鬼姫に彼氏を
中田祐三
第1話
初春の中を小鳥が爽やかに歌うその日の朝、恐怖の化身が斉藤和樹の家の階段を昇っていた。
しかし彼はベッドで無邪気に惰眠を貪っていて、スレンダーで眼鏡をかけた優しい先輩と無邪気で可愛いお姉様が弁当を作ってくれてそれを二人がアーンしてくれるという楽しい夢を見ており、それに気づくはずがなかった。
やがてそれは階段を昇りきると、部屋のドアをそっと開けスルリと身体を滑らすように中に入り慎重に戸を閉める。
そのまま音を立てずにベッドのある窓際へとゆっくりと進んでいき、夢の続きをニヤニヤと楽しんでいる和樹を見下ろす位置に立つ。
寝ているのを確認するとそいつはしばらく彼の顔を(寝顔)を見つめ、顔を近づけて……何事かを耳元でささやく。
「う~ん……駄目だよ……俺は」
ニヤニヤと笑っていて起きない。 もう一度今度は先程より大きい声で話しかける。
しかしそれでも彼はさらに下品な顔を浮かべてなにやらブツブツ言っている。
和樹がそれで起きないのを見て溜息をつくと、彼女はやり方を変えた。
薄い唇を開いて息を肺の中に取り込む。
そしてまるで人工呼吸をするように彼の顔に自身の唇を近づけていき……、
「朝よ!とっとと起きろ!」
死者すら飛び起きそうな大声で叫びながら渾身の力で鳩尾に拳を叩きつける。
ゴリュリュと小腸が圧力で腹の中を動く音を彼は確かに聞いたのだった…………。
まずはじめに言っておきたいことがある。
これは誰かと仲良くなって付き合う話じゃない……むしろ腐れ縁をどうにか切ろうと悪戦苦闘した高校生の物語だ…………たぶん……そう思う……ちょっと自信がないけど……。
「ぐはっ……だ、誰だ……?」
それこそ身体をくの字に曲げて悶絶しながら目を開けると、よく知っている存在が不敵に笑いながらそこには立っていた。
そいつは他人の安眠を邪魔した事など最初から歯牙にもかけず俺を見下ろして、満面の笑みで朝の挨拶をする。
「おはよう、朝だよ」
「み、瑞樹……?いき……な……何……を」
完全に油断していた状態でまともに食らった為、上手く声がでない。
「何って……、起こしてあげたのよ」
そんなことも知らないの? といわんばかりの表情で、さらに勝ち誇ったように腕を腰に当てている。
「そ、そうい……うこと言ってる……じゃなく……て、何故……他人の部……勝手に上がっ……」
鳩尾を抑え、傷だらけになったCDのように声がところどころしか出ない俺を瑞樹は不機嫌そうに睨んだ後、早口で理由を答える。
「ああそれはあんたが私の迎えに来なかったからよ私がこないだ彼氏と別れて自転車に乗せて行ってくれる人がいないの知ってるでしょ?なんで迎えこないのよ!」
「し、知るか……そんなの初めて知ったわ……大体なんで俺がお前を送っていかなければならんのだ?」
やっと声が出せるようになって俺が文句を言うと、
「簡単なことよ…………」
瑞樹は解りきってるでしょ? という様子で片目をつぶって人差し指を俺に突きつける。そしてニコッと笑って……、
「幼馴染だからでしょ?」
今日は実は高校の入学式なんだ。
新生活が始まるその初日に、俺は鬼のような幼馴染によって強制的に目覚めさせられ、そして今は賽の河原で石を積まされている可愛そうな子供のように瑞樹を自転車の後ろに乗せて走らされている。
「今度は何が理由で別れたんだ?」
道すがら、暇なので別れた理由を尋ねてみる。
「ああ、あの馬鹿ね……卒業の記念とかいってキスなんてしようとしたから、思いっきり股間に膝蹴り入れてやったわ!もしかしたらつぶれてるかもね……クスクス」
……恐ろしい! 男子ならわかるあの弱点部分を容赦なくつぶそうとするなんて! 思わず内股になる。 そしてこの鬼が意外にもてるという事実にも毎回俺は身震いしてしまうのだ。
そもそもこの鬼……いや相馬瑞樹との腐れ縁はそれこそ俺達が生まれる前から必然のようにつながっていた。
親同士が高校の同級生で親友同士でその後の進路も同じ、しかも隣に家を建て子供までほぼ同時に作ってしまった。
仲が良いにも程があるだろうと突っ込みたくなる。
おかげで俺はこの鬼姫と出会うことになってしまったのだから……。
いや、いまはこうでも昔は可愛げがあった! 本当に可愛かったんだ!
