第26話 最強胃袋決定戦!

時刻は夕刻。

そろそろ日が傾き始める頃だ。





「えー・・・コホン。 ではこれより第二回最強胃袋決定戦を開催するっ!!」

「「「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」


簡易的に作られたアグニラ専用の小さなお立ち台にちょこんと立ったアグニラは、

どこからか借りてきた魔導拡声器を口に当てるとそう宣言し、詰めかけていた群衆からは大きな歓声が上がった。




「いやいや・・・・何やってんのアグニラ。 それに第二回って一回目なんかあったっけ?」

「おそらくですけど、ラグジュであったオーヴさんとの大食い勝負が第一回かと・・・」


群衆よりも少し後ろ、涼しい風が吹き抜ける木陰の下でレイナの貰ってきた鳥の串焼きを食べていたエマ達は二人して呆れた声を漏らす。




大量に現れたウェザーホークの群れはエマの魔法によって全て討伐されたのだが、

護衛の冒険者達の疲弊、レイナやキリカの魔力切れ、

それに加えてエマの意識喪失等、様々な問題が出ていた為

ここで一度休息を取ることになったのだ。




そこで、肉質が柔らかく美味なウェザーホークを歴戦の冒険者であるナジックの指示の元、解体することになったのだが


如何せんその数が多いため村の住人や滞在中の人々も呼び手伝いを頼み、

その報酬を肉や、民芸品や装飾の細工などに使われることの多いウェザーホークの羽根等の素材にすることにした。


食料不足が不安視されていた村人達は大層喜び、滞在していた商人達も安価で大量に素材を手に入れる事ができほくほく顔だ。


そしてもう一つ、麓のハグリダ村からこの山腹まで来てもらうことで滞在を余儀なくされている人々や村の住人の緊張状態を少しは和らげようという狙いがあった。


実際その狙いは効果てきめんで、麓からここまで登頂する間、魔物の襲撃はなく、また今まで起こっていた不可解な妨害などもなかったらしく人々に安堵の表情が浮かんでいた。



エマは意識を取り戻してからこの一連の説明をレイナから受けたのだが、この全てがマークスの案であるという。


観光都市を治めているだけあって人心の心を掴むのは流石と言わざるを得ない。



「う~~ん。すごいなー。マークスさん。」

「そうですね~流石です。 あ、エマ一応この回復薬も飲んでおいてください。」



未だ鳴りやまない歓声を上げる前方の人々を遠巻きに見ながらレイナから渡された小瓶をドリンクを飲み干すようにぐびっと一飲みする。




「あはは、お褒めに預かり光栄です。 もう体調は・・・よろしいようですね。ですが、ご無理はなさらないでくださいねエマさん。」


「ブフッ!? マ、マークスさんいつの間に!! 」


いつやってきたのか音もなく現れてレイナの隣に腰を落としたマークスが

鳥の串焼きを一つ一つ串から外し、優雅に口に運ぶ。


一連のその行動を見ているとまるで同じ物を食べているようには到底見えない、

まるで高級なレストランで食事しているようにさえ思えてくる。


「気を使って頂いてありがとうございます。 それと、すみませんでした・・・・」


エマは深く頭を下げると後方に視線を移す。



後方に広がる土面は所々ぼこぼこと小さく盛り返されまるで耕す前の畑のような、

なんとも言えない荒れ模様が広がっていた。


エマが放った蒼い火の玉はその数、実に5000。

その全てが一斉に放たれた訳だが、もちろん全て直撃した訳ではなく外れた魔法によってこの被害が生まれたのだ。


幸いマークス、キリカの防御魔法のお陰で怪我人こそ出なかったものの、一歩間違えば取り返しのつかない事になっていたかもしれない。



それも踏まえて猛省していたエマだが・・・


「いえいえ、お礼を言うのはこちらの方です。 ラグジュの件も含めてこれでエマさんに助けられるのは二度目ですね。」


ニコリといつもの優しい笑顔をマークスが作るとエマに向ける。


「マークスさん・・・」

「そうです。皆さん無事ですしそこまでエマが落ち込まなくていいんですよ。」


レイナもマークスと同じく優しく諭してくれる。

そんな二人の暖かい優しさについつい目頭が熱くなる。



「レイナも・・・ありがとう」

「で、す、が!! 危険な事はしないと言いましたよね! 約束を破ってあんな訳のわからない魔法まで使って!! そこはきっちり反省してくださいっ!!!」

「あ、あはは・・・・」


やはりこういうところはすごく真面目なレイナに叱られて先程までの目の熱は急激に冷めていった。



