第4話

 和樹が間原律子と一緒に帰った翌日の放課後生徒会室で、二人の男子生徒がイスに座っていた。 一人はイスに背筋を伸ばして座り目をつぶって難しい顔をしていて、もう一人は書類に目を通していた。 


「妙だ……」


 イスに座り目をつぶっていた剥離がつぶやいた。


「……何がだよ?」


 剥離の向かいに座っている周防が書類を整理しながら答える。


「最近防衛隊員の集まりが悪い」


「そんなことか……みんな中間テストが近いからだろ」


「いや……それはない!何故なら我らは瑞樹様を守るためなら成績が悪かろうが、留年しようがかまわないと固く隊則で誓っているからな。それに……どうも家に帰っているということでもないようだ」


「それで……?」


 周防はなおも書類に目を通しながら話を促した。


「うむ……どうも最近一部の者の動きが怪しいのだ」


 その言葉に反応してそこで初めて周防は書類から視線を上げて剥離を見た。


「それは……クーデターを起こすかもしれないということか?」


「……確証はないが、不穏な動きをしている者がいるというのは事実だ」


「……馬鹿馬鹿しい、考えすぎだろ?これだから軍人オタクは……」


「……ほう、瑞樹君と青春を過ごしたーいとか言ってた80年代オタクのお前がそれを言うか」


「だれが……80年代オタクだって?第一僕が好きなのは80年代の青春ドラマだ!君みたいに化石化している考えと一緒にするな!」


「よくぞいった……そういえばお前らとの決着はついていなかったな、そろそろお前の軽薄な考えを矯正してやったほうがいいかな?」


「はん……君こそ、その暑苦しい考えをやめたほうがいいんじゃない?もうすぐ暑くなるから気温がさらに上がりそうだからね」


 二人のボルテージはどんどん上がっていき部屋の中の緊張感が高まってきている。


 あと少しすれば、緊張感に耐えられなくなって行動を開始するだろう。 すでに二人とも臨戦態勢は整えられていて、いますぐにでもはじめられる状態であった。 やがて緊張が高まり二人の限界が臨界を超えたその時……。


 ガラッと部屋の戸を開けて……瑞樹が入ってきた。


「これは……瑞樹様。いかがなされたのですか?こんなところに」


「神聖なる生徒会室に何を言ってるんだ!それより嬉しいな、瑞樹君が着てくれるなんて

一体何の用かな?とりあえずイスをどうぞ……」


「瑞樹様……お茶などはいかがですかな?この剥離が買って来た高級な玉露があるのですが……」


「いや……それより僕の買って来たミントティーが美味しいよ」


「……ねえ、はじめないの?」


「え……?」


「だから……毎日ここで幹部会議するとか言ってたじゃない、家に帰ってもつまんないか

ら来たんだけど」


「ああ……それですか……その……実は……」


 たしかに瑞樹には幹部会議するとは言っていたが、実は単純に瑞樹とお話しするための

会をしたいだけの二人がついたでまかせだった。 最初の一週間くらいは全員出席していたがやがて瑞樹が出てこないので、みんな来なくなってしまい、必然的に二つの組織のトップである剥離と周防しかこなくなってしまったのだ。


(周防自身は生徒会の仕事があるので毎日ここにいるのは当然だが……)


「……つまんない、帰る」


 そういってさっさとイスから立ち上がって瑞樹は帰ってしまった。


 後に残された二人は溜息をついて、


「瑞樹様……最近元気がないな」


「ああ……特に昨日のことがあってからますます元気がないらしい」


「やはり……斉藤和樹か……?」


「おそらく……後は間原律子って子のこともあるんじゃないか?」


「うーむ我々に何かできることは無いのか?」


 心底心配そうに腕を組んで剥離が眉間にシワを寄せながら考え込む。


「……実は考えてることがあるんだけど……耳貸してくれないか?」


「うん?なんだ?」


 周防の言葉に剥離が顔を近づける。 


「実は……………」


「なるほど!それはいい考えだ!さすがにそういうのを思いつくのは上手いな!」


「ふっ……まあね、それじゃ準備を始めたいんだけど協力してくれるよね?」


「ああ……もちろんだ!防衛隊の総力を挙げて協力しよう」


「わかった……あとこのことは瑞樹君には内緒だぞ」


「承知している……そうと決まれば隊に召集をかけなければな」


「こっちも同盟に召集をかけよう、日時は次の日曜日だから急がないと」


 話を終えると剥離はすぐに生徒会室から出て行き、周防も書類を整理し終わると出ていいった………。





 ジリリリと目覚ましがなり、それでも起きない俺に母さんがかかと落としを食らわせるという週に1,2回はある起き方で目を覚まし、一階に行くと、玄関に最近話していない人物が立っていた。


「瑞樹……」


「……おはよう……」


 気まずそうに視線を下にそらして瑞樹が片手を上げてぎこちなく朝の挨拶をする。


「お、おはよう……」


 俺もまたぎこちなく挨拶を返す。 あの体育館の日から瑞樹が俺に会いにきたのは初めてだったので、こちらとしてもどんな風に接していいかわからず困ってしまう。


 その時台所から母さんが顔をひょいっと出て来た。


「朝から家の前にいたから入れてあげたのよ、瑞樹ちゃん朝ごはんは食べたかしら?」


「いえ……あっ!食べました」


「それじゃ……上がってきなさいな、いまさら遠慮なんてしないで、おばさん悲しくなっ

ちゃうわ……うっうっう」


 そういってわざとらしく手を目の前に持ってきて泣きまねをする。


「いい年こいて泣きまねなんて……うわっ!」


 俺の顔の横を高速で何かが通過した。 ふわりと風で髪が揺れる。


「年齢なんて関係ないのよ……?息子よ。それに女の子に年齢の話をするものじゃないの、

わかったかしら?」


 笑顔のままで壁がみしみしいうくらいの威圧感を出して俺に説教をする。


「わ、わかった……」


「そう……、それじゃ瑞樹ちゃん!あがりなさいな、和樹……瑞樹ちゃんの分の茶碗と割箸出してくれる?」


「ああ……、わかった」


 そういって俺達の朝食は始まった。 向かいに瑞樹、そして俺……、父さんは例によって先に出ていて、母さんは洗濯物を干すといって外に出てしまっている。 つまりこの居間で俺と瑞樹は二人っきりになっているということだ。