すごく泣き虫でよく俺の後をついてきて、そのたびに俺は泣くなよと優しく手をさしのびてきた。
それなのに……。 ああそれなのに!
成長した瑞樹は昔とは全く逆の性格になり、他人を泣かせ続け、俺はその度に犠牲になった他人(ほとんど男)を泣かないでと慰める毎日を送っている。
時々思う。 いや! 何度も思った! もう嫌だと……。
俺はこんな青春を送るために生まれてきたのでは無いんだ!
俺は……俺は……もっと楽しい普通な生活……例えば、彼女が出来てお昼にお弁当を作ってもらえたり、さらにドラマや小説みたいに何か波乱があって……そしてヒロインに体育館かどこかで『貴方が好きです!愛しています!』と全校生徒の前で宣言される。
そんな青春を送ってみたいんだ!
そんな夢のある青春をかなえるために俺は高校受験の時に瑞樹の志望校をそれとなく確認して別の学校を受験するという努力をしたことがある。
しかしなぜか合格発表を見にいくとすでに瑞樹がそこにいて、『ああ遅かったじゃない、二人とも受かってたよ』と満面笑顔で言い放った。
『べ、別の学校受けるんじゃなかったのか?』『やっぱり安全にいこうかなと思ってね』
俺が毎日必死に勉強して受かった高校がこいつにとっては安全なのか……
計画が失敗したことと、自分の頭の出来に悲しくなり、まだ寒風拭きすさむ屋外でしばらく呆然とそこに立ち尽くしていた……。
そういうわけで、真に残念ながら俺と瑞樹は同じ学校になってしまったのだった。
入学式が終わり、それぞれのクラスに別れる。 幸い俺と瑞樹は違うクラスだった。
当然だ、今までの苦労を考えれば、クラスが離れるのは当然の権利……いや義務だ!
我ながら訳のわからない心の叫びをしていると前の席にいた奴が声をかけてくる。
「なあなあ、お前あの可愛い子とつきあってるのか?」
「可愛い子?……だれのことだ?」
わからない……大体今日俺は女の子と話などしていないんだけど……。
「ほら、今日学校来るときに自転車で乗せてた子だよ。あの子すげえ可愛いよな……お前らすげえ目立ってたぞ」
「……あいつとは全く!全然!つきあってないから安心しろ。単なる幼馴染だよ」
俺がそういうとそいつ(後に矢口という名前だと知った)は『なんかマンガかゲームみたいだな~幼馴染なんて!』と微妙にずれたことを言って一人興奮する。
勝手に盛り上がっている矢口を尻目に、俺は高校ではあの鬼が大人しく高校生活を営んでくれることを祈っていた。
大丈夫! 彼女も高校一年生、もう大人の階段を昇り始める年頃さ……きっと中学の頃のようなことはしないはずさ! そうさ、きっと淑女のように振舞ってくれて、俺に迷惑をかけるようなことは……するんだろうな……やっぱり……。
祈ってる途中で無理だということを悟って俺は祈るのを止めた。 いまだに一人萌え上がっている矢口を悲しい目で見つめながらこれからのことを思い、深く溜息をついた……。
さて入学から2週間が立った。 突然なんだけど昔、幼稚園の時に友だち百人作れたらという歌詞の歌があったのを覚えているだろうか?
