取調室

異世界に召喚されたらどれだけいいものか。

召喚された世界で特殊な能力を持ち、かわいい女の子に囲まれ、時に冒険し、

友情を築き、恋愛する。

悲惨な今にさようならして、新たな世界で再スタートを切りたい。

なんてことを一人でいる時、何度も考えた。

しかし、それはあくまで妄想。

実際には起こりえないという前提があるからこそ考えることができるわけで、

もし本当に異世界に行ってしまったのであれば、親や学校、エトセトラエトセトラ。

現実に残してくる問題は、異世界に行った時のメリットよりも多いかもしれない。

しかも、異世界に来たからといって、必ずしも良い待遇が待っているとは限らない。 

なんの能力もない、かわいい女の子はいない、冒険もない、

友情は築けない、恋愛できない。

妄想と真逆の、現実より悲惨な世界に迎えられることもあるだろう。

やはり、楽しい世界を妄想していられる現実が一番いいのだ。

そんな結論に達する頃、井波冬馬は頭を抱えていた。


『取調室』の看板がかかった部屋の中、取り調べが始まってから早一時間。

冬馬の前には机を挟み、こめかみを押さえてた霧華が座っていた。 

部屋に入ってから十分ほど、個人情報や昨晩のことなどを聞かれたが、

話は噛みあわず、一向に進展のないまま五十分ほど無言の時間が続いていた。

霧華から発せられる聞いたことのない地名や、この文明の科学技術。

来るまでに見た外の景色は、今までに見たどの映画やアニメにも当てはまらない。

この一時間で冬馬は今の状況が夢ではないこと、

今までの常識はほとんど通じないということを思い知らされた。

すると突然、部屋の扉が開き、先ほどの男と、年配の男が入ってきた。

「どうだ、目は覚めたかな?」

「....署長!?」

霧華は、年配の男が入ってきたことに驚いたのか、すっと立ち上がり、席を譲った。

「まぁ落ち着け。では、あらためて。児玉将監だ。よろしく。で、こちらが村田署長。」

「こんにちは。」

小太りで眼鏡をかけ、鼻の下に白髪のひげをはやしたその姿は、

某フライドチキンの看板キャラクターを彷彿させる。

「ついさっき本部から指令が来たんですよ。全支部総出で人探しをしろと。

ですから、児玉さんを含めた数人にそのことを呼びかけたんですが...

それっぽい人がいた、それも今署の中にいる、なんて言うものですから確認しに来たんですよ。」

「本部から、ですか。それで、その条件というのはどういったものなのですか?」

「かなり大雑把でして....十六.七歳で身元の確認ができない人、です。」

「たったそれだけの情報で人探しですか?無謀にもほどがありますね。」

「そうですね。見つからないなら区内の家を手あたり次第回れ、との指示も出ていましたから....。

ですが、いくつか質問をして受け答えができるのであれば、その人なのだと。

そのための質問リストまで送られてきました。」

署長は持っていた紙を広げ、老眼鏡を取り出す。

「質問といっても簡単なものです。一つ目、名前を教えてください。」

「井波冬馬です。」

「では二つ目、年齢をお願いします。」

「十六です。」

「十六なら年齢の面では条件通りです。ここからが本題ですが。出身地を教えてください。」

「き、京都です....え、この答えで大丈夫なんですか?」

先ほど霧華に出身を聞かれた際、同じことを言ったがまったく信じてもらえなかった。

京都という地名はここには無いようだ。

「ええ、構いませんよ。では最後です。今日は何の日でしたか?」

「今日...?」

今日はまったく知らない世界に飛ばされてきた日、というのが正解だ。

しかし、そんな電波発言しても未来は見えている。

「そんなに考えなくてもいいんです。あなたにとって今日は何の日だったか、という簡単な質問です。どちらかといえば先ほどの問題のほうが答えは難しかったんですよ。」

「ほう。署長、さっきの質問は井波君の答えで合ってたんですか?きょうと、でしたっけ。」

「はい、合ってますよ。京都以外に滋賀、奈良、兵庫、大阪という答えも認めるそうですが....。

どれも聞いたことのない地名ばかりです。」

「ならさっき井波さんが言っていたことは本当のことだったんですね。嘘とか言ってごめんなさい。でも、その京都って場所はどこにあるんですか?」

その疑問は三人とも抱いていたようだ。

紙とペンをもらい、日本列島を描き、京都の位置を説明した。

だが、そもそも日本列島がどこにあるのか分からない、とのことだ。

「嘘ついてるようにも見えないしなぁ...。双葉、ちょっと司書室に行って地図持ってきて。」

将監にそう指示された霧華は、いやそうな顔をしつつも、渋々部屋を出た。

「話が逸れてしまいましたね。もう一度聞きましょう、今日は何の日でしたか?」

「それは...俺が..い、異世界に来た日?」

日本の説明でかなり信用は得たはずだ。だからこんな恥ずかしいことを言っても疑わないはず。

しかし、返答は予想のはるか上をゆくものだった。

「えぇ...っと異世界と言いましたが...、それは異星のことですか?」

「異星人なら異星人で本部に報告しなきゃならないんだが。」

「そうですね。異星人の存在は確認されていますが、交流はまだありませんし。

もし異星人なら一大ニュースですよ。」

「ちょ、ちょっとまってください。さっきのは無しで。ところで、その質問の正解って何なんですか?」

話が別の良くない方向に向いたようだ。この世界では異星人がいることが判明しているようだ。

もしかしたら自分は知らないだけで、異星人なのかもしれない。

「この紙に書いてあるのは、遠足ですが....異世界とは程遠い、いたって日常的なことですな。」

「遠足?遠足なら....ああ。」

言われてみれば、確かに今日は遠足の日だった。

しかし、どうしてその情報を知っているのだろう。

「確かに今日は遠足でした。昨日の夜、その遠足をどうやってサボるか考えてたら寝てしまっていたんですよ。起たらまったく知らない場所で寝てたんです。だから異世界かなぁ、と。」

「ほう。なら今日は遠足の日、で正しいですね。

いやぁなんだか信じられませんが、地名の話を聞いた限り嘘のようには思えませんし。

さっそく本部に連絡してみますよ。」

「署長、本部からの返事待ちの間、彼どうします?」

「本部からの連絡は早いと思います。その間、双葉君と待合室に行ってもらいましょう。もうすぐ地図を持って戻ってくるはずです。それでは。」

そう告げると、署長は部屋を後にした。

まもなく地図をもった霧華が帰ってきた。

「あれ?話し終わったんですか?」

「ああ。本部から返信待ちの間、井波君と待合室で待っていてくれ。俺は別の仕事があるから、それが終わり次第向かう。井波君も分からないことがあったら色々聞いておけよ?

せっかく地図もあることだしな。」

「は、はぁ。」

「なるべく早く終わらせてくるから。俺も聞きたいこと結構あるんだ。それじゃ。」

将監は困った顔をする霧華の肩を励ますようにたたき、部屋を後にした。

「それじゃあ井波さん、ついてきてください。」

待合室は取調室から少し離れていたが、その間一言も会話は無く、足音だけが響いていた。

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