「……その、おばさん……相変わらず元気だね」


 瑞樹が躊躇したように話し出す。


「あ、ああ……元気すぎて困るくらいだ……この間もとび蹴りをくらったよ」


「そ、そうなんだ……それは……ひどいね」


 あたりさわりのない、まるで地雷原を歩いているかのような慎重さで俺達は話をしていた。


 なんだか悲しくなってくる。 俺と瑞樹はいつからこんな風になってしまったのだろう。

 こんな会話なら前みたいに瑞樹が軽口をたたいてそれに俺がむかつくというほうが八十倍ましだった。


「あの……実はね、今日来たのは……」


「あ、ああ……どうしたんだ?」


「そ、その……今までのこと謝りたくて、あの……あれからずっと話……してないで

しょ?だから……」


「あれからって体育館の日のことか?」


「う、うん……、あれから……その意地悪しててごめんね」


 恥ずかしそうに顔を赤らめて上目遣いで俺を見てくる。 なんだかどきどきする。


「ずっと……ずっとね……話したかったんだけどその……周りにいつも人が居るし……恥

ずかしかったから……だからね……私は……」


「……もう何も言うなよ」


「えっ?でも……」


「謝ったんだろ?だったらそれでいいじゃないか、また前みたいにやっていこうぜ」


「う、うん……」 


「お二人さん……朝からラブラブってるところ悪いけど……遅刻するわよ?」


「えっ?きゃっ!」


 台所の入り口で柱から半分顔を見せながら、母さんが立っていた。


「どぅわっ……母さん……いつからそこに……」


「今来たところよ……二人とも早く食べなさい、もう時間よ」


「わ、わかったよ」


「は、はいっ!」


 二人で大急ぎで朝食を食べ、かばんを手にとって俺達は家を出た。 出掛けに母さんが俺の耳に耳打ちしてきて、


「どうやら……仲直りしたみたいね……あんまり瑞樹ちゃん困らせるんじゃないわよ?あの子はああ見えてか弱いんだから」


「……わかったよ……それより母さん、息子の話を盗み聞きするなよな」


「あんたが頼りないからでしょ?まったくそういうとこは本当に父さんそっくりなんだから、昔を思い出すわ」


「う、うるさいな……それじゃ行ってくるよ」


 ニヤニヤ笑っている母親を後ろに俺達は家を出た。 携帯の時計を見るといつもでる時間とそんな変わらなく急ぐ必要もなさそうだ。


「おばさんと何の話をしてたの?」


「いや……別に」


「なによ……教えてくれたっていいじゃない」


「ほんと大したことじゃないから!」


「大したこと無いことなら教えてくれたっていいじゃない」


 なんとなく……なんとなくだけど少しずつ入学当初の感じに近づいてきていて、俺は思わずニコニコしてしまった。


 それを見た瑞樹がますます気になってなおのこと何の話をしていたのか、しつこく俺に聞いてくる。


 ああ懐かしいなこの感じ……。 まだ最初のころとは違うけど今朝のことで二人の距離が戻ってきているのを感じた。 このまま行けばまた元のような関係にもどれるかもしれない。 あの告白の返事もやがてはしなければならないんだろうけど、今は昔のような関係にもどることを考えないと……。


 しかし俺は忘れていた。 入学時と今とでは違うことがいくつかあることを。 そしてその一つがちょうど俺達の来るのを待っていたように立っていた。


「おはよう!……和樹君と瑞樹ちゃん」


「間原……」


「りっちゃん……」


「どうしたの?二人とも……そんな意外な人物が現れたような顔して……」


「いや……実際現れたわけなんだが……」


「………………」


 瑞樹がすすっと俺の後ろに下がる。


「うん?どうした瑞樹?そんな後ろに……」


「どうしたの瑞樹ちゃん!ねえ……ねえ?」


 間原が目ざとく瑞樹が後ろに下がったのを見つけてヒュっと近づいてくる。


「う、うん……別に……その」


 間原が近づくと瑞樹はおびえたようにさらに俺の背中に隠れる。


「あれー?何で逃げるの?なんか私ものすごくショックだなー……むかついちゃうくらい

に」


 それを聞いて瑞樹が涙目になってビクッとする。


「おい、なんか知らないけどやめとけよ……」


「あれあれー?なんで和樹君がかばうのかな?私はただ瑞樹ちゃんと仲良くしたいだけなのに……ねー?」


「だから、その最後に低音聞かせてしゃべるなよ」


「和樹……くん、私……先行くね……」


「おい……瑞樹……ちょっ、待てよ!」


「あっ!某有名タレントだね」


 瑞樹はそのまま走り去ってしまった。 しかし和樹君って……今まで一回も言われたこと無いのになんで急に……。


「それよりー……なんで瑞樹ちゃんと一緒にいたの?」


 またあの低音を聞かして間原が笑顔で睨む。 よくもまあ、ただの笑顔でこんなに威圧感をだせるものだ。 あきれるのを通り越して関心してしまう。


「……別に。瑞樹が朝、俺の家に来て少し話してただけだよ」


「へー仲直りしたんだね?良かったじゃん」


 なんか段々言葉にトゲがでてきているような気がする。


「まあな……おかげさまで……」


「私は何もしてないけどね……そうかー瑞樹ちゃん昔よりは根性でてきたんだね~……意外だったな」


 間原は口元に指を当ててぶつぶつとなにやらつぶやいている。 一体どうしたんだ?


「……どうしたんだ?」 


「ううん……なんでもないの。ところで和樹君は日曜は暇かな?暇だよね……?」


「……勝手に人を暇人扱いするな!」


「でも暇だよね?何も予定入ってないよね?」


「うっ、まあな……」


 暇人扱いされて少し腹が立ったが、事実、今度の日曜には用事が入ってないので認めた。


「それじゃあね……実は今度の日曜は私の誕生日なんだよね、だから学校で誕生日会する

から来て欲しいんだ~。もちろん来てくれるんだよね?」


「……誕生日会か……でもなんでまた学校で誕生日会なんてするんだ?別にお前の家でも

いいだろうに」


「うっ……そ、それはね……えっと、ほら!私って友達多いから……家に入りきらないのよ!」


「家に入りきらないって……お前の友達何人いるんだよ?」


「うーん、ざっと百人くらい?」


「な……なんだそりゃ!そこまで言ったら誕生日会じゃなくてパーティだろうが!」


「あっ……うん!だから誕生パーティするから学校でやるんだよ……来てくれるよね?」


「ああ……別にいいよ」


「本当?本当に本当?来てくれるの?」


「なんだよ、自分から誘っておいてそれは」


「だって……嬉しかったから、それじゃ日曜日に迎えいくね」


「ああ……でもお前の誕生日って今月だっけ?幼稚園の時にしたときは少し寒かったよう

な……」


「あっ!私、学校遅刻しちゃうから行くね、日曜楽しみにしてるから!」


 少しあわてた素振りをして間原はそのまま走りさってしまった。 


「なんだよ……」


 そのあわてようになんとなく違和感を感じてたが、それよりも今はもっと大事なことを忘れていることに気づいた。


「あっ!やばい遅刻する」


 携帯電話の画面はもはやここから休まずに走ってもギリギリという時間を指していて、あわてて俺もそのまま走り出した。 感じていた違和感は遅刻するかもというあせりに打ち消されてそのまま消えていった……。





「はあ……はあ……なんとか……間に合った!」


 汗だくな俺を矢口がさわやかに出迎える。


「よう……ギリギリだったな、寝坊したのか?」


「……寝坊はしていない……瑞樹と一緒に登校してたけど、俺は途中で寄り道してたんだ

よ」


「はあ……なるほどな、それで相馬さんが校門にいたのか」


「……?なにが?」


「いや今日俺が登校するときに校門のところで相馬さんが立ってて誰か待ってるようだったからさ……そうか、お前を待ってたのか。ギリギリまで待ってたみたいだけど、校舎に入ってすぐにお前が来たんだよ、タッチの差ってやつだな」


