第3話

 およそ小説や物語には起承転結というものがあるらしい。 起承転結の結で綺麗に終わるのが理想なんだろうが、現実に起承転結があったなら結の後にはまた起だろう。


 なぜなら今のこの状況のままで結となってしまうのはあまりにも悲しいからだ……。


 あの体育館の事件から二週間が経った。   


 公衆の面前で告白をした瑞樹を俺が言い終わる前に速攻で断ったという誤解で今の俺は由々しき事態に陥っている。


「居たかー?」


「いや、駄目だ……くそっ!どこに行ったんだ?」


「あっちの方を探してみよう」


「おうっ!」

 足音が校舎の方へと遠ざかっていく。


 ……どうやらいなくなったようだ。


 そうっと俺は被っていた擬態セット(桜の木)を外して辺りの様子を伺う。 どうやら追っ手はいないようだ。 これで今日も何とか生き延びることができそうだ。 ほっと一息つく。


 そう、あの日瑞樹の告白を断った(とされた)日から俺は一部の生徒達から狙われている。 そしてまた一部には嫌われていて後の奴らからはかかわりたくないという存在になってしまった。


 とにかくあの日から俺は周防先輩と剥離先輩ら、つまり同盟と防衛隊から狙われていて、おかげで毎日放課後は薄氷を踏む思いで家に帰らなければならず、毎日が脱走兵の気分だ。


「あっ」


 追っ手の隙を狙って一気に校門まで走ろうとした際に瑞樹に会ってしまった。


「……………ふん!」


 顔をぷいっと反対の方向に向けてさっさと校門に歩いていってしまった……。


 あの日以来誤解を解こうと何回か話しかけようとしたが、そのたびに無視されるか先輩達に袋叩きにあうという目にあっていていまだ誤解が解けていない。


「……なんでこんなことに」


「あっ!いたぞ!」


「やばい!」


 校門に向かって全速力で走る。 また心の中でつぶやいた。 『なんでこんなことに…』


「はあ……はあ……逃げ切ったか」


 なんとか追っ手を撒いて一息つく、どうやら夢中で走っていたら帰り道とは逆の方向に走ってしまったらしい。 とりあえず目の前にあった公園のベンチで休むことにする。


「ふう……疲れた~」


 落ち着くと自分の現状を思い憂鬱になってくる。 何でこんなことに……三度考える。


 原因は確かに俺にある。 それはわかる……わかるんだけど、それでもひど過ぎないか?


 今までの俺は友達百人できるかなってくらいに(瑞樹に振られたという共通点をもった)友人がたくさんいたが、その友人達はことごとく敵対し、おかげで宿敵と書くほうの友人がいっぱいできてしまった。


 百人どころか、二百人は超えている。


「これからどうしようか……」


 ここ最近毎日考えていて答えが出たためしの無い悩みを考えていると目の前を女の子が通っていく


「あれは…確か小林君とこの……」


 そうだ彼女の着ている制服は小林君の通っている学校の制服だ。 なつかしい……小林君元気だろうか? もう友人と呼べるのは彼しかいなくなってしまった。 ほんの二週間前のことなのに懐かしくなってしまって俺は涙ぐんでしまう。


