第25話 夢幻の草原

「はーい、順番にー!順番に二列で並んでくださーい。 そこ!! 慌てなくてもお肉は沢山ありますから!!」


大勢の人だかりに向かってキリカの良く通る声が響く。


ウェザーホークとの熾烈な戦闘を繰り広げた山腹には麓のハグリダ村の住民や、村に滞在を余儀なくされていた観光客や商人など今や多くの人々でごった返していた。



そこから少し離れた木陰、心配そうな顔を浮かべてレイナが未だ眠ったままエマを介抱していた。

あれから数時間経ったが、エマが目を覚ます様子がないのだ。



「ふむ。童よ、何度も言うとるじゃろ~? やっと繋がった魔力回路を一気に使ったせいで体力が奪われただけじゃと。 別に大事があるわけではないしそのうち目覚めるじゃろ。 いい加減お主も少し休んだらどうじゃ? 」



「いえ、私の魔力はもう戻りつつあるので心配いりません。 それより、エマが心配なんです・・・・。」


そう言うと、少しだけ目を潤ませる。


「はぁ・・・仲良きことは良きかな良きかな。 それよりもじゃ・・・・その~、そろそろこの縄を解いてくれんかのぉ~?」


「駄目です! アグニラ様は反省が足りません!! 危険な事はしないと約束したのに!! 全くもう!!」


レイナにしては珍しく怒りの目をアグニラに向ける。


小さな火の精霊アグニラは罰として体を縄でぐるぐる巻きに拘束され木から吊るされている。

さながらミノムシのようなその格好に炎王の風格はどこにもない。



「・・・反省ならしておるよ・・・・妾の大事なエマにあんな無理をさせてしまった・・・。一歩間違えば命までも・・・うぅっ・・・・後悔・・・後悔しておるのじゃ・・・・ちくしょう・・・畜生なのじゃぁ・・・・オロオロ・・・オロオロオロ・・・」


しおらしく胡散臭い涙を流すアグニラに今度はレイナが飛びっきりの笑顔を見せる。


「アグニラ様、本音は?本音を言えばその縄を解いてあげてもいいですよ?」

レイナがそう言い切るより先に先程の泣き顔をパタリと止めアグニラが早口で語り始める。


「いや、さっきからあちらの方から肉が焼ける匂いがするのじゃ。 さっさと行かねばなくなってしまう。というか、エマが倒した鳥は全部妾の物じゃろ。勝手にやるなんぞ許さぬ。一欠けら足りとも残さず妾が食してやろうぞ。」


無表情で遠くを監視するように見つめながら答えるアグニラに思わず頭を押さえるレイナ。


「アグニラ様・・・・あなたという人は!!!

 次の出発時間までそのままです!!!しっかり反省してください!!」


「ええええええ!!!な、なんでじゃ!? 約束が違うではないかっ!?

 妾は正直に言うたのじゃぞ! このままでは妾、空腹で死んでしまうぅぅぅ!!」


「本当は食事なんて必要ないって前に言ってたじゃないですか!!」


「ぐっ・・・・ぐぬぬぬぬ!!! 妾は人間よりも嗅覚が良いのじゃぞ!!

