第2話
火種は元からくすぶってはいた。 それが最近の防衛隊の同盟員離間作戦でだんだんと強くなってきたときに……それが起こった。
その日の朝、まだ登校時間の一時間前に周防達は生徒会室に集まっていた。 集合理由は最近の防衛隊の離間作戦に対する防衛と対策……。
「もう防衛隊には我慢ができません!このままでは同盟は奴らに吸収されてしまいます!
もう戦うべきではないでしょうか?」
「……戦うといってもどうするんだ?それより防衛を考えないと、これ以上仲間を持っていかれたら戦うどころじゃなくなる」
「いま戦わなかったら我々は我々ではなくなってしまう!周防さん!今でなくては駄目なんです」
「……………」
周防は固く目を閉じて俯いている。
「周防さん!決断を!決断をして下さい!」
主戦論を主張している下山という男が周防に迫る。 それでも周防はまだ何も言わない。
その時、生徒会室の戸を誰かが開ける。 同盟の人間達が一斉に入り口に目を向ける。 そこには……小林が立っていた。
「おお……小林君、無理いってゴメン。今回の集まりには君にもぜひ参加してもらいたくて」
下山が小林に近づこうとすると彼は手を前に突き出す。 みんなあっけにとられて見ていると彼は言いにくそうに目を伏せて、
「実は……今日来たのは同盟を辞めることを言いにきたんです」
その場にいた全員がなぜ? という顔をしている。
「実は……その脅迫状……が届きまして……瑞樹さんを諦めないと……天誅を下すと」
視線を地面に向け悲しそうに小林は言った。
「そん……な、これは明らかに剥離達の仕業です。もう我慢ができません!みんな動こう!あいつらにこそ天誅を!」
「待て……」
いきり立ち、仲間に行動を促そうとする下山を周防が呼び止めた。
「なんです?この期に及んでまだ静観する気ですか?周防さんは……」
「違う!」
激昂したように周防が大きな声で下山の言葉をさえぎる。
「剥離は……してはいけないことをした。小林君は我々の希望だ……その希望を汚い脅迫で脅そうというやり方は許されない!もはや奴とはかつての仲間ではなく敵だ、完全に敵だ!みんな……戦おう」
最後の方は静かにでも強い覚悟を感じさせて周防は言い切った。 剥離は敵だと!
そしてその言葉を聞いて同盟の中間達はいきり立った、下山も驚いたような感激したような顔を浮かべている。
「小林君……君は僕達の希望だ。どうかその希望であるということを諦めないでくれ……
君は我々が必ず守る!どんなことをしても、命を懸けてもいい!だから……どうか諦めないでくれ」
周防が小林の肩に両手を置いて真剣な顔で話す。 周りの同盟員たちも真剣な顔で小林を見る。 当の小林は戸惑ったような顔を浮かべていたがやがてにっこり笑って……、
「わかりました、僕もがんばります。こちらこそよろしくお願いします」
その言葉で同盟員、周防、そして下山が笑顔を浮かべ喜びの声をあげた。
しかし頭を下げている小林だけはさっきのにっこりとは違うニヤリとした笑いを浮かべて誰にも見られないようにほくそえんでいた。
……一方そのころ防衛隊の方でも問題が起きていた。
「……それで何人やられたんだ?」
「ついこないだ入った二人とその前に入った三人……計五人です……それと現場にこんなものが…」
『裏切り者には青春の裁きを』
「ぐぐ……おのれ同盟か!」
剥離が怒りの声を上げる。
「隊長…これは間違いなく奴らです。同盟の仕業です!我々が奴らの仲間を説得して同志に入れたことへの報復です」
「そうです!隊長……報復を!あいつらに反撃しましょう!」
隊員が剥離に迫る。 しかし剥離は黙って椅子に座り、腕を組んでなにかを考えている。
「どうしたんですか?隊長!奴らに反撃しないのですか?」
「隊長……!」
「……はたして本当に同盟がやったのか?周防のことは良く知ってるがここまでするような奴とは思えないのだが……」
意外な言葉に隊員たちが唖然とする。
一人の隊員が怒ったように抗議する。
「隊長!何を言っているんですか!こんな卑劣なことするのは同盟以外のどこにいるんですか!」
「岩田……お前の言いたい事はわかるが……」
「隊長!もう動くしかないのです!わかってください!」
「うーむ……」
「隊長!」
そのとき入り口の戸を開けて一人の男が慌てて入ってくる。
「た、大変です……宝物庫が……宝物庫が襲われました!」
「なにーー!」
宝物庫とは某部活の部室を宝物庫として使用しているのだが、その中には隊員達が苦労して集めた瑞樹関連の物が色々置いてある。 いわば隊員達にとっての聖域である。 そこが襲われた……。
