――村長の家に行くには細い山道を越えなくてはいけないそうで、車は優奈さんの家に置いていく事になった。

 山の中も黄色い花で埋め尽くされてはいるが、木々は青々とした若葉をつけていた。

 永井さんは坂道が苦手らしく普段の風流な様子とは違い、ゼエゼエ言いながら頑張って歩きつづけている。

「この山であの隕石を拾ったんです」と優奈さんがしゃべりだした。

「隕石を見つけるとかすごいね」

「私、昔からそういう物を見つけるのが得意で、隕石だけでも今まで6つ見つけたんですよ」と優奈さんは恐怖からか震えているが、気丈にふるまい作り笑いを浮かべていた。

「それは素晴らしいですわ、生きて戻れたら是非譲っていただきたいものですわね」永井さんはハァハァと息を切らしながらも最後方からついてくる。

「そういう物ってことは他にも何か見つけられるんですかぁ?」と伊吹。

「はい、鹿の角とか水晶石とかもよく見つけるんです」

 伊吹が彼女の両手を握り「ぜひお友達になりましょう!」と目を輝かせる、現金な奴だ。優奈さんもちょっと引いているじゃないか。

 そんな時。


判定ダイス 鈴森 『聴覚』 成功】


 僕は指を口に当て、三人に静かにするよう指示を送る。

「何者かが争っている音が聞こえます、あっちの方からです」

「ちょうど、村長さんの家の方向です」

「急ぎますわよ」と一番バテバテだったはずの永井さんがスカートのすそを持ち上げて走り出した、その後を三人で追いかける。

 しばらくすると少し開けた所に、垣根で囲まれた木造の茅葺屋根の母屋と、漆喰の土蔵からなる屋敷が見えてきた。昔ながらの庄屋ですがなにか? と言わんばかりの貫禄を感じる立派なものだ。

 家の中からは、かなり激しくやりあっている壮絶な破壊音が聞こえてくる。僕らは目配せしあうと、申し合わせたかのように物音を立てず家のほうへ近づいた。

 垣根の隙間から入口の方を覗く、玄関はまるで巨大な鉄球をブチ当てられたかのように崩壊していた。

 その正面に回ってみると、玄関から入ってすぐ右に大きい部屋があり、左には縁側への廊下が延びている、正面に納戸らしき扉も見えた。

 地響きがするような鳴動が聞こえるのはその右の部屋からだった。

「加奈……」と震える優奈さんが、伊吹の服を握り締め小さい声を絞り出した。

 その一言で、様子を見るだけで動かなかった僕たちは即座に行動を決意する。

「ええ、加奈さんを探しましょう。あの縁側のガラス戸は割れているようですわね、あそこから入りますわよ」

「わたしは蔵の方見てきま〜す」と、長身の伊吹なら工夫すれば高所に備えられた覗き窓に届きそうだ。

「わかった、優奈さんも伊吹の方へお願いします」伊吹の単独行動を防ぐためそう提案すると全員がうなずいた。

 永井さんと共にガラス戸へ近づく。


判定ダイス 鈴森 『探す』 失敗】

判定ダイス 永井 『探す』 成功】


 永井さんの前で良いかっこをしたかったのだが、優奈さんを軽々と肩車している伊吹が気になって、失敗してしまった。

「ガラスも割れていれば鍵も開いてるようですわね、鈴森さんまいりましょう」と永井さんは扉を慎重に開けていく。

 ガラスの破片に気をつけながら中へ侵入する、右手には得体の知れないモノが争っているであろう部屋がある。

 正面にはふすまの部屋が二つ並んでおり、左手には廊下が右方向へ曲がっていた。


判定ダイス 鈴森 『聴覚』 成功】 子供の声が聞こえる。

判定ダイス 永井 『聴覚』 失敗】


「永井さん、あの廊下の奥から子供の声が聞こえます」

「かしこまりました」

 永井さんはそれを聞くと先陣を切って歩みだす、三島さんといい、この人といい、なぜこんなにも勇敢なんだろうか?

「あの部屋からみたいです」廊下を曲がると一部屋分の壁の向こうに2部屋、ふすまの部屋が並んでいる、声が聞こえるのはその手前の部屋からだ。

 永井さんも『聴覚』を立てた後、少しだけふすまを開けて中を覗く。そして安全を確認したのか静かに中へ入っていった。

 そこには5人の子供たちが身を寄せ合いながら体育座りをしていた。幼稚園から低学年くらいの子たちが、虚ろに「おかあさん……」とつぶやいている、それを見て先ほどの優奈さんの状態を思い出してしまう。早く助けてやりたい。この中に優奈さんの妹はいるのだろうか?

 永井さんが立ち上がるよう促すと三人がそれに従ったが、残りの二人がうずくまったまま動かない、僕はその子供たちを両脇にかかえ外へと運び出す。

「加奈っ!」

 垣根の脇に身をひそめていた優奈さんが駆け寄ってきて、僕のかかえていた女の子を抱きしめた。よかった……!