「フフ、まぁ、あの魔法についての説明はして頂かなくてはなりませんが、今日はここで野営になりますし、落ち着いたその時にでも。」



「(・・・うぅっ。 やっぱそうなるよね! アグニラの事もあるし、どうしようレイナ!)」


「(そうですね・・・・仕方ありません。 逃げますか? そうです! 逃げましょ

う!! このまま下山して別ルートから王都に・・・。)」


「(いやいや無理でしょ! どう考えても無謀だよ! というか前から思ってたんだけどマークスさん何か気が付いてるんじゃないかなーって)」


「(えっ!? まさかそんな。 ではエマはマークスさんが何か知っていて事情も聞かずに泳がせていると? 確かにマークスさんの笑顔は私もなんか胡散臭いなーって思ってますけど、さすがにそこまで腹黒では・・・)」


「(しーっ!! しーっ!! 聞こえちゃうよレイナ!)」



相変わらずひどい話をこそこそとする二人に少し苦笑いを向けながらマークスが一つ咳払いをする。


「コホンッ。 それにしてもすごいですねアグニラさんは。 先程、串焼きを独占しようしてキリカさんに叱責されていましたが・・・・催し物にしてしまえば確かに食べ放題です」


「あ、あはは・・・よくそんなの許可しましたね。」


「えぇ。なんでもキリカさんに「催しを開催し、民に笑顔と活力を取り戻し少しでも不安を和らげるのじゃ!」っと大義名分を唱えたらしいですね。」


「な、なんて強引な。 と言うか大義名分って・・・」


まさにアグニラが考えそうな悪知恵に少しエマの表情がひきつる。



「フフ、ですが流石の戦略です。 キリカさんも堪らず受け入れたようですし、これは私もアグニラ「さん」ではなくきちんとアグニラ「様」っとお呼びした方が良いかもしれませんね。」



「うっ!?」「ひっ!!」

((やっぱり・・・))


「あはは、さっ、お二人とも折角ですし我々も見に行きましょう。精霊様・・・では・・・なかったですね。 失礼、妖精さんの気持ちの良い食べっぷりにもいささか興味がありますしね。」



((やっぱり気づいてるーーー!!!))


二人の少女の焦り顔を楽しむ様に微笑むと手を引くように前方の群衆に紛れていった。









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「さぁ~~~やってきました! 第二回最強胃袋決定戦!! 

大食い、それは愛! 大食い、それは正義!  胃袋の女神は一体誰に微笑むのか!! ここからの実況はわたくし王都冒険者ギルド所属、リーマン・ザッツがお届けします!」



「「「「うおぉぉぉぉおおおお」」」」


村に滞在していた冒険者だろうか、リーマン・ザッツと名乗った男が簡易特設ステージの横に設けられた実況席で観客をあおる。



「ねぇ・・・・何言ってるのあの人。」

「さ、さぁ・・・」


会場の熱気とは正反対のテンションのエマとレイナだがそんな事はお構いなしに催しは進行される。


「さぁ、早速ですが今回の勇敢な挑戦者達をご紹介致しましょう!!」


実況のリーマンがそう宣言すると大きな歓声が沸くと共にローブで身を隠した6人の人物が備えられた簡単なテーブルの前に横一列に並び立つ。


っと言ってもエマ達から見て一番右側にいるのは、もはや正体を隠す意味すらわからない程、他の人物と比べるとより特徴的な小さな人物なのだが・・・。




「ではまずは第一のテーブル!! 

この男の筋肉はもはや芸術! その胃袋までももしや筋肉か! パワーオブパワー! 生まれ落ちたその第一声も「ぱわ~」だったとか! 熟練冒険者ナジック!!!!」


「「「「「うぉおおおおおおおおおおお」」」」」


一番左に位置していた人物が勢いよくローブを脱ぎ捨てその巨体を露にさせると

自慢の筋肉をサイドチェストポーズで観客に見せつける。


にっかりと笑った口に不自然な程白い歯がよく目立つ。


「ナジックさん、意気込みを一言!」


「・・・・・・パウワァァァァァアアアーーー!!!!!」


「「「「「パワーーーーー!!!!」」」」


より一層熱気を帯びる会場にエマは困惑する。


「な、なにを見せられてるの一体・・・。」

「ま、まぁまぁエマ、みんな楽しそうですし。」

そう言うレイナも十分に引きつっており表情がぎこちないのだが。




「続いては第二テーブル!! この村はこの人なしでは語れない!! 村の掃除から他人の赤子の世話まで全てをこなすオールラウンダー!! 