怒りよりも宝物庫が襲われたという事実に皆が呆然としていた。
「それで、どうなった……」
「はい……宝物は全て奪われました」
「……写真も……グッズもか?」
「はい……写真もグッズもです!それと……隊長がお宝一番と評していたアレも奪われました」
「アレもかーーー!」
岩田が驚愕の声をあげる。
「はい……我々は必死で守ろうとしましたが連中は筋骨隆々の大男達ばかりで我々の抵抗も空しく……それと連中の一人がこんな物を渡してきました」
そういって男が持っていた物を剥離の前に広げる。それには……、
『負け犬たちへ 一度の敗北で彼女を神格化している負け犬のお前らにこれらの宝は過ぎたものだ。よって我々がお前らに代わりこれらを接収する。同盟懲罰部隊』
「こ……こんな……ものを……」
岩田がぶるぶると震えながら怒りをあらわにしている。 他の隊員達も怒りに満ちた顔で睨んでいる。
「隊長……ここまでされても……ここまでされてもまだ周防を信じるのですか!隊長……
隊長!」
「……諸君」
「はいっ?」
「諸君……我々の敵は誰だ?決して許されることの無い罪を侵しそれを懲罰というふざけた言葉で言う敵は誰だ!」
誰かが答える。
「同盟です!」
「そうだ……同盟だ!ならば諸君らはわかっているはずだ!このフザケタ盗人にすべきことを……」
また誰かが答える。
「懲罰!」
「そうだ……懲罰だ!ただの盗人行為を懲罰と言い切ったこいつらに本当の懲罰を……真の懲罰というのを教えてやれ!諸君これは正義だ!教育だ!そしてこれは説得だ!奴らに本当の真実を!真理を!叩きこんでやれ!わかったか諸君!」
「おおおおーーー!」
朝早くまだ生徒達が登校してくる前の校舎に熱気が広がった。
こうして同盟と防衛隊双方ともに疑惑を残しながらも怒りによってそれを忘れ互いの殲滅を近いあっていた。
もはや衝突は避けられない事態になってしまった…………。
「……それが俺とどう関係あるんだよ」
その言葉を聞いたときの返事。 電話の向こうからは失望とも諦めともとれないような溜息が聞こえた。
「確かに……、君自身には関係はないでしょうね」
「……どういう意味?」
「別に深い意味は無いですよ?ただどちらかが勝つとしてもケガ人が出るかもしれませんし、それにどっちが勝っても、相馬さんにとって幸いなことになるんですかね?」
「……何がいいたいんだよ」
「さあ?何でしょうかね?でもそれが相馬さんにとってベストなのか君はどう思うのかなって思っただけです。忘れてください、今までありがとうございました。」
ブツっと言いたいことをいって電話を彼は切った。
一体なんなんだ本当に。
最近まで彼は瑞樹と仲良くなろうとしていたんじゃないのか? それなのに急に諦めて挙句に同盟と防衛隊どっちが勝っても瑞樹にとって幸せだと思うのか、とか聞いてきて俺にどうしろというんだよ……こんな……瑞樹を傷つけて……一体どうやって会えばいいん
だよ……。
それに先輩達の争いなんか止められるはずが無いじゃないか、ケガ人がでるかも? 冗談じゃない! それこそ俺には関係のない話じゃないか! 俺には関係ない! 関係ない
んだ……!
でもどうして彼の言ったことが頭から離れないのだろうか?
俺には関係ないと言えば言うほどますます頭の中で彼の言葉が大きくなる……。
「はいるわよー」
母さんが入ってきたのにも気づかず俺は布団を頭にかぶり唸っていた。
バサっとかぶっていた毛布を取られて初めて母さんが部屋にいることに気づいた。
「なに考えてるのよ?ウンウン唸ってからに」
「……なんでもないよ、それよりどうかしたの?いきなり」
「あんたが二階でウンウンうるさいから来たのよ、早く悩んでいることを言ってみなさい
よ?聞いてあげるから」
「だから……別に」
ガシッと顔を両手で包まれる。 母さんが顔を近づけて真剣な顔で俺を見つめる。
「その顔見ればすぐにわかるわよ、悩んでるってね、何年あんたの母親やってると思ってるの?それでも言わないなら神のアイアンクローくらわせるわよ」
そういって右手で俺の顔を掴む。
やばい……、これをくらったら命にかかわる。
「友達の話なんだけど……」
「ふんふん」
ニコニコした顔で相槌をうつ。
「その……友達が知り合いの女の子と友達をくっつけようとして色々してたんだけど、それが最近ばれちゃって、女の子が余計なお世話だって泣いて怒ってしまって、どうしようかって悩んでいるんだけど母さんはどう思……ぐはっ!」
いきなり目の前に天井が見える……なんで? そのときアゴに猛烈な痛みが走る。 なんだ? 殴られたのか? 俺……?