 瑞樹はなんでそんなことをしたんだ? 別に先に行ったのだからわざわざ待ってなくて

もいいだろうに……。


「出席取るぞーい」


「やべ……担任が来た!また後でな」


 タイミングよく担任の渡辺先生が入ってきた。 あいつはもう二ヶ月たつのにいまだに担任の名前を覚えてないのかよ、渡辺先生可愛そうに……。


 まあ、俺も名前は知らないのだが……。


 そして昼休みになった。 俺は朝食の残りを適当につめた母さんの手抜き弁当を広げていると教室の入り口に知り合いがいた。 知り合いというか瑞樹なんだけど、行動が普段の瑞樹と違ったので思わず知り合いとトーンダウンしてしまったのだ。


 瑞樹は教卓側の入り口を何度も往復してチラチラとこちらを見ている。 やがて何度目かの往復で目が合ったのでしょうがなく瑞樹の方に歩いていった。


「……なにしてるんだ?」


「……ちょっと……生徒会室来てくれる?」


「嫌だよ、どうせ周防先輩か剥離先輩が待ち構えてるんだろ?」


「……あの二人は今日はいないわ、生徒会室に近づかないように言っといたから、少し二

人っきりで……話……が……あるの」


 だんだん声のトーンが下がっていて最後の方は聞き取りづらかったが、とりあえず意味は理解した。 さらに疑問がわいてくる。


「二人がいないなら、俺に何の用があるんだ?」


「と、とにかく……来てよ、お願いだから……」


 『お願いだから……』こんな言葉が瑞樹からでるとは驚いた。 瑞樹にもこういう可愛いところがあったのかということに驚きと同時に可愛いと思ってしまった。


 それに気づいた瞬間俺も赤くなってしまい、何も言えなくなってしまった


「え……あ……うう」


 意味不明の擬音を出して固まってしまう。 しかしその状況に瑞樹の方が耐えられなくなったのだろう、固まっている俺の手を取って、無理やり生徒会室に連れて行かれてしまった。


 途中何人かとすれ違ったが、俺自身もパニくっていたのでよく覚えていない。 ただ、みんな信じられないような物を見た顔をしていた気がする。


 俺達は生徒会室に入ってからもしばらく顔を赤くしてうつむいていたが、やがて瑞樹が俺の手をずっと握っていることに気がついてあわてて手を話した。


「その……ゴメン、無理やり連れてきちゃって」


 気まずそうに瑞樹が謝るので俺も気を使って俺は何か気のきいたことを言おうとしたが、


「大丈夫……だから」


 と、余計に気まずくなるようなことを言ってしまった。 それからしばらくの間互いに背中を向けて立ちつくしていた。 あたりがシーンとなっていて部屋の中の緊張を高めていく。


 ……やがてしばらくたったころ


「りっちゃんと付き合ってるの?」


 と瑞樹がポツリとつぶやいた。


「え……いや……なんというか」


 予想外の言葉にどう返していいかわからない。 確かに間原は俺と付き合ってはいるが、それは学校で孤立していて味方が欲しかったからお互いに約束したことで、果たしてそれを付き合っていいのかわからず、また瑞樹に間原と付き合っていることをいうのには自分の心の中で抵抗があった。


「どうなの……?教えて…」


「……………………」


「やっぱり付き合ってるんだね?」


「いや……ちが……」


「私ね……あの時……みんなの前で告白して断られたらもう諦めよう……和樹が誰かと付き合って彼女ができても祝福しようと思ってたよ」


「いや……それはかんちが……」


「でもね……りっちゃんだけは駄目だよ、認められないよ……」


「な……なんでだよ……」


「私ね、昔よく泣いてたでしょ?あれは……りっちゃんが怖かったからなんだよ、今でもやっぱり怖かった。りっちゃんはね、昔から私の憧れだったの……明るくて頭も良くて強かったし、子供心にも本当に尊敬していた……絶対に勝てないと思ってた。……でもある日私と和樹で砂場で遊んでいた時にりっちゃんがやってきて和樹に遊ぼうよと言って誘ったとき……すごく恐怖を感じたの……だってりっちゃんは何でもできるし、みんなに好かれてたから……だからあのとき和樹が誘われたときに和樹が私のところからいなくなっちゃうと思ってすごく怖かった。でもそのときの和樹は砂遊びしているからって言って断ったくれたけど……」


「それじゃ……別に気にする必要ないだろう?」


「ううん……そのときはすごく嬉しかった。だって和樹が行かないよって言ってくれたん

だもん……でもそれでりっちゃんは和樹に興味を持ってしまったから……それからは毎日和樹に話しかけてた。自分がいないときに和樹がいなくなったらどうしようと思って、いつも一緒にいて離れられなかったよ……でもそれはすごく怖かった。……だってそれはりっちゃんと張り合うということ……あの……可愛くてみんなに好かれているりっちゃんと……私はそのときは泣き虫でみんなからも先生からも疎まれてたから和樹がいなくなったら独りぼっちになっちゃうと思って毎日……必死で……和樹のそばにいた。意地悪もされたこともあったけど、それでもなんとか負けないで一緒にいつづけたんだよ?」


 そんな……確かに幼稚園の時は子供だったから気づかなかったけど確かに瑞樹は間原に泣かされてもそれでも俺からは離れなかった。


 それに、こんな理由があったなんて………。


「それで……それで……りっちゃんが引っ越すっってなったとき嬉しかったけど……すぐに怖くなっちゃった……だってりっちゃんがいなくなっても私が泣き虫のままだったら和樹……カズちゃんがいなくなるかもって思ったから……だから私……強くなろうって、りっちゃんにも負けないくらい強くなろうって決めたの……それなのに……わたし…結局りっちゃんに負けちゃった。アハッ……あの日りっちゃんと初めて校門であったとき和樹と付き合ってたのはりっちゃんだって直感したんだよ?だってりっちゃんのあの顔……ものすごく勝ち誇ってたもん…グス……他の…他の娘なら、まだ彼女になっても和樹とはせめて友達でいられるけど……りっちゃんじゃ……駄目だよー、フエ……ウェ……ウエーン!エーン」


 瑞樹はとうとうこらえきれずに泣いてしまった。 ぺたんと座ってしまって手を目にあてて泣いていた……泣きじゃくっていた。


 まるでそれは幼稚園の頃の瑞樹そのままのようで、自分が本当に一人ぼっちになったのを確信してしまい、寂しくてたまらずに泣き叫んでいるようだった。


「瑞樹……っ」


 瑞樹に近寄ろうとしてガラッと生徒会室のドアが開いて、周防先輩と剥離先輩が入ってきた。


「和樹君……っ」


「和樹……貴様ーー」


 剥離先輩が怒りに震えた顔で俺の胸倉をつかんだ。 殴るつもりなんだろう。 いやむしろ殴ってもらいたい……幼稚園のころから知っていて、結局瑞樹のことを一つも理解していないで鬼姫と言っていた俺を誰でもいいから殴って欲しかった。


