第4話 魔法を理解する。

 ※ エルス視点 ※


 本を開く私の前に、カロの召喚獣であるクォンがしゃがむ。

 ……本当、言葉を理解しているはずが無いのに、理解しているように感じてしまうのは何故だろうね?

 そんな事を思いながら、私は本の内容を声に出して読み始めた。


「魔法と呼ばれる力は、己が体内で精製される『魔力』と呼ばれる力に『属性』を与える事で形となる力である。

 体内で精製される『魔力』は使えば使うほど体内で精製する量が段々と増えて行く。

 その為、人はこの世に生まれてからある一定の年齢(基本的には5歳から)になると、簡単な魔法を使うようにとその年齢になった子供を持つ家へと国からお達しが来る。

 ああ、簡単な魔法というのはね、煮炊きをする為の釜に火をつける種火だったり、飲み水を創る為の水精製だったりだね。

 彼らは段々と力を付けるけれど、学べる魔法の種類が少ないんだ。

 けど私達――つまりは貴族の場合は魔法を教える為の家庭教師が付いていてその為の授業を行ったり、こうして本を読んで学ぶという機会があるんだ。

 そうやって覚えた魔法は練習しないと行けないんだけど……出来るだけ大人が居る場所で無いと魔法を使ってはいけないんだ。子供だけでやって怪我とかしたら危ないからね、けど子供はやりたがっちゃうんだ」