「急ぎましょう」永井さんがそういうと伊吹も合流し、子供たちを森の中へ連れていく。


判定ダイス 永井 『隠す』 成功】


 決めるところは決める人だな。僕らは森の中へ隠した子供たちを優奈さんに任せ、村長の家をもう一度調べることにした。この神話的現象を解決するために。

「伊吹、蔵には何かあったか?」

「ん〜わかんない。暗かったらしいょ」

 そんな会話をしつつ再び垣根から様子を窺おうとすると、突然の轟音に壁が破れ巨大な二つの影が飛び出してくる。体が竦み上がると同時に砂煙が舞い、土壁の破片が垣根を貫き降りかかってくる。それでも眼球だけは花が咲き乱れる庭で絡み合う異形をどうしても追ってしまう。

 太い腕がまるで触手の様に蠢き顔面へ容赦なく振り落とされていた。腕にはいくつもの関節があり鞭のようにしなりながら黄色や緑色の体液を撒き散らしている。自分の顔を伝うモノが汗なのかその飛び散ったモノか気になったのも束の間、彼らの醜く歪んだ顔貌が見えた。

 馬面で目は巨大、鼻の部分には真っ黒い穴が二つ空いている、尖った耳を持ち、その巨躯から人間より遥かに強靭であるとわかる。それらが体を入れ替えながら互いを殴り続けている。鈍い音がするごとに骨格が崩れ中から液汁がさらに溢れ出た。


判定ダイス 鈴森・伊吹・永井 『正気値』 成功】


 全員成功した……。思わず息を呑む。伊吹の事が気がかりだったがよかった。このメッセージのせいか……この怪物を見たためか……冷や汗が止まらない。

 それでも怪物の外観を再び確認する。優奈さんが言っていた通り銀色の薄い服を着ており、ゴツゴツとした筋肉からか男の巨人という印象を受ける。

「このまま裏に回って家の中を探索いたしましょう、あのまま双方くたばってくださるのならそれに越した事はありませんわ」と永井さんの言う通り僕らは行動を開始した。

 家の裏手には予想通り人の入れるくらいの窓があった、少々の音なら出しても大丈夫だという判断のもと、割って侵入する。

 ここは先ほどまで怪物たちが争っていた部屋だ。つまり正面の壁は破壊されて無くなっている。元は台所だったようで冷蔵庫や電子レンジらしき無残な残骸があちらこちらに散らばっていた。

 永井さんの指示のもとテキパキと行動する、部屋はここを含め5つ、後は納戸とお風呂、トイレなどだろう。探索するべきは部屋と納戸か? 村長がどこかにいればそれに越した事はないが正常とも限らない、むしろあの海野のような狂信者になってしまっている可能性が高い。永井さんは速さを重視し、この台所には手をつけず出て行こうとしたが、僕は能力が発動する程度にサッと周りを見回した。


判定ダイス 『探す』 成功】


 壊れた機械類の中にゴムでできたブヨブヨの風船が落ちていた。口があいているので押してみると、プシューと無臭の霧が吹き出て、マスク越しにも感じていた花粉の匂いが不思議と薄まっていくのがわかった。

 もしかして、これは重要なものなのでは? 僕はそれをリュックに入れて彼女たちの後を追った。


判定ダイス 伊吹・永井 『探す』 成功】


 彼女たちも順調に調べ回っているようだ、伊吹は納戸、永井さんは手前の部屋を調べていたので、僕はその隣の部屋へ入る。

「あっ」

 入ってすぐに声が出る。『探す』をするまでもなかった。部屋の床や壁に血の跡がベッタリと付着し生々しく光沢を放っている、しかも天井からポタリポタリと何かが頬に落ちてきた。

 反射的に見上げると、吊り下ろされた電灯に大きな肉塊が引っかかり、部屋中にも小さなそれが散乱していた。その一つに目が吸い寄せられる。人間の頭皮のようでブツブツと白髪が生えているのがわかる、おそらく粉砕された高齢者の遺体だろう。


判定ダイス 『正気値』 失敗】


 あいつら……なんてことをするんだ……。

 僕らも捕まればこんな目にあうのかと足がすくみ、激しい動悸に襲われる。その恐怖を必死に頬にかかった血と共にぬぐいさった。そして、なんとか部屋を見回して手がかりがないことを確認すると、子供たちがいた部屋に向かうために廊下に出た。

 そして……それと目が合う。

 殺し合いを終えたばかりの巨人がガラス越しに真っ赤な目で僕を睨んでいた。

 油断した。いつの間にか争う音は消えていたのだ。

 廊下には伊吹の奴もいた、永井さんはおそらく一番奥の部屋を探索中だろう。

「伊吹、僕の後ろの部屋は見るなよ、正気値が下がるからな」そう言うと伊吹は巨人に注意を払ったままうなずいた。


判定ダイス 鈴森 『探す』 成功】


 巨人を観察してみると所々服が破け褐色の肌が見えている、また黄色の絵具のようなものが傷口から脈を打って溢れ出し、かなりの手負いだとわかる。

 こちらに襲い掛かってくるのかと思われた巨人はその場にヘトヘトと座り込み、こちらを睨みつけながらも、周りの花々から花粉を擦り取り傷にすり込んでいく。

 生命力を回復させている? そんな印象を受けた。

 僕と伊吹は息を呑みながら巨人の監視を続ける、思っていた通り花粉をすり込むと傷が癒されるらしい。

「キョウちゃん、これは危険だょ。完全に回復されたらわたしたちじゃもう勝てないょ」

 伊吹が物騒な事を言い出した、けれど、僕たちだけで襲い掛かって勝てる見込みはあるのか?

