二十一本目③ 美浜&愛都

 本は、とてもいいものだ。

 彼らは、自分にただ伝えるだけだから。知識だったり、お話だったり、詩だったり、内容は色々あるけれど、でも絶対に、自分に何か求めることはない。


 人との会話は、とても苦手だ。

 奴らは、自分にも求めてくるから。相槌だったり、意見だったり、話題だったり、重さは色々あるけれど、でも確実に、自分にも何か求めてくる。


 そんな彼女は、今日も本を読みふける。

 コンコンッ

 …………誰か来たみたいだ。私、文梨愛都の部屋を誰かが訪ねることは、ほとんどない。多くて一日四回、扉越しに食事に呼ばれる時だけだ。極々稀に、気まぐれで弟が本を借りに来るけど、「また貸して」「うん」で終わり。そちらをチラリとも見ることはないし、弟が部屋の奥まで来ることもない。ほぼ引きこもり状態だ。さっきはお父さんに頼まれて出ていった。

 いつからこうなったのか。もう忘れてしまったけれど、漠然と寂しかったのだけは覚えてる。

「探偵とかって言ってた人かな、事情聴取とかされちゃうのかな」

 それはとっても、小説っぽいな。

 チラリとそんなふうに思いながら、それまで読んでいた本を閉じて、愛都は新しい推理小説の扉を開いた。



「突然ごめんねー、お話したくてねー」

 入って来るなり快活な感じで話し出す。

「えっと、妹さんですか?」

「よく分かったねー。その通り、この私こそが、糸玉異能力探偵事務所のリーサルウェポンにして、必殺の双剣」

 とびっきりの決めポーズ。

「…………の片方!あ、あり、有田川美浜!」

「グッダグダじゃないですか」

「くぬぅー!!だって普段はお姉ちゃんがー!!」

 原因は、このとびっきりの決めポーズが二人用だったことかな。普段は姉妹揃ってするからね。仕方ないね。

「……お姉ちゃん……あ、いや、こほん。で、お話とは?」

 早く帰って欲しくて、さっさと本題を促した。

「うーん、あ、予告状の犯人に心当たりは?」

「ないです」

「じゃー、終わりー」

「は?」

 うーん、とのびをするリーサルウェポンに、ポカンと口を開けっ放しにしてモノも言えない。

「本好きなの?図書室みたいだね。私もこう見えて、本はよく読むんだよ」

 ポカーンとなったまま動けないのを放ったらかしにして、一人喋り続ける。

「……は!え、えっと、御用がお済みでしたら、どうぞ、お引き取り下さい」

「え?御用なら、まだ済んでないけど」

「いや、だから、私に犯人の心当たりは、あ!もしかして私を疑ってるんですか?!」

「別に?」

「え?じゃあ何を?」

 未だに腑に落ちないような、怪訝な顔をしている。

「何ってだから、あなたとお話に、そう、個人的に、お話しに来たんです!」

「そうですか、個人的なことですか」

「ええ、尋問拷問なんかではないので、ゆったりと構えていて」

「じゃ、お引き取り下さい」

「なんでー?!」

 びっくり仰天、思わず出した大声に、誰かが心配して駆けつけやしないかと心配したけれど、このお屋敷の防音設備が優秀で助かった。

「なんで?何が不満なの?この有田川美浜に落ち度でも?お喋りしよーよー」

「なんでもなにも、単に私は人と話すのが嫌いなだけです。あなたにだけ冷たいという訳じゃなくて」

 心底嫌そうな顔をされて怯みそうになるのを、堪えてなんでもないように続ける。

「いやいや、こう見えて私、本とかよく読むんですよ。ええ。語り合えると思うんだけどなぁ」

 チラッチラッ

「…………」


 〜数十分後(一方、姉号泣中)〜


「「はぁ……はぁ……はぁ……」」

「ここまで、白熱した、議論は、初めてですよ」

「議論、というか、半分、ケンカ、だったけどね」

 両者ぐったりとソファに座り込む。胸ぐらを掴みあった時は、もうダメかと思った。まさか『文豪の小説は面白いか否か』でここまでなるとは。最後には『とりあえず読んでみたらいい』で落ち着けた。

