第5話

「しばらくここに隠れよう」


 そういって周防が放送室のドアを開ける。 中には誰もおらず部屋の中は放送室独特のにおいがする。


「どうして……こんなことに……?」


 瑞樹が周防に問いかけるようにつぶやく


「さあ……しかし今から考えれば小林は怪しかったです。そんな人間を焦っていたとはいえあなたへの候補としてしまって本当にすまないと思ってるよ、ごめん……」


 周防がぺこりと頭を下げる。


「い、いいよ……別に周防……さん、もう気にしてないから」


 急に謝られて照れくさそうに瑞樹が答える。 それを聞いて周防は嬉しそうに二カッとした。


 そのとき誰かが放送室のドアを開ける音がする。


 瑞樹は一瞬ドキッとしたがすぐに周防がドアの死角に瑞樹をつれてきてしゃがみこんだ。


 どうやら入ってきたのは二人らしくなにやらぶつぶつ話している。 瑞樹がそっと顔を出して様子を伺うとそこにいたのは律子と小林だった。


「り、りっちゃん……!」


 思わず声が出てしまう。 その声で二人は瑞樹に気づいたようでこちらの方にやってき

た。


「やっと見つけたわよ……瑞樹」


 心底嬉しそうに律子が笑うが、その笑い方があまりに不気味で……まるで獲物を見つけた悪魔のように見えたので瑞樹はブルッと後ろに後ずさった。


「どうしたの?そんなにおびえて……こっちに来なさい……」


「ど……どうして……りっちゃんは……こんなことをするの……?」


 瑞樹が怯えながら震えた声で律子に問いかける。


「……別に、あなたが憎いからよ」


「そ、そんな……事で?」


「そんな事って何?あなたはいいわよね?どんなに泣いてもわがままいっても瑞樹にはカズちゃんがいたものね?でもね?私にはあんたみたいに守ってくれる人もやさしく頭をなでてくれる人もいなかったのよ……わかる?自分がいかに恵まれていたか……そしていかにわがままだったか……」


「そ……そんなこと……わかってる……わ…私…は」


「わかってないわ!あんたは全然わかってない!あんたのせいで和樹が……カズちゃんがどれだけ疲れてたか……」


 和樹のことを出されてしまい瑞樹は何も言えず泣きそうな顔でうつむいてしまう。


「あんたは……自分のわがままを自覚するべきなの……和樹は……大丈夫、私に任せて…

…あなたも私の元に来るなら昔みたいに友達になれるわ……幼稚園の時みたいに仲良くやっていきましょう」


 やさしく子供に諭すように律子が瑞樹に話しかける。 瑞樹はうつむいたまま律子の話を聞いている。 


「友達になったら……色んな所いきましょ?もうすぐ夏だから、海なんていいわよね……水着を買いに一緒に買い物に行くのも悪くないわ、さすがに和樹は一緒に選んでくれはしないでしょうから……。きっと楽しいわ……ねっ?だからこっちに……」


「嫌だよ……」


「えっ……?なに……?…今……何て言ったの?」


「やだよ!やだ!やだ!やだもん!和樹は……カズ君は私のだもん!私とずっと一緒にいるの!」


 涙をボロボロ流しながら顔を上げて幼児のように叫びながら瑞樹は律子の誘いを断った。


「そう……やっぱりあんたは…何もわかってないじゃない……駄々っ子みたいなことを言って……」」


 律子がその可愛らしい顔を怒りで歪ませて瑞樹を睨んだ。


「わかってるよ!……わかってるもん!瑞樹がわがままだってこと……カズ君に迷惑かけてたこと全部わかってるよ!だから……だから……もうしない……もう絶対にカズちゃんに迷惑かけない!本当に強くなる!わがままも言わない!」


「いまさら……遅いわよ……なんでもっと……もっと早く……気づけなかったの?あんたがそんなだから私が……気持ちが……よみがえっちゃったじゃない……」


 律子もいつの間にか涙を流して搾り出すように瑞樹に叫んでいた。


 瑞樹の隣に居る周防もどうしていいのかわからないように二人を交互に見つめている。


「はいはい……二人とも涙はそのへんにしてもらいますか?」


 我に返った二人がバッと声のした方を向くと、小林が退屈そうに放送室のイスに座って頬杖をついていた。


「まったく律子さんも瑞樹さんも下らない事で興をそがないでもらいたいですね……せっかく久しぶりに出会った幼馴染が憎しみあう姿を見たかったのに……これじゃくだらないドキュメントだ……」


