裏切りの感情

葉原あきよ

裏切りの感情

「おい、ジュリア」

 酔って帰ってきて、そのままソファで寝ていたジュリアは肩を叩かれて、薄く目を開けた。

 薄暗い室内でも淡く光る白金の髪が視界に入る。養い子のエドだ。エドは十五年前にやってきたときは細く痩せ細った子どもだった。それがいつの間にかジュリアを追い越していた。どこかで鍛えているらしく、今では、軍人のようにがっしりした体つきになっていた。

 魔女は子どもが産めない。それでもジュリアは子どもが欲しかった。旅の父子に出会ったのは偶然だったけれど、天恵に思えた。病気を抱えていた父親はジュリアが魔女と知りながら息子のことを託して、保護していくらも経たないうちに亡くなった。残された息子のエドをジュリアは養子にしたのだ。

 そのエドが不機嫌にジュリアを見下ろしていた。

「飲んで来てもいいが、きちんとベッドで寝ろよ」

「う……ん……」

 唸るように返事をして再び目を閉じると、両腕をひっぱって起こされた。

「ジュリア」

「ああーもー、かわいくない。昔みたいにお母様って呼んでごらんなさい?」

 半目で微笑むと、エドは顔をしかめた。

「いい加減にしろよ」

「なあに? お母様に逆らう気?」

 エドは舌打ちして、ジュリアを強く抱きしめた。

「俺は、あんたのことを母親だって思ったことは一度もない」

「な……」

 一気に目が覚めたジュリアを混乱に陥れたのは、エドの唇だった。それがジュリアの唇を塞ぐ。一瞬真っ白になって抵抗を忘れてしまうと、エドの両腕に力が籠った。我に返って押し返そうとしたけれど、もともと腕力では敵わない。ジュリアは即座に魔法に切り替えた。呪文が使えないから制御できないけれど、自業自得だろう。力任せに放った魔法はエドを壁際まで弾き飛ばした。

「何するのよ!」

 怪我一つしていない様子のエドはその場に膝をついた。

「ジュリア、愛してる」

「母親としてよね?」

「いや、女としてだ」

「やめて!」

 ジュリアは耳を押さえて頭を振った。

「聞いてくれ!」

「嫌よ!」

「愛してるんだ! 俺の気持ちを受け入れてほしい」

 俯いていたジュリアは顔を上げるとエドを睨んだ。暗い表情の中、目だけが輝いていた。それは憎しみの光を宿している。

「ひどい裏切りだわ。母親としての私を、あなたは殺したのよ」

「そんなことは……」

 ジュリアが指差すと玄関のドアが開いた。

「出て行きなさい」

 静かに彼女は命令する。

 弁解のため口を開こうとしたエドは、ジュリアの視線の強さに気圧されて言葉を飲み込んだ。

「今日は外に泊まってくるけれど、明日、落ち着いて話を聞いてほしい」

 ジュリアは返事をしなかった。

 ――翌朝帰ってきたエドの前には、更地が広がり、家もジュリアも跡形もなく消えていた。

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