無邪気という名の…煌めき持つのは、キミと、私。‐4【完結】
「私はキミのお母さんとは違うのよ!」
叶羽の母親が光也にそう言ったのは尤もな事だった。
「そんなの別に気にしなくて良いでしょう!」
光也は子供だから、尤もな事というものを今一つ分かっていなかった。
「お母さんからも叶羽ちゃんに学校に来るように言って下さいよ! 叶羽ちゃん、さっき話してても落ち着きが有るし良い子だからクラスメイトとも馴染めますって!」
「ちょっと、七井――」
叶羽は未だ顔を真っ赤にしつつも、光也のその言葉には慌てて口を挟もうとした。
しかしそれより先に、今度は母親の方が真剣さに強張った顔で光也に言い返していく。
「私だって最初はこの子を説得してたわよ! でもこの子はずっと俯いてばかりで、私とまともに話し合おうともしなかったの!」
近隣の家にも響くような大きな声で叫ぶ。光也は目の前の大人である叶羽の母親のいきなりの豹変振りを、ヒステリーを起こしたのだと頭の中で文字化する事は出来た。割と流行りのようにネットでもその単語を見ていたからだ。
「大体男の子が女の子の家に一人きりで来て、こっちの家庭の事情も碌に知らない癖に好き放題言わないで!」
「え……?」
光也は唖然とした。そして思い至った。
――あ、そうか。この人は俺が最初は友達と来てた事を知らないんだった!――
だからさっき自分の『叶羽に会いたかった』という言葉に強く反応されたのかとも理解する。
そういえば男子は女子よりも基本的に立場が弱くて、その女子の家まで気軽に行ったりは出来ないものらしい。光也はマンガとかアニメでもそういった構図をよく見ていた。きっと叶羽は母親の反応に『妙な流れになった』という風に思って、だから緊張で顔を赤くしていたのだろうと考えた。
「ママ。七井君がここに来たのも、元はと言えば私の所為だから……」
その叶羽が弱々しくも、母親に向けてそう切り出した。
顔色はもう、普通だった。母親のヒステリーを見て、流石に素に戻ったのだ。
「だから七井君を怒らないで。代わりに私の事を叱って」
素に戻った、普通の顔色。怯えは、無かった。
光也はそれを見て、叶羽の事をこう思う。
――何だよ千波、めっちゃ心強いじゃんか。ずっと俺を庇おうとしてくれてる……――
ずっと何処か怯えた感じで臆病な印象が有るけれど、相手が困っている時は自然と力が出るこんな強い子が、クラスで碌に知られないまま好き勝手に言われている……。
それはいけない事だと、光也は思った。
「自分が代わりにとか、そういうのじゃ駄目なんだ!」
「そうやって自分を犠牲者にして、自分の存在を消そうとして、一人だけで満足するのはやめなさい!」
自分の言葉に被せるように、しかし自分と同じ思いを叶羽にぶつけてくれたその人……叶羽の母親を、光也は見返さずには居られなかった。
「え?」
「ママ……?」
叶羽もまた、母親の顔を真っ直ぐに見返していた。
母親は叫んだ後、ずっと憤りの表情を崩しはしないままでいた。その表情のまま、叶羽の顔をずっと見つめて、それからほんの少しだけ光也の方も見た。
「……とにかく、その男の子の期待を裏切るような事だけは、しちゃあ駄目よ」
脈絡も無いような感じで光也の事を話に出してから、母親はそのまま一人家の中へと入っていってしまった。
その言葉が何処か躊躇いがちな気がしたのは叶羽も光也も一緒で、しかし二人共、何で母親がそんな風になったのかは想像が付かなかった。
ただきっと本当は叶羽に対して直接、もっと何かを言いたかったのだろうというのは、何となくだけど分かったのだ。
「……千波のお母さん、なんか難しい人だな」
「うん。でも、言ってる事は正しいと思ってるよ。……上手く向き合えは、しないけど……」
「そっか。……俺はきっと嫌われちゃったよな?」
「……別に、お母さんって呼ばなきゃ、大丈夫じゃないかな」
「ふ、ふうん?」
叶羽が終始すまなさそうに言っているのに対して、光也は半ば調子を合せるようにするしか出来ていなかった。叶羽の母親に関しては叶羽への態度を始め、とにかく意味不明な事だらけだったからだ。
