case 11

 転勤で東京を離れて春から福岡で1人暮らしを始めることとなったのだが…いかん、迷子になってしまった。

 この迷子、名を安藤啓(あんどうけい)という。身長は190センチ近くあるがひょろひょろで更に顔付きも気弱そうなのである。しかしそれでも見ず知らずの大男が近づいてくると、やはり恐いものだ。


「まいったなぁ…」

 大男はぼやいた。

 道を訪ねようと近づくが恐がられ避けられてしまうのだ。

 ゲームのしすぎでスマホは充電が切れて使い物にならない。

 いや…ホントにまいった…

 近くのベンチに座りどうしようかと落ち込んでいると声をかけられた。

「あ、あの!」

 見ると背の低い女の子が立っていた。横には先ほど電車で席を譲った老婆がいた。

「あぁおばあちゃん、また会いましたね。こちらはお孫さんですか?」

「そうばい。かわいいやろぉ? ところであんた彼女はおるんかい? ウチの子どうかね?」

 俺の知ってる福岡の方言と違うなぁ、ちょっと田舎の方なのかな。そんなことを考えつつ質問に答える。

「確かにかわいい子ですね。もらっちゃっていんですか? ちなみに高校生ですか?」

 まだ幼さが残るもののその瞳は強い意思を持っているように鋭く…というかなんかこの子睨んでない?俺が勝手にもらうとか言っちゃったからかな?冗談なのにかわいいなぁ。

「未来(みく)は今年で25じゃよ」

「すみませんでした」

 睨むのをやめ目付きが柔らかくなると彼女は更に幼く見えてしまう。

「別にいいですけどね。先ほどはありがとうございました」

 まだちょっと怒ってるよ…

 先ほどとは席を譲ったことに対してだろう。

「いえ、別に大したことじゃないんで気にしないで下さい」

「おばあちゃん疲れてたから助かりました。それで、もしかして道に迷ってないですか?」

「そう! 助けて!」

 必死の形相にふふっと彼女が笑う。

「昼過ぎに荷物が届くからそれまでにはたどり着かないとまずいんだよ。スマホの充電が切れちゃってさ。住所しかメモしてないんだよね。下見もせずにネットだけで決めちゃったから全然場所がわかんなくてさ」

 早口で事情を説明する。

「あら奇遇ですね。私も今日引っ越しなんですよ。私はまだ時間あるんで案内しますよ。住所見せてもらってもいいですか?」

 彼女にメモを渡す。

「ここならすぐ近くですね。いや、ホントに笑っちゃうくらい近い」

「え?そうなの?」

「地図見なくても行けますよ」

 歩き出す彼女についていくこと約10分。あんま近くねーじゃん!と心の中でツッコミを入れた。

 老婆に手を振り別れを告げる俺たち。

 え?俺たち?なんかおかしくない?

 俺は彼女にもお礼と別れを告げ部屋へと向かう。エントランスを抜けてエレベーターの前に来た俺は我慢できず口を開いた。

「なんでついてきてんの?」

「え?だって私の家ここだし。今日からお隣さんだね!とりあえず荷物おいたらご飯食べ行こうよ!」

 そんなことってありますか?いやあるんだろうけどさ…

「お、おう」

 昼イチで荷物が届くので近くにあるファミレスでお昼を済ませることにした。

 


