闇ナビ・パーティー

 橙の非常灯に照らされた棺桶コックピットの視界は最悪だ。なにしろ、外の風景がまったく見えない。メイン、サブカメラともに破壊され、さらに各種センサーが、悉くいかれてしまった。キャノピーモニターは、すべて艶消しブラック。すなわち外の世界と隔離されてしまっている。認識できる範囲は、自分の荒げた呼吸音が耳障りな密閉空間コックピットだけ。


「生きてるセンサーは?」


 両膝の間、股間の正面あたりに声をかける。そこにあるのは、紫の髪で飾られた美しく整っている幼女の顔。彼女は無表情で答える。


「足部接地センサー、足場確認用の映像センサーです」

「ハハ。足元しか見えねぇな。ハッチを開けて戦うか」

「上部ハッチを開けても、ほぼ視界の改善に結びつきません。リスクのみが高くなります」


 重々承知していることを幼女に諭される。全高8メートルのロボット。その狭いコックピットにサポート用アンドロイドを載せるため、ボディサイズは幼い子供型になっていた。さらには、パイロットの太股の下からパイロット席の下に、斜めにして体を埋めている。ここまで窮屈な体勢をさせるなら、人型にする必要はないのではないかとも思ったが、脱出する時、怪我をした時などに手助けできるようにというアイデアらしい。いざとなれば、パイロットの代わりにコンソールを操作することもできる。

 だから彼女は、当然のようにこう切り出した。


「逃げてください。私が操作して囮になります。この状況になったのは、ナビゲーター役の私が貴方を信じず、勝手な行動をとってしまったからです。私では貴方の相方ナビになれなかった」


 殊勝な顔をくだらないと笑いとばす。誰かのせいにするほど愚かではない。ペダルを踏み、グリップを握っているのは自分である。


『そうそう。ビヨネッタのせいじゃないさね!』


 唐突に、蒸れたイヤーマフを通りぬけてヘルメットの頭に届く快活な声。


「ナンシー!? まさかお前、追ってきたのか! 怪我は――」

『もう平気さ! 今は、六時の方向にある山の上から、あんたのズタボロ姿が丸見えさね』


 いつもと変わらぬ軽口に思わず笑みをこぼすが、対照的にビヨネッタは幼い顔へ沈鬱な色を浮かべる。


「すいません、ナンシー。自分だけでうまくナビできると大見得を切っておきながら――」

『なーに? もう勝負降りる? なら、こいつの相方ナビは私だけでいいさね?』

「それは……」

『ま、それは後。残り一機ラストワンが来たさね』


 ナンシーの警告に、自分の鼓動がコックピット内へ響きわたった気がする。


「くそっ! ナンシー、こっちは敵の罠で――」

『わーってる。視界ゼロ、武器もなしやろ。ステータスは確認済み。敵の武装は?」

「近距離ナイフしかないはずだ」

『よしゃ! よくそこまで頑張ったさ! ……なら、久々に本気でナビるさね!』

「ひさびさの本気……WRCラリー以来だな。頼むぜ、ナンシー!」

「――無茶です!」


 太腿の間でビヨネッタが珍しく必死の形相を見せる。


「いくら慣れた戦場でも、地形は変わってしまって足場が――」

「そこはビヨネッタに頼む」

「……それは脚部のコントロールを委任すると?」

「ああ。俺の操作の意図を確実に再現するように、接地状況を把握し、バランスをナビゲートしてくれ」

「操作の意図……難しい注文ですね」

「でも、一緒にやってきたんだ。信用している」

「……了解しました」


 嬉しかったのか、初めて見せてくれたビヨネッタの微笑。それに不思議な力がわく。


『行くよ! そのまま前方に速度一二〇でスライドダッシュ!』


 ナンシーの声だけに従い、何も見えないまま、両足でペダルをゆっくりと踏み込む。少しの遊びの後、抵抗感。響くモーター音と共に地面をつかんで得られる推進力。そのまま強く踏み込む。背もたれに押しつけられながら、一気にカウントアップするデジタルメーターを睨む。


『右に一七度、方向修正!』


 右手の人差し指と中指を微妙に上下させる。指を通しているリング、それにつながれたワイヤー型アナログコントローラーが微妙な動きを読み取って、出力を微調整していく。指に返ってくるリアクションを感じ、地磁気コンパスによる目安を見ながら微調整する。


 ドンッという上下の揺れ。


 球体の暗室コックピットではわからない、ずれる感覚。地面に障害があった?


「…………」


 一瞥したビヨネッタの顔は小さな首肯。それは調整成功の証。ならば疑わない。


『カウントスリーで止まらずに胴の高さにキック! ……ワン、ツー、スリー!』


 左手でリングを操作。決まった動きで決まったパターンが呼びだされる。傾くコックピットに今までと違う駆動音。今、足があがっているはず。


 足から走る衝撃。


 前のめりになり、次に背後に働くベクトル。見えていれば構えられるが、タイミングが取れないと無駄に頭が揺れる。


「接地センサーに反応。クリーンヒットです。相手もまさか視界なしで蹴りを放ってくるとは思っていなかったのでしょう」


 いつもと違い嬉しそうなビヨネッタの声に、こちらまで高揚する。


『そのまま三四六メートル、北西に速度八〇でバック!』

「待ってください! そっちには崖が――」


 一転しておそれれるビヨネッタを無視して、ナンシーに従い指先を操る。そして踏みこむペダル。迷いはない。


「カウントスリーでフルブレーキングからの右足後方から回し蹴り! ……ワン、ツー、スリー!」


 コックピットの中にかかるG。ワイヤーコントロールで回転を指示。遠心力。


 足から伝わる振動。


 そのままスライドして止まる機体。たぶん、崖っぷち。


『――よっしゃぁ!』


 三秒後。

 遥か下から響くズンッという激しい落下音。


「敵機、落下したものと推測」

「そうか」


 勝ったのだろうが、この部屋コックピットではゲームよりも実感がない。それでも相棒ナビたちが勝利を告げたのだから安堵する。もう大丈夫だ。


「不思議です。蹴りが当たらないとか、崖から落ちるとか……私たちの指示だけで怖くなかったのですか?」


「怖いと思ったら信じていないということだろう? ナンシーのことも、そしてお前のことも信じているさ。俺たちはパーティーだからな」


 そう言ってから前屈みになり、ビヨネッタの紫の頭を撫でる。

 すぐに赤面する彼女はかわいい。


「なんだ、照れてるのか?」

「こ……股間が近いのです」

「あ……すまん……」

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描かれないロボット短編小説集 芳賀 概夢@コミカライズ連載中 @Guym

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