「い、一体何を……」
「黙りなさい!この馬鹿息子が……馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたけど、まさかこれほどと
は……母さん情けなくて涙もでてこないわ」
「いや……友達が……」
「ああ、そうだったわね……それじゃその馬鹿に伝えときなさい。ぐだぐだ考えてないですぐにその子の前に言って頭を下げて謝りなさい!」
「で、でも……そ、それで許してもらえなかったらどうするんだよ?」
「さらに謝りなさい!いい?結局ぐだぐだ悩んでいるだけなら結局その子を無視している
のと一緒!謝って謝って謝り続けてそれでも駄目なら……そこで初めて悩みなさい」
「………………」
「まだわからない?やはり神のアイアンクローを……」
「わかったよ……」
「本当にわかった?」
「わかったって言ってるだろ!謝ってくるよ 生まれてからずっと続いているくされ縁な
んだぜ?あんなことくらいで駄目になるならこんなに苦労するはずないだろ!母さん、俺言ってくるよ!あいつに謝って、謝って謝り倒してくるよ……行ってくる!」
「車には気をつけなさいよ」
俺は走り出した。 部屋をでて階段を駆け下りて玄関を……、その前に制服を持ってきて急いで着る。
よし!改めて玄関を出て学校に向かった。 時刻は……気にしない。 でも太陽が真上
にあることを考えるときっと昼くらいなんだろう……。
昼休み……食欲が無い。 今日は無理して学校に来た。 和樹がいたらどうしようと思ったけれど、どうやら今日はいないようだ。
会いたくないはずなのになんで私は和樹の教室に居るか居ないか確かめにきてしまったんだろう……?
矛盾……。 そんな言葉が頭に浮かぶ。
和樹に会いたくないはずなのに教室にまで来てしまった自分の理解できない行動はその言葉の示す通りなのだろう。
何故?……そんなことはわかりきっていることなのだろうが……それでも不思議だった。 きっかけは小林君のあの指摘だった。
『本当に好きな人には迷惑がられている……』確かに私は幼馴染ということで甘えていたかもしれない。 でも迷惑をかけているつもりはなかった。
ただ……ただ……、なんだろう? ただ私は和樹に何をしたかったのだろう?
いや……そんなことはわかっている。
私は寂しかったのだ。 成長すればするほどあいつは私によそよそしくなった。
別に無視するとかそういうことではなくて、男女が歳相応に異性を意識するようなそんな感じのよそよそしさ……ある意味誰もが通る道ということは私も解っている。
けれどそれが私には許せなかった。
何故あいつはそんなことをするのか? 幼馴染……、それこそ生まれてからずっと一緒といっても過言ではないくらいの付き合いなのに……。
だから私は彼にちょっかいをかけ続けた。
朝、蹴り起こして憎まれ口を叩いたり、私に彼氏ができたらどんな反応をするだろうと思ってとりあえず告白してきた男の子と付き合って紹介してみたりもした。
そんな関係がイラつくこともあるが楽しくもあったので私はいつの間にか目的を忘れていたのだ。
このままでいい……いっそこのままで……と私は思い始めていた。
それが小林君の言葉で私の大きな勘違いだということに気づいてしまった。
そんなことを続けていても結局は二人の関係は風化していく、まるで砂漠の真ん中に置かれた石像が風と砂粒で徐々に削られてやがては消えて無くなるように……。 確かにあったはずなのに綺麗に何も残さずに……。 大人になったら、あの頃は若かったわねと寂しそうに笑うのだろうか?
でもそんなことは私は望んでいない。
どうせ消えてしまうなら徐々に削られていつの間にか無くなってしまうようなことなら私はいっそのこと自分の気持ちをぶつけて砕け散りたい!
