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帰りの飛行機の中で透は考えた。百合子は二つの島にはいたくなかった。なら、ひょっとしたら、透に会えるかもしれない大阪しかなかった。いつ、透のいるところを知ったのか。あの新聞に載ったことしか考えられない。寿司屋に勤めていた時だ。そして整形をして、バーに勤め、陶芸を習い諸岡氏と知り合った。寿司屋のときには陶芸を習うそんな余裕はなかったはずだ。
そしてその1年間、度々透の工場や家の状況を調べに来ていたのだろう。事務員募集の張り紙を見て幸いと入り込んで来た。最初から計算があった。自分は騙されたのか?整形していない百合子が現れたら、採用しただろうか、採用しても結婚しただろうか。
こうして、携帯が鳴ってから夏子のことを調べ、色々知ったのであるが、本当に知ったことになったのだろうか。だいたい人間がその人の全てを知ることなんて可能なのだろうか?そして、知ったからといって、その人を分かったことになるのだろうか…。
透にはどうしても、夏子と百合子は結びつかず、二人の女性に思えてしかたなかった。一人に愛され、そしてその女性を捨て裏切った。もう一人は愛したのに夫を裏切っていた。
その二人を同じ線上に並べることが出来ないのだ。二人して透に復讐をした?と思えないでもない。いくらなんでも勘ぐり過ぎだろう。素直に二人に愛されたのだと考えるべきだと透は思った。
諸岡氏との関係、本当に結婚を機会に関係を清算するなら教室を変えることだって出来ただろう。男と女、とうてい信じることはできない。でも、10年、夏子に不自然を感じたことはなかった。「家庭も陶芸も大事」、諸岡氏とは陶芸を通じて師弟の関係の方が深かったのであろう。それ以上、今の透には責める資格はない。
百合子はその出生に不孝な過去を持つ。そして同じような悲しみを負った。でも、整形することで、別の人間に生まれ変り、それらを乗りこえた。透との愛を達成し、透と梨花に愛を与えた。陶芸も、花も愛した。
この再訪で、透は自分の人間として軽さ、身勝手さを深く恥じ、百合子、夏子の二人の愛に思いを馳せ、位牌に手を合わせた時の己の罪深さの思いが、心に深く残ったのである。
梨花の顔が浮かんだ。「お母さんの生まれた所に行ってきたよ」とだけ言おうと思う。いずれ成長した梨花は、この沖永良部島に美しかった母を思って訪ねることだろう。飛行機の小さな窓から、平坦な島影が芥子粒のように小さくなって消えて行くまで、透はいつまでも見遣った。
了
注釈:
『青幻記』
1973年制作。原作は一色次郎、これで太宰治賞を受賞。カメラマンの成島東一郎が脚本・撮影も兼ね初めて監督した作品である。母を演じた賀来 敦子はこの映画で毎日映画コンクール女優演技賞を受賞し、この映画を最後に引退した。成人した稔役は田村 高廣が演じた。
沖縄民謡『上り口説き』
一、旅の出立ち観音堂 先手観音伏せ拝で黄金尺取て立ち別る
たびぬ'んじたちくわぁんぬんどーしんてぃくわぁんぬんふし うぅがでぃくがにしゃくとぅてぃたちわかる
で始まり、
八、燃ゆる煙や硫黄が島 佐多の岬に走い並で(エーイ) あれに見ゆるは御開聞 富士に見まがふ桜島
むゆるちむりや ゆおーがしま さだぬみさちん はゐならでぃエーイ ありにみゆるわ うかゐむん ふじにみまごーさくらじま
で終わる。
屋嘉比朝寄(1716-1775)の作品と言われている。薩摩に支配された琉球王朝がヤマトの文化をおおいに取り入れていた頃、ヤマト口で作られてウチナーグチの発音で読まれた七五調の「口説」(くどぅち)。
首里から那覇、奄美大島から鹿児島までの船の旅を情景描写したものだが、航海の安全を祈っての気持ちが込められている。
。
亡き妻の携帯が鳴った 北風 嵐 @masaru2355
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