復讐鬼の休日

有原ハリアー

桜の日にて

 復讐を為す一日前。

 私は都内の公園でベンチに腰掛け、桜を眺めることに決めた。

「ああ……美しいな、相変わらず……」

 こうして桜を愛でることができるのは、自分が日本人であるからという一因もあろう。


 だが、桜を眺めて心が癒される感覚を味わえるくらいには、自分は”人間”であることを自覚するためでもある。


 リストカットをする人間は、「手首を切った痛みで、自分が生きていることを実感する」と言うだろう。

 私も、『痛み』を『癒される感覚』に置き換えれば、その言葉がそっくりそのまま当てはまる、そんな状態なのだ。

 自分は”人間”として、また”復讐の鬼”として生きている、それを実感するだけでも、桜を眺める意義は十分にある。

 私は、今は亡き家族と共に見た桜を思い出し、静かに涙をこぼした。


     *


 どれくらい感慨にふけっていたのだろう。

 気が付けば、既に太陽は真上に上っていた。ひととおり桜を眺め、自らの”復讐の鬼としての心のメンテナンス”を終えたと実感した私は、ベンチを立ち上がろうとする。

 すると、右足に何かがぶつかった。よく見ると、それはどこにでもあるようなボールだった。

 私は身をかがめ、ボールを拾う。

「すいませーん!」

 男の子の声。私はゆっくりと彼のいる方向へと首を向ける。

「ごめんなさい、おじさん」

「いいんだよ。次は気を付けなさい」

 私は男の子に、優しくボールを手渡す。

 男の子は一礼して、その場を去った。

「さて……すべきことは決まったな」

 私はもう一度だけ桜を名残惜しそうに見つめた後、公園を去った。

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復讐鬼の休日 有原ハリアー @BlackKnight

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