どうせこの関係が終わってしまうならそうした方がいいと思う。
だから……今日、学校が終わったらあいつの家に行こう……。
あいつの家に行って……いつものように階段をドタドタと上がって寝ているあいつの横っ腹に蹴りを入れて無理やり起こして告白するんだ! いつものような感じで……。
そして私はあいつに……言葉を…告白を……しよう。
ぶるっと身体が震える、砕け散ろうと思っていたのにそのことを考えると身体が震えて
しまう。
結果はわかりきっているのにそれでも私はそれが確定してしまうことを恐れているのだ。
「結局昔のままの弱虫なのかな……」
ポツリとつぶやくが、周囲には聞こえなかったようだ。 当然だ……。 私の周りには誰もいないのだから。
入学当初はそれなりに話かけてくるものもいたけれど私が男子に人気があるのがクラスの女子達は気に入らないらしく緩やかに私は無視されていった。
必要な時以外はしゃべらない。 よって昼休みに入って自分の弁当を出している私の周りには誰もいない。 みな好きな友達と机をくっつけて話し込んでいる。 男子も最初は俺達と一緒に食べようなんて声をかけてきたけれど、クラスの女子の反感を買うのを恐れてすぐに声をかけられなくなった。
私は怖い。 今まではクラスで無視されていても和樹がいたので別に気にならなかった。
でも和樹と私の関係が切れてしまったら私には話す相手がいなくなってしまう。 本当に一人になってしまう。
それも私には……怖いのだ。
一体どうしたらいいのだろう? そう思っていても何も決められずに私は一人、自分の弁当をつついている。
「ガガッ……えーテステス」
急に校内放送のスイッチが入り、誰かの声がスピーカーから流れてくる。 しかし今の
私にはどうでもいいことだ、それより今日どうしようか……。
「えー、副生徒会長のニ年C組周防純です。相馬瑞樹さん、相馬瑞樹さん……あなたに大事な発表があります」
クラスの生徒達が一斉に私を見る。
女子は今度は生徒会に色目を使ったのかしらと言うような目で見て、男子はおとなしくこちらをチラリと見ているがその目には好奇心がありありと浮かんでいて、まるで自分が珍しい動物のように思われているようで不愉快だった。
「本日……私達相馬瑞樹と付き合いたい同盟は、たった今から相馬瑞樹防衛隊に宣戦布告を宣言します」
クラスの女子、男子、そして私自身もポカーンとしてしまっている。 当然だ。 付き合いたい同盟? 防衛隊? なんなのそれ?
しかしスピーカーで演説している周防という先輩はまるでこちら側の人間は皆知ってるかのように宣戦布告の理由をすらすらと語り始める
「そもそも我々は相馬瑞樹さんと付き合いたい仲間が集まって結成した同盟であり、行動の目的は瑞樹さんと付き合う代表を決めてそのサポートフォローをすることです。そして我々は代表を決め、瑞樹さんの幼馴染である斉藤和樹君の協力を得て瑞樹さん攻略を進めていたのですが!………ここで邪魔が入った!つまり防衛隊の妨害です。彼らは瑞樹さんを勝手に神格化し彼女の純潔を守るという実に無知蒙昧なことを言っている負け犬達です。その負け犬たちが我々の妨害をやめずに挙句の果てには我々の仲間たちをも餌食にするという暴挙を犯したのであります。未来のある若人達を毒牙にかけるようなことをする防衛隊に我々は怒りを禁じ得ません。よって今ここに宣戦布告を宣言するものとします!相馬瑞樹さん……あなたはどうか我々同盟が防衛隊を完膚なきまでに叩き潰すところを見ていただきたく、ここに放送で宣言しました。決戦の時刻は十二時半……つまり今です!どうか体育館にいらしてください。そこで同盟は敵を打ち破ります」
放送が終わった。
周りのクラスから何人もの足音が体育館に向かったのがわかった。 私のクラスは誰も動かない。 ただみんな私をじっと見つめている。 どうやらみんな私が体育館に行くのかどうか……それを確かめたいようだ。
私はイスから立ちあがり、まっすぐ教室の戸に向かう。
そして教室の戸を乱暴に開けて体育館に向かって走り出した……………。
放送終了後、すぐに体育館は野次馬でいっぱいになった。 野次馬達は体育館の壁を四方ぐるりと囲んでまるで上から見るとリングのように見える。 そしてそのリングの中心に二つの集団がいた。