こんな生殺しひどいのじゃ!! これは立派な虐待じゃ! 精霊虐待じゃああああ!!!」






レイナとアグニラがそんなやり取りをしている間、エマはまだ意識の底にいた。

しかし、そこに暗闇などは存在せず、辺り一面奇麗な新緑に包まれた草原だった。


つきつける太陽の光がキラキラと眩しく、時折吹く風が心地良い。

思わず両腕を上げながら伸びをする。


「これは・・・夢でも見ているんだろうか・・・・。 キレイなとこ。」


辺りを見回すが、建物の影すら見当たらない、どうやら相当な規模の大草原のようだ。

こうしていても仕方がないのでおもむろに歩き出す。


「・・・・あの後どうなったんだろう。」


折角の綺麗な景色だが、考えるように顎に手を当て下を向きながら歩く。


「確か、ファイアーボールの数を増やして・・・その後なんか炎が蒼くなって・・・う~~ん・・・・ここから思い出せない・・・・。

レイナは、アグニラは、みんなは・・・皆は無事なの!?」


なぜか曖昧になっている記憶に心が焦燥に駆られる。


「お願いだから夢なら早く覚めて!! 私を早くみんなのところへ帰して!!」


届くことのない叫びは唯々広がる草原に響いては消えてゆく。

短くため息をつくとエマは再び歩き出した。








とこまでも続くような草原をどれだけ歩いただろうか、やがて小さな湖畔にたどり着いた。

透き通るような綺麗な水面には美しい青色をした鳥たちがその羽を休めていた。



さっきまでウェザーホークと激闘を繰り広げていたエマは少し複雑な気持ちになるのだが、それでもお構いなしにバシャバシャと水に入ると顔を洗い、手に水をすくって飲んでみる。



