アークデーモン
おどろおどろしい魔王城の中を、ワンダは突き進む。
あとからあとからわいて来る雑魚敵どもをちぎっては投げ、ちぎっては投げ、奥へ奥へと駆け抜ける。
つきあたり、道が二つに分かれていた。看板がある。魔王の城にしてはいやに親切だ。
「右は近くて険しい道 左は長くて緩やかな道 望む道を選べ」
当然、右だ。ここまで来て回り道などありえない。
すぐに大きな部屋に着いた。部屋の中央に、巨大な悪魔が立っている。
「ようこそ、愚かな人間よ。我は魔王さまが一のしもべ、アークデーモン。険しき道を望む君に、最高の死をプレゼントしよう」
敵のセリフが終わらないうちに、ワンダはもうとっとと切りかかる。すさまじい硬さだった。英雄の剣が、それこそひびでも入ってしまうかと思うほど。
そして、敵の攻撃は恐ろしい威力だった。爪での連続攻撃で、ワンダは薬草で回復できないほどのダメージを受けてしまう。
おそらくはアークデーモンは最強の敵なのだろう。いわゆるやりこみを望むプレイヤーのために作られた強敵。それこそ、ひとりではまるきり勝ち目がないほどに。
それでも、ワンダは諦めなかった。虎の子の上薬草を飲んで、何とかダメージを回復する。引き返すわけにはいかないのだ。
だが、勝敗は目に見えていた。上薬草には限りがある。それが尽きたときが、ワンダの冒険の終わりだ。
切り、切られ、回復し、切り、切られ、回復し。じわじわと体力を削られていく。反撃にまわる事ができず、ひたすらに薬草を飲み続けるしかなくなり始めていた。
そして、体力が半分を切り、ワンダが残る最後の上薬草を飲もうとしたとき、デーモンの先制攻撃がワンダの体を貫いた。体が動かなくなるのを感じる。
HPがゼロになる。
ワンダは何とか立ち上がろうとしたが、しかし、無力にもひざから崩れていった。
「ふはははは。愚かな」
悪魔の笑い声が聞こえた。
【ざんねん! ワンダの冒険はここで終わってしまった!】
もしも自分が主人公だったなら、勇者だったなら、きっとそんな風に表示されているのだろう。
空から天使達が降りてくるのが見える。ワンダをこれまで、何度となく教会に運んだ彼らも、このときばかりは同情的な目をしているように見えた。
もう、いいじゃない。よくがんばったよ。
そう言っているように見えた。
たった一言、たった一言を伝えるためにここまでやったのだ。それで十分じゃないか。
誰がワンダの事をせめられるだろう。誰がワンダを笑うだろう。確かに、ワンダは目的を果たせなかったかもしれない。だが、そのために費やした努力は、村人Bとして誇るに値するものだ。野を駆け、海を抜け、あまたの敵を切り、切られ、戦ってきたのだ。身の丈を超えて世界を巡ったが、他のどこにもそんなやつはいなかった。信念を貫いたそれだけでも、本当に価値のあることだ。
この天使達に連れられて、またどこかの教会に戻る。それでいいじゃないか。
きっとすぐに、勇者達は魔王を倒して世界を平和にするだろう。そしたら、エンディングで、勇者達は平和になった世界を歩くだろう。そのときに、ジマリハの村の片隅で、勇者が彼に話しかけたら、その言葉を言えばいいのだ。それでいいじゃないか。
もう、意味など無いその言葉を。それで――
「それじゃだめなんだよ」
ワンダはつぶやき、剣を地面につきたてた。剣を支えに、体を何とか立ち上がらせる。
迎えに来た天使達がぎょっとした顔をしていた。
「それじゃ何の意味もないんだよ!」
ワンダは剣を振り回して、天使を追い払った。天使達は、血相を変えて逃げ出した。
そして再び、巨大な悪魔に向かって剣をかまえる。
「な、なぜだ。なぜ倒れん。貴様はもう……」
「うるっせえ! 俺はな、勇者でもなけりゃ、主人公でもなんでもないんだ! 俺はただの村人Bだ! ゲームのルールなんて知るかよ!」
そしてワンダはアークデーモンに飛びかかった。
「とおーっ!」
一撃、二撃、三撃、四撃、アークデーモンの頭にしがみついて、何回も切りつける。もはやワンダには「一ターンには一度しか攻撃できない」などという暗黙のルールは何の意味もなかった。
相手に攻撃をさせないまま、そのまま最後まで切り続けた。
アークデーモンは、砂のように崩れて消え去った。最後に「馬鹿な」とだけ残して。
そしてワンダはもう一度走り出す。
全身ボロボロで、HPはゼロで、一ターンに三十回攻撃という鬼神のような男が、最後のダンジョンを黒い風のように駆け抜けて行く。
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