「周防よ、もはやお前はかつての親友ではない、神の領域を侵した愚か者だ」
「何をわけのわからんことを……そっちこそ勝負の約束反故にして小林君を脅迫したことは許されないぞ」
「脅迫?何のことだ?我々はそんなことはしていないぞ、第一貴様こそ我々の宝物庫を襲
いながら懲罰と称しておいて何を言う!」
「宝物庫……?懲罰……?何のことだ?」
「もはや語る言葉はない!ただただ厳かに決着をつけるぞ」
「ふん!もうすぐ相馬瑞樹さんが来る。お前らの惨めな負けっぷりをみせつけてやるさ」
「それはこちらのセリフだ……いくぞ」
両軍が身構える。 臨戦態勢の状態に入り、両軍とも大将が命令を下せば全員動くだろう。
場に緊張が走る。 両軍の大将にも緊張の顔が走る。 そして二人は……一斉に……
「かかれ……」
「ちょっとまったぁ!」
急に声をかけられた周防達がズッコケル。
「だ、誰だー!」
野次馬達も一斉に声のした方を見る。
そこには…………相馬瑞樹がいた。
華奢な肩を上下に動かして大きな目は見開いていて白くて陶器のような肌には少し赤みがさしている。 うっすら汗が滲んだ肌には栗色の髪がいくつか張り付いている。
どうやらここまで全速力で走ってきたようで、はあはあと軽く息を切らしていた。
「おお……瑞樹君、僕達の勝利を見に来てくれたのかい?今から奴らと決着をつけるからそこで見ていて……たらばっ!」
周防の顔を見ると思い出したような顔をして瑞樹はつかつかと歩き出し、周防の顔に一発腰の入ったパンチを入れた。 周防の身体がズルリと前に倒れる。
「……ふっ……ふっははははっ!どうやら瑞樹嬢は我々を支持したようだな!愚かなり周防っ!神はやはり我々を…ぐばはっ!」
得意げに高説をたれている剥離に瑞樹が振り向きざまの右フックを入れた。 剥離はそのままバタリと仰向けに倒れてぴくりともしない。
どうやら瑞樹のパンチはかなり効いたようで両軍の大将二人は体育館の床に仲良く倒れ
てしまっている。
「おい……これ……どういうことなんだよ?」
「いや……わからねえよ、なんで相馬さんは二人とも殴り倒したんだ?」
その言葉を聞いて瑞樹がきっと周りをにらみつけて大きく息を吸う、そして目一杯息をためて、一気に吐き出した。
「どいつもこいつも、私と付き合いたい?神様扱い?いい加減にしてよ!私は私!誰とも付き合う気は無いし神になんてなりたくも無い!勝手に行動して……私の為?大きなお世話よ!好きな人くらい自分で見つけるわよ!だいいち……私が好きなのは……好きなのは……斉藤和樹……和樹だけなんだから!」
顔を真っ赤にしてあらん限りの大声で叫ぶ。
いきなりの展開にこれまたいきなりの告白に誰もが言葉を失った。
それは目が覚めた周防も剥離も……そして両軍のメンバー達も誰もがそのあまりにも真剣で豪快な告白に顔を赤くしている。
「すげえ……なんていうか……すげえ」
「この状況でそんなこといえるなんて以外に相馬さんて純情なのかしら?」
「す、すばらしいよ……瑞樹君!これが……これこそが僕の求めていた青春の一ページな
んだよ!」
「不肖、この剥離忠信……自分の蒙昧さを只今知り申した。あなたの純潔を守ろうなどとは……あなたは美しかった…でも衆目の前で愛の告白をしたあなたはさらに美しい……もう私にはあなたの姿がまぶしい!」
ざわざわと野次馬達が騒いでいるところにもう一人の関係者……いやこの舞台の最後の
出演者が入ってきた。
そう……斉藤和樹だ。
まるで映画のようなタイミングで主役は入ってきた……。 ヒロインに何事かを伝えるために……。 ヒロインも主役に伝えるために……。
「はあ……はあ……瑞樹!」
勢い良く学校に来たはいいが、気のせいか校舎の中に生徒の数が少ない。 瑞樹のクラスにいたっては一人も居ない状態だ。 どういうことなんだ? まだ昼休みになったばかりだって言うのに……。
ポケットの中で携帯が震える。 手にとって出てみると、素っ頓狂な声を上げて悪友が
興奮したように叫んでくる。
「和樹ーーー!大変だ、大変だぞ!」
「うるさい!今はお前なんかにかまっている……」
「相馬さんだよ!相馬瑞樹さんが大変なんだよ!」
「瑞樹がどうした!何があったんだ!」
