終章・選ぼう、わたし

最後の晩餐はどんちゃん騒ぎだった。

一旦食事した彼のお兄さんも、


「酒は別腹」


と言って缶ビールを次々に開ける。


「ほれ、未成年はこれで行け!」


と、お兄さんを更に陽気にしたようなお父さんはキトくんとわたしにノンアルビールを勧めてくれた。ビールの苦さというのはアルコールの苦さじゃないってことを生まれて初めて知った。


台所に立つのが名残惜しいとテーブルの上にホットプレートをセットしてお好み焼きと焼きそばを焼いた。調理するのはなんとおばあちゃん。


「まだまだ嫁には負けとらんからの」

「はいはい。そういうことにしときましょ」


嫁姑の軽いジャブの応酬をしながらおばあちゃんは鮮やかな手つきでお好み焼きをひっくり返す。


「わたしゃ大阪から嫁に来たんよ。酔うと今でも大阪弁が出るんよ」


楽しい。我が家にはない団欒だ。ついでに学校のわたしの自席の周囲にもない暖かさだ。思わず、泣けてきてしまう。

お母さんが心配して声をかけてくれた。


「あらあら、どうしたの、カノちゃん?」

「すみません。あまりにも皆さんが優しいので」

「カノさんは地元でちょっと辛いんだよ・・・」


キトくんのフォローにおばあちゃんが一層陽気な声でわたしに訊いてきた。


「カノちゃん、あんたん本家ほんけか、分家ぶんけか?」

「え。うちは分家です」

「なら、卒業したらキトの所に嫁に来りゃいい話じゃ。いや、我慢できんなら今すぐでもええよ。学生結婚じゃ! そんでこっちの高校に通えばよかろうが!」


そうだそうだとお父さんもお母さんも囃し立てる。ただ、お兄さんは反論する。


「ちょ。弟に先越されるのはちょっとな。兄貴のメンツっちゅうもんがある」

「やかましい! そんならお前もさっさと彼女連れて来んかい。病院のさおりさんはどうなったんじゃ」

「ダメだった」

「この甲斐性なしが!」


相思相愛という前提でみんなふざけ合っている。さっきお兄さんの車の中でキトくんが言ったことが本当だとしたら、実際相思相愛なのだ。わたしも彼が好きだ。ただ、彼のように潔くはっきりと言葉にはできない。


とにかくもキトくんとわたしは大人たちの酒の肴にされて二人して照れに照れまくっていた。


こうして夜は更けていった。


・・・・・・・


「じゃあ。メールするね」

「うん」


お兄さんが車で駅まで送ってくれた。

朝早くに渡辺さんの家での水やりと仏花のお供えを済ませた。渡辺さんは今日の午後退院しヘルパーさんの手を借りて家に戻ることになっている。


わたしの街までは複線で電車だ。

お兄さんは本屋に行って来る、と気を利かせてキトくんとわたしの2人にしてくれた。


「やっぱり、辛いよ」


わたしは素直に口に出した。


「まだ夏休みだけど、戻ったらまたメイドだもん。学校でも、家でも。それで、『アンジル』って呼ばれてさ・・・『アンジル』の意味はね・・・」

「無理に言わなくてもいいよ」

「ううん。キトくんには隠し事はしたくないの。『アンジル』ってとても卑猥な意味の単語の組み合わせなんだ。水谷さんとは中学の時から同じでね。中学の時にわたし、彼女の手引きで男子たちから恥ずかしいことされて・・・」

「自転車で行くよ」

「え」

「夜中でも、明け方でも、辛くなったらすぐに電話して。カノさんの街まで100キロ。僕の走力なら3時間で行ける。終電も始発も天候も関係ない」

「どうして・・・」

「理由なんて僕にも説明できない。ただ、手放したくないだけなんだ。僕のわがままと捉えてもらってもいい。だから、僕が着くまでの間だけ、待ってて」


わたしはただ涙を流して彼の胸に頭を、とっ、とくっつけた。自惚れでなければ彼はわたしを抱きしめたかっただろうけれども、そっとわたしの頭を撫でてだけくれた。


電車に乗った。


どっちが夢なんだろう。


どっちが現実なんだろう。


でも、それはわたしが決めることだということを彼から教わった。


わたしは、キトくんの言葉を現実として選ぶ。


そう、決めた。




おしまい

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ボーン・ドリーマー、わたし naka-motoo @naka-motoo

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