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――探索を終えた僕らは情報共有をすることになる、だがその前に僕はこの巨人を詳しく調べる事にした、ようするに死体あさりだ。
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巨人は黄色の体液にまみれている。着ている服には何らかの電子回路が縫い込まれているようだが、もはや機能していないようだ。それよりも気がかりなのは花粉のついた傷口がさっきと同じように、少しずつ回復していることだった。
このままにしておくと生き返るんじゃないか? そんな不安が頭をよぎり、台所で見つけた花粉を無効化する風船をスプレーのように巨人へ吹きかけていく。
「何をなさっておられるのですか」と永井さんがいぶかしげに聞いてくる。
「こうしておかないと生き返るような気がして」
「そうですの? それはご苦労様ですわね。お忙しい中、申し訳ございませんが情報共有を始めてよろしくて?」
「はい、お願いします」
「えと、納戸には灯油のポリタンクが数個、あとは除草剤があったょ……」と僕に怒られたせいでしおらしくなっている伊吹が発言した。
あの花を燃やしたり枯らしたりしていいんだろうか?
「わたくしは蔵のものと思われる鍵と、この手帳を見つけましたわ」と永井さんが続く。
「僕からは何もありません。そこの部屋は覗いてもいいことないので、気にしないでください」
「かしこまりました。鈴森さん、伊吹様をかばいながらの戦闘、おみごとでしたわよ」
と巨人の死体を見ながら永井さんが真顔で褒めてくれた。実際に戦ったのは伊吹なので、クズ、能無し、役立たず、そんな言葉を頂けると思っていただけに拍子抜けだ。もしかすると永井さんは、僕の判断が正しいと思ってくれたのかもしれない。
「それで手帳には何が?」
「えぇ、どうぞ」と渡してくれる。
【
早速読み始めるとこれだ、すぐ横で覗きに来ていた伊吹に手渡す。
「ん? うん」僕に怒られたのがよほど堪えたらしい伊吹は、大人しいままそれを受け取る。
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ペラペラとページをめくっていく。本当に読むのが速い、伊吹は必要そうなところだけを僕に提示してくれた。
†
あの子が拾ってきたと言う隕石を見せてもらった。
石からは美しい花が生えていた、この花の栽培に成功すればまた村に活気が戻るに違いない。
隕石を譲り受け、よく調べてみると化石のような模様がついている。
†
あの花を研究畑に植えてから夢を見るようになった。
美女が枕元に立ち『ポプリン卿の日誌』という本を手に入れろと言うのだ。
そういえばあの新参者の京太郎がそういう物に詳しかったな。
†
夢で見た本は実在するそうだ。
原書は手元に無いとの事だったが、京太郎から写本を借りる事ができた。
どうやら花を成長させる方法が書かれているようだ。
†
また美女の夢を見た、あの花を中心に本に書かれている模様を地面に描き、門を開く準備をしろと言うのだ。
孫に笑われながらも地面に描くことができた。
すると不思議なことに本の内容がより深く理解できる。
†
あぁこの極楽、夢で見続けた酒池肉林が現実のものとなるのか。
私の全てをこの花に捧げよう!
この花は孫の肉体をご所望らしい! 石の下に埋めてあの花に献上しようではないか!
そうだ門が開いたのだ!
†
使徒が私に言った。
私は狂ってしまったのだそうだ。
孫を殺したのは私らしい。
あの花は危険だ。
今夜のうちに全て燃やしてしまおう、村全体に広がらないように。
最後の記述は、3日前のものだった。
「なるほど……花、どうしましょうか?」
「燃やしちゃえばいいんじゃないかな?」と伊吹があっけらかんと言う、少し調子が戻ってきたようだ。
「わたくしは蔵で『ポプリン卿の日誌』を探したいのですが」
確かに、そっちのほうが先かもしれない。僕たちは連れだって蔵へ向かうことにした。
庭にはもう一人の巨人の死体がある。こっちの血液の色は綺麗な緑色だった。同じように再生していないか確認してみたがそんな様子は見当たらなかった。
蔵の鍵を永井さんが開け、三人で本を探し始める。蔵の中は桐の箱に入った茶碗や衣装箱に入れられた着物などが無造作に置かれていたが、本と目標を絞っていればそれはたやすく見つけることができた。
それは奥の勉強机の上に置かれていた。周りには植物や農業関係の学術書が並んでいる、村長はここを書斎として使用していたようだ。
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「ありました。手作りの本なんですね」と『ポプリン卿の日誌』と達筆で書かれ、糸で繋ぎ止められた本を永井さんに渡す。