 昼前にはまだ早いため混んでいない。普段は喫煙席を指定するのだが今日は連れがいるので禁煙席へと向かう。

「タバコ吸わないの?」

「いや、子供の前では吸わないでしょ」

「だから私もう25歳なんだってば!」

 すっかり忘れてた。思わず笑ってしまう。

「あ、ごめんごめん。忘れてたよ。なんか人懐っこいしちっちゃいから第一印象のイメージが拭えなくてさ」

「もう! 怒るよ! 失礼すぎでしょ!」

 ぎゃぎゃーと喚く彼女はやはり高校生にしか見えない。 


 俺たちは日替わり定食を頼むことにした。

「ライス大盛無料ですよ」

 店員が俺の体を見て進めてくる。ごめんなさい体でかいけど少食なんです。

「あ、じゃあ私大盛で」

 と、彼女が手をあげる。

「僕は普通で大丈夫です」

「かしこまりました」

 店員が注文を繰り返し確認をして去っていく。

「よく食べるね」

「え?そうかな?普通でしょ。アンドゥはもっと食べないと大きくなれないよ」

「いや、もうこれ以上身長は要らないから。不便になるだけだから。あとそのアンドゥって俺のこと?」

「そうだよ。私のことは未来って呼んでね」

 人のことは勝手に呼ぶのに自分のは指定するとは…なんだこの子…

 あと君の名字まだ聞いてなかったな。まぁいいか。

 それからもなんとなく子守りをしているような気分だった。



 帰宅して荷物の到着を待つ。

 ピーンポーンとインターホンが来客を知らせる。

 招かれざる客未来ちゃんのご到着である。満面の笑みを浮かべる彼女。そっとドアを閉めようとするが隙間に靴を挟まれてしまった。

「ちょっと何すんのよ!」

「いや、こっちの台詞なんだけど。なにしてんの?」

「寂しいかと思って遊びに来たよ」

「お構い無く」

 再び閉めようとするが靴が邪魔で閉まらない。諦めて部屋にいれることにした。

「まだ何にもないからやることないぞ」

「えー別にいいじゃん。ゴロゴロして待ってればさー」

 ホントにこいつ何しに来たんだよ。


 それからはホントにゴロゴロしてやがった。俺が本を読み出すと近くまで転がってきてつついてきたり邪魔をしてくるが無視していたら窓際に転がって行き数分後には寝息を立てだした。何しに来たんだこいつ。

 引っ越しの荷物が到着してからは手伝ってくれたので助かった。それから電気と水道とガスへ連絡してひとまず必要なものを買い出しに出掛けた。もちろん未来もついてきた。

「未来ちゃんとこは引っ越し終わったの?」

「もともと近くに住んでて荷物は少しずつ運んでもう部屋は片付いてるよ。いつでもいらっしゃい」

 不敵な笑みを浮かべ俺を誘う。取って食われそうだ。

「いや、行かんけどさ。手伝ってもらってばっかで悪いね。なんか頼みごとあれば言ってな」

「あ、じゃあ今日一緒に銭湯行こうよ。近くにあるけど行ったことなくてさー。1人だと行きにくいけどアンドゥいれば気が楽だ。」

「それくらいならいいけどさ」


帰宅してシーリングライトをつけたり棚を作ったりしているともう19時を過ぎていた。

 インターホンが鳴る。ドアを開けると未来がいた。

「ご飯作ったからおいで」

「え?いいの?」

「アンドゥのために作ったんだぜ!」

「おぉ!すまんな。今行く」

 これで料理めっちゃ下手だったらどうしよう…

 杞憂だった。

 ハンバーグに煮物にサラダにスープ。こいつすげえな…

 素直に感心した。

「毎日俺の味噌汁を作ってくれ」

 と冗談でプロポーズすると

「はい。どこまでもついていきます」

 とノリノリで答えてくれた。

 今日会ったばかりなのに全く気を使わない旧知の親友のように感じた。一緒にいて楽だし楽しい。隣がこいつでホントによかった。



「よし! 風呂にいこう! 準備してきなアンドゥ!」

「オッケー! ちょっと待ってろ!」

 お酒も入り気分上々だ。



 当たり前だが混浴はなく、1時間を目安に待ち合わせをした。

 注意書に飲酒後はダメという字が見えたような見えなかったような…まぁいっか。


 俺は30分くらいで上がってしまった。畳の待合室で横になっていると睡魔が襲ってくる。

 このウトウトしている時間が一番気持ちいいんだよなぁと思っているうちに俺の意識はとんだ。

 