いつも酒場に行くとこの人の時だけ全て売り切れ! 趣味は山キノコ採り! 

毎度食べ盛りの若者達に全て献上しているぞ!! 

じゃんけんで負けたあの時から、貴方はずっとこの村の長だ!!

ミスタァァーーーーハグリダ!! 村長リドド!!!」



「「「「「うおぉおおおおおおおおおおお」」」」  

「「「じじい!じじい!じじい!」」」  



「ええええええええ!!! いじめられてるよ!!村長ちょっといじめられてるよぉおおおお!!」

「えっ!ちょっ! エマどうしたんですかいきなり!?」


会場の妙な盛り上がりにどんどん変なスイッチが入りだすエマ。

驚きながらもエマの肩をレイナが揺すっているとまたもう一度大きな歓声が上がり視線が壇上に戻される。



ローブを着込んだリドドがゆっくりと一歩前に踏み出しナジックの隣に立つと勢いよくローブを脱ぎ捨て、まるで対抗するかのようにサイドチェストのポーズを決める。



「ふんぬっ!!!!」


「・・・・あぁ・・・・あああああ・・・・」

「エ、エマ?」

「ガッリガリだよっ!!! なんで脱いだんだよ!! キャラ変わっちゃったよ!! 村長の威厳とか台無しだよ!! 歓声すらあがってないよ!!」

「あの、エマ、なんでいきなりそんなツッコんで・・・」



「えー・・・・ではリドド村長、意気込みをどうぞ!」

静まりかえる会場の中、ポーズを決めたままゆっくりとリドドが口を開く。


「儂は・・・・儂は、腹が減っておる!!」


「「「「「うおぉぉおおおおおおおおお」」」」


「減ってたよ!! やっぱりお腹減ってたよ!!! 取らないでぇ~これから村長の山きのこ取らないであげてぇ~!!」


「ちょ!? エマがどんどん壊れて・・・あっ! リドドさんちょっと泣いてます・・・取らないでぇぇぇえ!!! きのこ取らないでぇぇぇ!!!」



その後、靴かかと評論家ジュルー、

なぞなぞ博士検定5級アルべシュアが紹介され、エマがストレートに「働け!!」とツッコみを入れ5人目の人物が紹介され始めた。




「さぁーどんどん行きましょう! 続いてはこの方!  

その勇猛は今やリールザルン王国全土に響いているぞ! キュートな見た目に騙されてはいけない! 小さな身体に似合わぬ大斧から繰り出す一撃はまさに破壊神だ!!  白鷲の騎士団副団長マーーーーーール!!!」



「「「「「うおおおおおおおおおおおぉぉぉおおおおおお」」」」」

今までよりもさらに大きな歓声が響き渡る。


この国にまだまだ詳しくないエマにはわからないのだが、どうも有名な騎士団なようで、その中でもマールは相当な人気があるようだ。



「あれ?なんかあの進行の人、マールさんの紹介は全くひねりがなかったね。」

「あ、あはは。 マールさん怒ると手が付けられなさそうですし・・・ね。」


レイナの言うように進行役のリーマンを見てみるとうっすらと額に汗を浮かばせている。

本当に当たり障りないように進めたのかもしれない。



「フハハハ。 腕相撲大会だろーが武闘大会だろーと関係ねー!! 最強は・・・・・あたしだぁあああああああ!!!」


着込んだローブを投げ捨てながらマールが叫ぶと群衆からはもう一度割れんばかりの喝采が起こる。


「う、うわああああ! なんかあの人勘違いしてるよ! 戦う気満々だよ!! シャドーしてる!! すんごい勢いでシャドーしちゃってるよ!!」


「お、落ち着いてくださいエマ!! あぁ、またエマが急におかしく・・・」





「あのー、マールさん意気込みを一言頂けるでしょうか?」


「あぁ? はぁ・・・はぁ・・意気込み? そんなもんはねーよ!・・・っはぁ、はぁ・・・あ、あたしは・・・はぁ・・・ふぅ・・・全てをぶっ潰すだけだ!!」





「シャ、シャ・・・・・シャドーしすぎだよぉおおお!! ていうか何をぶっ潰すの!? このままだと出てくる串焼き片っ端から潰す競技になっちゃうよ!!」


「エ、エマ! 目が! 目が怖いです!一体どうしたって言うんですか!」



競技者達が登場するたび沸き起こる歓声、狂ったようにテンションが高いエマ

どんどん混沌を極めるそんな会場にもう一人、



「クフ。クフフフフフ・・・・・よくぞ行ったぞ小童めがっ!!! 絶対王者であるこの妾がお主ら全員消し炭にしてくれるわああああ!!!!」


いつの間にかローブを脱ぎ捨てた炎の精霊アグニラ、もとい妖精族アグニラが

啖呵を切りながら会場をぐるりと一周飛行する。


「あぁっと! まだ紹介もしていないのに出てきてしまったあぁーーー!! 