 心底つまらないというように首を横に振る。


「小林……貴様っ!」


「ははっ周防君……ご苦労様ですね……瑞樹さんをここまで連れてきていただいて……まあ僕もちょっとは苦労したんですけどね?」


「えっ……どういう事?」


 瑞樹が状況がつかめないようで周防に問う。


「ははは……瑞樹さん、つまりあなたをここまで連れてきて律子さんとご対面させたのは

僕と周防君が仕組んだことなんですよ」


「ど、どうして……?」


「瑞樹君……僕は……」


「……いやあ驚きましたよ、いきなり周防さんから電話が来て、瑞樹君と一緒にそちらの

女王様と話し合いがしたいなんていうんですからね……大方、ちょっと先輩面して二人を和解させよう……なんてクソ甘いこと考えていたんでしょう?実際その通りになりそうだったんで胸糞悪いですがね……憎みあうなら最後までしてもらわないと、涙とは……全く興ざめだ」


 小林が椅子から立ち上がりながら吐き捨てる。 


 無表情にとんでもないことを言う小林に瑞樹も周防も……そして律子も信じられないような目で小林を見ていた。


「なんです……?僕がこんなこと言うのが意外ですか?僕も本性を隠していたんですよ、律子さん……あなたと一緒でね……そうだ、周防君と瑞樹さんに貴方の昔話をしてあげま

しょうかね?」


「まさか……」


 律子の顔色がさっと変わる。


「ええ……あなたが僕達の学校に来る前のことですよ。さて哀れなお姫様のお話、はじま

りはじまり~~」


「やめてーーー!」 


 律子があわてて小林にかけていくが、それを小林はあっさりよけて横に突き飛ばした。 律子は尻餅をついて真っ青な顔になって小林を見上げている。


「さて……気を取り直して…………」


 小林がゾッとするような笑顔で話し始める。 律子が嫌がるのを心底楽しんでいるかのように……。


 もう律子も小林を止める気力もないようで辛そうな顔で小林を見ていた。

 しかし彼女がもしこれを知っていたならもっと抵抗をしていたかもしれない……だがそれを知っているのは小林一人だけで、彼女も周防も瑞樹もこれから始まる話に耳を傾けていて、誰も校内放送のスイッチが入っていることに気づいていなかった。






「この……いい加減寝てろー!」


 神原が自分の腰にタックルを仕掛けてきた男子を豪快に投げ捨て、さらに後ろから突進してきたのを片手で弾き飛ばすともう立っているのは剥離一人だけになっていた。 誰もが『もう一度……』『まだまだ……』と言っていたがさすがに何度も倒されて立ち上がり続けることはできないでいる。


「ふん……なかなか根性はあるみたいだが、筋力が足りねんだよ」


 とは言ったものの神原も限界を迎えている。 いくら力も体格も圧倒的に自分が勝っているとはいえ、何人も相手にしたのではどうしても疲労する。 しかし相手はあと一人だ。


 そう思うと幾分身体が楽になった気がする。


「もう……お前一人だな」


「はあ……はあ……」


 残っているのは剥離一人だけだった。 しかしその剥離も眼鏡は割れ、制服はボロボロ、そして最初に殴られたときに切ったのか口元から血が流れていた。


「ふん……そっちこそ間原律子への忠誠心なかなかのものだな……防衛隊に欲しいくらいだ」


 ぐいっと口元の血をぬぐって剥離が不適に笑う。 つられて神原の方も笑った。


「お前こそ……そしてその部下達の忠誠心……見事だったぞ……だが所詮はモヤシだな。お前らにあと少し筋肉があれば俺に勝てたかもしれんのにな」


「惚れた女を守るのにもやしも筋肉も関係あるか……ただ身体を張るだけのみ!」


「ふん……違いねえ、次で終わらせるぞ……来い!」


 神原が呼吸を整えて最後の攻撃に移ろうとする。 剥離も距離をとる。


 お互いに間合いをはかりながら慎重に距離をつめていく……そして……先に動いたのは剥離だった。 剥離は一気に距離を縮めて机の上に乗るとそのままの勢いでジャンプしてドロップキックを仕掛ける。


