第3話 半月経ちました。

 狐改めクォンが召喚されて半月が経過した。


『クアァァ、アフ…………』


 ポカポカと陽射しが当たる庭の中でクォンは腹這いに寝ながら、大きな欠伸を噛み締める。

 その姿はまるで縁側で眠る猫といった様相であるが、クォンは狐である。

 そしてそんなクォンの側には、主である幼女も居た。

 というよりも、クォンのフサフサとした尾を抱き枕にするようにして……すやすやと気持ち良さそうに寝息を立てている。


「むにゃむにゅ……クォ……」

『クゥ、クォン……(はいはい、妾は居りますよー。だから寝ましょうね、主殿ー……)』


 すやすや寝息を立てる幼女に軽く返事を返しながら、クォンは静かに目を閉じる。

 ……が、その幸せなひと時は終了を向かえたようだ。

 何故ならクォンの耳がピクリと動き、複数の足音を捉えたからだ。


『クォン……(やれやれ、のんびり日向ぼっこは終了のようじゃなぁ……)」


 心で溜息を吐きながら、瞼を少しだけ開けてチラリと足音がした方向を見る。

 すると、2人の少年少女が楽しそうに庭へと駆けてくるのが見えた。

 そんな彼らの後を追うようにして、前を駆ける2人よりも歳が上の青年と彼らが召喚した相棒達も近づいてくるのが見える。


「んゅ…………」

『クゥ……(主殿、起きてしもうか……)』


 近付いてくる足音に気づいたのか、すやすやと眠って居た幼女の目も覚めてしまったらしく……眠そうに瞼を擦りながら体を起こす。

 そんな彼女の頬をぺろりとクォンは優しく舐める。


「くぉんー……、くすったいー」

『クゥン、クォン(寝惚けてたら駄目じゃぞ、ちゃんと起きねばいかんぞ)』

「きゃはっ、クォン。だぁえーっ」


 ペロペロと頬を舐められ、幼女は身を捩りながら笑う。

 本来ならば舐められたら叱るなりすると思うけれど、少女が幼いという事と相棒であるクォンを信頼している証だろう。

 そんな風にクォンが思っていると足音の主達が幼女に気づいたらしく、声をかけてきた。


「カロ、みつけたー!」

「カロ、みーっけ!」

「「遊ぼう、カロッ!」」

「イオ、ジャル、急ぎすぎだよ。ゴメンよカロ、眠ってるところ起こしちゃったね」

「にー! ねー! はーよっ!」


 幼女を指差す男の子と女の子、そしてその後に続くようにやって来た優しそうな雰囲気の青年。

 そんな彼らを見て、幼女は笑顔で兄と姉を呼んだ。

 以上の事で分かるだろうが、この3人の少年少女は幼女の兄姉である。

 そして、クォンの主である幼女の名前はカロリーヌ=ティル。

 クォン達が暮らす海上都市である『トライランド』を各国より任せられているティル子爵家の末っ子。……つまりは貴族であった。

 そんな彼らを見ながら、寝足りないというようにクォンはくぁ、と欠伸をした。



 ※ クォン視点 ※


 くぁ、と妾が欠伸をしておると主殿が立ち上がり、3人の兄姉の下へとタタタッと駆けて行きおった。

 そして、抱きつくように主殿と歳が近い兄姉へと飛びついた。


「にー、ねー、あそぉー?」

「うん、遊ぼうカロ!」

「なにして遊ぼうか、カロ?」

「んーと、んぇーと」


 主殿は遊びたい盛りのようで、あれも良いし、これも良いと悩んでおるのかうんうんと悩んでおる。

 そんな主殿を兄姉達は微笑ましそうに見ておる。普段の笑顔も愛らしいが、悩んでいる様子も大層愛らしいからのう、妾の主殿は。

 そんな事を思いながら、この場に居る3人の主殿の兄姉を見る。

 一番上の青年は主殿と同じ金色の髪を肩ほどまで伸ばしてしており、それを結び紐を使って一纏めにした髪形をしておる。そして瞳は赤色じゃな。

 背の方も、高すぎず低すぎずといった手頃な大きさじゃな。

 言い方が酷いと思うが、女装をしたら似合いそうな青年じゃ。

 そんな彼の名前はエルスという名前で、主様の兄妹の三男じゃ。


 次に姉の方じゃが、髪を短めに切っており、色の方は藍色と金色の二色が髪に混ざりあっておる。……そんな彼女の頭にはピンと立った猫の様な耳が生えておる。

 そして尻から覗くのはしなやかな藍色と金色に彩られた縞々の尾。見ての通り人と違う、何故なら彼女はこの世界に住む獣人と呼ばれる種族なのじゃ。

 そんな彼女の名前はイオーヌ。家族からはイオとかイオンとか呼ばれておる。

 瞳は主殿と同じ碧眼じゃから、これで姉妹と分かる。ちなみに兄妹の中では四女じゃ。


 最後に主殿に近い歳であろう兄じゃが、主殿よりも緑の強い新緑の様な草色の瞳をしている彼は六男のジャルスという名前をしておった。

 彼は黄緑色の髪をある程度の長さで切り揃えられており、髪の隙間から見える耳は人間の物よりも少しピンと立っており、自分の存在を主張しておるようじゃった。

 ……この時点で分かるじゃろうが、彼は人間という種族ではなくエルフと呼ばれる種族じゃ。