「剥離……」


 周防先輩が剥離先輩の肩を持って首を横にふった。


「くそっ……!」


 掴んでいた胸倉を離して、剥離先輩は背中を向けた。


 つらかった……。 殴ってもらえればまだ少しは気がまぎれたかもしれない……。 でも周防先輩はそれすら許してくれなかった。


 ズダダダダッと音がする。 瑞樹が走って生徒会室から出て行った音だ。


「瑞樹様……!貴様っ!何故泣かした!」


「剥離……瑞樹君を頼む……彼は僕に任せてくれ」

「言われなくてもわかっているわそんな腑抜けにかける時間などない…!」


 そういって剥離先輩は出て行く。


「……殴んないんですか?」

「殴らないよ……彼女の気持ちをわからなかったのは僕も剥離も一緒だからね。聞いただろ?体育館の日のこと……。お互いに自分達こそが真の理解者なんていって結局彼女にビンタ食らわせられて初めて僕達がいかに自分勝手かって思い知らされたのさ……それは剥離だってわかってるよ、ただあいつは君が彼女を泣かせたことが許せないのさ、なんだかんだいって彼女を一番理解できるのは君だってあいつが一番気づいてたからね……だから余計許せないんだろ」


 軽く溜息をついて周防先輩は机にあったイスを引いてそれに座った。 そして俺にもイスを差し出す。


「ほら……君も座りなよ」


 その言葉は優しくて……だからこそ涙がでてきた。


「僕は君を殴らないよ……君のその罪悪感は君自身がどうにかしないといけないものだからね、彼女のことは僕達が何とかしておくから君はなるべく早く、彼女にかけられる言葉を探しておいてくれ……」


 そういって周防先輩は立ち上がり、軽く俺の頭をポンと叩いて生徒会室から出て行った。


 残された俺はどうしていいかわからずただ涙だけがこぼれていた。


 昼休み終了のチャイムはとっくになっていたけれど俺はその場をいつまでも動くことはできなかった。


 結局五時間目の半分くらいまで生徒会室にいて、保健室に向かって調子が悪いので帰ると保険医の先生に伝えた。 先生は、


「あら、さっきも一人女の子が帰ったのよ、なんか悪いものでも流行ってるのかしら?」


 と首をかしげていた。保健室の利用者カードには相馬瑞樹と書かれていてそれがますます俺を苦しめた…………。






 目を赤く腫らした俺を見て母さんは驚いた様子だった。


「学校から連絡来てるから早退してくるのは知ってたけど……何があったのよ?瑞樹ちゃんも早退してきたっていうし……」


「なんでもないよ……」


 そういって俺は二階の自分の部屋に上がっていく。 母さんもそれ以上は特に何も言わずそのまま台所に向かう足音が聞こえた。


 ベッドに倒れこみ、そのまま眠ろうとするが眠ることができない、目をつぶるとあのペタンと座って泣いている瑞樹の姿が浮かんでくるからだ。 そのたびに目を開けるが、当たり前のようにそこは自分の部屋で、それがまた罪悪感を刺激する。


 あの時……もう少し俺は言いようがあったんじゃないか……? もっと上手くごまかす方法もあったんじゃないか……? そんなことをずっと考えていると、自分の勝手さに嫌気が差してまた落ち込んでしまう。


 とうとうその日俺は部屋から一歩も出ず、夕食も食べなかった。





「例によって熱はないわね」


 母さんが体温計を見て淡々と言った。


「ごめん……母さん今日学校休むよ」


 まだ学校に行くのがつらかった。 いやというより瑞樹にどう声をかけていいのか? 仮に瑞樹がいなかったとして周防先輩や剥離先輩にどんなことを言えばいいのか? それを俺はまだ見つけられないでいた。


「はいはい……今日は土曜でしょ?学校は休みよ、今日一日安静にしてなさいよ」


 あきれたように言って母さんは部屋を出て行った。

 そうか今日は土曜日か、学校が休みだということを思い出してホッとした。 しかしすぐに罪悪感がぎちぎちと心を締め付けてくる。


 それでも最低の俺がどうしてもやらなければならないことがあるので、俺は母さんが出かけるのを待ってから風呂に入った。


 浴槽の鏡を見ていると目を腫らしてひどい顔をした俺がいた。 瑞樹もこのくらい腫らしているんだろうか? そう一瞬思ってまた心が痛み出したが、それに耐えて俺はまず顔を洗った。 最初はお湯で次に冷水。 それを何回かくりかえしていると少しはしゃっきりしてくる。 次に身体を洗い頭を洗い、そして浴槽に入って我慢の限界まで入り続けた。おそらく時間にして三十分くらいだろうか? 新記録だ。 我ながらくだらない……。


 風呂から出るとまだ心は痛むけれど気力は回復してきている。 部屋に戻り自分の貯金箱を壊して中の小銭を取り出すと俺は服を着て自転車のカギを持って家を出た。


 目指すは街の方だ…………………………。





 その日はそれで終わった。 帰ってきたら俺はそれを机において服をぬいでそのままベッドに倒れこんで、そのまま部屋からは出なかった…………………。




 次の日……つまり日曜日、約束どおり間原が家に迎えに来た。母さんは瑞樹に接するように普通に接して俺達を見送ってくれた。


「和樹君のお母さん……昔と本当に変わらないね、うらやましいな……私のお母さんはどんどん年取ってくよ」


「それが普通だからな、あの人がおかしいんだよ」


「あははっ!ひどいな~おばさんそれ聞いたら怒るよ?」


「まあ……いないときにしか言えないけどな」


 行きの道のりはただ他愛も無い話をしていた。 最近街の方にいって可愛い服を見つけたとか47号屋に行ったけどあそこ変なアイスばっかだよねとかそんな話をしているとあっという間に目的地であるハウム学園に着く。


「それでパーティはどこでやるんだ?さすがにあの茶室はないよな?」


「うーんまだみんな集まってないみたいだから私達は茶室で休もうよ……少し疲れたし……」


 そういって間原は茶室の方に歩いていく 茶室の前に立つと、前は気づかなかったが、周りが自然に囲まれているせいで校舎からはここが見えないという作りだった。


「なんか茶室って落ち着くための場所だからああやって少し隠すのがトレンドらしいの」


「へえーそういうもんなのか」


 そんなことを話しながら俺達は茶室の中に入る。 中は当たり前だが前と同じで間原はまた足を伸ばして横になっている。 今日の間原の服装はなぜか制服だったが、学校に来

る以上制服は当然でしょ? と当たり前のように言われたので何もいえなかった。


 しかしスカートなので間原が動くたびにひざやら太ももが見えてしまう。


「間原……見えるぞ」


「ふーんだ……大丈夫だよ~だ、見えないように動くもん」


 そんなやり取りをしていてふとすでに茶室の中に入って二十分くらい立っていることに気づいた。 そろそろ始まるのだろうか……?


