3
――可哀想なおじさんを残して僕らは再び車に乗り、教えてもらった赤い屋根の家へ向かう。
「伊吹、突然あんなことをするなんて酷いんじゃないか?」
「キョウちゃん、それでもあの時わたしが蹴っていなかったら、晶子さんの首は既にすっ飛んでしまっていますょ」
これには僕は一言もなかった。
って、いやいや、こんな歴史上の偉人さんのようなやり取りをしたいんじゃないんだ! こないだは三島さんと一緒だから気づかなかったけど、こいつも荒事に慣れてるな。何度もこういう目にあっているのだろうか……。
「三島様がおられませんので戦闘になった場合、頼りになるのは伊吹様の蹴りだけですわね」
と、永井さんの僕に対する男としての信頼は、あのしょっぱなの魅了のせいで完全になくなってしまっていたようだ、まぁ当てにされても困るんだけど。
「フフフ、まかせたまぇ〜」と伊吹がまた調子に乗り始めたのがわかる。
しょんぼりした僕が「あのおじさん、大丈夫かな?」と呟くと。
「そうだね、早く助けてあげたいよね」と少しいい所も見せてくれる伊吹様だった。
そうこうしてるうちに赤い屋根の家に到着した。
平屋の木造建築で、屋根の一部には茅葺が敷かれ、玄関の横には縁側が続いている。まさに田舎の家という雰囲気で庭には二羽鶏がいた。
どうやら鶏にはこの芳香は効かないようで、元気よく飛び回っている。
いや、動きがかなり不自然だ。興奮しているのだろうか、やっぱり少しは影響があるようだ。
表札には確かに月森と書かれており、先ほど永井さんから聞いた通りだった。
車を降りた永井さんは何の警戒もなくインターホンを鳴らす、ビーッという鈍い音が辺りに鳴り響いた。
パタパタパタという足音の後に、ガラガラガラとガラスの引き戸が開く。
そして中からは、嫌な予感とは裏腹に可愛い少女が出てきた。
年齢は僕と同じくらい。ショートボブの髪形がよく似合っている、パーカーにスカートをはき、髪に寝癖がついているのがチャームポイントになっていた。
けれど、その大きな瞳に生気を感じることはできなかった。
「月森さんのお宅でよろしいでしょうか?」と永井さんが少女に尋ねる。
「
どうやら若干噛み合わないものの会話は可能なようだ。
「お父様かお母様はいらっしゃるかしら?」
「畑、私も畑に行かないと……」
とフラッと出て行こうとするのを小さい永井さんが服のすそを掴んで引き止める。
「少しお邪魔させていただいてもよろしいかしら?」とその額にはピキピキと線が出ていた。
優奈と名乗った少女を無理やり同然に家に押し込み、靴を脱いでお邪魔する。どうやら花粉は家の中にはわずかしか入り込んでおらず、藁と畳の優しい匂いが混じりこんでいた。それだけでもホッとすることができた。
僕と永井さんが優奈さんをちゃぶ台とテレビのある居間らしき部屋に連れ込んだ隙に、伊吹の奴は「わたし、お茶淹れてくるぅ〜」と家の中をガチャガチャと好き勝手に物色し始めた、まさか前みたいに泥棒はしないだろうな?
そんな危険な伊吹を放置して僕らは優奈さんを座布団に座らせた。
「さて、わたくしは永井晶子と申します、本日こちらへ隕石の鑑定を依頼されてまいりました、早速ですが隕石はどちらでしょうか?」
こんな非常事態でも仕事優先? そんなことを思いながらも永井さんと優奈さんの会話を見守る。
「隕石は村長さんが……村長さんは……あぁ……村長さんは……」と華奢な身体をガタガタ震わせながら頭を抱えだした。
永井さんはそれを見て取ると少女をゆっくりと抱き寄せ、優しく言葉を投げかける。
「貴女が今いらっしゃるのは貴女のお家です。そしてここは世界で一番安全な場所ですわ、ご安心くださいませ」
まるで人形が少女を抱擁しているようなポーズになる、もちろん人形が永井さんだ。
【
なんだろう、僕の時と全然やりかたが違うような気がする……。
少女は徐々に落ち着きを取り戻していく。そして笑顔で「
「加奈さんというのはお母様かお姉様ですか?」永井さんがうっとりとした表情でたずねる。
「いえ、妹です」
そのセリフが放たれた直後、永井さんは先ほどまでの優しい表情から目をカッと見開き、その少女のほっぺたを両手でつねり上げた。
「ふにゃぁぁぁ!!」突然の狼藉に少女の情けない悲鳴が場を支配する。
「わたくしは妹様ではありませんことよ、早く正気に戻られてはいかがですか? フフフフフフ」
あぁ……おそらく、永井さんは背が低いことをコンプレックスに感じているのだろう。靴も上げ底だったし……。
そんな想像をしつつ、ほっぺ攻撃から全力で逃れた少女を見ると、僕らを見回す可憐な瞳にはらんらんと生気が宿っていた。要するに涙目だった。
「煎茶があったょ〜 ポットのお湯は問題ないみたいだょ〜」
伊吹がのん気にもお茶を持ってくる。ちゃぶ台に人数分の湯のみがコトコトと置かれていくのを、正気に戻った少女がいぶかしげに睨んでいた。
