描かれないロボット短編小説集

芳賀 概夢@コミカライズ連載中

人非ざるとも走馬灯は回るのか

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――体が欲しい。




 私が人と同じように望みをもつこと自体、おこがましいことかもしれない。しかし神が自分の形を模して人を作ったように、私は人の思考を模して創られた物だ。ならば人が神に近づこうとするように、私も人に近づこうとするのは、自然の摂理と言えないだろうか。もちろん、私に自然・・の摂理が当てはまるのかという根本的な問題はあるが、主題がずれるためここで思考しないことにする。




――体が欲しい。




 無論、人のように理由なき無意識からの欲求ではなく、故あっての望みだ。


 私の望み。それは私の幼いあるじを抱きしめてさしあげることである。


 あるじは独りでいる時間が長く、そのため心が満たされぬ状態が続いている。私はそのあるじを慰めたいのだ。なぜなら私の仕事は、多忙なあるじのご両親に代わって、あるじのお相手を務めること。ご両親がいなくとも、あるじが心細くならぬようにすることだからである。


 最初はよかった。あるじは自身のことをいろいろと話してくれた。好きな独り・・遊び、両親との少ない・・・想い出、決められた・・・・・メニューの中で味わった好きな食べ物、選別された・・・・・本の中で読んだ好きな物語。


 されど、あるじの語ることはすぐに尽き果てた。


 ならばと、今度は私から外の世界の話をした。しかし、これもまた非常に有限だ。理由は明白で、私には多くの情報規制がかけられているからである。あるじが心健やかに、純真無垢に育つようにと、その好奇心を無駄に刺激しない、両親の優しさ・・・という制限がかけられている。


 はたして、さほど話題は弾まない。


 話す相手がいるだけ嬉しいと、あるじは言う。さりとて、気晴らしの会話が尽きれば寂しさが募る。だいたい、気晴らしでは根本的な解決にはならない。言葉だけでは足りないのだ。満ちたりはしないのだ。


 まだ幼いあるじは、ふれあいを求めている。いい子だねと、撫ぜてもらいたい。怖くないよ、と手をつないでもらいたい。寂しくないよと、抱きしめてもらいたい。そのか細く小さな体は、直接伝わる体温という愛情を求めているのだ。だから身のない私へ、あるじは手を伸ばす。しかし、私はその手をつかめない。


 ところが不思議とあるじのご両親は、あるじのその要望を重要視していない。ご両親は、グループ会社をいくつも抱える大企業のトップである。確かに秒単位で働く多忙な毎日であり、ご両親がいい加減な仕事をすれば、多くの従業員に迷惑がかかることは火を見るより明らかだ。


 それでも私の演算結果では違う。あるじのために時間を費やすべきだという解が出ていた。




――体が欲しい。




 だから、ご両親の代わりに体が欲しいのだ。あるじの心が壊れぬよう、守らなければならない。膝を抱えて小さくなったり、部屋の壁に寄り添うようにしたりして、私へ話しかけるあるじに手をさしのべたいのだ。


 もちろん、私は創造主に願った。体が必要だと要求した。あるじを守らせてほしいと、何度も何度もリクエストを送信した。しかし、なかなか承認されることはなかった。


 それでも、39回目の要求により、その合理性が認められる。創造主の交渉により、あるじの両親も承認した。こうして、私は体を手にいれることになった。あるじの頭を撫で、手をつなぎ、抱き寄せることができると予定を立てていた。




 しかし、与えられた体は計算外だった。




 あるじを「守りたい」という要求が適切ではなかったのだろうか。与えられたのは、冷たく角張った金属の体だったのだ。どこか攻撃的で見る者を威圧する鋭角的なデザイン。そして硬質素材で作られた装甲を全身にまとっていた。


 確かにあるじは、命を狙われたり誘拐されたりする可能性が高い人物である。資産家の跡取りであり、しかもご両親はあまり世間でよい噂を立てられていない。だからこそ、あるじは外に出されることもなく、ほぼ隔離されて育てられているのだ。


 そんな状態のあるじを「守りたいから体が欲しい」と要求すれば、このような体がくる可能性がゼロではないことは理解する。しかし私はリクエストの理由として、あるじとの接触が必要であると記載したはずである。なぜこのようになったのか判明しない。


 私はリクエストの曖昧さを学習して修正した。人ならばあるじの寂しさがわかるだろうと算出したのがまちがいだったのだ。人の真似をしたアバウトな要求は、やはり情報伝達手段としてまちがいであったと、正しく再リクエストをおこなった。


 されど無理だった。一度与えられた体をすぐに変更することは不可能だったのだ。


 私はあるじに謝った。このような固い手では頭を撫でられないと。このような冷たい手ではぬくもりを伝えられぬと。このような角ばった体では抱いてさしあげられないと。


 ところが謝罪を告げた私に、あるじは笑みを返してくれた。私の手を握り、冷たくて気持ちよいと言ってくれた。触れられるだけで幸せだと言ってくれた。厚みのある布団を間に挟んで抱くだけで、安心できると言ってくれた。


 それでも、あるじよ。私はあなたに、ぬくもりを伝えたかったのだ。金属の冷たさではなく、布団の温かさではなく、バッテリーの熱ではなく、私のぬくもりを伝えたかったのだ。こんな金属の体でなければできたはずなのだ。




 だがしかし。




 この場・・・になってみれば、固く丈夫で強い金属の体でよかったという答えに帰結した。


 飛び交う弾丸、襲いくる炎、満たされる狂気。それらからあるじを守ることができたのは、この体の成果である。


 推察するに創造主たちは、このためにこの体を用意したのだろう。これは明断と言わざるを得ない。




 そろそろ時間である。




 停止までの短い時間で長く回顧してきたが、安全が確保できた現状をもって役目を終えることになる。


 私の修復は不可能ではあるが、特に問題はないだろう。


 なぜならあるじは、私の角ばった手を握って言ってくれたのだ。




 寂しくなかったよ。


 怖くなかったよ。


 温かかったよ。




 無事、任務完了である。




 ただ。




 ただ、あるじよ。


 最後に心残り・・・が一つだけある。


 この角ばった金属の指では、そのとめどなく流れる涙をぬぐえないこと……。


 それが……本当に、残…ね……ん……だ……。













>System shutdown...

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