 体重の軽い剥離が神原を倒すには勢いをつけて体重を乗せる以外にない! しかし神原

はそれを読んでいて、当然のごとくそれをよけようと身体をうごかす……が、動かない! 見ると足に防衛隊、同盟の男子達がしがみついていた。 そしてタイミングを見計らったようにその足を全員が一斉に持ち上げる。


 バランスを崩したところに周防の全体重を乗せたドロップキックが神原の顔面にヒットする。 さすがの神原もバランスを崩したところに当てられたので踏ん張れずそのまま壁にたたきつけられ……気絶してしまった。


「はあ……はあ……どうだ……モヤシだろうが……身体を張れば勝てるだろう……」


 そういって剥離もその場でドッと倒れこむ。 さすがに何回も殴られていたので倒したことで気が緩んだようだ。 すでに起ち上がることは出来そうに無い。


「ぐっ……誰か……早く……瑞樹様のところへ……」


 しかし彼の部下も同盟の仲間達もとっくに限界を超えていて返事すら出来ないでいる。

 駄目か……、周防だけで果たして瑞樹様を守りきれるか? いや、瑞樹様があの間原律子のプレッシャーに耐えられるのか? やはり周防では……駄目だ……。 口惜しいがあいつしか……。


 そこへ誰かが走ってくる音を剥離は聞いた。






「はあ……はあ……どこだ?みんな」


 いざ学校に着いたはいいが、入り口も窓もカギが閉まっていて入れない、途方にくれて周りを歩いていると理科室の窓が空いていることに気づいた。


 理科室は二階だが、何故か地面にはしごが落ちていたので、はしごをかけて理科室の中に入る。 すると上の生徒会室からドスンという何か重い物が落ちたような音が聞こえた。


 何かあったのか? 理科室をでて三階の生徒会室に向かうと、見覚えのある面々が倒れていて奥には剥離先輩と知らない男が倒れていた。


「剥離先輩……!しっかりしてください!」


「う……うん?お前か……そうか、来たのか……」


「は、はい……大丈夫ですか?」


「ふん……これしきのこと大したこと無い……それより周防と瑞樹様を頼む」


「はい……わかりました」


「……ふん、結局俺達はお前の代わりにはなれなかったな……いまさらこんなことを言え

た義理ではないのだろうが……瑞樹様を頼む、やはりあの人にはお前が必要なようだ。認めたくはないがな……」


「それで……その……瑞樹は?」


「わからん……だが周防と一緒ならしばらくは大丈夫だろう……あれも俺と同じような男だからな……命にかえても守るさ……だが、心だけは……さあ、早く行け!俺はしばらく

ここで休む」


「はい……わかりました……行って来ます!」


 俺は剥離先輩から離れて生徒会室を出ていった。


 部屋を出ると校内放送を告げるあのゴトっというマイクのスイッチが入る音がした。


これは……放送室か!


 急いで放送室にむかう。 そしてその過程である姫の昔話を聞いた………………。


 それはあまりに哀しくて、意外な話だった……。






 彼女はいつだって人気者で皆から好かれていた。 そう……まるでお姫様のように……だから引っ越した先でもそれは永遠に変わらないと思っていた。 事実、小学校時代はそれは変わらずにいて、それなりに楽しい日々だったのだ。 しかし予想はごく小さいきっかけでひっくり返る。


 彼女が中学に入学し、部活を水泳部に決めたとき部には彼女目当ての男子が殺到するほどだった。 彼女にとっては自分が男子に人気があるのは前のことだったので男子がプールサイドに群がっているのも特段気にせずにいた。


 しかし部の先輩や他の学校から入学した同級生達はそれをよく思っておらず、ある日彼女の水着が隠されたことがあり、当然烈火のごとく怒った彼女は、同級生……先輩……果ては顧問の先生にまでその怒りをぶつけてしまう。


 その結果彼女に対する反感はついに…………発火した。


 そしてそれは炎が全てを飲み込んで焼き尽くすように、部活から教室……そして学年に広がっていき気がついたら彼女には友人と呼べるものがいなくなっていたのだった。


 小学校の時の友達はよそよそしくなり、いくら話しかけても遊びに誘っても煮え切らない態度で話をはぐらかす。 そしてその態度に傷ついた彼女は友人に対して怒りを見せ、さらに孤立を深めていった。