その当時純粋だった俺ですら友だち百人できたらいくらなんでもうざいだろうと思い、せいぜい五人くらいでいいよなと、すごくリアルな感想を抱いたものだが、やがて高校生になったいま自分の置かれている状態が正にその歌の通りだった。
いやさすがに百人はいないが、それでも八十人はいる。 すべて男だ。
なぜ俺がこんな童謡のような友人の数を作ってしまった原因はやはりあの悪辣な鬼姫のおかげである。
ケース1 S君の場合
彼は入学式の時に瑞樹を見て一目ぼれしたらしくその日の放課後には声をかけていたらしい、結果『いきなり知らない人に話しかけられて不快だと思わないような人とは話もしたくないわ』と一蹴されて、そのまま三日ほど学校を休む。
ケース2 T君の場合
他の奴と違い慎重派な彼はまず会話ができるような関係になろうといつもさりげなく話かけていた、結果『えーとどちらさまでしたっけ?』と2週間ひたすら話しかけていたが、名前を覚えてもらえず撃沈する。
ケース3 Y君の場合
彼は俺と同じクラスだということもあり俺と友人同士だといって話しかけたが、結果『ああそうなんだ……それじゃ、あんたと付き合わないようにあいつに伝えとくわ』ときつい一言により撃沈……。
瑞樹は入学時の俺の予想を裏切らずに次々とその傍若無人な態度で、男達をなぎ払っていった。
「……たしかにきつそうな美人だとは思ってたけどあそこまできついなんてな~、俺……初めて膝から崩れ落ちる感覚というのを体験したよ」
ショックから大分立ち直ってきた矢口が、まるで戦争を語る老人のようにしみじみと言う。
「まあ……昔はあんなではなかったんだけど……」
たしか子供の時はものすごい泣き虫だったのに……、いつから瑞樹はあんな極Sのきつい性格になったんだろう? 小学校に上がる頃にはもうすでにあの性格の片鱗を見せていたような気がする。
ということは幼稚園の時か? 何かあったっけな?
瑞樹がああいう性格になってしまったきっかけ……、たしか幼稚園入ったときはまだ泣き虫だった。 間違いない。 それから、春が過ぎ、夏が来て……たしか皆で海に行って波が怖いと泣いてた。
秋……どんぐり拾いをしていて、どんぐりと間違えて毛虫を掴んでしまい泣いていた。
冬……走ってて凍った路面で転んでまた泣いてた。
また春……幼稚園の卒園式で泣いてた。 うん? 何でだ? 泣く理由はないだろう……卒園……皆同じ小学校に行くから別れなんてないのに……そもそも瑞樹は人見知りするから友達は俺以外に……あっ! そういえば……
「相馬さんてさ、実は女の子が好きとかじゃないよな?違うよな?なっ?」
いきなりの矢口のとんでもない質問に一瞬頭が固まる。 その発想は無かったな……でも、
「一応中学の時は何人かとは付き合っていたわけだし、それはないな」
「そうなのか?あの性格と付き合ってたなんて、すごい忍耐力だな。それともあの相馬さんが何もいえないほど魅力的だったのか?」
「いやすぐに別れてたぜ?俺が知る限り最長で一週間、短くて一時間後というのがあったな……」
「中学時代からモテてたんだな、まあ……あんだけ可愛ければ……当然か……」
「しかし彼氏ができるたびに俺を呼んで紹介するから向こうもかなり困ってたけど……」
「……それって……なんの意味があるんだ?」
「わかんないよ、毎回新しい彼氏って言って俺に紹介するんだけど、大体そのすぐ後くらいに別れることが多かったな」
「わかんねえな……相馬さんって…、それよりお前の携帯のアドレスには何人分くらい入ったんだ?」
携帯を取り出して電話帳を確認する。
「今日の被害者分を入れて八十五。冗談抜きで百人まで行きそうだな」
「まあ、あんだけ美人なら仕方ないけど、よくもまあそんだけ集まったよな。一年男子ほぼ全員なんじゃないか?それ」
「多分……何人か2年、3年生がいるけどほとんど一年生……」
あれ? 俺さっき何か考えてなかったっけ……?
