勇者

 魔王の間には、巨大なドラゴンの姿をしたモンスターがいた。あれこそが、魔王だ。おそらくは、第二形態だとか、そんなところだろう。そして、その前には三人の人間が倒れていた。戦士、魔法使い、僧侶。

 唯一残っている四人目の男、勇者ももはや風前の灯であった。


 ワンダは魔王と勇者の間に飛び込み、魔王に一閃、勇者に傷薬を使った。

「助けに来たぞ!」

「あ、ありが……だ、誰?」

「んなこたいいから! あんたに死なれたら、俺が困るんだ」


 そして、再びの猛攻。ひとつ、ふたつ、みっつ。次々と魔王に傷が増えていく。英雄の剣は、すさまじいダメージを叩き出した。


 一瞬の出来事だった。


 魔王は信じられない、と言ったような顔で倒れていく。ものの数秒で、勝負はついてしまった。

 主を失い、城が崩壊する。落ちくる瓦礫の中で、ワンダは勇者に叫んだ。


「おい、エンディングが始まる前に、俺に『話しかけ』てくれ! 早く!」

「エ、エンディングって、あの、」

「いいから早くしやがれ!」


 ワンダの迫力に圧倒されて、勇者は困惑しながらもそれに従う。


 ピ、ピ、とメニューを開く音がして、ワンダは勇者から『話しかけ』られたのを感じた。

 ようやく、ようやく言える。


 プレイヤーからしたら、軽く聞き流してしまうようなこのセリフ。しかし、それこそがワンダの存在意義だった。生まれてきた意味だった。これを言えずに物語が終わるなんてことは、考えられなかった。

 それが、ようやく叶う。

 沸きあがる得体の知れない涙をこらえながら、ワンダは叫んだ。

「いいか、一回しか言わないぞ! 耳かっぽじってよーっく聞けよ!」

「は、はひ」

「あのな」


 ワンダは大きく息を吸い込んだ。

 このひとことのために、世界中を走り回った。数え切れないほど教会に運び込まれた。


 なぜこんな当たり前なことを、製作者達は言わせようとしたのか。それはワンダにも分からない。だが、ワンダは村人Bとして、この言葉を託されたのだ。


「『武器や防具は、ちゃんと装備しないと意味がないぞ』! 分かったな! しっかり覚えとけ!」


 最強の武器と防具を装備し、ついには魔王さえも倒してしまった男が言うのだ。それはきっとゲームの根幹に関わるような、間違いなく大切な事に違いない。


【終】

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【短編】村人Bの冒険 たはしかよきあし @ikaaki118

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