 もちろん……彼女に話しかけるものもいたにはいたが、それは彼女の美貌に惹かれただけであって彼女の為を思っての行動ではなくあわよくば……という下心を露骨に見せていて、その下心を見抜いている彼女はそういった者達にたいしても怒りの態度を見せ最終的には彼女の味方をするものはとうとう一人もいなくなってしまった。


 彼女をかばうものがいない……つまり彼女は絶対的な悪であって同情の余地はない、そういう考えが徐々に同級生達の間に広がっていき最初は無視するくらいであったのが、ノートを隠す、上履きを捨てる、机の中に汚物を入れる、そういったことに対して彼女は怒りを見せて戦う姿勢を見せたが、やがてその圧倒的な悪意の前に屈服して何も言わなくなってしまった。


 そして悪意はさらに深くなっていきどんどん暴力的になっていく…………。


 ある日彼女が登校すると、いきなり後ろから蹴られた。 振り返ると違うクラスの子達で意地悪そうな顔でニヤニヤしている。 こういうときなにか言うとまたさらにやられるので彼女らを無視して歩き出すと、また誰かに蹴られる。 またかと思い振り返ると今度は違うクラスの子達だった。 一体何なんだと思いながらまたまた歩き出すとまた蹴られる。 そしてその相手もまた違う子達。 それを教室につくまで何回も何回も繰り返されて、彼女がやっと教室に着くと……自分の机にクラスメイト達が何かを彫っていた。


 同級生達は彼女に気づくとクスクスと歳相応の無邪気で悪意のある笑顔を見せながら席から離れた。 彼女が机を見ていると『ハエ撃墜数 24機』と書かれていた。


 ハエ……私は……ハエか……撃墜数を見ると24と書かれている。おそらく今日蹴られ

た回数だろう。 数えてなんかいなかったけれど……。


 その瞬間彼女は自分の目の前が揺らいでいくのを感じた。


 そして生まれてはじめて彼女は人の前で……大嫌いなクラスメイトの前で……泣いた。


 それが彼女がどんなに傷ついても、耐え抜こうとしていたものが限界を迎えた瞬間だっ

た。


 それがきっかけになって学校側もいじめを認識し、遅ればせながら対応を始める。


 担任は他の学校に異動になり、クラスメイトの何人かは謝りに来たが、そんなことは彼

女にとってはどうでもよく適当に話しを聞いて帰らした。 両親もかねてから不仲だったのが今回のことで離婚となり、母親と住むことになった。 母親は働き先を見つけるために前に住んでいた街に戻ろうと提案し、彼女も無表情にそれを了承した。


 こうして彼女はまだ自分がお姫様だと信じていた思い出のあるこの街に引っ越してきたのだ。 ある決意をもって……。


 戻ってきた彼女は決意をしていた。 かつて自分が住んでいたこの街に来たんだから中学の自分は捨てよう。 あれは私じゃない。 あんな……人前で泣くようなのは私のはずがない。 あの時……あの時期に間原律子はいなかったのだ……。


 そして今このときから私は始まる。 私はもう一度……今度はみんなに可愛がられるお姫様ではなく女王になるのだ! 誰にも私に逆らわせない、誰にも私に悪意を持たせない、

そして誰からも愛される女王に……私はなるのだ!


 決意した彼女は必死で勉強をした。 この街で有数の進学校であるハイネ学園に無事合格し、学園の男子達にも人気がでたところで彼女は彼……つまり小林と衝撃的に出会った。


 ある日彼女が昼休みに中庭のベンチに座っていると一人の男子生徒が彼女の足元にうやうやしく膝をついて自己紹介した。 それが小林だった。 


 小林は成績がよくその上人当たりもいいので女子にも男子にも人気があり、そんな男子が自分にひざまづき、右手を伸ばして彼女に懇願する姿はまるで本当の姫と騎士のようだった。