「大丈夫ですか?」


「ああ……大丈夫ですよ……ちょっと友人を思い出しまして……」


「あら……私を見て思い出すなんて誰のことなのかな?」


「えっ!……うわっ!」


 気づくとさっきの女の子が俺の隣に座って顔を見上げていた。


「どうしたの?そんなに驚いて……可笑しいなクスクス」


 口に手を当てて上品に笑う。 その仕草につい見とれてしまいボーっとしてしまった。


「本当に大丈夫……立てる?」


 心配そうに顔を近づけてくる。 思わず後ろに下がってしまい危うくベンチから落ちそうになった。


「だ、大丈夫だよ!」


 少し声が上ずってしまったが、何とか平静を取り戻した。 今度は俺から話しかける。


「えっと……君は?」


「やだなー忘れちゃったの?私はずっと覚えていたのにな」


 腰まである長い髪をたらして寂しそうに目を伏せてしまった。


「ええと……いや……その……ゴメン、わかんないや」


「……そうなんだ」


 声のトーンがわかるくらいに沈む。 どうして俺はこう女の子を悲しませることばかりしてしまうのだろう? こっちも悲しくなってくる。


「……まあいいわ!教えてあげる。カズちゃん!瑞樹ちゃん元気?」


「え?ああ……元気だよ。元気すぎて困るくらい……ってちょっと待って、瑞樹をそう呼

んで俺をカズちゃんって呼ぶってことは……」


「思い出した?私だよ……りっちゃんです」


「りっちゃんって……あのりっちゃん?」


「幼稚園に私以外にりっちゃんって呼ばれてる子はいなかったでしょ?」


「そ、そうか……全然わからなかったよ……ずいぶん変わってたから、いつ引っ越してきたの?」


 彼女は間原律子。 俺と瑞樹が幼稚園くらいの時に近所に住んでいて小学校上がるころに遠くの街に引っ越してしまった子だ。 俺がわからなかったのも無理はない。 幼稚園のころの彼女はわんぱくと言っていいほどの活発な子で当時泣き虫だった瑞樹によくちょっかいをだして泣かしていたので、俺が二人の間に入って瑞樹が泣かされないよう気をつけて遊んでいたのだ。 とても今のような感じではなかった。


「うん……お父さんの転勤でこっちの方にもどってきたんだ。でもよかった~昔の友達に

会えるなんてすごい偶然だね」


「そうだね……まさかまた会えるなんて思いもしなかったよ」


「そういえば……瑞樹ちゃんとはまだ仲はいいの?よくカズちゃんの後ろに隠れてたね」


「うっ……!いや……瑞樹とは……最近ちょっと疎遠というか……なんというか……」


「……ふーん、何かあったの?」


「うん……まあ……色々と……」


「へえー、良かったら話してよ」


「いや……他人に話すようなことじゃないから」


「えー!ひどいな……私は他人扱いなの?昔はよく遊んだのに……」


「いや……そういうわけ……じゃ無くて……」


「それじゃ、話せるでしょ?ねっ?ねっ?」


「いや……その……」


 強引だ。 ものすごく強引だ。 これが十年ぶりに会ったかつての友達に対する態度だろうか? でも思い出してみれば彼女はわがままなところもあったのでこういうところは昔のままなのかもしれない。 そう思うと懐かしいという気持ちが出てきて話してもいいという気分になった。


「実は……」


 俺は彼女に全てを話した。 彼女が引っ越したあとの瑞樹のこと……先輩達のこと……そして二週間前の体育館のことまでを全て……。


 彼女はふんふんと嬉しそうに、話を聞いて、俺が話し終わると、


「それは彼女も怒るよ……私も怒ると思うな」


「ううっ、それは俺もわかってるよ……あんまり言わないでくれ」


 我ながら情けないがここ二週間のつらさで思わず弱音をはいてしまう。


「でも……瑞樹ちゃんも問題あるよね、それくらいでカズ君のこと無視していじめられて

るのを黙認しているだもん」


「でも……俺も悪いし……」


「だーめ!向こうが悪いときは悪いと言わないと駄目だよ?それにそこまでいったらいじめと同じなんだよ、それは……」


「いじめって……オーバーな……」


「ううん……オーバーじゃないよ!いじめは絶対駄目なんだから……。可愛そうだね、カ

ズ君……私が守ってあげるよ」


「え…誰を誰が?」


「私がカズ君を」


 突然の提案に驚く、この女は一体何を考えているんだ?


「そ、それは……どうも」


「いいえ……どういたしまして」


「……………」


「……………」


 駄目だ沈黙に耐えられない。


「その……どうやって俺を守る……の?」


「簡単よ……私とカズ君が恋人同士になればいいのよ!」


「ああ……そんなことなんだ、本当に簡単だね……っておい!」


「わあ……ノリツッコミだね!なんかカズ君、関西人みたいだ~」


「いや……そうじゃなくて!なんでいきなりそんな話になってんだよ!今日再開したばかりじゃん!十年ぶりじゃん!それに……」


「それに……なーに?」


「いや……それに……」


 一応瑞樹に告白されたわけだから返事を返さないと……なんて言えるか! 大体そんなことできるか!


