待合室

待合室に入りソファーに腰掛ける。パイプ椅子だった取調室とは違い、座り心地がいい。

霧華も冬馬の向かいのソファーに腰掛けた。

「これが世界地図です。ご自由に見てください。

何か分からないことがあれば声をかけてくださいね。」

そういって霧華は持ってきた地図を差し出す。

メルカトル図法の世界地図には地球とは異なる形をした六つの大陸が描かれてた。

どの大陸も人工島のように形が整ってる。

中心に穴の開いた、まるでドーナツのような形をした大陸が二つと、円形の大陸が四つ。

惑星を正面から見ると、横に四つ縦に二つという具合で、それぞれ等間隔で並んでおり、穴の開いた二つの大陸の中心には小さな円形の島。

大陸と大陸の間には、ぽつぽつと小さな島が見えるがどれも形が整っている。

どう見ても自然が生み出したものとは思えない。

「これの大陸って全部人工島?まさか初めからこんな形だったってわけないですよね。」

地図の奇怪さに、たまらず尋ねる。

「ほんとに何も知らないんですね...。この大陸は天津帝が作られたものです。

それぞれの大陸に軍の組織の本拠地が置かれて、今私たちのいるハントヘルはここです。」

霧華が指さしたのは、ドーナツ型の大陸。

「ハントヘルは統制部の本拠地があります。で、中心にある小さな島がクレイス。

天津帝がいる場所ですね。」

霧かは淡々と説明を続けるが、冬馬は話についていけないままでいた。

「ちょっと待って、ストップ。まず、その大陸を作ったっていう天津帝ってのは何なんですか?」

「天津帝は天、地、海を治める力を持った人、らしいですけど、ホントかどうか知らないです。

でも、今空からさしてる光なんかは全部天津帝が操ってるとかなんとか。」

「なんだそのバケモノみたいな人は....。迷信とかじゃなくて?」

「たまにテレビに映ってますよ。仮面つけてますけど。」

あまりにも嘘くさくて、普通は信じられないことだが、今日一日のことを考えるとありえないこともない気がしてくる。

「あ、あと、統制部ってのも分からないです。」

「統制部は治安維持を目的とした組織です。犯罪者逮捕や事件の捜索などなど。

軍の仕事じゃないとか馬鹿にされますけど、立派な軍の仕事です。」

と、胸を張る霧華。

統制部なんて堅苦しい名前をしているが、本質は警察と大差ないようだ。

「統制部以外には、兵器を管理したり実験を行う砲兵部や、人事の仕事をする歩兵部、兵器を開発する工兵部に、研究機関が集中している医療部。それをまとめて統括する軍事部があります。そして軍事部の中心に位置するこの島が、我々軍の最高機関、エクランです。」

