第2話 異世界への旅立ち、主との出会い

 召喚の道を通り、狐は異世界へと向かう。

 その際に世界の壁と呼ぶべき何かを潜るのを狐は感じた。

 それを潜った瞬間、世界を離れたのだという事を理解し……狐は一度だけ通ってきた道を見る。


(もうあの世界に戻る事は無いじゃろう。さらばじゃ、妾の世界よ)


 目を閉じ、改めて正面を向くと狐は迷い無く召喚主の下へと向かう為に進む。

 暫く進み続けると、召喚主の下であろう西洋の形式に近い魔方陣が空に浮かんでるのを狐の目は捉えた。

 そこに向かって狐は移動する。


『妾を呼び出した幸運なる召喚主はどのような者か、さあ――その姿を見せて貰おうではないかっ!!』


 今更ながら呼び出した人物はどんな人物なのか狐は気になった。

 けれど、そんな事はどうでも良い。どのように反応すれば良いのかは会ってから決めれば良いだけの事だ。

 そう結論付けると狐は魔方陣へと飛び込み、召喚主の下に現れようとした瞬間――電撃を浴びた。


『ク、クォォォォォォ~~~~ンッ!?』

(な、何じゃこれはっ?! まさか、何らかの妨害!? それとも…………こ、これかぁっ!!)


 バリバリと全身を襲う電撃の原因、それが何かを探り……原因に行き当たった。

 首に掛けられた首飾りだ。……呪いの、首飾りだ。

 どうやら封印された後でも狐の首に掛かっていたようで、それに気づいた時には……遅かった。


(いったい何が起きる? 何が起きるのじゃ!? くっ、ち……力が、力が抜けるぅ……! まさか、弱体化するとでも言うのか……?!

 な、ならば、早くこの呪いを解除せねば――くっ! む、無理じゃ……! それに、召喚されて……しま、う)


 肉体がこの世界に固定されていない間、その間に呪いを解除出来れば――。そう思いながら解除を行おうとする狐だったが、千と数百年経ったと言えど神が創りし呪具。

 そんな短時間に解除する事は不可能であり、呪いが解ける事がないまま狐は召喚された。

 眩い光が狐の視界を被い、狐の視界は真っ白に包まれ……まともに見える様になるまで少し時間が必要に感じられた。

 だが、そんな事よりも狐は体にゆっくりと当たる優しい風の香りに歓喜した。


『クォン、クォォン……!』

(おお、おおっ、風じゃ……! 千数百年振りに感じる風じゃ……!!)


 体に、頬に、尾に当たる風。懐かしいその感覚に、狐は喜びの声を上げる。

 そして次に感じるのは陽の暖かさ。

 ポカポカと感じる陽射しに、狐はゴロゴロとその場で転がり陽だまりを全身に浴びる。


(ふぉぉぉぉっ、陽じゃ。陽の光じゃぁあ……! こんなにも、こんなにも気持ちが良いものじゃったのか、日向というものはぁ……!)


 浴びる陽の光りの暖かさと風の心地良さに狐は召喚主の事などすっかり忘れ去ってしまっていた。

 と、タタタッと軽快な足音が狐の耳に聞こえた。

 同時に何か騒がしい声もだ。


「○×!? ○●◆◇★☆!!」

「■△! ▼△■○×★!」

「▽▼、◆◇○★☆●!!」

(何じゃ、騒がしいのう……。いったい何事じゃ?)


 騒がしい方をようやく見える様になってきた目で見ると、フワフワとしたドレスを来た幼女がとてとてと狐に向かってくるのが見えた。

 そして幼女の後ろでは必死に声をかけている大人だと思われる者達の姿が見えた。

 改めて、狐は幼女を見直す。

 年齢は2歳ほどだろうと考えつつ、フワフワとした金色の髪とエメラルドの様な碧色の瞳。

 表情はおっかなびっくりとしている? いいや、物凄く目をキラキラとしており……狐の尾に狙いを定めている様に見えた。

 そして、狙いを定め終えたようで……幼女は。


「○■△、○■△!(モーフ、モーフッ!)」

『クォンッ!? ク、クォォンッ!!』

(ちょ!? な、何をしてるのじゃっ!? いきなり尾に抱きつくのはいかんのじゃあ!!)


 幼女が飛びつくように狐の尻尾に抱きつくと、気持ち良さそうにグリグリと顔を押し付け始めた。

 突然の事に驚き、狐は戸惑いの鳴き声を上げつつ身悶える。

 尻尾というものは敏感すぎる為にグリグリされると厳しいものなのだ。

 けれどそういう事を知らない幼女は目の前のモフモフにご執心であり、グリグリと顔を押し付けてモフモフタイムを継続中である。

 右にグリグリ、左にグリグリ、真ん中でグリグリと狐の尾に丹念に顔を擦りつける。

 その度に狐は身悶え、若干情けない声が口から洩れてしまう。


『クォォンっ、クォ~~~~ンッ!!』

(やめるのじゃ、そんな、このような事は人前でされるのは恥かしいのじゃあ~~~~っ!!)