「間原……まだ友達集まらないのか?」


「え……?ああ……その……実は」


 ちょっと言いづらそうに視線をそらして間原が言う。


「実は……ね?カズちゃんにお願いしたいことがあるの……」


「なんだよ……」


「その……この間言ったでしょ?私達の仲間にってやつ……あれ少しは考えてくれた?実はもうすぐ仲間が来るからそこで紹介したいなと思ってちょっと早めにここにきたんだけど……」


「その話か……」


「別に……入ったら何かしなきゃ駄目って訳じゃないよ?ただ仲間同士集まって話してるだけとかでもいいし、カズちゃんがいいって言うんならあたしの権限で最高幹部にでもできるんだよ?だから……入ろうよ……ね?オネガイ……」


 上目遣いで目をうるうるさせて間原がお願いをする。

俺はその目をまっすぐ見つめて言う。


「悪いけどそれはできない」


 間原の目が驚いたように見開く、


「……どうして?」


「前にもいったろう?梅雨が開けて夏休みに入ったら海に行こうって……別に俺が組織に入んなくても俺と間原の関係は変わらないし逆に組織に入らなきゃ仲間になれないなんてやっぱりおかしいよ……なあ間原……組織とかそういうの忘れてみんなで仲良くやろう」


「……それって瑞樹とも仲良くしろってこと?」


「……ああ」


 少しためらってから決意するように肯定した。

 間原はそれを聞いて、ふーと溜息をついてイラだったように頭をかきむしる。 そしてひとしきりやると、じろりとこちらを一瞥して大きく誰かに向かって叫んだ。


「やっぱり回りくどくやるのは性にあわないわ、小林!お願い!」


「はい……どうも」


 床板の一部が上がって中から………小林君が出てきた。


「こ、小林君……」


「こんにちわ……和樹くん。久しぶりですね、今回はこんなところから失礼しますよ……

よいしょっと」


 床下から小林君が床に上がる。 そしてその後ろから屈強そうな男達がばらばらと出て

きて彼らも床に上がる。


「あの……これは……どういう……」


「はい……実はなるべく穏便にことを済ましたかったのですが、仕方ないので強攻策にでます。和樹君はその間ちょっと誘拐されてもらうんですよ。それじゃ……お願いします。みなさん……」


「おおう!」


 男達がそれを合図に俺に襲い掛かってくる。


「うわ……なんだこれ!」


「あなたが悪いのよ和樹、人が穏便に済ませようと思ってたのに断っちゃうんだもん、しょうがないよね?」


 人差し指を口にあててそれを俺のおでこにつけながら間原が俺に言った。


「それじゃ……ちょっとしばらくはおとなしくしててもらいますから、あっ!大丈夫!お

家には遅くなると伝えてありますので」


 小林君(いやもう小林でいい!)が涼しい顔でそんなことを言っている間に男達は俺を

縛りあげて床に転がしていた。 俺も縄を解こうと暴れるが縄はきっちり締まっていてど

うにも抜け出せそうにない。


 そのとき暴れたひょうしに俺のジャケットの内ポケットに入れておいた小箱が床に落ち

た。


 コトンという音を出して転がった小箱を間原が手に持って見上げる。


「ふーん、これなに……?」


「お前の誕生日プレゼントだよ!」


「そうなんだ……でも残念。私の誕生日って本当は十月なんだよね~、でもこれは一応私へのプレゼントだから貰っとくね~」


 そういって小箱を自分の制服のポケットに入れる。


「あなた達はとりあえず先に例のとこに向かってて、私も少ししたら行くわ」


「は……?いやしかし……」


 小林や他の男達も難色を見せるが、


「あら……大丈夫よ、それに……私の言うことが聞けないの?」


 睨み付けるように言うとさすがの男達も目をふせてしまう。


 唯一、小林だけがニコニコしながら、


「わかりました」


 とだけ言って他の男達を連れて出て行ってしまった。


 そして残されたのは……俺と間原だけになった。

 間原は小林達が完全に学校の外に行くのを確認してからゆっくり俺に近づき、すっとしゃがみこんだ。 ちょうど仰向けになった俺を覗き込むような位置で間原は俺の顔をじっと見ている。


「……なんだよ」


 とりあえず強がりを言ってみた。


「ふふっ…それ、強がりでしょ?」

 あっさり見極められたようでちょっと悔しいが、さらに強がっても恥ずかしいだけなのであっさり認める。


「そうだよ、大体お前は一体何がしたいんだよ?」


「うーん……世界征服?」


「な、なにを……」


「……というのは冗談で、私が望むのはいっぱいの下僕と一人の友達……そして……」


 そこで……言葉を区切って顔を俺に近づけてくる。


「な……ちょっと……まて!」


 思わず目をつぶる俺の頬にぽたりと何かが落ちてきた。


 なんだ……? 目を開けて見ると……間原が泣いていた………。

 声こそ上げないけれど間原は大粒の涙をポロポロ流しながら俺の顔に涙を落としていた。


「どうして……?どうして私じゃ駄目なの?あんな……泣き虫で……あなたの優しさに甘えてただけの娘がなんで……いいの?」


「……間原」


 俺は何も言えずただ間原が落とす涙を受け止めていた。


 一つも落とすことのないように……。


「わかってる……わかってるよ……あの娘可愛いもん。私には到底かなわないってわかってたよ?でも私だって頑張ったよ?私だってあの、娘みたいに……いつも気にかけてもらいたかっ……泣いたら頭をなでてもらいたかった……そんでもっていつまでも一緒にいたかったんだよ?……わたし……わたし……」


 間原はスッと立ち上がり涙を拭くと涙でぐしゃぐしゃになった顔を無理に笑顔にして、


「えへ……ゴメンネ、でももう戻れないの……もうカズちゃんに拒否されて瑞樹も、もう友達になることは無理だろうし、私には小林達しかいないの……だから……だからごめんね」


 そういって間原はゆっくり茶室から出て行った。 その後姿があまりに悲しすぎて俺は涙を流していた。 


 くそっ!結局俺は何もわかっていなかった! あの二人は同じだったんだ! お互いがお互いを理想にしていて、無理に自分をそうしようとして結果ああなってしまった。


 体育館の時も生徒会室の時もそして今の間原のことも結局俺は何も気づかず二人を傷つけた。 一体俺はなんなんだ? ただの大馬鹿野郎だ! 結局何もできない本当の無能なんだ!


 やけくそになって茶室の床に頭を打ち付けるがこの悔しさも心の痛みも消えてはくれな

かった、ただ何もできなかったという無力感だけは強くなっていった………………。





 頭が痛い……そして気持ち悪い。 そんな状態で部屋にこもっているとますます気持ちが悪くなるので仕方なしに外へ出た。


 あの体育館の日の告白大失敗によって私を嫌っていた人たちは、みな私に対して暖かくなって、今では昼休みに一人で食べることも無くなり休みの日に誘われることも出てきた。


 けれど……もともと私は一人がいるのが好きだし、いわゆる友達的な馴れ合いは大嫌いだった。 すごく欺瞞的な感じがして嫌いだったのだ。 それを前に和樹に話したら、それを欺瞞に感じていること自体がそういう付き合いに過剰に期待してるってことじゃないのか? と言われた。 なるほど確かに私が本当にそういうのが嫌いなら何も感じないはずだ。 好きの反対は無関心なのだから。 だから……だから私がこの暑苦しい奴らと一緒にいて怒りを感じてしまうのはかならずしも彼らを嫌いではないということなのだろうか?