 息が…苦しい…

 生への執着により意識が覚醒すると俺は鼻をつままれていた。

「あ、起きた。帰ろっか。」

 少し濡れた髪が艶(なまめ)かしく感じた。一方で、化粧を落とすとホントに学生のように幼い。幼いというかかわいい。プックリと柔らかそうなほっぺたに手が伸びそうになる。この子こんなにかわいかった?これはズルい…

 帰り道、俺は直視できなくなっていた。こんなの何年ぶりだっけな…


 帰宅してやっと1人になる。1人になるともっと一緒にいたかったなと思えてしまう。こんなに楽しかったのは久しぶりだ。

 ベッドに横になり考えてみる。

 彼女は気軽にウチに来るが俺は彼女の部屋を気軽に訪ねてもいいのだろうか。わからないし彼女に聞かなければ答えは出ない。でもプライドが変に邪魔してそんなこと聞けない。男ってなんでこうなんだろうな…

 ガチャ

 玄関の扉が開く。未来が入ってきた。

「いや、チャイムは鳴らそうよ。俺も男なんだから色々あるんだよ」

「まぁそん時はそん時でいんじゃない?私もう25歳だし色々わかってるからさ」

「いや良くないでしょ! 俺が良くないわ!」

 そんなことになったらもう恥ずかしさで死ねる。なに考えてんだこいつと思いつつも再び横になり目をつむり一旦落ち着こうと深呼吸をする。

 吸ってー吐いてー吸ってー吐こうとすると口が塞がった。

 目を開くとキスをされていた。

 思考が停止する。

 

 ・・・はぁ!?


 唇が離れ近すぎて見えなかった彼女の表情が見える。頬は紅潮し、目はトロリとしている。

「え!? ちょっと! 何してんの!?」

「何っておやすみのキスに決まってるじゃない」

 え……決まってるの? へーそうなんだ?…

 ってそんなわけあるかい!

「いや!意味わかんないから!」

「嫌……だった?」

 急に落ち込み出す彼女にもう頭がショートしそうになる。俺が悪いの?ねぇ誰か教えて!

「嫌じゃないけどさ。そういう問題じゃないじゃん。え?俺の方がおかしいの?え?どういうこと?」

「嫌じゃないなら素直に喜びなさいよ! 初めてだったんだから不安にさせないでよ!」

 逆ギレ? 何この子? ヤバい子なの? てか今初めてって言わなかった? いや、言ったよね!

「ちょっと待てぇい! なんでファーストキスを俺なんかにしてるの?」

「え? だってプロポーズしてくれたじゃん!」

 数秒の沈黙。

「え?……あぁ……そういうこと……」

 あれ有効だったの!? 冗談とかノリとかそういう感じじゃなかったの!?

「お前やっぱ高校生だろ!」

 純粋すぎんだろ…

「ガーン」

 それ口で言うやついんのかよ。思わず吹き出してしまった。今までの流れを思い出し更に笑いが止まらなくなる。つられて未来も笑いだした。


 まぁ……いっか!


 たぶん俺はどのみち未来を好きになってたと思う。あれをプロポーズと受け止められたのはちょっと納得いかないしさっきのがファーストキスなのは申し訳ない。覚悟を決めてけじめをつけよう。


 俺はベッドに座り直し、横のスペースを二度軽く叩く。

「未来、おいで。」

 彼女の表情に緊張の色が見えた。横に座った彼女の目を見つめる。心臓が暴れだす。この感覚も久しぶりだな。

 優しく手を握ると少し冷たかった。

「さっきはごめんな。色々混乱しててさ。」

「うん」

「未来、好きだよ」

「私も」

 再び唇を重ねた。


 2度目のファーストキスはこの先ずっと忘れないだろう。




 1度目のファーストキスはもっと忘れないけどね。

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The moment【LOVE】 詩章 @ks2142

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