 いや、混血じゃからハーフエルフという種族じゃな。ちなみにイオーヌは半獣人じゃな。

 人間、獣人、エルフと別々の種族が分かれているけれど……兄妹。

 普通は血の繋がっていない義理の兄妹とか思ったりするかも知れんが……、彼らは皆兄妹なのじゃ。

 まあ、ぶっちゃけるとティル子爵が三人の嫁を貰っておるという事じゃな。


 元の世界では一夫多妻というのは妾は良く覚えがあったのじゃが、昨今では珍しいものとなっておった。

 普通に一夫一妻が当たり前で、時折愛人囲っておる者が居るというのが当たり前となっておったのう。

 ついでにそんな者達は基本的に刺されるか別れるかが大半じゃったようじゃが……。

 そして半月の間に主殿に付いて移動し、その先で色々と聞き耳を立てて分かったのじゃが、この世界の夫婦も一夫一妻が基本的であり尚且つ、それぞれの国の者はその国の者とくっつくのが当たり前という感じになっておるようじゃ。

 じゃから、種族の違う三人の嫁を娶っているというティル子爵という貴族は非常に珍しい人物という扱いとなっておるようじゃった。

 まあ……、別種族の三人の嫁を娶る為にそれぞれの国から支援を受けていると同時にそれぞれの国の取り決めから分かれているこの都市の管理を買って出てるのじゃから……、本当に珍しい人物なんじゃろうな。

 妾達が現在いるこの『トライランド』という都市は、この世界にある人・獣人・エルフが暮らす三つの大陸とモンスター蔓延る大陸の合計四つの大陸の中心にある小さな島に造られた都市という話じゃ。

 今度機会があれば……というよりも現在封じられてる力を少し取り戻して空中を飛べるようになったら、一度上空から見たいものじゃな。


「けっこ! けっこ、いー!」

「かけっこね! 負けないよー!」

「イオねぇが走ったら、ぼくは追いつけないよ。それに、カロはぜったい追いかけてたら転んじゃうよ?」

「あ、そっか。それじゃあ、ぜんりょく出さないで走るね!」

「あい!」

「まあ……、ぜんりょく出さないことを祈るよ……」


 おっと、どうやら主殿が何をして遊ぶか決めたようじゃな。

 と言うか駆けっことは、中々子供というのは元気なものじゃなあ……。

 とか思っておると「よーい、どんっ」と合図を送って、一斉に駆け出し始めた。

 そんな彼らを見ておると、彼らの召喚獣が妾の下へと近づいて来た。


『コン、クルォン?(こんにちわ皆の衆、調子はどうじゃ?)』

『ブルルルッ(こんちわッス、姐さん)』

『ウキィ、キキィ(坊ちゃん達、お嬢ちゃんと遊びたいって、ついさっきまでの勉強そっちのけでしたよ)』

『クルッ、クポォ……(でもって、運悪く近くを歩いていたエルス様が同行する事になったわけよ……)』


 妾が訊ねると、猪・猿・鳩の召喚獣が妾に語りかけてきた。

 彼らの言葉を聞きながら、妾は苦笑しつつ声をかける。


『クォン、クォン……(それは、災難じゃったな……)』

『ブッフゥ……(まあ災難でした……)』

『ウキキィ(それでも坊ちゃん達が楽しそうにしてるのは良いもんですよ)』

『クルル、ッポゥ(まあそうよね、エルス様も楽しそうだし)』


 そう言いながら彼らは皆、楽しそうに笑いながら走る回る子供達を見る。

 妾も倣うように主殿達を見ると……本当に楽しそうじゃった。

 ……じゃが、それよりも妾はエルス殿の方に視線が向かってしもうた。

 いや、実際にはエルス殿の持っている物にじゃ。

 それを見て妾はエルス殿の方へと駆け出した。


「さてと、見守りながらだから少ししか読めないと思うけど……読もうか」

『クォン! クォン!(エルス殿! 本、本を読むのじゃな!)』

「うん? クォンも読みたいのかい?」

『クォン、クゥ!(当たり前じゃ、妾はこの世界の術の仕組みを理解したいのじゃからな!)』


 そう、エルス殿が今読もうとしている本。それはこの世界特有のと呼ばれる術の事が記された本なのじゃ。

 この世界のやり方を少しでも理解した方が妾もやり易いと言うもの。じゃから、その為に魔法のことが書かれた書物を読むのが一番なのじゃ。

 読ませておくれ、読ませておくれ。そんな感じにエルス殿の足元で鳴きながらテシテシと地面を叩く。

 すると、エルス殿は少し困った顔をしつつも笑った。


「ははっ、分かったよ。それじゃあ、声に出して読むよ。それで良いかい?」

『クォン!(良いとも!)』

「……う~ん、召喚された存在とは完璧な意思疎通が出来ないと言われているけど、クォンは何と言うか普通に会話しているように感じられるね。……まあ、気のせいかな」


 不思議そうにそう言ってから、エルス殿は書物を良く通るような声で語り始めた。

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