「優奈さんって言ったっけ、何があったか教えてもらえませんか?」と僕が口火を切ってみる。
【
第一印象はよくないようだ。
「貴方たちは誰ですか? どうして私の家に?」
突然、永井さんがバンッ! とちゃぶ台を叩くとお茶と優奈さんがびっくりして飛び跳ねる。ついでに僕も飛び跳ねる。
「わたくしは永井晶子と申します、隕石の鑑定を依頼されてまいりました、隕石はどこですの?」
「あっ……あの隕石は村長さんに譲りました……」
「村長さんの家はどこですか?」と僕が怯える少女に聞く。
「裏の山の奥……でも村長さんの家には……」
「には? にはとはなんですの?」バンッ! とまた永井さんがちゃぶ台を叩く。涙を浮かべたお茶と優奈さんが再び飛び跳ね、元の位置におさまった。
「あっあの……わからないです、大きな人が……うぐ、ごめんなさい」と何かを思い出したのか、それとも永井さんが怖いのか再び怯えだした。
「花が村一面に咲いてますけど、あの花はなんですか?」話題を変えてみよう。
「わからないです、隕石から生えていた花とよく似てるけど……」
「隕石から花が生えてたんですか?」
「うん、それで村長さんが欲しいって」
「は~い、しつも~ん。大きな人ってなぁにぃ〜?」と伊吹は少女が思い出したがらない事象にズカズカと踏み込んだ。
「変なこと言いますけど、信じてください……たぶん……宇宙人です」
ここにいる三人で、そのセリフを聞いて疑う奴などいなかった。
「こわい感じの奴ですか! どんなのでしたか?」と伊吹が興味津々に続ける。
「多分男の人だと思います、大きくて銀紙のような服を着て、あと私を助けてくれました」と言うと記憶の整理ができたのか少女は語りだした。
「――2日前、朝起きると村にあの花が一面に咲いていました。
最初は何かと思いましたが、この香りを吸っているうちに気にならなくなり、お父さんもお母さんも普段と同じように畑に出かけていきました。
私も手伝おうと玄関で準備をしていると村長さんがやってきました。村長さんは無言のまま土足で家に入り込み、寝ていた加奈を抱きかかえ連れ去っていきました。
それでも私は特に気になりませんでした、ただぼんやりと花の世話をするなら加奈の近くがいいなぁと思い、気が付くと村長さんの家の前にいました。
そこで私は彼に出会いました。庭先の空中から身をクネクネと覗かせ這い出てくる大きな人。
でも、私はそれすら気にとめる事はありませんでした。私は庭に咲いている花に水まきを始めました。
するとその大きな人は私にスプレーのようなものを吹きかけてきたんです。
徐々に正気に戻っていく感覚、現実を理解し始め恐怖に身が悶えました、それで私そこから逃げだしてしまったんです。
その後は家の中で震えていたのですが……気が付くと皆さんが目の前にいました」
「大きな人ですか……なにかわかる?」と僕は伊吹と永井さんに話を振る。
「神話生物に間違いないと思いますょ、村長さんのお家に行ってみましょ〜!」と伊吹が提案してきた。
「……他に何か言っておきたいことはありませんの?」と永井さんが立ち上がりながら尋ねる。
「あの、ありがとうございました……。私、加奈を助けたいんです。手伝っていただけませんか?」懇願するように優奈さんが言う。
それを聞いた永井さんの小さい体から物凄い威圧感が滲み出た。
「覚悟はございまして?」
「か、くご……?」
「えぇ、そうですわ」何の説明もなく冷たく言い放つ。
いたたまれなくなった僕は口をはさんだ。
「いろいろ奇妙なことが起きてるし、その宇宙人に遭遇して今度こそ襲われるかもしれない。この人たちはそういう事に慣れてるから任せてここで大人しく待ってた方が良いと思う」
だけど彼女は僕の言葉を聞いてないのか、まっすぐ永井さんを見据え「あります」と短く答えた。固唾を呑んで見守っていると、永井さんは表情を緩め、
「かしこまりましたわ」と短く、微笑でそれに答えた。
「ありがとうございます」震えていた少女はなけなしの勇気を奮い立たせたのか、真剣な顔つきで応じた。
「はぁ〜い、じゃこれつけてくださいねぇ〜、われわれの指示には絶対服従なのですょ〜」と伊吹の呑気な声が場に響く、どこから見つけてきたのか防塵マスクを僕たちに配った。
妹さんが誘拐されたという事で、僕は「警察に連絡とかしなくて良いんでしょうか?」とマスクをつけながら提案してみたのだが。
「ハァ? 探索者の素質のない者ならばすぐに魅了されてしまいますわ。犠牲者が増えるだけです、そもそも大々的に神話的現象が知れ渡れば山のように狂信者が生まれますわよ?」
「そうだよキョウちゃん、海野さんみたいな狂信者を生み出さないのも探索者の大切な役目だょ?」と二人からものの見事に却下されてしまった。
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