「さっき校内放送で……同盟がどうとか防衛隊がどうとか言う奴らが決着をつけるから体育館に相馬さんを呼び出したんだよ!」
「同盟……?周防さん達か。それで瑞樹は?」
「いやわからねえけど……俺も今ここに来たばかりで……あっ!来た、来たよ、相馬さん
が来たよ!なんかすげえ恐……」
悪友がそこまで言ったところで俺は通話を切る。 そして一年の教室から体育館へと全速力で走る。
その間考えていることは唯一つ、謝ること……たとえあいつが許さなくても全校生徒が見ていても土下座でも何でもしようが絶対に許しを貰うんだ。 俺はきっと……認めたくは無いがきっと……。
体育館の扉を乱暴に開けて入ってきた俺を瑞樹が見つめる。 自然に俺の前にいた野次馬達が開いていき、瑞樹までの道を作る。 まるでモーゼの決壊みたいに……。
家からろくに休まずに走ってきて息は切れて額からは汗が垂れてきている。
そんなことなんかかまわないで俺は瑞樹の前に真剣な顔で立つ。 そして言わなければ
ならないことを…。
「和樹……あのね……わたしね」
「いや……何も言わなくていいよ」
「ううん、もう一回……ちゃんと言わせて?あの……私は……和樹のことを……」
「瑞樹……」
俺と瑞樹の距離が近くなっていく。 野次馬達が妙に息を呑んでいるが気にしない。
俺はこれからこの鬼姫に許しを乞わなければならないのだから……。
「わたしは……相馬瑞樹は……斉藤和樹が……」
「瑞樹!」
「大好……!」
「ゴメン!」
「エエエエエエエエエエエエッ!」
「なんてひどい……」
「あいつ……最悪だな、相馬さん、勇気をだしてみんなの前で告白したのにタイミングか
ぶせて断ってきやがった」
「相馬さん……可愛そう…」
「えっ?み、みんな?何を……」
「見損なったよ和樹君……君がこんな青春クラッシャーだったとは」
「何をやっている!和樹よっ!瑞樹嬢の告白をこんな形で断るとはっ!」
「えっ?えっ?何がだよ?なあっ!瑞樹……これは一体…?」
助けを求めるように瑞樹の方に向くと、顔を赤くして俯き、歯を食いしばっている。
「……くっ……くっ……こんな……恥ずかしかったのに……せっかく勇気出したのにっ!」
な、なんでみんな俺をにらむんだ?
俺はただ謝ろうと……それだけを考えて夢中でそれこそ誰の声も聞こえないくらい真剣に謝って……。
あっ!やばい、瑞樹の肩が震えてる。 どうしよう、せっかく謝りに来たのにまた怒らせてしまうなんて! これは仕方ない……一、二発は覚悟して謝り続けよう……歯をくいしばるんだ! 俺っ!
「くっ……ふっ……ふあ、ふわああああん!」
瑞樹が泣き出した。 それこそ子供のように大粒の涙を流して泣きじゃくっている。
「うええーん!ひどいよおっ、ひどいよおっ、いっぱい勇気出したのに……出したのに…
…ふわああんっ!」
「ちょっ!落ち着けって……と、とにかくだな……俺の話を……」
「わああーん、ひどいよおっ!ひどいよおっ!カズくんの馬鹿、馬鹿ー!」
とうとう昔の呼び方にまで戻って両手を目に持っていってその場にペタンと座って大泣きする。
慌てた俺が必死で話しかけるが、それでも泣き止まない瑞樹にどうしたらいいかわからなくて困り果てていた。
その時周りの痛い視線に気がつく、
「周防……とりあえず休戦しないか?さきに片付けなければならない奴がいる」
「奇遇だね……僕もちょうど許せない奴がいるんだよ……なんなら協力してくれるか
い?」
「うむ……いいだろう!それでは諸君……準備は良いかね?」
「おおおお!」
「いや……あの……先輩?どうして……そんな目で俺を……?」
「貴様の罪は万死に値する!」
「いやいや……億死に値すると思うよ」
「それでは……」
「ちょっ、ちょっと、とりあえず瑞樹と話をさせて……」
「かかれ~!」
一斉に同盟員と防衛隊員たちが襲い掛かってくる。
あわてて逃げ出す俺。
なんでこんなことになるんだよ! 俺はただ瑞樹に謝ろうとしただけなのに……!
「待てー!」
「うわーーん」
その日体育館にはしばらくの間一人の泣き声と一人の悲鳴そしてその他大勢の怒声が響
いていた…………。
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