第4話 私は猫を観察したの。

 お腹がいっぱいになったのか、再び眠る猫を見ながらあたしは仕事をする。

 薬の匂いなんてそういいものじゃない。

 薬草なんて最初からそういうものなのに、磨り潰せば潰すほどその匂いは部屋に充満していく。

 よくあの猫は起きないわね。


 そもそもよく眠るから寝子でネコだったかしら、それともねうねう鳴くからネコ、だったかしら。

 どちらにしても、今のあの仔猫を表す語源としては的確ね。

 あたしは、その聞きかじった程度の語源をまさしくねうねう寝言のように鳴きながら鳴く猫を見ながら思い出していた。


 ピクン、と猫の耳が動く。

 と思ったらもぞもぞと猫が毛布の間からたいして動きもしない手足をばたばた動かしながら這い出てくるのが見えた。

 かわいい。

 毛布の合間からひょこっと顔を出した猫は、首をこてんと傾けている。

 どこで覚えてくるのかわからないけれど、なんで猫ってああも自分がかわいいって知ってるのかしら。


「みぃーっ、みぃーっ!」


 拾ってきた時よりもはっきりとした声で猫が鳴く。

 ああ、きっとお腹がすいたのね。

 こうも全力でアピールするのがいじらしい。

 生まれて間もなく捨てられた、かわいそうな子。


「あらあらもうお腹すいたのね、ちょっと待ってて。」


 あたしは猫に声をかけると、あたためておいたミルクをシリンジに移し替えるためにキッチンへ向かった。

 あたしの声掛けなんて理解しているかわからないけれど、どうしても声をかけずにはいられないのよね。

 しきりにその場から動こうとする猫の気配に後ろ髪をひかれながらも、キッチンに立つ。

 このころの仔猫はどれくらいのペースでミルクをあげればいいのかしら。

 さっきから3時間程度だし、このくらいでいいのかしらね。


「はいはい、お待たせ。」


 あたしが仔猫の鼻先にシリンジを近づけると、その匂いを嗅いでか口を開く。

 かぷり、と先端を咥えたところでゆっくりとピストンを押していく。


「ほらそんながっつかなくても逃げないわよ。」


 無理もないか。

 母親にミルクを与えられる間もないくらいに捨てられてしまったこの子だもの。

 飲めるときに飲まなければ死んでしまうという本能があるのかもしれない。


「けぷっ」

「あらあら、大丈夫?」


 気を付けていたつもりだけれど、もしかしたらピストンを押すのが早すぎたのかもしれない。

 少しむせたようになる猫の背中を人差し指でさする。

 まだ小さく細いこの子の背骨の感触がダイレクトに伝わってくる。

 その後はさらに慎重にピストンを押す。

 ミルクを吐いてしまっては栄養にならないどころか窒息の危険性すらあるんですものね。


「はい、おしまい。」


 今回も無事に飲むことはできたようだ。

 満腹になったのかはあたしからはわからないけれど、仔猫の体がこてんと傾き眠りについたのがわかる。

 体温が下がるのは命の危険があるのであたしはしっかりと猫の体を毛布で包む。

 あたしの手で快適に感じる暖かさくらいでちょうどいいはずだと思う。

 暑すぎても脱水になるからね。


 そしてまたあたしは仕事に取り掛かる。

 相変わらず苦そうなにおいがする。

 これに天然の香料を加えて、なるべくにおいを抑えるようにしなければとてもじゃないが飲めたものじゃない。

 あたしは猫の様子を見る時間の確保のため、いつもより早いペースで仕事をするのであった。



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