「それで……なんで日曜に学校行かなきゃいけないのよ?」


「もうしわけありません……瑞樹様。どうしても大事なことなので……」


 恐縮したように剥離が答える。


「まあそうイライラしないで、僕らなりに瑞樹君のこと考えてるんだよ、前みたいに独りよがりにならないようにね」


「なんでもいいけど……私、体調悪いから用事すんだらすぐ帰るわよ?」


「うん……瑞樹君が気に入らないなら帰ってもいいからさ」


 そんなやり取りをしている間に生徒会室の前に着いた。 学校の玄関は前もって周防が開けておいたらしい。 先生から玄関の合鍵を預かっていたらしい……さすが副生徒会長だ。


「それでは……どうぞ……中に」


 ドアに手をかけ一瞬躊躇してしまうが、思い切って扉を開ける。


 パアンっと大きな破裂音がして続いて顔にカラフルな何かがかかってきた。


 驚いてかかってきたものを見るとテープのようなもので、さらに部屋の中を見ると、男子生徒達がイスに座って何か筒のようなものを持っていた。さらにさらに右を見ると普段ホワイトボードがある位置に看板が立っていた。書いてある字を読んでみると、


『相馬瑞樹さん……誕生日おめでとう!』


「え……っ?これって……」


「今日は瑞樹様の誕生日なのでしょう?ささやかながら祝いの席を設けました」


「ど、どうして……それを……」


「いえ……前に職員室から記録を……ゴホッ!まあいいではないですか、どうぞお座りく

ださい」


 一番奥の席に案内されて座る。 目の前にはケーキやお菓子ジュースが置いてあった。


「……どうしたの……これ?」


「はい……我々が出し合って今日のために買ってきました。この人数分ですから、少々高くつきましたが……」


「……そう……」


 イスに座っている男子達を見る。 照れくさそうに笑う人やはにかんだ顔で笑う人がいて、その仕草に思わず笑みがこぼれてしまった。


「……ありがとう…すごく嬉しい…」


 私も彼らと同じように顔を赤くしてうつむきながらポツリとつぶやいた。 こういうときりっちゃんならきっとすごい笑顔で明るくふるまうのだろうけど、今の私にはそれはできなかった。 けれどお礼の言葉だけは言いたかったので今みたいな感じになってしまったが、どうにか言うことはできた。


「みんな喜べ~!瑞樹君が嬉しいと言ってくれたぞ!」


「うむ……それだけで今日の日のために頑張ってきた諸君らの努力は報われたな!」


 二人がそう言うと彼らは大きな歓声を上げた。 今日は学校に内緒に入ってきているのに大丈夫なのかしらと一瞬思ったが、彼らが私の誕生日を祝ってくれるのだからそんな無粋なことは考えるのをやめよう。


 私の誕生日をこんなに大勢の人が祝ってくれるのは初めてなのだから……今までの私の誕生日は幼稚園の時は和樹とりっちゃんだけでりっちゃんが引っ越してからは誕生日は家族と過ごしていた。 和樹はいつもプレゼントを用意してくれていたけど、照れくさい私

はいつも一言文句をつけては和樹に苦笑されていた。


 もうそんな誕生日を過ごすことはないんだろう……こないだのことで彼に私がずっと秘めていた思いを打ち明けてしまった。 きっと彼はあきれてしまっただろう。 いつも生意気でうるさい幼馴染がこんな弱虫だなんて……。


 もうこうやってプレゼントをもらうのも憎まれ口をたたくこともできないのかな……?

そう思うと悲しくなってまた涙が出てしまいそうになるが、私は目をこすって涙を拭いた。


 今度こそ……今度こそ私は強くなるんだ! あの怖くて何でもできてみんなに好かれる幼稚園の時の親友みたいに………。


「さあ……それでは……そろそろ乾杯と行きましょうか、不肖この周防純が瑞樹君の代わりに乾杯の音頭を……」


「……そういうわけには行きませんね」


 妙に聞き覚えのある声が扉の外から響いた………………。





 部屋の中を沈黙が支配する。 皆が皆、お互いに顔を見合わしている。 誰もが先ほど

の台詞を言った者を探しているが見つからない。


「誰だ!」


 剥離が叫ぶ。 声が廊下の方からした。 入り口に一番近かった男子が扉を開けると、開けた瞬間に彼は誰かによって蹴られて後ろに倒れた。


 扉が開いたその先には屈強な男が立っている。 その後ろには何人もの男子がいた。


 扉の前に立っている男はハウム学園の制服を着ていて、その後ろには何人か瑞樹達の高校の制服を着ている者もいた。


「こんにちわ、みなさん。パーティの最中失礼しますよ?」


 男の脇をすり抜けて別の男が入ってくる。 ハウムの制服を着たその男にその場にいた全員は面識があった。


「小林君!……何故君が……?」


 驚いたように周防が声を上げる。


「いやあーすいません……実は僕、瑞樹さんのファンじゃなかったんですよ。いわゆるスパイ……というやつでして」


 悪びれもせずそう言い放つ小林に皆あっけに取られている。


「それで……今日ここに来たのはあなた達を潰そうということになりましてね……ちょうど主要なメンバーもそろってますし、できれば穏便にすごしたいのでこの場で僕達の傘下に入ってくれるなら手荒なことはしないんですがね……」


「小林……面倒くせえこと言わずに二、三人ぶっ飛ばせばこいつらも言うこときくだろうよ……」


「神原……君は本当にそういうのが好きだよね。律子様にも言われてるだろう?あんまり手荒なことはするなって……」


「律子?りっちゃんのこと!」


 律子という言葉に反応して瑞樹が問いかける。


「これはこれは相馬さん……久しぶりだね、和樹君とは仲直りできたかい?まあ誕生会に

彼がいない時点でそれを聞くのは酷だったかな?」


 小林は和樹がハウネ学園の茶室で縛られているのでここにいないことを知っていて、あ

えて挑発的な態度をとる。


「う、うるっさいわね」


「ああ……ゴメンゴメン質問の答えだよね?そうだよ……律子様とは、君が幼稚園の時に散々泣かされた間原律子様だよ」


「な……なんで……りっちゃんが……」


「さあ?なんでだろうね?僕にはわからないかな、あの方の考えてることなんて……でもきっとあの人は許せなかったんじゃない?……君の存在が」


 クスクスと笑うその声が緊迫するその状況の中で浮いていた。

「おい……お前ら返事はどうなんだ?ああ?」


「隊長!瑞樹様を連れて逃げてください!」


 部屋の端に居た一人の男子が神原と呼ばれていた男にしがみついた。 一瞬遅れてまた別の男子が二人ほど神原にしがみつく


「ふんっ!しゃらくさいわ!」


 乱暴に男子達が床に投げ出される。

 それを見ていた二人の男子が神原に取り付く。 投げ出された男子達も後に続く。 合計四人の男子たちがプロレスラーのような体格をした神原を必死で抑えようとする。


「くっ…ぐぬっ…離せ!」


 さすがに四人にしがみつかれては屈強な神原も動きづらそうだった。


「はやく!はやく逃げてください!」


「ぬっ?逃げろといわれても……しかし」


 剥離があたりを見渡すが唯一の部屋の入り口は神原達が占拠していて窓から逃げようにもここは三階なのだから逃げられるはずがない


「こっちだ……」


 そういって周防が部屋の窓を開ける。


「ちょっと……ここ三階でしょ?」


「大丈夫……こんなこともあろうかとハシゴをつけていたのさ」


 見ると確かに窓の下にはハシゴがつけてあった。


「さあ……瑞樹君……早く降りて!」


「え……でも……」


「早く!」


 ビクッと周防の大声に反応して瑞樹は急いでハシゴを降りる。


「剥離……頼みがある」


「わかっている……ここは俺達に任せてお前がついていってやれ」


「……わかった……ここを頼む」


「うむ……早くしろ……いつまでもあの馬鹿力押さえてられんぞ」


「ああ……わかった」


 周防はそういって大急ぎではしごを降りていく。

 生徒会室のすぐ下……つまり理科室の窓の向こうには少し出っぱっている部分があり、周防と瑞樹はそこに降りて行った。 ハシゴを降りきった瑞樹が心配そうに生徒会室の窓を見上げる。