 そもそも、この巨人を倒さなければならない理由は?

 こいつが優奈さんを助けた巨人なら……いや、そうであれば自分を癒してくれる花粉を無効化するような道具を持ち込むか?

 ちがう、問題はそこじゃない。子供たちを集めさせたのがこいつなら確実に倒さねばならない存在だ。それを確かめる方法ならある。

 そして、それは伊吹をためにも有効な手段だった。

 僕は怪物から目を離さず、じりじりと子供たちが部屋へ近づく。はたして、巨人は一段と険しい表情でこちらを睨み立ち上がった。

「伊吹、僕はこのまま下がるよ。巨人はついてくるはずだ」声が震え息が詰まる、だから逃げろよ、と心の中で付け加えた。

「うん、わかったょ」

 返事を受けた僕が部屋に走りだそうとすると、巨人もガラス戸を無視して突貫してきた。

 ガシャン! とガラスが激しく割れサッシが歪み切れる音と共に、触手のような左腕が一気に頭上へ伸びてくる、動きが速い!

 クソッ! 捕まる、と思った瞬間。


判定ダイス 伊吹 『格闘技』 成功】

判定ダイス 伊吹 『キック』 成功】


 というメッセージと共に「どりゃぁぁぁ!!」と伊吹のドロップキックが巨人の横っ腹にヒットする。

 巨人が絶叫しながら前のめりに倒れこんだ。

「どうだ、参ったか?」と伊吹が自慢げに転倒した巨人を見下ろす。

 巨人の反撃は速く、ムチのように右腕をブンっと後ろ手から振り回した。それが伊吹の鼻先をかすめ、ブチ当たった壁がボロボロと崩れる。

 僕も巨人の気を引こうと渾身の力を込めて蹴りかかる。

「うりゃぁぁぁぁっ!!」


判定ダイス 鈴森 『キック』 失敗】


 しかし、巨人の怒りに満ちた表情がこちらに向けられると竦んでしまい、上手く距離感がつかめなかった。

「伊吹、もういい、お前だけでも逃げろっ!」伊吹は逃げられる場所にいる、こんな化け物のような巨人に普通の高校生が立ち向かえばどうなるかわかるだろうに。

 しかし、当の伊吹はノリノリで「まだまだぁ〜!!」とかかと落としのようにモデルのような長い足を振り上げたと思うと、四つん這いになっていた巨人の顔に躊躇なく振り落とした。


判定ダイス 伊吹 『格闘技』 成功】

判定ダイス 伊吹 『キック』 成功】


 バギッと鈍い音とともに、ドサッと崩れた巨人はそのまま動かなくなった。

「おい! 伊吹!!」僕は衝動的に怒鳴りつけ伊吹に駆け寄った。言う事を聞かなかった伊吹に腹が立っていた。

「フフフ、また神話生物をやってしまったか」ドヤ顔で得意げにニヤリと笑う彼女の両肩を力強くつかみ何度も揺さぶる。

「逃げろって言ったら逃げろよ!」

「へっ?」

「さっき僕がひきつけようとしたのわかっただろ!?」

 僕は犠牲になってでも彼女を助けたかったのか? それなのに逆に助けられて八つ当たり? そんな情けなさがこみ上げてくる。自分の情けなさに逆上しているのだろうか……いや違う、彼女は無事だった。無事でいてくれたことにのだ。

「んっ、うっ、うん。キョウちゃん、ごめんなさい……」よっぽど驚いたのか、戸惑いを隠せない伊吹がまん丸な涙目になっている。

「その……ごめん、だけど自分の命は大切に……」

 そうか、僕は伊吹の事が自分より……。淡い憧れが純とした気持ちに変わっていくように僕はゆっくりと手を放した。

「うん、わかったょ……」と先ほどまでとは違い伊吹はすっかり落ち込んでいた。

 よくわからない感情が渦巻き、気まずくなった僕は巨人の方を見る。どうやら死んでいるようだ。

 

判定ダイス 鈴森 『正気値』 失敗】

判定ダイス 伊吹 『正気値』 成功】


 こんな怪物でも殺してしまうと気分のいいものではないらしい、もしかすると殺す必要はなかったかもしれないという可能性も心に突き刺さっていた。

「終わりましたの?」と隠れていたであろう永井さんが奥の部屋から出てくる。

 この人はきちんと『探索者の心得』を優先していたようだ。

 そして、その手には見たことのない手帳が握られていた。

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