「……その……どういうつもり?」


「いえ……僕は……ただ……あなたのような美しい神に出会うために生まれたのだと確信し、そしてあなたに仕える許可をいただきたくここに参上しました」


 そういって洗練された仕草で頭を下げ、さらに右手を伸ばす。


 その仕草にまるで自分が本当に女王になったかのような錯覚に陥り彼女はうっとりとしてしまう。 


「ああ……あなたはどうしてそんなに美しいのでしょう……どうか……どうか……僕のこ

の手を取って……神に仕える許可を…どうか……。そして私達を導いてください」


 その大げさで甘い言葉に彼女は小林の手を取った。 小林は感激したようにうっすらと涙を見せる。


 ハイネ学園に教団という組織が誕生した瞬間だった……。


 それからの教団はどんどん大きくなっていき、とうとう学園の生徒だけでなく教師にも信望者がいるという組織に膨れ上がった。


 しかし彼女の心は晴れない。 ほぼ学園の女王のような状態になったが、思ったより楽しいものでもなく……また常に緊張を強いられるその役職に内心辟易していた。


 しかしいまさら辞められるはずがない……もはや彼女にとって女王以外になるということは自身の否定につながっていた。


 そんな時、すれ違った幼稚園児達を見て懐かしく優しい記憶を思い出した。 泣き虫で、でも妹のように可愛がっていた女の子、その女の子が泣くと困ったようにでも泣き止ますために頑張っていた男の子。 一体彼らはどうしているんだろう……? そう思うと気になってしまい、彼女は部下に調べさせた。幸い和樹達が通っている学校にも彼女の組織のメンバーがいたのですぐに彼らのことは見つかった。


「防衛隊と同盟……?」


 そのメンバーは瑞樹をめぐって防衛隊率いる剥離忠信と同盟率いる周防純が対立しているという話を彼女にした。 また瑞樹が学校でものすごくモテていてちやほやされているということ和樹との関係も彼女に話した。


「ふーん……あの泣き虫な瑞樹ちゃんがね……」


 面白くなかった。 何故自分はいじめにあったのに、彼女はちやほやされて幸せに過ごしているのか?


 それは……やはり和樹がいるからだという結論がすぐに出た。


 自分が反感を買ったのは自身の性格にもよるが、もし、あのときそばに和樹がいたらあんなことにはならなかったのではないか……? そのメンバーから聞いたところによると瑞樹が行動のわりに他生徒から悪意を浴びせられないのは自覚的なのか無自覚なのか和樹が必死でアフターフォローをしているため、悪評が広がらないのだという。