「別に……深く考えないでいいんだよ?私は……カズちゃん好きだったんだよ?それにと

りあえず付き合ってみればいいじゃない、それとも私とはイヤ……?十年たってカズちゃんの好みじゃない?」


 悲しそうに俺の顔を見つめる。 その大きな目にうるうると涙をにじませて……。 さらに目の下にある泣きボクロがひどく魅力的で……。


「いや……別に……嫌いじゃない……けど……でも十年ぶりだし……」


「だからとりあえずってことでいいじゃない?それでお互い嫌になったら別れればいいん

だし、それにカズちゃんも学校で一人で外でも一人なんて嫌でしょ?一緒に遊ぶ人が増えたと思って……ね?」


「うっ……」 


 確かにかつては友達百人できそうだった俺が今じゃ宿敵百人できちゃった状態で学校に行って、外では緊張しながら一人なんていう状態は御免だ。


 それにこんなことになったのは瑞樹が悪いんじゃないか……そうだ……俺は……悪くない! 悪くないんだ!


「……わかったよ……よろしく……って言えばいいのかな?」


「ふふっ……その言い方はおかしいとは思うけど、こちらこそよろしくね」


 こうして俺に生まれて初めての彼女ができた。 複雑な気持ちだが、とりあえず学校の外に逃げ場ができたと思えばいいか……。


 夕日が西に沈みゆくそんな時間帯に生まれて初めての彼女を見つめながらそんなことを

思っていた…………。


 そしてその後ろには怪しい人影が二つうごめいているのを俺は気づきもしないでただ夕日だけをみあげていたのだった。







 次の日……生徒会室には三人の男女の姿があった。


「えっ和樹に?」


「御意……斉藤和樹に他校の彼女ができるのをこの剥離がしかと見届けました。」


「僕もいたんだけどね……。でもなかなか可愛い子ではあったよ……瑞樹君ほどじゃないけどね」


「うむ……確かに……瑞樹様の方が何倍も……たわらばっ!」


「黙ってて……!」


 私は剥離の顔を蹴り飛ばす。 一応先輩だから問題あるかなとは思うが、そんな気遣いができるような状態ではなかった。


 なによ……人がせっかくみんなに命を狙われて可愛そうだからそろそろ許してあげようと思ったのに自分はさっさと彼女作っちゃうなんて……告白の返事もまだなのに……それともあの『ゴメン』はやはりそういう意味のゴメンだったの……?


 イライラと切なさで爪を噛んでいると周防がおもむろに話し始めた。


「しかし……和樹君も大した男だね。人が愛の告白をしたのに返事をうやむやにして他の女と付き合うとは……」


「まったくだ……けしからん!所詮はその程度の男だったか……」


「べ、べべ、別にまだ彼女と決まったわけじゃ……ないんでしょ?」


「ええ……まあ……ただあの雰囲気はすでに恋人でもおか……」


「わーーー!」


 恐ろしい指摘を思わず大きな声をだしてさえぎる。


「と、とにかく……まだ決まったわけじゃないんだから!とりあえず和樹に話を……聞いてみましょう!そうよ、きっと何かの勘違い……そう……きっと……そうよ……」


 私は先輩達二人を引き連れて和樹を探しに生徒会室を出る。






 ……今日はなんか変だ。 いや昨日も変だったが、何しろ昔の友達と十年振りに再会→相談→付き合いましょう→カップル成立という起承転結を一日で味わったのだから……もう当分変なことは起こらないと思っていたが……また起きてしまった。 というより今までが変だったのか……。


 今日いつものように緊張して登校すると、なぜか襲撃を受けなかった。 いつもなら一、二回は誰かしらが『天誅!』とかいって襲ってくるのが一人もいないのだ。 登校時だけじゃない……教室でも、一番危険な昼休みにもなにも無かった。


