29 真相、そして帰るべきところ
あたしは諸手続きのために城を訪れたエリニュスをつかまえた。
言っとくけど、オスカーとリアムはお昼寝中。
あまり人に聞かれたくないんで、彼女を静かな庭園に連れ出す。
「これで色々終わったんだって? よかったわね」
「ええ……ショックだったけど、やっと気持ちも落ち着いてきたわ」
「ショックねえ。―――本当にそうなの?」
あたしは意味深な目を向け、爆弾発言を落とした。
「全部あんたの計画だったくせに」
エリニュスはおしとやかな笑みを崩さなかった。
それどころか、おっとり首をかしげてみせる余裕すらある。
その首の角度すら計算済みな行動は、もはや感心するしかない。
「何のことかしら?」
「ジャックが殺人犯なのはおかしいってこと。準備運動で病院に搬送された男が、訓練を受けた護衛含め屋敷の人間を皆殺しにできると思う? 真犯人はあんただって言ってるのよ」
「面白い妄想ね」
エリニュスはとぼけた。
「妄想してたのはジャックのほう。……それとあんたも。最初から話そうか? 一族との政略結婚の提案が出た当時、あんたはオリバー様の妃最有力候補だった。なにせ『国一番の淑女』。正式な婚約こそしてなかったけど、暗黙の了解だった。和解のための政略結婚が行われなければ、オリバー様と結婚出来てたでしょうね。あんたもオリバー様が好きだったんでしょ?」
エリニュスの笑みがわずかに消えた。
あたしが彼女を苦手なように、彼女もあたしが苦手なのだ。
理由はエリニュスが内心あたしを軽蔑してるのに、あたしは何とも思ってない上、ちっとも思い通りにならない存在だからだ。
本当の彼女は笑顔の仮面の下で他者を蔑み、優越感に浸るのが好き。自分が世界一と思い込んでる危険さを持つ。
自他ともに最もすばらしい女性でいるために、努力と演技で『淑女』を装っていた。その努力は素直にすごいと思う。
しかし彼女にとって、より上の公爵家令嬢のくせに破天荒、まったく思い通りにならないあたしの存在は不愉快だった。
隠してても漏れたわずかな敵意にあたしは気づいたわけだ。
「『女神エリニュス』にふさわしいのは、イケメンで地位もあるオリバー様だもんね。だけど当時あんたはあと少し結婚年齢に達しておらず、彼はエマ様と結婚することなった。これが許せなかった。表面上平気なふりしてエマ様と友人になることに成功したあんたは、復讐の機会をうかがってた。そのうちエマ様が妊娠・出産。幸せの絶頂で突き落としてやろうと、手ぐすねひいて待ってたのね。―――だけど、出産祝いってことで訪れたあんたは、愕然とした」
一旦言葉を切る。
エリニュスの笑みはさらに失われていた。
「赤ちゃんを育てることが、思ったより大変だと目の当たりにしたから。泣くし、オムツ替えと授乳は頻繁だし、手は汚れる、睡眠もまともにとれない。あんたにとって育児はいいことだらけのバラ色のはずだった。でも現実は違う。夢が砕かれ、オリバー様への愛情がうせた」
「……仕方ないじゃない。格下の女を選んだからブサイクな子が生まれ、どうしようもない子の面倒みなきゃならなくなったのよ。ざまあみろだわ」
うわ、すごい感想聞こえた。
いくらあたしには取り繕っても無駄とはいえ、えらい毒舌吐いてんな。
これがエリニュスの本性。演技力は本当にすごい。だから真犯人だと思った。
「ひどいわね。とにかくもう復讐する価値すらなく、どうでもいいって気になった」
はるか下に見てる相手に復讐するのはプライドが許さなかったわけだ。
「その後、当時一番の独身男性だったジャックと結婚する。……あのさ、一応ききたいんだけど、ノアは? そりゃ年下だけど、地位的には王弟で、顔だけならいいよ?」
「あんな馬鹿はお断りよ」
エリニュスはきっぱり言った。
あ。ですよね。
ていうか『女神様』の仮面がはがれてるんだけどいいんですか。
「顔がよくても中身が伴ってないじゃないの。それにあなたみたいな愚かな女が好きな男なんて問題外」
ああうん、そんなことだろうと思ってたけどね。
はっきり言うなぁ。
あたしは咳払いして、