 そう考えると自分と同じようなことをしていて楽しく学校生活を送っている瑞樹に怒りがわいてきたが、同時に懐かしさもわいてきた。


「それじゃ……ひさしぶりに会いに行こうかな……カズちゃんにも会いたいしね」


 それを小林に話すと彼はニコッと笑って『おもしろそうですね……ちょうど学園の外に

も組織を本格的に広げたかったところですし……』


 それから後は情報収集とかく乱をかねて小林が同盟に侵入し……瑞樹の情報を得るため和樹と親しくなった。


 そして小林から和樹の報告を聞いた彼女は昔を思い出し、かつて気に入っていた男の子が少しも変わらず生きていることに嬉しさを隠せない。


「本当に……変わってないのねカズちゃんは……」


 懐かしそうに目を細める彼女に小林がさらに和樹のことを話すと、彼女の中でかつて芽生えた感情が少しずつよみがえっているのを気づいてしまった。


「……会いたいな……また……昔みたいに……」







「………そんな事が……」


 瑞樹が苦しそうにつぶやく、当の律子はうつむいて髪が顔を隠してしまい表情はうかが

い知れない、ただ肩が震えているので泣いているのかそれともこらえているのか……。


「どうだい……これが我がハイネ学園の女神、間原律子様の真実の姿だよ」


 両手を広げどうだと言わんばかりに小林が叫ぶ。


「なんで……それを……」


 うつむきながら律子が小林に問いかける。 その声は震えていてやはり泣いているようにも聞こえる。


「調べたのさ…そうそう昔の同級生何人かと話しをして今の君の事を話したら、笑ってたよ……懲りない女……だってさ……はははっ」


「……ッグ……ッフ……ウウ……」


「ふふっ……わかったかい?あなたの身の程が……」


 そういって小林が目の前にあるボタンを押した。


「それは……まさか……」


「おやあ……さすが周防さん……これは校内放送のスイッチです。いまスイッチを切りま

したが、実は今までの会話はすべて校内放送で流れていたんですよ」


 バッと律子が驚愕と恐怖で顔を上げる。


「そ……それじゃ……」


「はい……つまりあなたの過去……欺瞞と嘘に満ちたあなたが全て仲間にばれてしまいま

した!残念……ですね」


 少しも残念そうな顔などせず小林が言い放つ、律子がまた泣きそうな顔をするが顔をふ

せて見せないようにする。


「ふふ……どうです?つらいでしょ……?もう誰もあなたのそばにはいなくなるでしょうね……神原……教団の仲間……瑞樹さん……そして和樹君」


 最後の言葉にびくっと律子の身体が反応する。


「でも……大丈夫……僕があなたのそばにいてあげますよ……」


「な……何を言って……」


「そんなに驚くことではないでしょう?よくあることですよ……好きだからこそ独占した

いってね……そのためにここまでお膳立てしたんですから」


「……誰……が、あんた……なんかと……」


「本当に……?また一人ぼっちになるなんて耐え切れるんですか?僕を拒絶したら今度こそ一人になるんですよ?本当にそれでいいんですか? 本当に?……本当に?」


 瞳をランランと光らせて踊るように律子の顔の前に自身の顔を近づけてまるで試すように質問を重ねる。


「………………」


「りっちゃん!私……まだ友達だよ!ずっと友達だと思ってるんだよ!」


 瑞樹が泣きそうな顔で叫ぶ。 律子も瑞樹に一瞬顔を向けるが、小林が溜息をつく。


「それじゃ和樹君を律子様に渡せるんですか?」


「そ、それは……」


「ほ~ら、やっぱり!彼女は和樹君を諦める気はないようですよ?仮にあなたがあちらを選んだとしても、結局一人になるかもしれないとおびえる毎日になるんでしょうね?もしかしたら明日にも、来週にも、来月にも……その不安は一生消えないで貴方の心を削り取っていくでしょう!」


 それを聞いて律子は黙りこくった。 瑞樹も怒りをあらわにして小林を睨みつける。


 しかし小林は涼しい顔をして律子に手を差し出す。


 組織結成のときとは立場が逆転し、いまは小林が手を差し出す方で律子がそれを願う方になっている。


 もう一人は……嫌……。 私には……何も……ない……ならいっそのこと……。 この

手を……。


 律子が顔を上げて小林の差し出した手に力なく腕を伸ばす。 絶望とも諦めともつかない空気が部屋を支配する。 瑞樹も周防も唇をかんでうつむいて、律子はうつろな表情で

……そして小林は普段のニコニコ顔ではなくニヤア……と悪意に満ちた笑顔をして……。


 そして律子の指先が小林の指先に触れたとき………、


「開けろー!瑞樹に律子いるのか?中に誰かいるんだろ?返事をしてくれ!」


「あ、ああ……あああ!」


「………!」


 一瞬のスキをついて周防が入り口に走り出す。 小林もとっさに手を伸ばすが、律子に手を差し伸べていた為、動作が一瞬遅れ、小林の右手は周防の制服に指先がかすっただけで空を切った。


「ちっ……」


 小林が舌打ちをしたと同時に放送室のドアを開けて和樹が入って来る。


「はあ……はあ……おそくなってすいません」

 誰もが予測しなかったタイミングでこの騒ぎの元凶であり、関係者であり、共犯者がやってきたのだった…………。






「ハア……ハア……」


 放送室に最初に入って見たのはまるで死体のように蒼白な顔の律子と驚いた顔でこちらを見ている周防さんと瑞樹……そして冷ややかな目でつまらなさそうに俺を見る小林だっ

た。


「いまさら何しにきたんだい?君はもうこの場ではいらない人間なんだけど……」


「勝手に決めるなよ……俺だっておまえに用なんかないんだよ」


「へえ?それじゃ誰に用があるのかな?あっ!わかった……瑞樹君だね?いいよ……もう彼女には用はないから連れて行ってくれていいよ、ついでに周防さんも連れて行ってくれよ」


「嫌だね……」


「もしかして……用があるのは律子様の方かな?これは驚いた!まさか君が彼女を選ぶとはね……幼馴染を捨てて彼女を取るとは……君もなかなか冷たいね」


「それも……違う……」


 小林が不機嫌そうに顔をしかめる。

「まさか……両方とも選べないけど……止めに来ましたとかふざけた理由じゃないだろうね?もしそうなら君は最低な優柔不断野郎になると思うよ?」


「それも違うな……いまさらどちらも選べないなんていうつもりはないさ……それは逃げだからな……」


「それじゃここに何しに来たんだ!いい加減、君の考えとやらを聞かせてもらいたいもんだね!」


 俺の答えにイライラしてきたように小林が語調を荒げて問いかける。


 これで……いいんだろうか? 果たして俺に……いや、悩むのはもうやめよう……たとえこれで全員に……いや世界中の人間に罵倒されようが………俺はそれを決めたのだ!


