な髪色に負けない程度には整った造作――つまりは演者たる俺の顔が大きく映っている。


 なんもかんもが仮初でデタラメ。


「さて、今回はですね…なんと! 遂に、遂にぃっ!! なんと、マジで異世界に来ちゃった訳なんでね、うん。ゆるっと観光なんかしようかなっと思ってますね、はい!」


 手軽な割に画質の良いコスパ最高のハンディカメラでぐるっと周囲を周回しながら俺は宣言する。

 自身が訪れた光景と状況を説明するためにめるようにカメラを回して、レンズを向ける。


「ってことで、マジで来ちゃいましたよ異世界! まさか月より先に異世界に来るとは…いやあ、なにこれ? 分かります? うわあ、ナメック星みたいな景色で笑えるね、ほんと!」


 親近感を演出するためにファストブランドに身を包んだ俺。

 稼ぎ相応の成り金ファッションをしないことが人気の秘訣だと思う。視聴者の大半は労働者階級であるし、そんな彼達の底にある嫉妬混じりの要らぬ反感は買わないに限るから。


「って、感想だけ言われても意味分かんないですよね。さーせん」


 カメラをこちらに向け直して軽く頭を下げる。

 余談を含んだ体感だが、軽々しく頭を下げる奴の八割は謝罪とは別の事を考えている。例えば、今後の段取りだったりを考えている。


 俺は有能な傾奇者だが、八割の範囲にいるので例に漏れずに頭の中の台本をなぞる。


「あのですね、先日公開したトラックの動画があるんですけどぉ…皆さん見て頂けましたか? そしてそのメーカーさんからですね…なんと! 頂いたんすよ、トラックを一台!!」


 以前にアップした、職場のトラックを用いたミリオン動画。

 その中で俺はマイノリティ側に擦り寄る為にこんな発言をしたのだ。


「いやぁ、本当イイっすね。タンクローリー。うわあ、ジョジョ三部はOVA派の俺からしたら最高にハイになりますわ。『タンクローリーだっ!』つって空から降って来たいですね」


 そう、動画内においてそんな旨の発言を適当にカマしたらメーカーから『是非ウチの商品を使ってその動画を撮ってください』という内容を仰々しい言葉で書き記した手紙が現物トラックと共に届いたのだ。自分で言っておいて何だが、大概イカれてると思う。馬鹿かよ阿呆じゃねぇの? 撮れるかよそんな世界仰天の衝撃映像。


「それでですねっ、吸血鬼じゃない僕ですが、それでもちょっとDIO様を目指してですね、行動した訳ですよ。え? 全く話が繋がっていないって? 欲しがりますねぇ、勝つまでは…」


 適当にはぐらかしの言葉を吐いてから息を止める。所謂いわゆる編集点と言うやつを作る為のブレイク。


「こう…ね? そうは言うものの流行りに乗りたいと思ってですね。何番煎じだって感じですけど、トラックにハネられたら異世界行けるかなぁと思って試してみたんですよぉ…そしたらあ―――?」


 再びカメラを自分から外し、フレームに風景を収める。

 明らかに地球とは違う緑色の空と巨大な植物、何処からどう見ても異世界だ。ドコに出しても恥ずかしくない異世界そのもの。


「ご覧の通りですわ、案外イケるもんですね異世界。チョロいもんですわ」


 嘘だ。

 ハネられた直後は死ぬ程痛かったし、出血で意識を失っては激痛のショックで目を覚ます苦痛に満ちたスパイラルは二度とごめんである。


 しかし、エンターテイナーの端くれとしては退屈な舞台裏を観客に決して見せてはならない。見せてもいいのは笑い話のネタだけだ。


「なんて嘘なんですけどねぇ…全然チョロくなかったす。神のジジイがマジ頑固でケチでですね。万能チートくれなかったんですよ」


 そうなのだ。

 話に聞いた偉大な先人達にならって『世界の管理者』だかいう厨二全開見た目と肩書を持った――ダンブルドアだかガンダルフみたいな見た目の――爺さんに『レベルマックス・ステータス最大』を要求したのだが、聞き受けては貰えなかった。

 何やら故意に異世界転移した奴の要求は拒否するというのが世界の通例としてあるらしい。全く持ってふざけんなという感じだ。なんだよ聞いてた話と違うじゃねぇか! コミカライズのV字前髪達の要求はもっとアッサリ通っていたぞ?


 紆余曲折を経て、長時間の交渉の末に俺が得たスキルはと言えば、ほんやくコンニャクと充電の切れない無限ビデオカメラだけだ。

 悪くはないが、もっと神器の様に凄まじい性能を持ったスマホとか、意味の分からんファーの付いたコートとかが欲しかったぜ。


「ってことで裸一貫、着のみ着のままで男らしくお届けしたいと思いまーす!」


 無闇矢鱈に明るく宣言し、ようやく物語の本旨を開始する。編集する時はタイトルロゴと荘厳そうごんでアガるSEを差し込む事にしよう。


 さて、編集の事ばかり考えていても仕方がない。まずはその為の土台となる素材を集めなくては…。

 取り敢えず、この世界についての知識が必要だし、なんかだれか人を探そう。ほんやくコンニャクのおかげでコミュニケーションは取れるはずだ!