 周防が理科室の窓ガラスを割って鍵を開け、瑞樹の手を引っ張って中に入る。


 二人が完全に逃げたのを確認してから剥離ははしごをはずして階下に投げ捨てる。


 はしごは理科室の出っ張りを越えてスーッと地面に落ちていった。


「これで……ここから追いかけることはできないだろう」


「てめえ……ただじゃおかねえぞ」


 拳をバキバキ鳴らしながら剥離を睨みつける。 最初にしがみついた男子達はすでに引き剥がされ床に転がされていた。


「諸君……君たちに伝えたいことがある!」


 剥離が大きな声で叫ぶ。


「諸君……我々はかつて敵だった、しかし瑞樹嬢によって自分達の独りよがりな思いを気

づかされて今ここに一堂に会しているんだ。そして我々はいまここに最大の危機を迎えている。諸君……ここで降伏するか?かつて彼女のためなら命も惜しまずといった諸君らはそのときの言葉を忘れて降伏するか?そしてその罪悪感に悩まされて生きていくつもりか?」


 一度言葉を区切り、さらに続ける。


「諸君、我々は所詮は負け犬だ!本気で惚れた女に振られた哀れな振られ男達だ!しかし

……しかしここでその惚れた女を見捨てて降伏するのはもっと哀れな存在に成り下がるのではないか?諸君……立ち上がれ!防衛隊、同盟の壁をくずして共に戦おう!我々はすでに……ぐはっ!」


 演説に我慢しきれなくなった神原が剥離を殴りつける。 体重の軽い剥離は信じられな

いくらいにふっ飛んで壁に叩きつけられた。 しかし……それでも剥離は叫ぶのをやめない。 しっかりとした口調でさらに演説を続ける。


「諸君……立ち上がれ!いやもうそんなことを言うのはやめよう……この哀れな男が言い

たいことはもうこれだけだ………本気で惚れたなら命を懸けて守ろう……たとえその愛が

報われなくても……俺達は最後まで守り続けるんだ!」


 最後まで叫ぶと剥離はそのまま気絶してしまったようで、動かなくなってしまった。


「まったく意味のわからねえ演説する奴だぜ」


 さらに追い討ちに蹴りをいれようとしたその時、後ろから何人かが神原にタックルを仕掛けてきた。 グラっと来たところにさらに立て続けに数人がタックルしてくる。 さすがに耐え切れず神原はそのまま倒れこんでしまった。

「いってえ……誰だこの野郎!」


 見ると最初に仕掛けて来た男子達と違う男達だった。 彼らは同盟のメンバーで本来なら剥離のために動くはずのない者達である。


 しかし剥離の演説が彼らの心に響き、いまだ内部では対立状態だった同盟と防衛隊の壁を突き崩したのだ。


「しっかりしてください剥離さん……」


「う……う……お前達……助けてくれたのか?」


「はい……俺達も、同盟も……一緒に戦います!だから見ていてください。俺達も瑞樹さ

んのために……」


「そ、そうだ……俺達も……」


「同盟だけに……この場をもっていかせるな!俺達、防衛隊も行くぞ!」


 部屋にいた男子達が次々と立ちあがる。 その中には最初に突っ込んだ生徒達もいて、みな自分達よりも一回り大きい神原をにらみつけている。


「おい……小林!他の奴ら連れてあの女追いかけろ!こいつら片付けたら俺もすぐに行くからよ……」


「わかりました……せいぜい油断しないように」


 そういって小林も他の男子達も走っていった。


「ふんっ!ハウネ学園空手部主将の俺がこんな奴らに負けるはずがないだろうがっ!」


 深く息を吸って吐いて構えると気合を込めて蒲原は叫んだ


「かかってこい!」


 その裂帛な気合を受けても彼らは少しも怯まず神原に向かっていく…………………。





 茶室に放置されていた俺は自分の無力感に打ちひしがれていた。 もう何度打ったのかわからないほど床に額を打ち付けて、額は軽く腫れ上がっていた。 それでも俺の気は済まずまた何度も打ち付ける。 やがてそれに疲れてごろりと転がった。


 もうどれくらい立っただろうか? 茶室には時計が無いのでわからない、携帯はズボンのポケットに入っているが縛られているので取ることもできない。


 絶望が押し寄せて俺は軽く目をつぶった。


 そのとき、外で誰かが歩いてくる音がする 


 誰だ? 見張りなのか? 入り口を注視していると入り口の戸が開いてハイネ学園の生徒ではない男子が顔を見せた


「和樹君……大丈夫ですか?」


 見覚えは……ある。 確か同じ一年で同盟のメンバーだった奴だ。


「ど、どうしてここに……?」


 彼は狭い茶室の入り口にから入ってきて、そばに駆け寄ると俺を拘束している縄を解いてくれた。 二人で外にでると、彼はここにいる理由を教えてくれた。


「実は……周防さんがちょっと間原律子が和樹君に何かしてくるかもしれないから見張っているようにと言われていたんです。それで和樹君が間原律子と一緒に歩いているから……後をつけてきました。なかなか助けられなくてすみません。見張りが外にいて近づけなかったんです」


「……それで今、見張りは?」


「わかりません……なんか急に連絡来たみたいで走ってどこかに行きました。そうだ……大変なんです!あの間原律子が学校に乗り込んできたらしいんです。ちょうどそのとき瑞樹さんの誕生日会をやっていて周防さんは瑞樹さんと一緒に逃げたらしいんですが……」


「ちょっと待て……誕生日会だって……?」


「え?は、はい……そうですけど……?」


「誰の?」


「み、瑞樹…さんです。周防さんが最近瑞樹さん元気ないから企画したんですよ」


「そ、そんな……」


 本当の誕生日だったのは瑞樹だったのか……。

 最近色々なこと会って忘れていた……いやこれは言い訳だ……また……俺は瑞樹を傷つけたのか…………


「そ、そんなことより……和樹君、瑞樹さんを早く助けに行かないと……」


「…………」


「おいお前!何してるんだ!」


 校舎から男が叫び玄関から出てくる。


「見つかった……ここは僕が引き止めますから早く……学校へ!」


 そういって彼は男に向かって突進していった。


「あっ……おい……」


「早く……早く行って下さい……瑞樹さんを……頼みますよ」


 彼の言葉を聞いて俺は走り出した。 学園を出て、公園へ、さらに公園を抜けて……学校へ向かった。


 しかし近くまで来たところで足を止めてしまう。 一体俺が行ったところで何ができるのだろう? 結局は瑞樹を傷つけて間原も傷つけてしまった。 そんな自分には何もできやしないんじゃないのか? 何より俺は二人を救いたい……でもここまで状況がこんがらがってしまってはそんなことは出来ないだろう……俺の曖昧な態度で…俺がもっと上手く立ち回れば二人が昔のように仲良く接することが出来たんじゃないのか? 二人の仲を完全に決裂させてしまったのは瑞樹の心もわからず律子の真意すら気付けなかった俺のせいなんだ!