 こんな感じにね。そう言いながら、私は少し悪戯っぽく微笑むと、クォンに見えるようにして片手を本から放し……人差し指を立てる。

 そして、お腹の下辺りで魔力を集めて精製するとそれを指の先へと送り出し、火の属性を与えた。

 すると立てられた人差し指にポゥと火属性を示す赤い光が灯り、赤い光はそのまま小さな赤い火へと変化した。


「ご覧、クォン。これが火の魔法だよ。今は火の属性に与えた魔力が少ないからこんな小さな火だけど、与える魔力量が多ければ多いほど大きさも威力もでかくなっていくんだ」

『クォン……』


 私の言葉を理解するようにクォンは頷き、ジッと私の指先の燃える火を見つめる。

 けれど、体内で精製した魔力が少なかったからか、火は徐々に小さくなり……最終的には消えて行った。

 それを見届けてから、軽く手を振って熱を散らすと改めてクォンを見る。

 ……クォンはコクコクと首を縦に振りながら、まばたきをすることなく私の指の先と手を振るった場所を見つめ続けていた。

 クォンはいったい、何を見ているのだろうか? その瞳はなんだか全てを見透かしているみたいに見え、少しだけゾクリとした。

 そう思っていると……クォンが早く続きを読むようにと催促でもするように地面をタシタシと前足で叩き始めた。


「あはは、続き読んで欲しいんだね。それじゃあ話すよ。次は『属性』についてのお話だね。属性っていうのは魔法を使うために必要な物なんだ。

 今見せた火には火の属性が込められていて、水を出すときには『水属性』を、風を出すときには『風属性』を与えないといけないんだ」


 クォンに説明をしながら本の事柄を読む。そこには属性一覧が書かれており、その属性に魔力を与えるとどんなことが起きるのかが書かれている。

 『火・水・風・土』の四大属性、『光・闇・無・幻』といった特殊な属性。

 けれど、特殊な属性を扱える者はかなり限られていたり、居なくなってたりするみたいだから大体のイメージで書かれていたりする。

 その絵が気になっているのか、クォンが身を乗り出して私の読む本に目線を合わせようとする。


「あ、こら。ダメだよクォン。土汚れが付いちゃうだろ?」

『クゥ……クォ~ン♪』


 私が優しく嗜めると、まるでお茶目な感じに謝っているようにクォンが鳴く。

 しかも芸が細かいのか瞼をパチパチなんてしている。……すごいなぁ。


「芸が細かいのは凄いと思うよ……、けどそんな声を出しても駄目な物は駄目なんだよ?」

『クゥ~…………』

「にぃ~! くぉ~~ん!! うぇぇぇぇ~~~~!」

『クゥ……? ク――クォン!?』


 が、そんな時、カロの大きな声が聞こえ、クォンは首を傾げながら振り返る。すると尻尾を立てて驚いた様子を見せた。

 私もカロの様子を見て、驚いて読んでいた本を落として立ち上がった。なぜなら……。


「カ、カロッ!? 大丈夫かい!? 転んじゃったのか……、怪我は無いかい? そういえば、イオンとジャルスは?」

「あっちー!」


 可愛らしいカロの顔が泥塗れになっていて、綺麗な服も泥塗れだった。

 これはもう、見事なくらいに転んだんだね……。

 そう思いながら姿が見えない2人の居場所を聞くと、カロは向こうを指差す。

 するとそこにはカロと同じような泥塗れの……って、2人も転んだんだね。


「2人も怪我は無い? 服が汚れただけかな?」

「うん……」「はい……」

「そうか、それなら良かった……。だけど、一応傷を見てもらおう。服に感しては、母上達にこっぴどく叱られるだろうけど……」


 そう言うと3人はビクリと震えたけれど、私は治癒魔法を使う事が出来る人物が常駐する場所へと泥塗れの3人を連れて行こうとする。

 連れて行かれようとするイオンとジャルスの事が心配なのか、2人の召喚獣も不安そうに鳴きながら擦り寄る。


『ブルル……』

『ウキィ……』

「毛モジャ~……」

「ウッキィー……」


 怒られるかも知れない、そう思っていたみたいだったけど……召喚獣が近付くと2人の目に涙が浮かび始めた。

 そして、少しすると2人は召喚獣に抱き付いて、グスグスっと涙をすすり始めた。

 そんな2人が心配なのかカロはキョロキョロと2人を交互に見て……涙を浮かべ始める。


「う、うぅ…………」

「ぐす…………っ」

「うぁ……うぁ……、うわ~~~~んっ」

「「うわぁぁぁ~~~~んっ!!」」


 ああ、泣いちゃった。……仕方ない、連れて行くのは無理みたいだから……付いて来てもらおう。

 そう思いながら私は立ち上がり、自身の召喚獣であるクルッポに3人を見ていて貰うようにお願いする。

 早く呼んで来ないと! そう思いながら私は駆け出す。


「ぐすっ、ク……クォン?」

「ど、したのぉ?」

「ひっく、クォ~……?」

『クゥ~~……、クォン!』


 そんな私の背後で弟と妹の声が聞こえ、直後――クォンが唸るように吠えた。

 その瞬間、背後がピカッと光った。


 ――――えっ!?


 何が起きたのか分からないまま、私は急いで振り返った。



 ※ クォン視点 ※


 随分と慌てているのか、エルス殿は本を取り落としたのも気づかないまま母屋のほうに向かおうとする。

 その姿をチラリと見てから、妾は急いで本を見る。

 丁度落ちた本が開かれている箇所は、先程聞いていた『属性』を司る所じゃった。


『クォン(おお、運が良い。丁度知りたかった場所じゃったから読ませて貰おう)』


 フンフンと鼻先で匂いを嗅ぐかのように顔を本に近づけると、素早く目で文章を追う。

 書かれている箇所の大体はエルス殿が説明した通りじゃが、妾が分からぬと思って所々端折っておるな。

 じゃがまあ良い、今はどのような属性があるかを知るのが先決じゃ。

 そう考えながら妾は属性が書かれた箇所を見る。するとそこには属性と共にどのような効果を齎すものかが書かれておった。


【火属性・物を燃やしたり、温める】

【水属性・飲み水を作ったり、冷やす】

【風属性・風を起こしたり、吹き飛ばす】

【土属性・土を作り出して、壁を作る】

【光属性・対象を癒したり、解毒をする】

【闇属性・闇を生み出し、目暗まし】

【無属性・見えない衝撃を放ったり、身体強化できる】

【幻属性・自身の幻覚を見せたり、隠れたりできる】

【空属性・失われた属性のため、不明】


 ……幾つか幼子に分かるように書かれているからか、少しばかり大雑把な感じじゃな。

 じゃが、今知りたい事は理解出来たのじゃ。

 現在必要な属性は『火』『水』『風』と……『光』じゃな。

 次に問題はどうやって一度に魔法を使うか、じゃ。

 頭の中に先程エルス殿が使った火の魔法を思い出す。あれは魔力と呼ばれる物を体内から指の先に集めて、火の属性に宿しておったのじゃろう。

 ならば、魔力を一度に送って……もしくは溜まっておる箇所に属性を込めれば使えるのではないのか?

 …………丁度、妾には尾が九つあるのう。そして、書かれている属性は9つ。


『クゥォン……(上手く行くかは分からぬが……試して、みるか)』


 唸るように声を上げつつ、妾は体内に循環されると言う魔力を練り上げてみる。

 すると、これが魔力であろうと思われるものはあっさりと体内で練り上げられた。

 今度はその魔力を九つの尻尾へと送り始めるのじゃが……、二尾は上手く行くが他の七尾は塞き止められている。という感じがしておった。

 多分だけれど、これは神の呪いのひとつなのだと思う。

 まあ、少なからず魔力が流れておるから、問題は無いと思う事にする。じゃから、妾はそれぞれの尾に属性を割り当てた。

 魔力が上手く流れる二尾に『火』と『幻』を。

 それ以外の七尾に残りの属性を当ててみる。……ただし『空』は良く分からない為、上手く行かない。

 するとそれぞれの尾が属性の光を宿したのか、色鮮やかな九尾となった。


『クゥ……、クォォォ~~~~ンッ!!(さて……、やってみるとするかのう! うおおおお~~~~っ!!)』


 気合を入れる為に雄叫びを上げ、属性を与えた魔力……即ち『魔法』と呼ばれる現象を妾は発動させる。

 そして、発動させて気づいたが……この力は自身が思っている形で発動を操作出来るようじゃった。

 ならば行おうではないか!

 主殿達が近付いた妾に声をかけるのを見ながら、妾は素早く主殿達の周囲に『水』と『風』の魔法を使う。

 顔や体、そして服に付いた泥を洗い流すように……。おおっ、3人の周囲を水がグルグルと回っておる!