「ふぅー。 生き返るー。それにしても・・・・ここはほんと一体どこなの!!」

っと苛立ちを込めて叫んだところ目の前に人影が見えるのに気が付いた。


「ん?人?・・・・人だ!!」


ちょうど湖畔のエマが立っているより反対側。


綺麗な緋色の髪を腰の辺りまで伸ばした女性が立っていた。

エマの視線からだと後ろ向きなのでその表情までは確認できないが、線の細さや艶っぽいそのフォルムが女性だと断定できたのだ。


エマは思い切って声をかけてみる。


「すみませんーーー! あれ? 聞こえてないのかな。す・み・ま・せぇーーん!!」


そんなに離れているわけではないのだが、どうやらエマの声が届いている気配がない。


「おかしいな。 とりあえず、あっち側行ってみようか。」

湖畔の水際を頼りに反対側に向かっていく。


ゆっくりと回るように近づくとやがて先程の緋色で長髪の女性の顔が確認できるとこ

ろまで来た。


どうやら誰かと話しをしているらしい。

相手の姿は緋色髪の女性の影になっていてよく見えない。

流石に十分な距離なので改めて声をかけてみる。



「あのー・・・。ッ!?」


エマが途中で言葉を止める。

何者かと話をしていた緋色髪の女性をよく見ると、泣いていた。

ただしゃべっていたのではなく、泣き叫ぶように泣いていたのだ。


そしてもう一つ不思議なことにその声は全く聞こえなかった。

まるで音など初めからここには存在しないかのように無音の中、その女性は確かに泣き叫んでいるように見えた。



「うぅっ。 なんか声掛けにくい雰囲気・・・一体何が」


エマは何者かは未だわからないもう一人の様子を伺おうと少し横に角度を変える。



その時、突然頭の中にノイズのような不快音が響き渡る。


瞬く間に大きくなったその音は今度は強烈な頭痛を引き起こし、エマは思わず苦悶の叫びを上げながらその場に膝をつく。



「うっ、うわあ゛ああああああああああぁぁぁぁ」


割れるような頭痛はほんの数秒のうちで消え去ったが、まるで全ての体力を奪い去られたかのようにエマは立ち上がることも出来なくなっていた。


額から滴る大粒の汗をそのままに、言うことを聞かない震える身体に鞭を入れ

どうにか首だけを動かし周りを見る。


「えっ・・・・。」


もう一度絶句した。


ついさっきまでの美しい湖畔の景色はどこにもなく、辺り一面濃霧に覆われていた。

綺麗な水面も、青い鳥達もその姿を確認することはできない。


ただ視界を奪う霧の中二つの人影だけが薄っすらと見えていた。



「あ・・・やっぱり誰かもう一人いる・・・」


先程は確認できなかったもう一人の人物が緋色髪の女性の前で立っている。

相変わらず濃い霧のせいでその姿を鮮明に捉える事が出来ないのだが、どうやら両手を大きく左右に広げているように見える。

まるで何かを迎え入れるような、そんな仕草だ。



その時、緋色髪の女性の身体から赤いオーラのような光が溢れ出す。

彼女を包み込むように揺らめくその光はやがて形を炎へと変化させ、チリチリと辺りを焦がす音を鳴らし始める。


「あれは炎、一体何を・・・」


状況が今一つ掴めず困惑するエマだが、未だ震える両の腕に力を入れ、懸命に立ち上がろうとする。


嫌な予感がする。

早くここから逃げなければ。


そうエマの頭が判断した瞬間。



地面が爆発したかと思う程の大きな衝撃音と共に

緋色髪の女性から発せられる炎が何倍も大きくなり、全てをのみ込んでしまいそうな炎の波を作り出す。


目の前にいた人物は両手を広げたまま抵抗もせず、その炎の波に瞬く間に飲み込まれ、辺りの霧ですら真っ赤な炎に変えられてゆく。


そして、浸食する炎の波は動けないエマの視界にも一瞬のうちに近づいた。

「ッ!!!」


しかし転瞬で訪れた炎にただ目を閉じる事しか出来ず

エマもまたその炎の波にのみ込まれてしまった。





痛みはない。炎の熱さも感じない。

あるのは唯の静寂だけだった。


エマはゆっくりと目を開ける。


そこは暗闇だった。 


光の一粒すら存在しない、真っ暗な闇だ。

本当に自分は目を開けているのか、それすら疑いたくなる。


しかし、感覚だけはあった。 

自分の手、自分の足、その全てに少しだけ力を入れてみる。


どうやらさっきと違って問題なく動かせる。



『こんにちはエマ。』


暗闇の中どこからか響く声に驚き辺りを見回す。


「誰!?」


『それと・・・ごめんなさい。 貴方にあんな記憶を見せるつもりはなかったのだけど。」


「どこ! どこにいるの!それに記憶? 記憶って何の事! もしかしてさっきの。」


何も見えない漆黒の闇の中、警戒しつつも声の主を探すエマだが、反響するように聞こえる声の主は見つけ出すこともできず、エマの問い掛けに答える様子もないようだ。


『さぁ、貴方はもう戻らないと。最後に一つだけ・・・・どうか、どうかあの子をよろしくね。』


「待って! あの子って誰のこと! それにあなたは一体・・・ッ!!」


言いかけてエマの意識がその場から離れるような不思議な感覚に見舞われる。


『きっと、また会えるわ。』


「ま・・・・って・・・」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「まっ・・・・・・て・・・・・あ・・・・た・・・・誰・・・」


「むっ?」

「エマ!?」


アグニラに説教中だったレイナが突如何事か呟いたエマに気づき急いで駆け寄る。

「エマ! エマ! 聞こえますか!? 」

寝たままのエマに顔を近づけ声を掛ける。


「だから言ったじゃろ。 すぐに目を覚ますと」

ミノムシ状態のアグニラも木から吊り下げられたままエマの方をじっと見る。

言いながらも彼女もまた心配していたのだろう。



「ん。・・・・う~~~ん・・・・・レ・・・イナ?」

ぼやけた視界いっぱいに泣き顔のレイナが写る。

「あぁ、エマ! よかった、よかったですぅぅぅうーーー!!」

「うん? レイナ、どうして泣いてうぎゃ!!!」「っぶ!!!」


エマが上体を起こそうとしてレイナのおでこに盛大にヘッドバッドを食らわしてしまう。


「はぁ・・・好きじゃのー、お主らそのネタ。 妾はもうそれ飽き飽きなんじゃが。」

「ネ、ネタじゃないですーー!!」


ゴロゴロとおでこを押さえながら転がりながらもレイナが否定する。


「いつつー・・・ごめんレイナ、大丈夫?」

「は、はいぃ~」


「ふむ。まっ目が覚めたのなら、妾は行くぞ!」

「ん?行くってどこに?」


エマが不思議そうに尋ねると。


ふわふわと浮遊しながら前方を指さしにやりと不敵に口を吊り上げる。


「無論、妾の宝物を取り戻しにじゃ!!」


「って! あぁ!! アグニラ様いつの間に縄を!!!」


レイナの驚きの声にも耳を貸さず、

メラメラと燃えるような闘志をたぎらせるアグニラはぐっと身を縮め力を溜めると


「妾の物は妾の物! 貴様らの物も妾のものじゃ!!その肉だけは絶対にやらんぞ!!! うおおおぉぉぉおおおおおーーーーーーーー!!!!」


雄たけびを上げながら弾丸のような速さで飛翔していった。


「に、肉?」

「あ、あはは・・・・はぁ~・・・・」


苦笑いの上、大きなため息を漏らすレイナの隣で、

エマは遠くなってゆくアグニラを見ながら夢で見た緋色髪の女性を思い出す。



「・・・・まさかね。」



 










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