斎藤大爆発

輝竜司

斎藤大爆発




「明治維新の時に役人がいい加減やってさ。

 ほら、みんな苗字が名乗れるようになったろ。みんな役所に思い思いに届け出て。昔からある苗字もさ、登録をしたんだけどさ」


 『斎藤』の斎の字に、あれだけバリエーションがある理由。


「今よりも識字率が低かった。役人の書き間違いやら、勝手に漢字を作ってさ。

 そしたらそれぞれ別カウントだろ?それで『サイトウ』はこんなにいるのに、戸籍数ランキング上位に載れないってわけ」


 大げさに空を仰ぎ語る斎藤の、あの笑顔が今も、目に焼き付いている。



****



「俺、人間やめたんだ」

 ある日、久々に会った斎藤は、開口一番そんなことを言った。

 気さくで真面目で働き者。たまの晴れた休日は、喫茶店の窓際で本を読んで過ごすのが楽しみで。いつも笑顔のいいやつだけれど、ちょっとずれたところがある。

 治験への協力をしただの、それが一週間で何百万だっただの、医療費削減がどうのだの、個人当たりの消費エネルギー削減だの。

 またそういう話でも書いてるんだろうと、聞き流していた。



****



 そんな斎藤が事故に遭った。

 危篤なのだという。


 急な知らせに飛び込んだ病室で俺を出迎えたのは、三つ並んだベッドと斎藤の笑顔が三つ。

 幸い命はとりとめたものの、両足切断だった斎藤には、彼が以前語ったところの治験……医療費削減と個人当たりの消費エネルギー・資源削減とそして、いよいよ癌を、病を克服しようとする人類の新たな一手の最終確認のために、遺伝子治療の技術を基盤として、いくらかの遺伝子が導入されていた。

 それにより体内にまんべんなく生み出された補助細胞。体内環境に応じて分泌するシグナル伝達物質により、ありとあらゆる細胞をコントロールする。

 体の部位欠損に対して、体細胞の一部を脱分化させ、欠損した斎藤の体を急速に再生。なんだかそういうアレ。


 難しいことは良くわからない。

 結論として、斎藤は三人に増えた。



 それからはネズミ算。

 まるで理科の授業で7つにちぎったプラナリアのように増え続ける斎藤。

 通勤途中、植栽の真ん中、道端から起き上がってきた斎藤は、やはり俺のことは覚えていなかったけれど、「光合成ができるようになったんですよ」と、足を地面に埋め朝日を背負い、ニコニコと言った。

 彼に戸籍はない。日本においては人でもない。

 合計特殊出生率が1を割りそうな今の世の中、出産をはるかに上回る速度で数を増す斎藤の扱いを、人々は恐怖し、政府はいったん保留とした。


 増え続ける斎藤。

 オリジナルの斎藤は、俺の知る斎藤は、どこへ行ったのだろう。


 はたして彼は人間なのか。

 未知への怯えに狩られ追われ、迫害される斎藤を、巻き添えを恐れて何も出来ずただ、見送るだけの日々が続いた。悲しそうに笑いながら、何人の斎藤が死んだろう。

 しかしもともと気さくで真面目で働き者、高齢化の極めて進んだ社会の中で、欠けていた労働力をこつこつと提供し、彼らは少しづつ社会に馴染んでいく。

 食事はいらない。必要なのは、いくらかのミネラルと水と日光と、いくらかの本を買う金だけだ。恐ろしく安い己のコスト。争い潰し合うよりもきっと、人間に寄り添って暮らした方が得策だと、斎藤たちは考えたのだろう。



 沢山の老老介護を進んで手伝った。

 沢山の子どもたちが斎藤を兄よ先生よと慕った。

 大量の斎藤は光合成により大量の炭素を固定して、温暖化が緩和した。

 ゆりかごから墓場まで。斎藤に生活を支えられ、斎藤により育った斎藤世代がやがて成人。

 人々の中から、斎藤復権運動が自然と湧き上がる。

 老若男女に愛されて、問われおずおずと斎藤たちの求めたものは、定時と週休二日であった。

 日光の無い夜は、彼らは動けない。

 電灯では光合成にはエネルギー不足。朝まで寝たがった。


 斎藤は人間へと返り咲き、戸籍数の第一位は斎藤姓。世界には斎藤が満ち溢れた。

たまの晴れた休みには、街の喫茶店の窓際でたっぷりと日差しを浴びながら、斎藤達が並んでのんびり本読む姿が見られるこの頃。


 眺めていたら、そのうち一人が「久しぶり」、と、笑顔で手を振った。


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斎藤大爆発 輝竜司 @citrocube

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