 決意を固めた後にカメラを起動させたまま周囲を散策する。

 道中、適当に見つけた物とかにコメントをつけてみたが、パンチが足りない。インパクトに欠ける――やはり生き物でなければ物足りない。


「なんだよ、ナメック星人はおろかサイヤ人もいねぇし、当然クウラやフリーザもいない。ひょっとしてスライムとかドラキーなんかもいねぇのかなぁ……おっ?」


 少々拍子抜けの気分で意味不明な森をお散歩していた時、あったよ異世界人間が!


 俺は川べりに腰掛けるケモミミ少女を発見したのだ!

 横に大きなカメの様な物が見えるので水汲みの最中だろうか? 上下水道は完備されていないのかもしれない。


 ま、俺も視聴者もそんな文化的で社会的な考察に微塵も興味が無いし、ドントシンク! 人生万事イケイケドンドンで何事もランアンドガンだ! 覚悟はいいか? 俺は出来ている!!


「へーい! そこの素敵なお姉さん。俺と少しお話しませんか?」

「ふあっ?」


 俺の軽快かつ素敵なトークがの耳に届いたらしく、ゆっくりとした仕草でこちらを向いた。その姿はゲームとかで良く見る獣人そのものといった装い。

 

 そうそう、のが動画で映える娘なんだよ。


「ニンゲンなのか…?」


 身長から察するに小学生程度の年齢に見えるロリ娘はそう言った。

 どうやら『ほんやくコンニャク』は上手く機能しているらしい。言葉自体は異星人のものの様に意味不明だが、不思議と何を言っているかは理解できる。かがくのちからってすげー!


「そうだよ〜ニンゲンだよ〜。名前はMATSURI☆男爵。よろよろ! 所でさあ、君はいったい何のフレンズなのかな〜?」


 ズームで少女の顔を抜きながら柔らかい物腰で話しかける。

 流石に異世界人相手に人気ユーチューバーを誇っても仕方が無いし、気分は謙虚な異文化交流生だ。動画の再生回数の為にも仲良くやろうぜ!


「…は…きだ」

「ん? 掃き溜め?」


 目を伏せたケモミミちゃんの言葉が聞き取れない。こんにゃくの不調か?


 覗き込んで聞き返したら目の前が真っ暗に変わる。

 暗幕が降りた様に一瞬で暗闇に飲まれる。マブタは閉じていないのに…なぜ?


 周回遅れの思考が現実を認識する。

 視界を物理的に奪われた事を知覚する。目を潰された。


 周回遅れの認知を取り戻すべく、猛スピードで喉を駆け抜ける絶叫。


 カメラを離し両手で顔を覆う。見えない見えない。どこまでも闇。どこまでが闇?

一筋の光すら分からない。

 ドロリと生暖かい感触が掌一杯に広がる。俺の血液が指の隙間からどんどん零れ落ちる。生命磁気の砂時計。


「あたしらにとって、!!」


 今度はハッキリと聞き取れた。明確に、敵だという宣言が。

 その後は無残なものだ。語るに及ばず聞くに堪えない物語。


 自分より遥かに小さい存在に組み敷かれて敢え無く惨殺された。

 衝動的ながらも訓練された意図的な暴力。

 鋭い爪を心臓に突き立てられる寸前に理解した。

 なぶられた生命が尽きる直前に唐突にそれを悟った。


 俺達ニンゲンと彼女達は仲が悪いと。


 そんなこの世界の真理を光無きまなこで目の当たりにした瞬間―――意識が途切れた。



 * * * * * * * * * *



 目を覚ました時、俺は教会らしき建物の中央に鎮座する祭壇風な寝台に横たわっていた。

 バロックとビザンツを足して、そこからオスマントルコを引いた様な様式の―――イマイチ宗派の分からない内装がフィクションめいたたたずまいで異世界味を増長させる…ということは!


「目がっ…目が、見えてる…? 何で? 野蛮なフレンズに潰されたハズなのに…」


 その時、不意に論理を超えた直感が去来した。

 一度死亡して教会で復活したのでは無いかという漠然とした予感。


 慌てて財布を確認すれば所持金が半分になっていた。ははっ、大したゲーム脳を持った世界観である。

 至った瞬間に全て逆転。これまで積み重ねてきた常識に囚われた――奴隷に似た発想が敢え無く裏返る。

 

「…いや、ひょっとしたら?」


 この世界がドラクエをしているのでは無くて、この異世界を模した人造の世界観ハコニワがドラクエワールドなのか?


 例えば、過去にこの世界に俺みたく飛ばされて、そこから帰還した何者かがその再現―――正にロールプレイングの為のゲームを作ったとすれば?


「おいおい大発見の論説だろ、コレ…ヤバいなダブルどころかトリプルミリオンも狙えるし、もっと上手くやれば金もガッポリかも知れねぇな」


 親切にも復活した俺の側にはビデオカメラもある。

 証拠機能はそれなりにあるはずだと中身を確認してみれば、俺がケモミミ少女にボコられている様子までがしっかりと克明に記録されていた。付随的に吐瀉物が迫り上がってくる感覚があるが我慢する。


 その酸っぱい匂いではたと思う。

 何なら、むしろ今までどうして気付かなかったのかと言う重大事項。


「何か都合よく異世界に来たは良いけど、俺はどうやって現実世界に帰るんだ?」



 はてさて、そんなこんなで俺はこれから約三十年の間、獣人族や小人族なんかの亜人達に繰り返し殺害されたり、翼竜種の内部抗争にその身を置いたりしながら帰還のための蜘蛛の糸を待つことになる。


 つまりは異世界を舞台にした闘争剣戟けんげきの生活の中で、儚い救いを追い求める日々が結構長いこと続くのだが、それはまた別のお話である。

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