その小さな体のどこに収まると言うのか! キングオブキング!! 小さな小さな妖精族アグニラの登場だあぁぁぁぁああ!!」


リーマンがそう叫ぶと会場から今日一番の大歓声がまるで地鳴りのように鳴り響く。


それを満足気に聞きながらアグニラがいつもの悪戯ぽい表情を作り口角を吊り上げる。


「クックック・・・・瞬刻のうちに妾の獄炎に畏怖し慄くことになるじゃろう・・・地獄で後悔するがよいわっ!! クハハハハハ!!」

そう言うと少し上げた左の人差し指からライターでつけた火程度の小さな種火を出す。



「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」


「ちっ、ちっさ!! 獄炎ちっさ!! っていうかどこの魔王だあんたは!!」


相変わらずよくわからないツッコみを入れるエマだがそれでも会場は大盛り上がりだ。



「さぁ~~~~会場のボルテージも最高潮です!! 解説のマークスさん最後に一言よろしいでしょうか?」


実況のリーマンが話を振るといつの間にかそこにいたマークスが顎の下で両手を組み目を瞑り大人しく座っていた。



「そこにいたよおおおおおぉぉーー!!」

「マークスさん!? いつの間に・・・・」


閉じた目をゆっくりと開けるといつもの笑顔を作り観客に向けて一度手を上げる。

やはり大歓声が起こった。


先程までの声よりも女性の声が圧倒的に大きいのはマークスらしいが・・。


歓声が収まるのを待つと彼にしては珍しい程の真剣な面持ちを作る。


「まさか・・・ここまでの強者達が集まるとは・・・勝負は一瞬でつくでしょう!!」


「「「「「「うおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおー!!!!!!」」」」」



「だから~・・・一体何の大会だあああああああぁぁ!! うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」



今か今かと開始の合図を待つ会場の観客達がもう一度歓声をあげると、ツッコミを入れていたエマも右腕を空高く掲げ同じように歓声を上げだした。


「ううっ・・・エマがどんどんおかしくなっていきます・・・・」

頭を抱えるレイナが心配そうにエマを見ているとエマの掲げた右手から何かが落ちコロコロと地面に転がって行った。


「エマ、何か落としましたよ?」

言うが夢中で叫ぶエマにレイナの声は聞こえていないらしく、やれやれと少し溜息を洩らしながら転がったそれに手を伸ばす。



「あれ? これはさっき私が渡した回復薬の空瓶ですか。そういえばエマには師匠が作った特別な回復薬を渡したのでしたね。」



余りにも目覚めないエマを相当心配したのだろう、意識が戻ったエマにレイナが手渡していた回復薬はどこでも買えるような代物ではなく、

レイナの魔法の師匠であり三賢者の一人であるエイン・ミラーが特別に作った一本であった。



数年前エインからレイナに手渡され大事に保管していた物である。



他の人がそれを聞くと金貨が何枚つくかわからないような代物ではあるが、レイナは友の為に何のためらいもなくそれを使った。



いつもの回復薬よりも少し濃い色をしていた液体は一滴も残っておらず

空っぽになった唯の空瓶をおもむろに拾い上げる。


「やっぱりよく効くんですね・・・師匠の回復薬は。 おかげでエマも元気に・・・っというか元気すぎるくらいに・・・・えっ!?!?!?」


空瓶を片手に言葉を失い固まってしまうレイナ。


急いで目をゴシゴシと擦りもう一度空瓶を見つめる。


空瓶にはラベルが貼られており走り書きで文字が書かれていた。


間違いない、レイナがよく見た三賢者エインの筆跡であった。


ラベルにはこう書かれていた。





『ちょこっと狂乱薬』


「なっ・・・・なっ・・・・ななな・・・」


思わずワナワナと手が震える。


ラベルにはその下に小さく説明書きも書かれていた。


『大胆になりたい・・・そんな夜にお使いなさい♡』


「し、師匠おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~~~!!」




カーーーン


レイナの叫びと共に開始のゴングが鳴らされる。


観客の熱気とアグニラの悪戯な企み、そして少しの狂乱をのせてただの大食い大会が始まった。






















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素敵な物語の作り方 海乃ぐり @uminoguri

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