二話目 3月4日

 -大物俳優-

 

 大物俳優のK氏が亡くなったという知らせは、まだ若すぎるとか、突然すぎるとかで世間を驚かせた。

 普通の街に住む、普通の少年もその報道を知ることになるが、それは学校からの帰り道、かなり昔からやっているという電気屋さんのテレビで見て、知ったのだった。

 普通の街と言ってもそれは、少年からみた普通であって、この国の首都圏と呼ばれるところから、車で3時間。もちろん地下鉄などは通っていないし、その存在自体、彼は知らない。

 少年が通っている小学校もそれほど生徒数が多い学校ではなかったが、彼には友達がいなかった。

 なので、その日も一人で帰ったわけだが、報道には彼も驚いた。

 少年の父や母よりは、もちろん年上であるから、親近感というものを抱いたわけでは無い。知っている俳優がなくなる、ということに彼は驚いたわけだ。

 それでも、学校からの長い帰り道を歩いていると、そんなことは頭の片隅に追いやられて、今日の晩御飯は何だろうかと、いつもの少年に戻っていた。

  

 家につきカギを開ける。彼の両親は共働きであるから、彼は「かぎっ子」であり、それを少し誇らしく思っていた。

 靴を脱いで廊下を進み、ランドセルを背負ったまま手を洗って、二階に上がる。彼の家の居間は二階にあるのだ。

 二階には、居間を含めて三部屋あるのだが、その一室が少年の部屋、もう一室が両親の部屋になっている。

 自分の部屋の戸を開けると、彼は目をこすって戸を閉めた。そしてもう一度開く。

 「だれ?」

 名前は聞かなくとも、知っている。けれど聞かずにはいられなかった。

 もう亡くなったはずのあの俳優が、座ってこちらを見ていた。にこりと微笑んで、

 「Kだ。知っているだろう」

 と言う。

 事態を飲み込めないままに、先ほどの報道を思い出したが、やはり亡くなったのは本当に違いないと、頭のもやもやを抱えたまま、少年は黙ってK氏を見つめた。

 「突然に死んでしまったものでね、僕も驚いているんだ。」

 K氏が言うことには、何もしないから、ただ君の日常に付き添わせてくれ、とのことだった。少年以外に僕の姿は見えないと。

 少年に友人はいなかったから、いいよと、迷うことはなかった。

 翌日から、少年とK氏はともに行動した。朝起きて顔を右に向けると、やはりK氏はいて、おはよう、と言うものだから、夢じゃなかったのかと、驚きつつ、嬉しかった。

 K氏はおなかが空かないとかで、ごはんを食べることはめったになかったが、少年は、母親が彼のために居間においておいたお菓子を半分にしたり、すべてあげることもあった。

 帰り道、K氏と寄り道をしたり、駄菓子屋さんによったり、少年にとっては初めてのことばかりだった。

 一方でK氏も、少年と一緒に生活しながら、自分の現実を認めることができつつあった。少年との思い出が増えすぎる前に、お別れするのが良いと考えるようにもなった。それはもちろん寂しいことであったが、K氏には、天との契約もあるのだった。

 K氏は、生きている間、俳優として人生を全うし、様々な人の心を動かした。その勲章として、天から少しだけ現世で生活する猶予が与えられたのだった。そして、その猶予は3週間。

 ただし、だれかほかの人間とともに過ごすこと、そしてその誰かは、天がランダムに選ぶこと、などいくつかの決まりごとがあった。

 少年に別れを告げるのはつらいことだが、天からの計らいとして、少年にはこの記憶が一切残らないように施されるらしかった。

 ならばと、K氏は少年が寝た後、静かに去る決意をした。

 最後の日、K氏はお別れを悟られないよういつも通りすごし、少し長めにおしゃべりをし、ありがとうという言葉をいつもより多めに言った。

 「おやすみ」

 「おやすみ」

 とあいさつをして、K氏は少年が深い息をするまで静かに見守った。

 そして、天に帰ったのだった。


 少年は、次の日の朝普通に目覚め、元の、友達がいない一人ぼっちになった。

 けれど、なんだか元気だった。友達が欲しいなと思うようにもなった。悲しくて泣く日もあった。心が今までになく、めまぐるしく動くことに少年は少し違和感を抱いたけれど、いままでの何倍も、幸せだった。

 

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