 どういうことなんだ? とりあえず一番安全な授業の時間に考えてみる。


 ……ふと子供の頃に見たマフィア映画を思い出した。


 その中で主人公は敵のボスを油断させるために急に仲良くし始め、プレゼントまで贈る。そうやって敵が油断したところを主人公が銃弾をズドンと打ち込むのだ。


 まさか……いや……でも今まであんなに襲ってきた奴らがこんなにおとなしくなるなんて……急に背中に寒気が走った。


 と、とりあえず今日は早く帰ろう! 油断せずに、周りを確認して、俺は一気に校門まで走り出す……が、すぐに立ち止まる。 なぜなら校門のところにうちの学校でない制服を着ている女の子がいたからだ、それは……間原律子……通称りっちゃんだった。


「あっ……学校お疲れ様ー、先に待ってたんだよ!カズちゃん」


「別に……ここで待たなくても」


「ええー!だって……やっぱり恋人同士だし、彼氏の帰りを待つのって憧れてたんだもん、それくらいいいでしょ……ね?」


「あっ、ああ……」


 なんか迫力があるんだよな~、何も言えなくなってくるよ。


「あっ!居た!和樹……少し話が、って……えっ?」


 下駄箱から走ってきた瑞樹が俺の隣にいる間原に気がついて止まった。


「りっちゃん……?」


「ああっ!瑞樹ちゃん、久しぶりっ!」

 間原がぴょんと瑞樹に抱きつく、幼稚園のころはむしろ間原がでかかったが、今は瑞樹の方が間原より頭一つ抜きん出ている。 十年って長いんだな……そんなことでなんとなく十年の月日の長さを感じた。


「ひ、ひさしぶり……りっちゃん……」


 気まずそうに瑞樹が話しかける。 いくら昔泣かされていたとはいえビビリすぎなんじゃないか……?


「ひさしぶりー元気だった?カズちゃんとは昨日偶然会ったんだけど、瑞樹ちゃんとも会いたかったんだよ?」


「え、ええ!それじゃ和樹の彼女って……」


「はいはーい!私達付き合ってまーす!」


 瑞樹から離れて俺の腕を取ると高らかに周りに宣言する。


「そ、そんな……なんで……」


「うーん?どうしたの?もしかして……文句でもあるの?」


 後半部分いきなり声が低くなった気がするのは気のせいか?

 瑞樹はビクッと反応して何も言わず……でも何かいいたげに俺の方を見ている。 何ていえばいいんだ? ここは……


「それじゃ……せっかく瑞樹ちゃんに会えて嬉しいけど、今日はこの後デートだから、瑞樹ちゃん!また後でね!バイバイ!」


 間原は有無を言わさず俺の手を引っ張って走っていく、瑞樹はじっとこちらを見つめ続けていた。


 なんでそんな悲しい顔をするんだろう。 怒ってたんじゃないのか? もしかして俺…

…何か間違えてないか……?


 間原に手を引かれて段々小さくなっていく瑞樹の後ろで、夕日がまるで瑞樹を飲み込む

かのように沈もうとしていた……。


「と、とにかくいい加減離してくれないか?」


 数分ほど進んだところでやっと気がつき間原に向き直って言う。


「ええーどうして?瑞樹ちゃんに悪いと思ったとかー?」


 にやあと笑いながら俺の顔を見る。


「べ、別にそんなんじゃなくて……大体デートの約束なんかした覚え……」


「あるわよ」


 静かに、でも有無を言わさない迫力で間原がさえぎる


「恋人同志がまた明日って言ったら、その日はデートをするって決まってるのよ」


「で、でも…ま…た明日なんて……」


「言ったわよ……」


 また例の低音を聞かした声で間原が俺の口をさえぎる


「もうー忘れちゃったの?もうカズちゃんのわすれんぼっ!」


 そういって天使の笑顔で俺の頭を軽く叩く


 危険だ! なんかしらんがこの女は危険だ! 瑞樹とは根本的に違う。 もっと恐ろしい何かだ!