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「火星がこの星に近づく時、我らの神が眠りから覚め地球を欲す、門を開き我らを導け、神の身代は火星と地球を結び我らを導く、若き知的生命体を神の身代に捧げ、我らを招来せよ。神の身代あるところに門はできる……ですか」
「みせてくださいっ」と伊吹が本を受け取る。
【
「その後に門の創造と発見の仕方が書かれていますね、わたしの知っている物と少しやり方が違うみたいだけど目的地が遠いからかな? ……違う、これは規模が違うんだ」
「えーと、門って何?」
「門とは場所と場所を繋いでテレポートさせる神話的魔術ですわね」と永井さんが説明してくれた。
なんだそれ、ワープ装置かよ、本当になんでもアリなんだな。
「伊吹もできるのか?」
「できないよ、不完全にどんなのか知ってるだけ」
「それで規模が違うって?」
「移動するなら人が一人通れる程度の穴しか必要ないはずだけど、これはこの村全体を覆うくらいに巨大な穴を開けようとしているんだよ」
「伊吹様、それは神格の招来と同義だと考えてよろしいですか?」
「多分そうだと思います」
「神格って?」また口を挟むことになった。知らないことが多すぎる。伊吹は気にすることなく、ドヤ顔で答えてくれた。
「クトゥルフと同じくらい危ない神話生物ってことだょ」
「どっどうしゆう」噛んだ。
なんでみんなそう平然としてるんだ? あれと一緒って……
「安心していいょ、かなり中途半端に止まってるから。記述によれば、魔術を完成させるには神の身代を村全域に六芒星状にならべて人間の子供を一人ずつ捧げる必要があるみたい」
「そうか。日記が正しいなら、多分1人目で……」
「ですが神話生物がいたとなると、どこかに門が開いていると考えた方がよろしいのではないのかしら?」
「はい、起点となる門がおそらく身代を埋めた近くにあるはずです」
伊吹が言い切る。なるほど、やるべきことが見えてきた。
「その穴の見つけかたは?」
「この本に書かれた門の発見方法は、呪文の詠唱中に直接接触だねぇ、触らないと可視化できないょ」
「伊吹様、それは詠唱しながら山中を駆け回らないといけないという事ですの?」
「うぅ? そういうことかにゃ?」と途端に自信なさそうに答える伊吹を尻目に、僕は庭を見渡す。
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メッセージと共に今までの調べてきたことがスッと頭に流れ、その解決策が思い浮かんだ。
「いや、考えがある」
僕は外に出て花を見据えると、両手を添えて引っこ抜いた。目的はその根にあった。
それらは直線上にどこかへ繋がっている。それを辿っていくのだ。案の定、村側と山側の方向へと伸びていた。ここは間違いなく山側一択だ。
咳払いをした永井さんが「わたくしも気づいておりましたわ、ただ忘れていただけですのよ」と横目で照れながら蔵から出てきた。このことを発見したのは彼女なのだから当然だろう。けど、永井さんが「やりますわね」と明後日の方を見ながら小声で呟くと、僕はなんだか役に立てたようで嬉しくなった。
根っこを辿りながら花をかきわけ山の中を進み、やがて川のせせらぎが聞こえる所までたどり着いた。徐々に根っこが頑丈になっていくようで引っこ抜くのが一苦労なはずなのに、伊吹の奴は平然と抜いては進んでいく。いつしか僕と永井さんはついていくだけになっていた。
【
灯油のポリタンクが花に埋もれているのを見つける、よく調べてみるとその周りにはレンガの囲いがあり、地面には絵が描かれている。そのことを伝えようとすると伊吹も気づいたらしく「ここだょ」と呟いた。
一際大きい花が咲いている、他の花とは違い茎からの小花をつけていない。ハイビスカスのような大きな花びらが波打ちながら、金色のラメのように光り続けている。よく見れば毛虫のようなめしべが触手みたいに蠢き、粘液のようなものが溢れ出していた。その雫が落ちるごとに種を被った小さなミミズのようなものが地面に潜っていくのが見える。正直、気持ち悪い……。
「燃やしちゃいましょう」と伊吹がまた言った。僕は力なく首を振る。なんでこいつこんなにも短絡的なんだ? なんとか言ってくれと後ろを見ると、ハァハァと息を切らして恨めしそうに僕を見つめる永井さんしかいなかった。しかたなく、僕が説明する。
「伊吹、燃やして済むなら、僕らが来る前に終わってるだろ? 思い出せよ、村長の日記」
「あっ! 村長さんが燃やそうとして何かが起きたんだ」
「そうだと思う、だから燃やすのは駄目だ」
「ウンウン」と伊吹は犬のようにうなずいた。