霧華が指さすのはもう一つのドーナツ型の大陸の中心。

クレイスの正反対に位置する島だ。

「天津帝ってのが最高機関じゃないんだ。」

「そうですね。天津帝はあくまで抑止力であり、象徴。軍に口出しできる権限はありませんから。

それに、天津帝のいるクレイスは軍とは別の機関です。

この惑星の軍事面を担うエクランに対して、クレイスの担当は内政。

天津帝の能力、エクランの軍事力が互いの暴走、独裁化を抑止しているんですよ。」

「今の感じだとなんだか全部で一つの軍って感じですけど、国とかないんですか?」

「軍はひとつです。さっき言った六つの組織で成り立ってますが...、国というものはないですね。」

「国が、ない。」

国が無く、軍はひとつ。すなわち、この惑星が一つの国として成り立っているのだ。

そうなると、自分を探しているという人物はいったいどういった人物なのだろうか。

署長は本部からの連絡だ、と言っていた。

その本部というものが、統制部の本部なのか、この惑星の本部、つまりエクランからなのかは分からないが、どちらにせよ組織の上層部にいる人間ということになる。

また、取調室での、この世界では通じるはずのない日本の地名、明日は何の日か、という質問から、

自分を探しているのは同じ高校、もしくはそれに近しい人間だということは間違いない。

「どうかしました?難しい顔して。」

「え、あー、はい。なんだか色々ありすぎて分かんなくなってきて。」

「今話したのは全部基礎学校で習う、みんな知ってる常識ですよ?」

「なんでしょうけどね....。もう分からないことを挙げるときりがないですよ。その基礎学校ってのもなんだかよくわかんないし。」

「じゃあ、今度は井波さんが知ってること話してくださいよ。さっきの出身地もそうでしたけど、別の世界から来たみたいですから。」

取調室での電波発言を聞いていたのだろうか。

皮肉にも受け取れる言い方だが、本人にそのつもりは無いようなのでスルー。

「知ってることって言われてもなぁ。どれもこれも変わってるからどれを話せばいいのか。」

なにから話すか悩んでいると、部屋に将監が入ってきた。

「どうだ?なんか分かったか?」

「あら児玉さん、早かったですね。ちょうどさっきまで地図の説明してたんです。これから井波さんの話を聞こうってとこです。」

「仕事は別の奴に任せてきたんだ。こっちが気になってな。タイミングも良かったことだ、聞かせてくれや。」

将監は持ってきた菓子を机に置き、霧華の横に腰掛ける。

「えぇっと、何か聞きたいこととかあります?」

「そうだな。さっきの質問、あれなんなんだ?出身地のことはなんとなくだけど分かった。でも最後の質問が分からん。」

「今日は遠足ってやつですね。言葉の通り、僕は学校の行事で遠足に行く予定だったんです。

でも目覚めたらこんなことになってたんで、すっかり忘れてたんですよ。」

「学校の行事....。そのことを知っているってことは、本部に井波さんの知り合いがいるってことになりますよね。それに地名も答えが指定されていましたし、確実にいますね。」

「そうなんですよね。そこで気になってたのが、まず誰なのか、どうしてタイミングよく僕を探し始めれたのかってことなんです。思ったんですけど、本部って統制部の本拠地のことなんですか?」

「そうだけど、全支部あてに出された指示だ。この惑星全体から君を探せってことだ。タイミングについては謎だ。」

「そこまでして本部が一般人を探すことってまず無いですよね。指名手配じゃあるまいし...。もしかして井波さん何かしました?って言っても寝てただけですよね。」

「質問には名前の指定はされてなかったろ?だから井波くんを特定して探してたわけじゃない。

俺たちには分からないこと、それが通じる相手。それも出身地と学校の行事をキーワードに...。その探し主が、自分と同じ境遇の人と会って相談したかったんじゃないのか?」

「でも、今まで一般人を本部レベルで探すことってなかったですし、相談したい、くらいのことで動くとは思えません。」

「あんまり悪いことは考えたくないが.....、知らなくていい、知られたくないことを知っているやつを探して処分する、とか?」

背筋が凍る。可能性として十分にありえるからだ。なぜ気づかなかったのだろう。

自分と同じ境遇の者が大きな組織を動かせるほどの権力を持てた背景に、知られてはいけないことがあるのだとすれば。その情報を無自覚に垂れ流す自分の存在など邪魔で仕方がないはずだ。

「ちょっと!そんな不謹慎なこと言わないでくださいよ!ほら、井波さんも顔色悪くなってますし!」

「悪い悪い。でも安心しろ。知ること知っちまった俺たちも同罪だ。そうだな、井波君がアウトなら俺たちもアウトじゃないか!ハハハハハハハハ!」

「笑い事じゃないです!児玉さんも足震えてるじゃないですか!」

どうやら二人も危うい状況だと気づいたようで、待合室にいる三人は半場パニック状態だった。

「ま、まぁ悪い予想ほど外れるって言うしな!大丈夫だろ!」

 「「逆ですよ!!」」

少しでも気を紛らわそうと奮闘する三人。あれだこれだと回避案を出していく。

そんな中、待合室の扉が勢いよく開く。

立っていたのは息を切らした署長。

「井波さんから何か聞きましたか!?」

取調室での署長からは考えられない焦り様。

三人は同時に何かを察した。

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Elpis @ghostvirtcle

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