 水が回るにつれて、顔や服に軽くぶつかると……泥を吸い取り、汚れを取り除いていく。

 人の身では一瞬の出来事で、3人の顔や服に付いていた泥は綺麗に取り除かれた。……が、びっしょりと濡れていた。

 じゃから今度は『水』を外して、『風』を起こしたまま『火』を混ぜる。

 すると、水を含んでいた風が、火によって温められ温かい風へと変化し……3人の周囲で程好く吹く。

 その風が吹く度にびしょ濡れとなっていた服から水が飛ばされ、しゅうしゅうと消えていった。


 ――うむ、これで服もばっちりと乾いたようじゃな。


 そして、改めて主殿と兄姉を見ると……やはり転んでいた時に擦りむいて居たのか、鼻の頭やおでこ。他にも手の横を擦っているのが見えた。

 まったく、元気なのは良いのじゃが、もう少し注意が必要だと思うぞ?

 そう思いながら妾は『光』を3人の下へと降らせた。その光は傷を癒す力を込めておる……そう妾は思っておる。

 その思いは届いているらしく、光が降り注ぎ3人の傷付いていた顔や手が癒されていくのが見えた。


『クォン……(ふう、こんなもんじゃろう……)』

「え、いまの光は……って、カ、カロ!? イオンも、ジャルスもっ。ど、どうしたんだいっ!?」

「え? あ、え……え、ええっ!?」

「ぼ、ぼくにも、わかんない。クォンがぴかーって……」


 振り返ったエルス殿はピッカピカとなった3人に驚きつつ、彼らに話を聞こうとする。

 じゃが、イオ殿とジャルス殿は何があったのか分かっていないようじゃった。というよりも、分かったとしても理解出来ないじゃろうなあ。

 なにせ……、召喚獣は魔法を行使する事は出来ないと言われておるのじゃから。


「ク、クォン、きみは……いったいなにを?」

「クォー、すごい! ぴかーってね。ぴかーっ!」

『クゥン、クォン♪(ふふん、照れるではないか♪)』


 主殿が嬉しそうに妾に抱き付き、妾照れるのじゃ。

 ……ん? 何か、体がムズムズするのう…………。いったい、なん――ぬ?

 何か体がおかしい。そう思いつつ身動ぎを行う妾じゃったが、突如頭の中に妙な音が響いた。

 音というのは、こう……ぽーんという何処か気の抜けたような音じゃな。

 直後――、


《空属性の反応を確認しました――。個体名『クォン』にスキル<空間認識>を付与します。》


 そんな声が響いた。

 何じゃ、今の声は? 聞こえた声は誰の声なのかと周囲を見渡すが、それらしい者は居ない。


『クゥン?(どういう事じゃ?)』

「クォー、どーたの?」

『クォン、クォン(主殿、今声がしなかったかえ?)』


 首を傾げる妾の事が気になったのか主殿が尋ねてきおった。なので、訊ねるのじゃが……首を傾けるだけじゃった。

 つまりは……今の声は妾にしか聞こえなかった。という事じゃな?

 そう結論付けた瞬間、頭の中に無数の音が響き渡り、続けて声が聞こえた。


《個体名『クォン』が<火属性魔法>を獲得しました。》

《個体名『クォン』が<水属性魔法>を獲得しました。》

《個体名『クォン』が<風属性魔法>を獲得しました。》

《個体名『クォン』が<光属性魔法>を獲得しました。》


『ク、クォ!?(ふぉ、ふぉお!?)』


 なんじゃ、いったい何事じゃ!?

 響く声に戸惑う妾じゃったが、戸惑いを見せる状況は痛みを伴った。


《個体名『クォン』の体内魔力の損傷を確認しました――。現在蓄積魔力に適した肉体に構成し直します。》

《個体名『クォン』の所持ギフトの中に『異界神の戒め(強大)』を確認しました――。再構成する肉体に制限を付与します。》

《個体名『クォン』が持つ本来の能力を十分の一にまで封印します。》

《個体名『クォン』が持つ自身の魔力精製能力を百文の一にします。》

《個体名『クォン』の再構成後の階級を二階級降格します。》


「クォー? クォー!?」

「ク、クォン!? にーさま、にーさまーっ!」

「エルにぃ! クォンがへんだよっ!!」


 ぐ、ぐおおおっ!?

 ミシミシ、メキメキと体が軋みを上げているのが、妾の耳に届く。

 同時に全身を激しい痛みが襲い続け……、あの時石になった感覚とは違うものが襲ってきた。

 耐えがたい痛みと、妙な感覚に耐え切れず、妾は呻き――その場でのたうち始める。


「っ!? イオン、ジャルス! カロもこっちに来るんだっ!!」


 そんな妾が危ないと感じてくれたのかエルス殿が心配する3人を抱き抱えるようにして下がるのが見えた。

 何が起きているのか分からないまま、主殿を傷つけたらいけないからのう……。

 ホッと息を吐くと同時に、頭に激しい痛みが襲いかかり――妾は気絶したようじゃった。

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傾国狐、異世界に召喚される。 清水裕 @Yutaka_Shimizu

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