「そ、そうか……お、俺はわすれんぼさんだな」


「うん、わすれんぼさん……クスクス」


「はっはっは……それじゃ……今日はこれで」


 そのまま帰ろうとすると首の後ろをグイっと引っ張られる。


「……まだデートは始まっていないでしょ?」


「いや……デートって別に定義が決まってるもんじゃないんだから……これで終了でも問題ないと思う……ぞ」


「意見の相違ってやつね……でも世間一般から見てこれで帰ったらデートではないでしょう?それに……大事な用があるからわざわざ迎えにきてあげたのよ」


 顔を下に向けてボソッとつぶやく。 それだけでもう逆らう気がなくなってきた。


「……わかったよ、それで? どこに行くんだ? 駅前に47号屋といういい店が……」


「却下……。実は行きたいところがあるの~、いいでしょ?」


 子供のように純真な顔で俺にねだって来るが前半の部分のトーンを思い出すと逆に怖くなってくる。


「わかったから……その顔はやめろよ……逆に怖いから」


「えー、すごく可愛いと思うけど?」


「顔はな……でも心底を考えると怖くなるんだよ!」


「クスクス……ひどいな、それじゃ行くよ」


 俺の言葉に特に傷ついた様子もなく歩き始めた。 内心、少し言い過ぎたかなと思ったけれどその様子にますます間原への怖さが増していく。


 そして間原は一言もしゃべらず、俺も話しかけることもせず歩き続けた。 知っている道からだんだん知らない道に行きはじめているので、一体どこに連れて行くつもりなんだと内心あせり始めていたら昨日間原と会った公園に着いた。


 知っているところに着いたことで少しホッとしていると間原はそのまま公園の中を突っ切ってさらに歩き続けていく、いい加減不安になってきて、


「おい……どこに行くのかいい加減教えてくれよ」


「……着いたよ」


「ここは……?」


 間原が急に立ち止まり目的地に着いたことを伝えてきた、そこは……学校だ。


 校門のところに聖ハウム高等学校と書いてある。


「私が通ってる高校よ」


「わかってるよ……その制服を見ればな」

 聖ハウム学園はこの辺では一番の進学校でまた唯一のミッション系スクールでもある。


「……それでなんで学校なんかにつれてきたんだ?」


「うーん落ち着いたところでゆっくり話したかったから」


 別にここ以外にだってゆっくり話せるところはあるだろうが……しかも結構な距離を歩いてまでくる必要があるのか?


「まあまあ……とりあえずこっちに来てね、私、茶道部に入ってるからお茶ご馳走するね」


 俺の警戒も知らん顔でそのまま校門を通って中にどんどん入っていく。


 仕方なく俺も後をついていくが間原はここでも一言もしゃべらず、ただ俺がちゃんと後を着いてきているか時々確認するため後ろを振り向くくらいだ。


「他校の生徒が勝手に入っていいのか?」


「大丈夫よ……職員室はずっと向こうにあるし、生徒なら見つかっても私と一緒なら何も言わせないわ」


「どういう事だよ?」


「ほら着いた!」


 校舎の横を通って中庭らしき場所に着くと確かに周りを自然に囲まれて純和風の小屋みたいなのがある。


「おかえりなさいませ……律子様」


 茶室の入り口付近にいた男子生徒達が間原の姿を見て頭を下げる。


 うん…! 律子様? こいつら何を言っているんだ?