 ぐっと奥歯をかんで身体に力を入れる。 大きく息を吸い。 ゆっくりと確実に吐く。


「いいか……俺がここに来たのは……瑞樹のためだけじゃなく律子のためだけでもない……」


「……だから!それじゃ何をしにここへきたんだって言ってるだろうが!」


 苛立ちが最高潮に達したように小林が怒鳴りつける。


 覚悟は…………決まった!


「俺がここに来たのはどちらかじゃない!二人を迎えにきたんだ!」


「な……なんだ……と」


 予想外の言葉に小林が固まる。 それは周りも同じで瑞樹にいたっては口をパクパクしている。


「な………」


「そんなこと許されるわけ無いだろうが!一体何を考えてるんだ!君は!」


 瑞樹が何か言おうとしたが、小林がそれにかぶせて怒鳴りつける。


「それがどうした!俺は決めた!決意したんだ!たとえ先輩達や学校の連中からも否定されようが、罵倒されようが、命を狙われようが……俺は二人を選んで……愛するって今ここで誓う!たとえ瑞樹達に否定されても譲らない!絶対に二人を愛し続けてやる!瑞樹!」


「は、はい……!」


 急に名前を呼ばれて瑞樹が思わず返事をする。


「ゴメン……あの体育館の日から俺は誤解を解く努力をしなかった。それは……今までの関係を崩すのが怖くて逃げていたんだ!でも……今なら言えるよ……俺はあの時嬉しかった……瑞樹に告白されて嬉しかったんだ!俺も……お前が好きだ!愛してる!」


「……ふっ……ふわああん!……」


 感極まったように泣きながら瑞樹が俺に抱き着く、俺は離さないようにぎゅっと抱きしめてから今度は律子に向き直りさらに続ける。


「律子……こっちにこい!手を伸ばすんだ!もう神様のように振舞わなくていいんだ!お前はただの間原律子だろ……俺達のところへ来るんだ……来てくれ!」


 俺の声に律子が反応して、ゆっくりとだが手をこちらに伸ばす。


 しかし小林が律子の前に立ちふさがる。


「おっと……瑞樹君を手に入れて今度は彼女もってのは欲が過ぎるんじゃないかい?色男さん……」


 口調は穏やかだが、その顔には怒りがありありと浮かび上がっていて焦りも見えていた。


「律子様……いや、律子……には僕がいる。良く考えるんだ!君には僕しかいない……いないんだぞ!彼はああ言ってるが、本当にそんなことができると思っているなんて……偽善だ。ごまかしだ!その場だけの嘘なんだよ!思い出してごらん……君の友達は……かつて君の友達だった子達は君がつらい目にあっていても皆見てみぬフリをしたじゃないか……僕なら……僕ならそんなことはしない……だから……だから……行かないでくれ!」


 最後の方は懇願しながら瑞樹を説得しようとする。


 律子が迷った顔をする。 その時声がした。一人ではない大勢だ。 そしてそれらがドアを開けて放送室に入ってくる。


 入ってきたのは律子達の組織……教団の者達だった。


 肩で息をして急いでここにやってきたのがありありと見てとれた。


「は、はは……ちょうどいい……おい!お前ら早くこいつらを追い出せ……追い出すんだ!」


「くっ……まずい……逃げられない……」


 男達は小林の言うとおり俺達を押さえつける。 


 くそっ……!こんなところで……終わってたまるか! さんざんに暴れて、なんとか律子に走りよろうとするが、身動きがとれない。 


「ちょっと待って!」


 誰かが叫ぶ。 律子だ。 律子が震えた声で叫んだんだ! 


