水槽と水銀

韮崎旭

水槽と水銀

 水族館の天井から見下ろす視界はまるで彼岸のそれのようで、瓦解していく現実感覚が喧噪に溶けて花火みたいだった。階段を下りていく竪琴の引手の手を引いて、素敵な地獄へ案内するの?

 高速道路のその先に、何もないことなんかわかっているよ、衰退ばかりが仲良しの世界が私の周りを侵食して、質の悪い病のように、何もかもが台無しなんだ。ここにとどまって衰退に骨を浸している、無能な私は何も未来像がない。

恒常的な暗闇はまだ早いと笑った。アサギマダラの螺旋を描いて、シジミチョウの演舞を覗いて、揚羽の葬送曲を流して、ここまでだったとまだ使えるラジオも言っているじゃあないか。列車なんてもう必要ないここにては置き去りにされた有人廃墟。

 君らが見ていたのだね、共同幻想だったね、都市は概論の中にしかいないんだってね、ここにはもう何もない、誰も景観なんて気にかけないから電信柱が無造作に空に刺さっている。そこから何を輸液するの?

 あなたは空に刺された針と経管栄養のためのルートだと聞いたの、遠い昔に、忘れてしまった。何もかもを忘れていくのだよ。街を歩く人の声は嘘みたいに明るい。誰も来ないバス停、誰も待っていないバス、美しくセンチメンタルな遺産がまだ走っているのか。バスに乗るためにバスに乗る人間になってしまった。バスに乗っても行き先がないから、いまとなってはもう。

 美しい青春などというのは、映画会社の広告塔の中だけで、私は残念ながら人間だったから、青春があったとしてもそれは悲惨にくたびれた雑巾か墓場だった。私が謳歌した病気と狂喜は墓場の石の天井に反響して、そいつが今でも鳴りやまない。架空の生き物として生きる憧れも、日々劣化して、殺されていくんだ。

 掻き混ぜたクリームソーダの中に恋は無く。そこにあるのは苦い回顧だ。

 フードコートで、どうしようもない地方都市の複合商業施設で、そのフードコートで、君とか君らとかとそれらしさを堪能したくなって頼んでみた全く好きではないメロンクリームソーダは本当に嫌いな味だったからもう二度と注文しないと思う。君らとの交遊は普通に私をその場その場で鬱から救い出していて、海難救助みたいだった。私はかろうじて呼吸を繋いで、誰もかれもが死にそうになっていることから目を背けて、それらしいスラングでふざけて回って、終わりはいつでも寂寥と西日も入らない人口の真昼から、夜へと踏み出していった。何もえらくないし、失望は特権じゃない。だからって、それを否定するのはおかしな話でしょう。

 十代だった何かが失われて自分自身が決定的にずれていくのを感じていて、それが何かの保持とか、弱さを誇ることとかとつながるのかはどうにもわからない。見るべきものが本当に品ぞろえのお粗末な書店とか用水路しかない帰り道。

なあ、これを懐古と言いますか。感傷と言い、抒情的だとか、一過性のきらめきだなんてお前は言うのですか? ならお前は、その前に正気を処方されてこい。

茶碗の底で笑い声の残りが回遊していて、いつも寝る時も点けっぱなしの電灯を眺めていると限度の無い漠然とした恐怖心が、考えを占めて歩けなくなりそうだ。恐怖と寂しさと空白を埋めるために今日を星印とハートマークとそのほかのハイテンションで埋めて、うずめて、埋葬して、二度とこっちを見ないでください。

 こっちを向いて、破たんを隠して。どうか覆って、その墓穴を花と詩集の言葉たちで、埋め合わせしておくれよ、何に話しかけているのかわからない深夜の錯綜にて。

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水槽と水銀 韮崎旭 @nakaimaizumi

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