「とりあえず隕石を掘り出していただけますか?」息を整えた永井さんがそう言った。
何か使えるものがないか辺りを見渡すと作業箱のようなものがあり、その中にスコップや如雨露などがあった。
三人で協力しながら花の周りをザックザックと掘っていくと、人の頭ほどのまだら模様の石が出てくる。石にはフジツボのようなモノが大量にこびり付き、そのいびつな穿孔から這い出るように人毛のような根っこが伸び続けている。その下からは土に汚れた子供の服が出てきたが、遺体はなく骨の痕跡もなかった。
「おかわいそうに」永井さんが胸に手を当て黙祷を捧げる。僕と伊吹も顔を見合わせてそれに倣った。ここで子供が死んだ。考えたくなかった現実を永井さんに突きつけられ居たたまれなくなってくる。想像はできる……だが服があるからといって事実と思いたくなかった。これが僕の弱さであり、彼女の強さなんだろうか。
僕がそんな感傷に浸ってる隙に伊吹はスコップで花と根をザクッと切り落とし、完全に石を掘り起こした。永井さんといい、伊吹といい……探索者といっても色々なんだな。そう、クヨクヨしていても何も解決しない、僕はため息を一つつくと気合を入れなおし石を確認する。
【
でも、何もわかりませんでした。伊吹先生お願いします。
【
すんなりと成功させた、昔から本を読んでいた差なのか、こいつの博学っぷりには本当に驚かされる。
「この部分に花の化石が埋まってるょ、これが身代で間違いないょ」
「えぇ、そうですわね。これからどうするかですわ」
【
冴えている僕は悩む女性二人を前に言い放った。
「身代の近くに門が開くんですよね? だったら門の中へ投げ込みましょう」
少しの間の後、彼女たちはうなずいた。
――まず門を探さなくてはいけない。伊吹が目を閉じ本に載っていた呪文を一心不乱に詠唱しつつ奇妙な踊りを踊っている。まぁ踊っているわけではなく目に見えない門とやらを触ろうと、空中やら地面やらに手をかざしてまわっているのだ。
流石の伊吹も飽きてきたのか全く見つからず無駄な行動にダレていくのがわかる。
【
その時、伊吹の手伝いをしようと本を読み呪文を習得しようとしていた永井さんが声を上げた。
「ウッ!」
ちょうど永井さんの真横にあったようだ。
それは徐々にはっきり見えてくる、永井さんが疲れた表情を浮かべながら目を開ける頃には、空間に明るく光る一m程の丸い穴が浮かんでいた。
「伊吹、あったぞ!」まだ踊りを続けていた伊吹に声をかけると、化石を投げ入れるために持ちあげようとする。
【
「おもっ!」両手で抱え上げようと腰に力を入れても持ち上がらない。
しょうがなく踊り疲れた伊吹にバトンタッチするも、さすがにきついのか少し持ち上げてはすぐに手を放した。
「神話的重量だょ、投げ入れるなんて不可能だょ」そう言いながら、伊吹は自慢の怪力が役に立たなかったのがよほど悔しいのか石を蹴っては転がし遊び始めた。
僕がそんな伊吹を止めていると永井さんの提案で二人協力して、左右から持ち上げ合図と共に穴の中へ投げ入れることになった。
「キョウちゃんとの共同作業だね」と嬉しそうにはしゃぐ伊吹に早く石を持つよう促す。
【
「よし、これならいけそうだ」
二人がかりでゆっくり石を運びつつ、どこかホッとしていた。永井さんも心なしか気が抜けたみたいでよそ見をしている。
この時すでに解決したと思っていた僕は、伊吹と注意事項の確認を怠ってしまっていたのだ。本当であればここで終わっていたのに……
「いっせ〜いのおでっ!」声を合わせて石を放り込もうとした時、僕と伊吹は見てしまう。
時空の歪みの向こう側、宙を舞う花粉がほんのりと輝き、辺りを黄色く照らしだす。岩で囲まれた地下空間。だが地表のそれは幾何学的に削られ美しい階段と広間を形成していた。
礼拝堂のようなその空間に、あの巨人たちが群れをなして待ち構えている。
彼らの真っ赤な目が一列に並び、その風采はよく調教された奴隷兵士のようだった。
それよりも……そんなことよりも……奥に……奥に……!
彼らより遥かに巨大で禍々しい青白の球根が空中に浮遊している。底からは蠕虫のような細い触手が何億と生え出し、底気味悪く蠢いている。
明かりに惹かれて見上げると、球根上部から一輪の大きな瑠璃色のつぼみが開いていく。徐々に晒されていく花のめしべは真珠色に輝く妖艶な美女、その美しさに引き込まれ目を逸らすことは許されない。
そして、彼女は魅了するかのように冷酷な微笑をこちらへ向けた。
【
【
僕は初めて狂気に陥った。
そして我に返った時、悲しみも許されない絶望のみが残された。
クトゥルフ神話 探索者たち 鈴森君の場合【書籍版】 墨の凛/ドラゴンブック編集部 @dragonbook
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