「ジャックを選んだのは、オリバー様に少し似てるから? 理想の男性をやっぱり忘れられなかった? でも、ジャックと幸せな家庭を築ければこうならなかったんでしょうね。不幸なことに、ジャックはエマ様が好きだった。それを知ったあんたは激怒した。好きな男を二人もとられたんだもの。許せなくて、三人まとめて葬ろうとした」
一度計画自体はあったんだ、それが形を変えて再燃しただけ。
「まずジャックの妄想を意図的に助長し、エマ様と恋人同士と思い込ませる。元々ジャックは精神的に弱いとこがあったし、長年『淑女エリニュス』を演じてきたあんたには操縦も簡単だったでしょ」
エリニュスはクスリと笑った。
「本当に、愚かで弱い人だったわ」
「ジャックを利用してオリバー様のとこの護衛や使用人の一部を手なずけ、エマ様の親にも嘘をふき込んだ。けど、手紙まで偽造したのはやりすぎたわね。ジャックがエマ様の筆跡を入手する機会はない。同性の友人が文通で入手したってほうがありえるでしょ」
やりすぎてしっぽを出した。
「過激派組織ともわざといずれバレる方法でコンタクトを取らせ続けた。エマ様たちの暗殺を命じたのも本当はあんたじゃない? 護衛に毒盛るくらいして暗殺者の侵入の手助けして、殺させた。あんたなら毒入りの差し入れくらい楽にできたでしょ。計算外は子供たちが助かったことね。憎い女の子を生かしてはおけないと、またジャックを使って殺そうとした。彼に全ての罪を着せて処刑させ、自分は悲劇のヒロインとしてまた別の男を探すってふうに……」
「―――だからあなたは嫌いなのよ」
冷たい声がエリニュスの口から出た。
初めて聞く、憎悪の混じった声。普段の『女神エリニュス』ではありえない。
「馬鹿なくせに察しがいい。ブスで能力も私よりはるかに劣ってるくせに、私より地位が上。あなたが私に勝てるところなんて何一つないくせに!」
「あたしがブスで才能も能力もないのは事実だけど―――家の爵位とかどうでもよくない? いくら身分が高くても人間的にどうしようもなかったら駄目だと思う。あたしだって大したことないやつだけど、少なくともあんたよりは上等な人間だと思うよ」
「なんですって?!」
「理想と妄想が壊れたからって、逆恨みして人殺しなんてしないもの」
面と向かって言ってのけた。
「お黙り!」
エリニュスが吠えた。いつもの貞淑さはどこにもない。
「あなたごときが私を馬鹿にするなんて許せない。私こそ至高の存在。私の夢は誰にも邪魔させないわ!」
攻撃魔法をまとった短剣をエリニュスが振り上げる。
城に入る人間は身体検査されるけど、どうにかして持ち込んだな。
怒りと憎しみに歪む醜悪な顔は、まさに復讐の女神そのものだった。
そう、エリニュスはギリシャ神話で復讐の女神のことだから。
あたしは落ち着いてそれを眺めていた。
―――突然横合いからノアが飛び出し、エリニュスの腕をねじりあげて拘束した。
「殺人未遂の現行犯で逮捕する」
エリニュスが暴れた。
「なっ、何するの? 私を誰だと思ってるの!」
「ただの犯罪者だよ。ったく、ソフィア、心配させるなよ。急に飛び出してくんだから」
「ごめんごめん。でもエリニュスが来てるって知ったのさっきだったから。けど、ノアなら分かってくれるって思ってた。信用してるもの」
しょせん箱入り娘のエリニュスは気づかなかったことだが、あたしの意図にすばやく気づいたノアは先回りして兵を忍ばせていたのだ。
さらに念を入れて、証人として陛下と父、C侯爵まで連れてきてくれていた。
一部始終を見ていたC侯爵は愕然としてる。
「C侯爵。沙汰は追って知らせる。それまで蟄居せよ」
陛下の命にC侯爵は頭を下げるのがやっとだった。
後で聞いたら、陛下も父もジャックが殺人犯はおかしいと思ってたそうだ。でもまさかエリニュスが真犯人とは思わなかったって。
ノアがあたしの手を引く。
「ソフィア、帰ろう。もう無茶するなよ、寿命が縮まった」
「あんたのいたずらに付き合わされる方がよっぽど無茶よ。言ったでしょ、信じてたって。―――さ、帰りましょうか」
あたしはノアと一緒に子供たちの待つところへ帰った。
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