「はい……ご苦労様、私は今から彼と大事な話をするから、決して茶室に近づかないでね?神原、小林にも伝えておいてちょうだい」


 男子生徒は俺の顔を怪訝に見て、他校の生徒とわかると顔をしかめた。


「ですが……」


「大丈夫よ……心配してくれてありがとう、でも大丈夫だから……ね?」


 間原がニコっと男子生徒に笑いかけるとその男子は嬉しそうに『はい!』とだけ言って校舎の方にかけていった。


「はい……ここから入るんだよ……ちょっと入り口狭いからかがんで入ってね」


 さっきのことを当たり前のようにスルーして間原が茶室に入ろうとしてかがむと、スカートの中がチラチラと見えてしまうので目をそらす


「どうしたの……?早く来て」


 狭い入り口から顔を出して間原が呼びかける。 幸い入るときにチラチラ見えていたことには気づかなかったようで、俺もかがんで中に入る。 入り口は狭いが中はなかなかゆったりとしていてなるほど確かにここは落ち着くな……。


「ふう……」


 入り口のドアを閉めると疲れたように溜息をつき、ごろんと足を床の上に投げ出して畳の上に寝転がる。


「ずいぶん油断してるな」


「……まあね、せめてここでくらいはゆっくりしたいのよ」


「さっきまでとはえらい違いだな……」


「そりゃ……外ではね、でもカズちゃんはこっちのほうがいいんじゃない?すごい怖がってたもんね……」


「そりゃ……あんだけ裏表見せられりゃ……な、確かに外の間原と今の間原ならこっちの方が俺はいいけど」


「いやん……りっちゃんと呼んで」


「断る……」


「昔は……呼んでくれたのに」


「そりゃ幼稚園児の頃だからだろう?今は無理だよ」


「瑞樹ちゃんは変わってなかったけど……?」


「そりゃもうずっとそう呼んでるから……」


「本当?」


 間原が急に真面目な顔になって俺を見つめる。


「そ、そうだよ……」


「……うんわかった!それで用事なんだけどね」


 真面目な顔から笑顔になって用件を言い始める。 その変わりように何故か罪悪感がでてくる。 何故なんだろう?


「……でね、聞いてるの?カズちゃん!」


「ああ……ゴメン、それで何の話だっけ?」


「もう……ちゃんと聞いてよ、それでさっき驚いたでしょ?私が律子様って呼ばれてて……」


「ああ……まあな……一体何なんだ?あれは?」


「あれはね私の奴隷なの……あっ!その言い方じゃ失礼だね!あれは私の下僕だよっ!」


「……それって同じ意味じゃないのか?」


「ううん……違うよ!下僕は下働きだから一応奴隷よりちょっと上だよ……!」


 あまり変わらない気がするのだが……。


「まあいいや……それでなんで律子様は律子様と呼ばれてるんだ?」


 間原の先ほどのリラックスぶりを見て、俺も少し余裕がでてきたので少しふざけて聞いてみる。 だがそれが間原の癇に障ったようで笑顔から急に真剣な顔になって俺をにらむ。


「カズちゃん……私、そういう冗談嫌いなんだよね……本当にやめてくれるかな」


「う、うん……ゴメン」


 間原の怒りに気圧されて思わず謝る。

 何だよ……自分は他人をからかうくせに……。


「それで、私が律子様なんて呼ばれてる理由はね、なんと……私が神だからです」


「はっ?」


 なんだこれは? いつから俺の世界はファンタジー世界になってしまったのか? いやそれよりも神がこんな腹黒でいいのか? っていうかなんでこんなことを俺に打ち明けてくるんだ? 俺はただ平和な学校生活を送りたいだけなのに、防衛隊とか同盟とかが襲ってくるような世界なんかいやなんだ! だからと言ってファンタジー世界に行くのも絶対に嫌だ、俺は普通に暮らして普通に恋愛して生きていたいだけなんだ。


 これ以上俺の世界に変な因子をもちこまないでくれ……ていうか因子ってなんだ? なんでこんな日常じゃ使わないようなことを使ってるんだ俺は?


「……まあ、普通はそんな反応するよね」


 俺が色々考えてるのを間原が察したように喋る。


「勘違いしないで欲しいのは、私は神なんかじゃないのよ?あっでも!女神なみに美しいってのは認めるけどね」


 うん?つまりどういうことだ? 間原が自分で女神って言ってすぐそれを否定している。


 冗談にしてはよくわからないし、間原の顔を見ても冗談なんだか本気なんだかわからない微妙な顔をしている。


「つまりね……私はそう思ってないんだけど周りがそう思ってるの、ここまではわかる?」


「ああ……わかる」


 どこかで聞いたことある話だな。


「最初はびっくりしたわよ……いきなり大勢でやってきて何を言うかと思ったら、いきなり私にひざまづいて僕たちを導いてくださいっていうのよ?」


 これも微妙にどこかで聞いたような……?


