30 大団円
エリニュスは逮捕後、人が変わったような様子で全部ぶちまけまくったそうだ。
あたしのせいで企みが暴かれたことが相当腹に据えかねたらしい。怒り狂ってて、取り調べの担当者が『淑女』の変わりぶりに仰天してた。
どうあれ自供してくれるなら、囮になったかいがあるってもの。
ノアと父にはあれからめちゃくちゃ怒られたけども。
真犯人が判明したとはいえ、ジャックも無罪放免ってわけにはいかなかった。精神病院への入院ほか、相応の処分が下された。
C侯爵は自ら爵位を返上、妻ともども外国へ姿を消した。なんだか前世のあの子一家を思い出す。
オスカーも知る権利があると顛末を話したら、「そう」とうなずいただけだった。
エマ様の両親はあれから何度か来て、ジャックどころかエリニュスにもだまされてたことを平謝りしてた。でもオスカーはまだ許せないようだった。
オスカーが許せるようになるのは、ずっと経ってからのことだろう。
人々も『国一番の淑女』『最高の美女』『女神エリニュス様』が犯人だったことに驚愕し、しばらく世の中は騒がしかった。
あたしたちは騒音を避けるためにも実家へ引っ越し、静かで穏やかな生活を送った。
悪意や敵意を持つ者がいない中での暮らし。両親は孫ができて喜んでるし、ノアに至っては毎日泥だらけで一緒に遊んでた。
オスカーも精神的に落ち着いて、保育園ではたくさんの友達と遊んでる。
リアムも思ったより簡単に環境に順応した。子供は適応力あるね。
……これなら大丈夫、と思った。
ごく普通の子供として幸せに暮らせば、二人が殺しあう未来にはならない。ラスボスにも正義のヒーローにもならずに済む。
きっと、破滅のルートを回避できる。
ノアは昼間、警備を動物警備チームに任せて城での仕事に戻ってる。事件の後片付けとかしなきゃならないから忙しい。人手も足りないしね。
落ち着いた頃、オスカーの爵位授与式が行われた。その日はオスカーの誕生日でもあった。
「ひといっぱいでやだ。もうかえりたい」
オスカーは椅子からずり落ちそうになりながらぼやく。
「分かるけど、しょうがないわよ。仲直りの約束する場でもあるし、オスカーくんの誕生日会でもあるでしょ」
「そうだけど、もうつかれた」
抱っこ紐の中のリアムが退屈そうな兄に手を伸ばす。オスカーは弟の手を握り、笑った。
「もうちょっと我慢して。そしたら帰って、誕生日ケーキ作ろうね」
「けーき?!」
とたんにオスカーの目が輝いた。
「つくれるの!?」
前世では娘たちの誕生日には必ず作ってた。
「まぁ、あんまり期待しないでね。素人が作る、ごく普通の生クリームとイチゴのケーキだから。デコレーションはオスカーくんにも手伝ってもらおうか」
「たべたいたべたい!」
オスカーが飛び跳ねて抱きついてきた。
「ママ、だいすき!」
あたしとノアは驚いてオスカーを見た。
『ママ』と呼ばれたことはない。オスカーにとって母親はエマ様一人で、あたしはただの乳母だから。
「オスカー……あたしがママでいいの?」
初めて本人を『くん』なしで呼んだ。
「うんっ、せんせいがママがいい! パパはノアおじさんがいい!」
「おっ、俺もパパって呼んでくれるか」
ノアがオスカーを抱き上げる。
「いいなー、オスカー。俺、ソフィアにケーキ作ってもらったことないよ。毎年くれって言ってるのにさー」
「はいはい、うるさいわね。今年は作ってあげるわよ」
つぶやいたら、ものすごい勢いでノアが振り向いた。
「マジで?!」
「何度も言わせんじゃないわよ」
つっけんどんに返す。
「てことはさ、俺とちゃんと結婚してくれるってこと?」
「とっくに署名してるけど」
半ば強制的に署名させられましたが何か?
「そうじゃなくて。契約だったじゃん」
「あーもー、破棄よ、破棄!」
あたしはおおげさにため息ついて肩をそびやかした。
エリニュスに仕掛けた罠はあたしにとっても賭けだった。―――ノアに対しての。
前世では一人で戦うしかなかったけど、もし今度気づいてくれて、一緒に立ち向かってくれるなら。
もう手を取ってもいいかなって。
そう思ったのよ。
後悔しまくって一生独身で過ごして寂しく死んだっていうし、光輝も充分罪は償った気がする。
二人転生したのは破滅ルート回避のためだけじゃない。きっと、これもあったんだろう。
不幸に終わった昔。やり直すための、誰かがくれたチャンス。
それならばと、あたしも意地を張るのはやめにしただけだ。
「もうあきらめたの。腐れ縁は死んでも切れなかったし、あきらめるしかないでしょ。あんたと正反対の人選んで大失敗したし、だったらもういいかって」
「素直じゃないなぁ、ソフィアは。いや、未来?」
「うるさい光輝」
昔の名前で言ってねめつける。
「ま、あんたはちゃんと子育てしてるし。今度は前世みたいなことしないだろうし? 長年これだけ好意示されれば、嫌でも本気って分かるもの。言っとくけど、あんまりにあんたが情けなくてかわいそうだから、そろそろ許してあげようかと思っただけだからね!」
「これこそツンデレだなー」
誰がツンデレだ。
ノアがオスカーを下してきく。
「じゃ、契約破棄して妻として一生傍にいてくれる?」
「まだこれからどんな破滅フラグ立つか分かんないし、それ回避のためよ。あたし以外に他いないから協力するだけ。忘れないでよね」
「はいはい。よし、宰相! ウエディングドレス用意してあるからソフィア着替えさせて早速結婚式」
「なにを裏で手配してるんだあああああっ!」
ひっぱたいてやめさせる。
準備は父も一枚かんでたっぽい。したり顔で言う。
「しかしなソフィア、一応宰相の娘が結婚したのにいまだ正式発表してないのは変だ。どうせみんなそろってるんだから式くらいやってしまいなさい」
「そうそう。ソフィア、大好きー。てわけで予定通り式を」
「ちょっと待ったあああああ!」
知らぬは本人ばかりなり。
この場の全員、オスカーすらもサプライズで結婚式やるの知ってたらしい。前に潰したはずなんだけど!
「あのね、ぼくたんじょうびプレゼントなにがいいってきかれてこたえたの。ママとパパのけっこんしきがみたい」
子供を抱きこむとか卑怯だぞ! 言いくるめたの誰だ! 一発顔面全力で殴るから名乗り出ろ!
これじゃ断れないじゃないかっ!
母がリアムを預かり、あたしは強制的に式を挙げさせられた。
「やっぱ前言撤回してやる――!」
切実な叫びがこだました。
☆
あたしはノアとオスカーとリアムと一緒に、手をつないであたしたちの家へ帰った。
ラスボス・ヒーローの乳母やります! 一城洋子 @ichijoyoko
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