 尾をモフモフとされてしまう行為。それは狐が味わう初めての感覚だった。

 わさわさと手櫛に毛が梳かれ……頬や手の平から人の体温が伝わり、吐息が時折尾の中心に当たり……ビクンビクンと狐は震える。

 というよりも、もう限界なようで……クォン、クォンと弱々しく鳴いていた。

 ……が、不意に抱きつかれていた幼女が離れるのを感じ、弱々しく上を見上げると……そこには青年が立っており、幼女を抱き上げていた。


「☆■!(にー!)」

『クォン……』

(助かったのじゃ。妾を助けたのは……この者の兄のようじゃな。そして、あの幼子が……妾の召喚主のようじゃ)


 幼女は自分を抱き上げたのが兄弟である事に気づくと、嬉しそうに抱きついた。

 青年は幼女に抱きつかれながら笑みを浮かべ、幼女に声をかける。


「△☆◆、◎○●■△☆★★」

「●×△ー?(なみゃえー?)」

「××、●■○●×△▼☆★▲」


 青年の語り掛けに幼女は首を傾げながら問い返す。

 そのやり取りと、召喚主である幼女から聞こえる声で青年が幼女に狐の名前を付けるように言っているようだった。

 青年の言葉に幼女はきょとんとしていたけれど、すぐに納得したのか笑顔で頷いた。

 そして、幼女は召喚した狐の名前を口にした。


「■△◎!(クォン!)」


 ……こうして、狐の名前はクォンとなったのだった。



 ※ クォン視点 ※


 多分この世界の言葉であろう言葉で喋っている主殿と……主殿の兄と周りの者達。

 そんな者達の様子を見ながら、妾は彼らの言葉に耳を傾ける。

 現状、彼らが何を言ってるのかは……まったく分からない。いや、実際には契約のお陰か主殿の幼言葉は若干じゃが妾に分かるように二重になって聞こえておる。

 とはいっても、幼言葉故に理解し難い部分が多々あるのが厳しいのう。


(とりあえず、初めにこの世界の言葉を理解するのが一番……じゃろうな)


 そう思いながら妾は兄に抱かれる主殿を見る。

 本当に幼い少女じゃな。それも愛らしい少女じゃ。

 ジッと主殿を見ていると、主殿は兄であろう青年に抱かれながら妾へと顔を向けると声をかけてきた。


「■△◎! ●◇!(クォン! いこ!)」

『クォン』


 どうやら移動するからついてくるように告げているのじゃろう。そう思いながら妾もゆっくりと立ち上がると主殿達の後について歩き始めたのじゃ。

 ……正直、抱き上げられて連れて行かれると思っておったが、歩きだったお陰で妾は周囲の様子を見る事が出来た。

 妾達が居た場所は草原、というよりも原っぱの様で主殿一向しか居らんかった。

 そこから少し歩いていくと建物が立ち並ぶ地区へと辿り着いた。……なるほど、つい先程の妾が呼び出された原っぱは寄り集まりをする様な場所だったんじゃろう。

 家の造りは……元の世界の西洋の方で流行っていた建築に近い物じゃな。

 あの大国は色んな分化を取り入れておったし、妾が色々と所望した結果その様式の建物を建ててもらったりもしてたから覚えておるぞ。


「☆■! ◆◎▽(にー! まーて)」

「◇? ◎■▽★△?」

「■△◎、●□▲!(クォン、いーえ!)」


 主殿は兄を止めると、嬉しそうに周囲を指差しおった。

 どうやら、覚えている言葉を使いたいと言うのと……妾に教えたいと思ったんじゃろうな。

 とりあえずは……感謝を込めて礼を言っておくとしようかのう。


『クォン、クゥゥ。キュゥン』


 感謝を込めて鳴いてから、ぺこりと妾は頭を下げる。

 こう見えても、やらかしたけれど判別が分かる狐なんじゃよ妾は。

 そして頭を下げる妾を周りの者達が驚いた様子で見ておるのじゃが……何じゃろうな?

 疑問に思いながら建物をチラリチラリと目で見ながら移動し、様々な人の姿も見る事が出来た。

 彼らの殆どは金色の髪をしており、時折茶色の髪も見られ……中には人に妾の様な耳や尻尾が付いている者も見る事が出来た。

 どうやら、この世界に住むのは人という存在だけではないようじゃな。

 この世界の言語に、言葉。他にも色々と知らないといけないようじゃなあ。

 そう思いながら妾は建物に向けて指を指しながら、語る主殿を見る。

 二重に聞こえてくる言葉で主殿は屋根の色の事を口にしているのが分かった。

 ……なるほどのう。


『クォン!』

「#□●(えへー)」


 為になったと思いながら、妾が主殿へと礼を言う。

 すると、向こうも妾の考えているのが少しなのか分かっているようで、機嫌良さそうに笑顔となったのじゃ。

 邪気を感じさせない、無垢な笑顔じゃな……。

 そんな主殿の笑顔を微笑ましそうに兄も見ており、妾を一度見てからゆっくりと歩き出した。

 道を歩いていく度にお礼を言われたのが嬉しかった主殿は次々と指をさし、楽しそうに舌足らずに言葉を口にする。

 その言葉を妾は一句一句覚えていく。そうする事で少しながら言葉を理解出来るからのう。

 頭の中に主殿の言葉を焼き付けながらこの地区を通り抜けて行くと、ひと際大きな家が建っているのが見えた。

 どうやら主殿達は其処に向かっているのじゃろうな。

 ……ん? という事は、主殿や兄は……金持ちというものなのか?

 うぅむ、良く分からぬ。とりあえずはこれも知る事のひとつに入れておくべきじゃな。

 そう思いながら、妾は主殿達に続いて鉄だと思われる金属製の門を潜り抜けて家の敷地へと入った。

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