第6話

雨がシトシトと降る梅雨に入った。


 俺は傘を差しているのにずぶぬれになりながら歩いていた。 


 目的地は47号屋。 このへんの学生御用達の微妙なメニューを出すアイスクリーム屋だ。


「おそーーい!なにやってたのよ?それにその格好……」


「傘を差してるのにそれだけ濡れるなんて、すごいね……まあよっぽどのアホなのかしら?」


 暴虐姫と腹黒女王の気遣いのない言葉を賜り、俺は涙が出そうになる。


「剥離先輩と神原先輩に追い掛け回されてたんだよ!軟弱なお前を鍛え上げてやるとか言ってさ、お陰でこの雨の中校内やら校庭やらを走らされてこの様だ!」


「まったく、あの眼鏡君にも困ったものね……トップが泣き虫だから不安なのね」


「ど、どうしてそんな話になるの?りっちゃんこそ、あの神原って先輩、筋肉馬鹿で暑苦しいんだからどうにかしてよ!」


「あれは力があるからいざというときに役立つのよ?……夏はうざったいから近くに寄せないようにしようと思うけどね」


 神原先輩……可愛そうに。 確かに剥離先輩と二人で夏場の生徒会室にいたらサウナみたいになりそうだけど……。


「それと、周防さんから夏休みの合宿はどうするのかって連絡が来てるけど?」


「ああ、それなら小林の家が持ってる別荘があるからそこに行くことにしたわ」


「ええーー!私あの人、大ッ嫌い!」


 プイとそっぽを向く瑞樹を律子がたしなめる。


「駄目よ、瑞樹ちゃん。招待してくれるって言ってるんだから……ちゃんと利用しないと

……ね?」  


「ああ……そうだね……利用できるならとことんしないとね……」


「そうそう……」


 クスクス笑いながらまるで仲の良い姉妹のようにしている二人を俺は複雑な心中で見ていた。


 気のせいか、あの日から瑞樹に腹黒さがプラスされたような……いや深く考えないようにしよう……。


「結局あの人は今でも教団にいるのか?」


「まあね……今回の事で全力で反省しましたって土下座して言うもんだから特別に今回だけは許してあげたわ。次、同じことやったら逆さはりつけの刑にしてあげるけどね、それにしても私って本当に優しいわよね……ふふふ」


 薄怖くなる笑顔で、物騒なことを言うが、仮に土下座なんかしなくても、きっと律子は小林を許していたんだろうと思う。 なぜなら、一人ぼっちになる怖さを律子は知っているし、なんだかんだ言いながらも、かなり歪んではいても基本的には優しい性格だからな

……一応。


「さてと……話が済んだところでカズちゃんには罰ゲームです!」


「はっ?何でそうなるんだよ?」


「当然でしょ?私達を待たせたんだから……」


 瑞樹が怒ったように俺に人差し指を突きつけて糾弾する。


「はい……そういうわけで、罰ゲームとしてカズちゃんには私達二人をお家まで送ってもらいます」


 そういって俺の傘に入ってくる。


「あっ!おい! ちゃんと人数分のかさを持ってきてあるよ。ほら……」


 傘を渡そうとする俺の鼻を軽く押しながら、説教するように言う。


「駄目よ!これも罰ゲームの内容なんだから!あっ、瑞樹ちゃんにはちゃんと渡してあげなさいな……はい、どうぞ……」


 そういって俺の手からまだ開いてない傘を奪って瑞樹に渡そうとする。


「なんでこうなるのよ!わ、私もは、入るーー!」


 瑞樹は律子とは反対側に入ってくる。


「せ、狭い……どっちか傘を使ってくれよ、歩きづらくてしょうがない」


「そういうわけだから瑞樹ちゃん、使いなさいな……私はカズちゃんと相合傘するから」

「駄目ーー!りっちゃんが使いなよ?どうぜ家離れてるんだし……さ」


「あらあら、すっかり気が強くなっちゃって……本当にむかつく女ね……」


 ボソッとひさしぶりにあの低音を響かせた恐怖の喋り方が出た。


「い、いくら凄んでも駄目だからね……、私も、もう負けないから……」


 とか言いながらも微妙に腰が引けているのが俺には見えているのだが……。


「ちっ、……打たれ強くなったのね、親友として嬉しいわ……」


「りっちゃんのおかげでね……これからもよ・ろ・し・く」


「ふふふふ」


「あははは」


 両側から聞こえてくる、恐怖の笑い声を聞きながら、少し不安になってしまう。

 はたして俺はあの誓いを破らずに生きていけるのか? それより前に俺はストレスで早死にするんじゃないだろうか? いやその前にあの先輩達に殺されるんじゃないか? 色々な不安が心にどかどかと押し寄せてくる。


 大きく息を吸って空を見上げた。 どよんとした雨空が広がっている。 まあ、なんとかなるだろうさ、今は雨が降っていてもいずれは晴れるのだから……。 そう思わなきゃやってらんないよ……人生は。


 自嘲気味に笑った後……左右にいる暴虐姫と腹黒姫の顔をチラリと見て二人が濡れないように肩を引き寄せた。


 その時俺は気づかないでいた。


 俺達の後ろで嫉妬に狂う防衛隊隊長と神原先輩がとび蹴りかまさん勢いで走ってくることに、前からは周防先輩と小林君が夏休みの計画を話し合いながら何か企んでいそうな邪悪な笑顔で待っていることに、そして偶然遭遇し、俺達の反対側の歩道で数分後に起きるであろう騒動を想像しながら、息子の勇姿を見届けるために腕を組んで師匠よろしく見張っている母の存在を……………。


 どうやらまだまだ起承転結で綺麗に終わることはできないようだ……。 もう次の起は始まっている……。 一年後も十年後もきっと……死ぬまで……。

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鬼姫に彼氏を 中田祐三 @syousetugaki123456

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