「それで……まあ、面白いからなってあげたのよ……神にね」


「そ……そうか」


 ああここは聞いた覚えの無い話になったな、というか………神?


「神って……あの神?」


「うん……あの神」


「…………………」


 とにかく間原が自分で自分のことを神だという電波受信者ではないということはわかった。


でもそれが俺に何の関係が?


「そ、そうか……それは大変だな……がんばってくれ」


 なんとかひねり出した言葉がこれだった。 我ながらずれているとは思うが、こういうときに気の利いたこといえるのは映画や小説の中だけなんだということを俺は実感した。


「うんうん……すっごく大変なのよ!これが!あの人達の前じゃこんな風に寝転がることもできないし、トイレに行きたくても神はトイレに行かないとか思ってるからトイレに行くのにいちいち理由を考えなきゃいけないのよ?しかもついてくるし!外で待ってるし!本当に大変なの!わかる?」


「あ、ああ……なんとなく」


「疲れるのよ……本当。私この茶室に誰か呼んだの初めてなのよ?だって周りには信者ばっかりだし……でも誰かが私の行動を……私が本当はただの可愛いだけの女の子だって知ったらみんなきっと離れていく……そして私は一人ぼっちになるの。それはもっといや……でもここで一人でずっといるのもつらい……」


 本当に疲れた顔で間原が視線を下に向ける


 その顔は本当につらそうで、俺はどうしていいのかわからずただ間原の顔を見続けていた。


 時間にして数十秒くらいだろうか? 急に間原が顔をバっと顔を上げる。


「だから……カズちゃんにも私達の教団に入ってもらいたいの!大丈夫、誰かが文句言っ

ても私がねじ伏せてあげるから……しかも最初から幹部にもするから……入ろ?ううん、

入って……お願い……」


 泣きそうな顔で間原は俺を見つめる。 その顔からは校門のところで見せた顔ともさっ

きの男子生徒に見せた神としての顔とも違う普通の女の子の顔に見えた。


「……入ってくれるよね?」


 もう一度確認するように間原が俺に問いかける。 俺は……目をそらして答えた。


「悪いが……入れないよ」


 一瞬驚いたように目を見開いて間原が問いかけた。


「どうして……?」


「……上手く言えないんだけど、なんか間違っている気がする。その……別に入らなくても……さ、遊ぼうと思えばいつだって遊べるだろ?もう離れてないんだからさ」


「……そうだよね」


 ゆらりと間原が立ち上がる。


「間原……?」


「……そうだよね、和樹君が入るわけないよね?ごめん、私間違ってた……」


「間原……俺は……」


「うん……大丈夫……そろそろここもカギ締められちゃうから……帰ろうか?」


 俺の返事も聞かず、間原は茶室からでていこうとした、しかし出口の前で一旦止まると、


「その……さっきの話……急だったでしょ?後でじっくり考えてもらいたいな……駄目かな?」


「あ、ああ……わかったよ」


「うん……!それじゃ帰ろう!」


 茶室を出ると外は完全に夜だった。 もう春も終わりに近いからか肌寒いということはなくむしろ蒸し暑かった。


「春……も終わりだね」


「そうだな……そうだ、なあ間原、夏休みになったらみんなで海とかいかないか?瑞樹とか俺の友達も誘うからさ」


「うん……そうだね、行きたいね」


「それじゃ……梅雨明けたらいつ行くかみんなで話し合おうぜ」


「うん……わかった。楽しみにしとくね、それじゃ私の家すぐ近くだから……」


 校門のところまで来るとそのまま俺の返事も聞かず間原は走り去っていった。 まるで逃げるかのように……。

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