 そんなことを考えてる場合ではないことはわかっているが……一度そう思ってしまうと、もうその場から動けなくなった。


 くそっ!何で俺はこんなときに……。


 悔しさで涙が出てくるが、どうしていいのかわからず立ち止まっている。


 そのとき後ろから瑞樹以上に長く付き合っている人間の声が聞こえた。


「……何やってんの?あんた……」


 母さんだった。 買い物帰りだったのか、自転車にのってかごに荷物を入れて母さんが立っていた。 


「……母さん」


「なに道端で泣いてるのよ……今度は律子ちゃんと何かあったの?」


「……うう……お母さん!」


「うわっ!涙流しながら引っ付かないの!」


 高校生になって母親に引っ付いて泣いてしまうなんて……情けないと思っても今の俺は

それを止められず母さんも仕方ないといわんばかりに俺の頭をなでる。


「いつの間にか身長追い抜かれてたのね……気づかなかったわ……、それで?何があった

の?高校生が道端で泣くなんてよっぽどのことでしょ?」


 頭をなでながら優しく話してくれる母さんの態度にまた涙が出てきた。 けれどいつまでも泣いてられないので意を決して話し始める。 もしかしたら殴られるかもしれないけど今は逆にそっちのほうがいい、軟弱な俺を叱りつけてもらいたいからだ。


「じ、実は……」


 俺は今までのことを全て話した。 秘密にしていた先輩達のことも本当に全て話しつくした。 母さんは最初は驚いていたが、真剣に話しを聞いてくれて決して笑わなかった。


「……ということなんだ」


 すべて話終えると母さんは険しい顔で目をつぶっている。 また来るのだろう、『この

馬鹿息子がーーーー』と。実際に俺は馬鹿なので今は母さんにしかりつけてもらいたい。


「この……馬鹿息子ーーー」


 来た! 思わず目をつぶり次に来る衝撃に備える。


 …………………コツン。


 もうすぐ来る衝撃に備えて目をつぶり身体を堅くしていると、おでこに軽く痛みが走っ

た。


 目を開けると笑顔の母さんが俺にデコピンをしている。


「……なーにびびってんの?可愛い子ね」


「母さん……殴らないの?いつも見たく馬鹿息子ーって……」


「うーん?普段なら……ね、でもあんたちゃんと反省してるし何より正直に話したしね、

今回は許してあげる……それで?あんたは一体どうしたいの?」


「……瑞樹を助けに行きたい……でもそれは間原を傷つけることかもしれない……そう思

うと動けないんだ」


「ふーん……瑞樹ちゃんの為に行けば律子ちゃんを傷つけるかも……でも何もしなければ瑞樹ちゃんを傷つける……ジレンマに陥ってるわけね」


 母さんが俺の言いたいことを要約する。


「うん……でも……そういうわけにはいかないんだ……俺は二人の味方になりたい……自分がものすごく優柔不断なこといってるのはわかってるけど……でも……でも……そうしたいんだ!」


 母さんが溜息をつくのがわかった。 あきれてるんだろ。 こんな優柔不断をもっとも


母さんは嫌うからだ。 でもどちらかなんて選べない! 漫画や小説の主人公なら散々悩んでどちらかを選ぶんだろうけど、現実の世界の人間でしかも生まれてからほぼ一緒にいた幼馴染の心すらわからなかった俺にはそんなことはできない……悔しくて情けなくて涙がボロボロでてくる……。


「別に……どっちも選べばいいでしょうが……」


「えっ?」


 予想外の言葉に顔を上げた。 母さんがあきれたように俺の顔を見ている


「だから……どっちも選べないなら両方とも選べばいいのよ」


「で、でも……それは」


「不誠実?浮気者?上等じゃない!どっちかは選べないんでしょ?だったら両方とも選びなさい!周りになにを言われようが彼女達から罵倒されようが、覚悟きめて抱きしめてあげなさい!これは決して甘えた選択でも優柔不断でもないれっきとした決断よ!一人の女の子だけでも大変なの二人も愛するなんて生半可な覚悟じゃできないわよ……いいわね?

覚悟しなさい!」


 母さんの顔は真剣だった。 冗談を言っているわけではなく真剣そのものだった。


 きっとこんなセリフはきっと漫画や小説ではでないだろうという場違いな感想が頭に浮かんだ。 でも母さんのその言葉は俺の頭に入って心に入りそして全身に広がっていく。


 なんだ、こんなことで悩んでたのか俺は……そうだ、今はどっちかをじゃなくて二人を……瑞樹と律子を選ばなければならなかったんだ!


「母さん……俺……行ってくるよ」


「うん……頑張ってきなさい」


 母さんは優しくそう言って、俺を立たしてくれた。 俺も涙を拭いて、軽く空を見上げる。


 日曜の空は青く澄み渡っていて雲一つ無い。 ああ、気持ち一つで心がこの空のようになるなんて……。


 俺は視線を下げて母さんを見つめる。 母さんはニヤリと笑い、拳を振り上げる、俺も同じようにする。 そして一瞬止まった後、手を開いて空中で叩きあう。


 パチンと小気味良い音を立てて、そのまま俺は振り返らずに学校に向かって走り出す。     


 迷いは晴れて身体は軽く、学校までの道を俺は全速力で走り抜けて行く…………。





「それで……まだ瑞樹は見つからないの?」


 和樹に別れを告げて学校にやってきた律子が苛立たしそうに小林に問う。


「すいません……何しろ、ここは彼らの学校ですから」


 小林は悪ぶれた様子も泣くニコニコと言い訳をする。 その態度にますます不機嫌になる律子を周りの男子達が恐縮したように見つめている。


「ところで……こんな大勢で学校に乗り込んで大丈夫なの?」


「それについてはご心配なく、特に物を壊したとか窓ガラスを割ったということはしてお

りませんし、今日は日曜で誰もいません。セキュリティーも切ってあるので大丈夫です」


「ふうん……そう……準備がいいのね」


「いえいえ……律子様のためですから」


 ニッコリ笑って小林が会釈する。 それを見てますます律子は不快な気持ちになった。  


 一般的に見て小林はルックスが良く成績も優秀で人当たりもいい……が、律子はどうも小林を好きにはなれなかった。


 理由は彼の完璧さである。


 これといった短所も無く常に笑みを絶やさない小林を律子は薄気味悪いとさえ感じていた。 こいつ本当に私に忠誠を誓っているのかしら? という疑問が常に頭の中に渦巻いている。


 しかし小林は優秀なので、組織として動く以上彼はどうしても必要だった。 彼がいなければただ可愛いだけの女の子の自分が組織を維持することなんてできないからだ。


「なんで……こんなことに……」


「はい?何か言いましたか?」


「……なんでもないわ……」


 小林の問いかけに不機嫌に答えると、気を使ったつもりなのか別の男子がケーキを律子

に差し出した。


「これ……なに?」


「その……ケーキです。奴らが相馬瑞樹の誕生日会に用意したケーキですが、よかったらどうぞ」


 それを聞いた律子の眉が一瞬不機嫌そうに上がるが、すぐに戻った。ケーキを持った男子には一言『いらないわ……』とだけ小さく告げて律子は生徒会室を出て行った。


「どうして……あの娘だけ……どうして……どうして!」


 廊下を進みながら呪詛のようにそれを繰り返す。 後ろから小林がやってきたことに気がついて一旦それを止める。


「……何か用?」


「実は……さきほど周防純から連絡が来まして相馬瑞樹を渡したいと言っています」

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