第47話 クリスマスイブのサプライズ~二人の未来へ

 私が運転するエアカーで、一人住まいのマンションに着いた。シロイは、ケーキが入っているらしいクールボックスを抱えているので、私が持ってやった。


「わあ、きょーかんのお部屋、きれい! 」

 シロイが、初めて入る私の部屋に、驚嘆の声を上げた。それはそうだろう。もともと几帳面で掃除を欠かさない私だが、今日は念入りに整理をしたのだ。ちり一つ落ちていない自信がある。

 私は、ウェブラジオをつけた。しっとりしたクラシックのクリスマスソングが流れる。雰囲気は抜群だ。

「ローストビーフを焼くからな」

「ありがとうございます~。わたしは、ケーキ作ってきました~」

 クールボックスの中から、おしゃれなブッシュ・ド・ノエルが出てきた。パティシエール級の腕前だ。すごいな。早速私はケーキを冷蔵庫に入れた。


 ローストビーフが焼きあがるまで、我々はソファに腰を沈めた。切り出したい話があるが、糸口がつかめないで困っていると、シロイがあっと声を上げた。

「あのときの、白薔薇のブーケ……」

 それは、「再建局」に異動して初めての「結婚式」で、シロイから手渡されたブーケだった。私は大切に、知人のフローリストに頼んで、特殊加工でプリザーブドフラワーにしてもらって、クリスタルの花瓶に差していたのだ。

「そうだ、シロイ。お前からもらったブーケを、私は大切にしていた」

「それに、クリスタル……。わたしも、クリスタルが好きなんです。このペンダントも、ロートが生まれた時に、記念に買ったんですよ」

「そうか、好みが似ているんだな」

 私は、ようやく話を進めた。その白薔薇のブーケを手に取ると、シロイに手渡し、私は膝まずいた。

「私は、こういう人間だ。お前を、幸せにはできないかもしれない。だが、白薔薇はしおれさせない」

「白薔薇……」

「お前のことだ、シロイ。私はずっとこのブーケにお前を見ていた。お前は花だよ。月の花、花の女王だ」

「……わたしが薔薇なら、教官はきれいな葉っぱです。その目のように、清らかでみずみずしい若葉です」

「そうか」

「花と葉っぱは、二つで一つです。……支えます」

 私は苦笑いした。

「私のセリフを取るな。私が、支える。シロイ、結婚してくれ。ずっと共に歩こう。 偕老同穴(かいろうどうけつ)というやつだよ」

「はい」

 シロイは、そっとブーケを抱きしめて、涙を一滴こぼした。水晶のような、真珠のような雫だった。

「こんな幸せが待っているなんて。生きていてよかった。どうか、私を置いて行かないでください。ロートと二人、この世に遺さないでください」

「約束するよ。私は天下のクロイだぞ」

 そして、私はシロイのぼさぼさの前髪をかきあげて、額にキスをした。そのとき、シロイが突発的に頭を反らした。

 二人の唇は重なった。シロイの唇は、やわらかくてほのかにぬくもりがあった。

 シロイ、受け入れてくれてありがとう……。私はキスの後、シロイの手をとってダイニングへ向かった。


 ローストビーフは焼きあがっており、私は切り分けた。そして、シロイがケーキを切り分ける。クリスマスの共同作業に、私はうっとりしていた。そして、食卓についたとき、私ははっと思い出して、あるものを持ってきた。

「なんですか~? 」

「今年のワインだ。先日アカネさんにワインを贈った時に、買っておいた。いつかお前と記念に飲めたらいいと思ってな」

「ありがとうございます」

 シロイは、白薔薇の笑みを浮かべた。そして、窓の外を指差した。

「ホワイトクリスマス、きょーかん! 」

 本当に、粉雪が舞い、月の光に照らされて花びらのように見えた。六花(りっか)とはよく言ったものだ。

「……『きょーかん』は、やめろ」

「では、なんと呼べば~?」

「シュヴァルツで。本名だ。シロイ、お前のことも本名の『ローゼ』がいいか? 」

「いいえ」

 シロイは、ちょっと顔を伏せたが、やがてにこにこと「ベツレヘムの星」のように笑顔を浮かべた。

「教官……いえ、シュヴァルツに出会って、ずっと呼ばれてきた『シロイ』と呼んでください。今は、その名前も愛しいです」

「では、シロイ。乾杯」

「乾杯、シュヴァルツ」

 我々は、ワインに口をつけた。渋みの少ない、ほんのりフルーティーな香りを楽しみながら、二人でいつまでも特別な聖夜を楽しんでいた。


 ウェブラジオからは、当代随一のバリトンが歌うクリスマスソング、「 Es(エス ) blüht(ブリュ―ト) eine(アイネ) Rose(ローゼ ) zur(ツア) Weihnachtszeit(ヴァイナハツツァイト)」が聞こえてきた。

「クリスマスに、バラが一輪咲く……外に、氷と雪の中に。……クリスマスに希望が緑づく……心の中に、静かに。……クリスマスローズ、クリスマスローズ……聖夜の花……」


 我々は、いつまでもその美しい旋律に聞きほれていた。



(完)






 

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白薔薇のアルツト~患者様、「おもてなし」いたします~ 猫野みずき @nekono-mizuki

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