「くっ……何を考えているんです!ここで彼らを庇えば本当にあなたは影響力を失って一人になってしまうんですよ!わかってるんですか!」


「そ……それは……」


 律子のその返事を聞いて小林はニヤッと笑って再度、律子の説得を始めた。


「わかってください……ここで彼らを逃がしたら一人なんです。たとえ彼らが受け入れてくれても学校が違うんですから学校では一人なんですよ……その辛さはあなたならわかる

でしょ?どうか正しい決断を……」


 今度は脅迫か……。小林の卑劣な態度に腹がたったが、押さえ込まれている今の俺は反論することができなかった。


「さあ……早く……命令を……彼らをつまみ出せと命令を……下してください!さあ!さあ!早く!何をしているんですか!早くして!」


「か……彼らを……」


「ちょっと待った!」


 今度は入り口のところで声がする。


「ぐっ……今度は誰だ!」


 小林が叫ぶ。 入り口を見るとそこには屈強な男と痩せて眼鏡をかけた男が立っていた。


「か……神原……なぜ……そいつと……」


「なあに、よくよく話してみれば、こいつも俺と同じ不器用で熱い男なんでな……気があったってやつだ……陰険なお前と違ってな」


 神原が部屋の中に入ってくる。 そして小林の横を通り抜けて律子の前に立つ。


「律子様……私達はあなたがどんな人でどんな過去を持っていても何も変わりません。あなたは私達の神です。どうか自分の思った通りに行動してください」


「神原……」


「もっとも……あなたに恋人ができるかもしれないってのはちょいとつらいですがね……」


 少し照れたような困ったような顔で神原が律子に微笑む。


「神原……ごめんね……」


 律子が立ち上がる。 その目にはうっすらと涙を浮かべ……こちらに向かって歩いてくる。


「待つんだ!あなたはそこに行ってはいけない!よく考えてください……この者達を……僕達のことを……あなたは僕を見捨てる気なんですか!お願いです……どうか……行かないで……あなたが僕以外の誰かの物になるなんて……僕には耐えられない」


 小林が涙を流しながら叫ぶ。 それを聞いて立ち止まり、律子がゆっくりと涙を流しながら振り返る。


「ごめんね……みんな……わたし……わたし……彼と一緒に居たい!たとえ彼が私だけの人にならなくても……一緒にいたいの!」


 律子が俺の首にしがみつき人目を憚らずに泣いた。


 その時律子のスカートのポケットからコトンと小箱が落ちて開き、中にあったものが転がって、音色を奏でる。


 オルゴールだ。 それは俺が律子の誕生日プレゼントとして買ってきたもので、お姫様の姿をした女の子二人が手を握り合っている。 ネジではなくスイッチを押すと一定の間音色を奏でるという代物で、昨日買い物に出た俺があるファンシーショップの店先で見つけた。


 オルゴールの飾りである女の子は一度離れてお互いにそっぽを向いた後、また振り向いて手を握り合う。 そしてそこで音楽は止まり、彼女等は次に誰かがスイッチを入れるまでずっとずっと手を握り合っている。 それを店の主人に見せられた俺はすぐに有り金をはたいてそれを買った。 それは俺の願いでもあり、今思えば、律子と瑞樹の願いでもあった……。


 オルゴールの音色が止まる。 そして一度離れた彼女等はまた手を固く握り合って仲直りする。 一瞬の沈黙のあと律子はさらに大声で泣いた。


 それは今まで耐えてきた分を取り戻すかのように、大きな声で幼児のように泣いていた。


 瑞樹もつられたのか、それとも律子の心を理解したのか一緒に泣き出す。


 その光景を小林は呆然と立ち尽くして見ている。


 神原と剥離先輩はお互いに男泣きしながら肩を抱き合っている。


 周防先輩は胸元から瑞樹LOVEとプリントされたハンカチを取り出して涙を拭いている。 他の教団のメンバー達も、思い思いに涙を流したり、隣同士で抱き合っている。


 周囲の状況は混沌だ。


 だって日曜の学校に全員で無断に入り込んで、暴れ周り、そして涙を流しあっているんだから、やはりまともな状況じゃない。 俺が入学当初に願っていた状況とは程遠い。


 その主な原因はこの泣きじゃくっている二人のお姫様。 可愛い顔していて、暴虐で腹黒、なのに泣き虫なこの二人がいるのならこの状況も『まあいいか……』と思ってしまったのだ。


 そんなことを考えている間も瑞樹と律子の二人はいつまでも俺の胸で、頬を寄せ合って

泣いていた。


 まるでそうすることで二人の間にあった壁を壊すかのように……。

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