「……ふふ」

「なんですか?まだやろうっていうんですか?」

 ギロリと睨みつけて威嚇するが、

「いや、その、ふふっ、はははっ、あはははははっ」

 突然ゲラゲラ笑い出すものだから、文字通り目をまん丸にしてしまった。治まったと思ったら、また思い出してゲラゲラ。そのまま、ソファの肘掛けを叩いたり、足をバタバタしてテーブルにぶつけたり、と笑い転げること数分。ひーひー言いながらなんとか治めた。

「ひー、ひー、いやー、ゴメンゴメ、ぷふっふはっふふふふはははっ」

「もう!いったいなんなんですか!いきなり来たと思ったら、文豪をバカにして、そうかと思えばゲラゲラと笑い出して!」

「にゃはははははっ!にゃーっはははははっ!」

「聞いてるんですかー!」

 まだ治まってなかった。

 さらに数分後。

「いやー、ふふっ、ごめ、っふ、ごめんねー、ふひひっひはっ」

「……で、もういいでしょう?もう気が済んだでしょう?もう満足でしょう?なら、お引き取りください!」

「あははっ、そう邪険にしないでよ、あんなことやこんなこともした仲じゃん」

「ケンカしただけです!変な言い方しないでください!」

「えへへへへ」

 にへらっと笑うと、呆れ返ってモノも言えないようにため息。

「いやー、最近お姉ちゃんたち忙しいみたいで構ってくれなくてねー」

「…………そうですね、構ってもらえないのは、寂しいですからね」

 チクリと、忘れてしまったつもりの記憶が痛む。

「だよねー。だからかな、こんなやり取りも久しぶりで、変なテンションになっちゃった」

「あぁ、それであんなに楽しそうだったんですか」

 申し訳なさそうな笑顔は、でもとっても楽しそうで、咲き誇るようだ。

 意外。探偵なんて、他人の領域にズケズケと入り込んで引っ掻き回してお金を儲ける鬼畜外道どもだと思っていたのに。探偵がカッコイイのは、本の中だけだと思ってたのに。

 この人は、まぁ、部屋にはズケズケと入り込んで来たけど、でも家族のこととかを無闇に質問してきたりとか無かったし、同じお姉ちゃんに構ってもらいたい妹だし、それに、私と、キチンとお話してくれたし。それが、すごく、嬉しかったじゃないけど、なんとなく柔らかい感じの何かだった。胸ぐらは掴みあったけど。

「さあ、そろそろ時間だね。行こっか」

 そう言って立ち上がり、グイッと差し出された右手。何気なさそうに掴もうとしたけれど、柔らかい何かに戸惑ってしまって、二人の手がまるで同じ極同士の磁石になったみたいに、宙を掻いた。

 何かにいつまでも手をこまねいていたら、ホラッ、と手を掴まれて引っ張りあげられた。と、急な体重移動と、間にテーブルを挟んでいたこともあって、前のめりになってしまった。お互いの顔が触れ合える程に、吐息が混ざり合う程に、前髪がくすぐったいような程に近づいた。

「あっと。ゴメンね、大丈夫?」

 支えるためにそっと添えられた左手から、人の温度が伝わってくる。

「……どうしたの?痛かった?」

 慣れない距離にドギマギしていると、美浜さんを心配させてしまったようだ。

「い、いいえ!な、なんでもないです!ちょっとビックリしただけで、はい」

「そっか、ならよかった」

 にっこりと微笑んで、そのまま手を解いてしまう。が、柔らかい何かに押されて、反射的にギュッと握ってしまった。

「え?」

「あ、えっと、その、これは、違うんです、えっとえっと」

 不思議そうな目で見つめられて、焦って呂律が回らない。自分でも分からない、気付いたら力が入っていたから。

「…………」

「えっとえとえとえと」

 頭が真っ白になる、涙目になる、喉が張り付く、何か弁明を

「いいよ」

「えっ」

 優しく、でもしっかりと、握り返してくれた。

 産声を上げたばかりの柔らかい何かは、その瞬間に全身を包み込んだ。

「うえあえあああ」

 まだ回らない呂律を回そうとするが、柔らかい何かが暑くてそれどころじゃない。

「ほーら、急いで」

 そうして扉の先へ、温かい手に引かれていった。

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猫探しから爆破予告、浮気調査から完全犯罪までなんでもござれ。糸玉異能力探偵事務所へようこそ 田山海斗 @kaito2000

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