三話目 3月6日

 -誕生-


 いま、私たちが生きているよりはるか昔。

 小さくて弱い生き物が、ある星にフワッと現れた。

 何かから生まれたとか、どこかから出てきたとか、そういうのではない。

 ふうっと吹いてしまえば消えてしまう、シャボン玉が弾ける時のように一瞬に、彼は生まれたのだった。

 この生物はのちに、Fと名付けられるのだが、彼はひとりぼっちだった。

 Fにはもちろん両親もいないし、友達もいない。

 そもそも、親だとか、友達だとかいう概念が彼にはないのだった。

 その星の近くには、真っ赤な星があるらしく、ポカポカと暖かな光を降らせた。

 Fの住んでいる星はそれ自身がくるくると回っているから、いつでもその赤い星が見えているわけではないけれど、それが見えなくなると代わりに、ずっと遠くにある星たちが、キラキラ光って見えるのだった。

 ひとりぼっちのFには、感情がなかった。

 寂しいとか、嬉しいとか、感じることはなく、その辺に生えている草を食べれば、お腹はいっぱいになった。


 ある日、この星に事件が起こった。

 大きな、きっとこの星ほどの大きさもあるであろう物体が、空を飛んでいるのである。

 Fの真上に浮かぶその物体がなんだかわからず、この時初めて、「こわい」と感じた。

 すると、その物体は、何か薄っぺらい葉っぱのようなものを上から落とした。

 おそるおそるそれを拾い上げて見てみると、自分と同じような見た目をした生き物が描いてあるのだ。

 しかもそれは一体ではなく、五体。横並びに手を繋いで、笑っている。

 Fには、したことのない表情だった。

 歯を出すようにして、口を横に広げてみる。なんとか様になった顔のまま、周りを見渡す。

 彼は初めて、「寂しい」と感じた。

 ずっと仲間はいなかったし、そのことにも気づかなかった。

 この星を、なにがなんだか分からなくなるほどに駆け回った。

 それでも仲間を見つけられなくて、彼は途方に暮れた。

 彼の目から、小さな粒の液体がポロリとこぼれた。走って熱くなった時に出るあの液体とはまた違うものだったが、それすら何かわからない。

 けれど、先ほど感じた「寂しい」という気持ちは、どんどん大きくなって、彼の気持ちを支配した。

 そしてその気持ちが大きくなるほどに、胸が苦しくて、喉のあたりがきゅーっとなって、顔に力が入らなくなった。

 次から次からあふれるその液体は、彼の周りを取り囲み、気づいたころには、彼の喉あたりまでに達していた。

 彼は、からからになった。

 からからになって、吹いてきた小さな風に、ふっ、と飛ばされた。


 これは、地球に海が誕生した時のお話。


 

 

 

 




 

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改。ショートショート 深井 ゆづき @yudu-moon

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