家に帰ったら自分のお母さんに、彼女の言動について逐一聞いてみようとは思ったけれど。
でも今大事にすべきなのはどう考えても叶羽の事だ、と確信していた。
「千波とお母……おばさんってさ、仲が悪いように見えたけど」
「うん。それは、本当に私の所為」
「学校行ってないから?」
「うん。そうだよ……」
叶羽はまたもや俯いている。
「……行けばいいじゃん」
光也は躊躇しながらもそう告げた。嫌がられ、怒られるかもと思ったが、もう言わないで居るのは無理だった。
「うん。そうだね……」
それが叶羽の返事だった。怒ってきてくれた方がマシと思える、肯定でも否定でも無い宙に浮かせた会話のバトンだった。
「そうだねって何だよ」
「だって、その方が良いのは、分かってるから」
「強い癖に、弱い子ぶるのさ……俺には分かんないな」
「え……?」
叶羽は大きな目をはっと見開きながら、顔を上げた。
「千波さ、俺がおばさんに怒られるのを止める為に、ずっと助けようとしてくれてたじゃん。そんなの、心の強い奴にしか出来ないよ」
「それは、七井が……可哀そうだったから……」
叶羽の中で、不意に強く思い出された人の顔があった。
それは小学校時代の、自分が助けようとして助けられなかった苛められっ子の顔。自分も目を付けられて一緒に苛められるようになって、それでもきっと助けてあげられると思っていた子の顔。
「可哀そうって……。男に可哀そうだとか簡単に言うなよ。ていうか俺がそんな風に見えてるっていうのが、もう千波の心が強いって事じゃん」
光也からすればそうなる。これは彼の、少年としての意地なのだ。
「そんなの……」
「それに実際悪いのは千波の家にちょっかい掛けに来た俺なんだからさ」
光也は叶羽がすまなさそうな顔をしているのが嫌で、だから余計に食い下がる。
「でも、でもさ。誰かを助けてあげたくても助けられないのって、キツイから……。可哀そうで、でも助ける事も出来るかもしれないって思っちゃ、いけないの……?」
そう言った叶羽の大きな目から、涙が零れ始めていた。
光也が真っ直ぐぶつけた言葉に追い込まれて出た感情。それもまた、彼女の真っ直ぐな思いなのだ。
一人きりで抱えていたままでは、具現化出来なかった。
「な、何で急に泣くんだよ!?」
「……知らないよ!」
一気に感情を爆発させる叶羽。光也は彼女のその表情に、胸が苦しくなる……翻弄されている気分になる。
「千波ってさ、その、何ていうか、思ってたより自由な感じだよな」
「私には、七井の方がよっぽど自由に見えてる!」
お互いそう思い合ってるらしかった。
まともに話すのは今日が初めてで、全然タイプの違うような二人だけれど……。その上肝心な事はまるで話せないまま、相手の気持ちを知らずに、喧嘩みたいな感じにまでなっても、それでも……気に掛けてしまう。
「……学校、来いよ」
「行くよ! 明日から行くから!」
「お、おう。それで俺が学校で困ってたらまた、その、助けてくれよな」
「……図々しいっ!」
――私はキミに助けられた気分なのに!――
叶羽は心の中でそう叫んでいたが、しかしそれを声に出すのは嫌だと頑なに思っていた。
無邪気な遊び心、相手の気持ちを考えない残酷な行為としてこの家のインターホンを押してきた。
それを半ば気紛れのように理由にして、自分がずっと心の内に秘めていた思いや感情を吐き出そうとした。自分も無邪気になってみたかった。
無邪気に、残酷さを出してはいけないと、それを一体誰が決める?
それがまだ小さな世界しか持たない子供達の――しかし、だからこその全力の心と心のぶつかり合いの可能性が有るのなら、そこに苦しみを孕んでいたとしてもきっと前へと進んでいくのだろう。
「そんな事言うなよ。そうだ、今度ゲームの攻略法教えるからさ」
「要らないよ。だって私、ゲームじゃ結構攻撃的なんだからね……!」
――END――
【アナタの鬱女キャラVS神代の熱い男キャラ】で小説を書きます企画! 神代零児 @reizi735
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