「もしかして学校の男子生徒全員と友達になったりしてな」
「それじゃ百人超えるな。携帯のアドレス帳が足りなくるだろ、それより……」
前々から思っていた疑問を矢口にぶつける。
「瑞樹ってそんな美人なのか?」
空気が強張る。それを言ったときの矢口も固まっていた。 まるで俺が突拍子も無いようなことを言ったかのように……。
「美人って……お、おまえあの人を見てなんとも思わないのか?あのくりっとした目!サラサラの長い髪!すべすべしたお肌!そしてグラマラスな身体!すべてが特A級クラスじゃね~か!」
……わかったから落ち着いてくれよ。
「うーんずっと近くにいるからよくわかんないんだよな……。髪だってあいつ寝癖立ちやすいから、朝っぱらからあいつの家に行くとメデューサ(髪の毛が蛇の化け物)みたいにボサボサだし、グラマーな身体とか言ってるけどあれは寄せてあげ……」
その時俺の後頭部に何かがヒットした。
それは正確に、かつ俺の頭が吹っ飛ばされてもかまわないような意思が垣間見えるほどの威力だった。 悶絶しながらも落ちたそれを見る。
投げられたものは……教科書だ。
さらに教科書の飛んできたほうを見るとそこには鬼がいた。 そう……髪の毛が蛇のようにうごめいている鬼が……そこに……。
その後俺は根も歯もない嘘を言った罰として駅前にあるアイス屋(店の名は47号屋。アイスの種類が47種類あるというこの辺では有名な店)に連れて行かれてアイスをおごることになった。
駅前に向かう途中の道で瑞樹がさっきのことをぶつぶつ言ってくる。
「ったく、くだらない嘘つかないでよね!」
「いや実際に瑞樹のおばさんから聞いた……ぶげっ!」
「……だ・か・ら、それが嘘なんでしょ?」
俺のわき腹に正確に肘をいれて鬼が無垢な顔で笑っている。
怖い……。 なぜこの鬼があんなにもてるのか信じられない!
いや……昔から彼氏ができるたびにそう思っていたけれど……。
ふと今日の矢口との会話を思い出す。
そういえば高校に入ってからはまだ誰とも付き合ってないな、 中学の頃は全員とまではいかなかったが、それでも告白されてきた何人かにはOKをだしていたというのに……。
「なあ……瑞樹って中学の時は彼氏いたよな?」
「……まあね、それがなんかあるの?」
不機嫌そうに言う。 これは地雷を踏むかもしれない。 やや腰を引き気味に聞いてみる。 逃げられる準備は万端だ。
「いや……なんで高校入学してからはまだ彼氏とか作らなくなったのかなって思ってさ、あまり気に入るのが少なかったのかな……なんて……」
プレッシャーに負けて、語尾が段々弱くなってくる。
「……別に特に深い理由はないわよ。ただいつまでも子供じゃないし、好きでもないのと付き合ってても仕方ないってことに気づいただけなの」
「そ、そうなんだ……ははっ……」
なんと返せばいいのか解らず、曖昧に笑って誤魔化す。
瑞樹はそのまま47号屋につくまでムスッとしていて、俺は聞かなければよかったなと少し後悔した。
47号屋に着き、中に入って注文をし、アイスを受け取って出てくる。
その間もずっと厳しい顔をしている瑞樹にいい加減うんざりしてきていると、
「だいたい和樹はどうなのよ?」
ミントのアイスを食べながら、瑞樹がこちらを見ずに声をかけてくる。
「どうって何がだよ?」
「だから、彼女とか作らないの?っていうかできないの?」
目線をあわせずにとんでもないことを聞いてくる。
……なんて嫌なことをきいてくるんだ。
誰のせいで俺が毎日傷ついた男子たちを慰める羽目になってると思ってんだ。
そんなことしてたら彼女なんかできるわけないだろうが! むしろ一部の女子生徒からは斉藤君は絶対受けだよね(意味はわからないが、そのときの女生徒達の目が妙にギラギラしているところを見るとあまりいい意味で言われてるわけではなさそうだ)とか言われてるんだぞ! お前のせいで……と直接口では言えないので心の中で叫んでみた。
「いねえよ、というか高校入学してからろくに女の子とまともに会話してないような気がする」
それだけ返すのが精一杯だった。
「ふーん……そうなんだ!まあしょうがないよね~。和樹は地味だから、私くらいしか相手してくれる子いないもんね」
そう言ってうれしそうに俺の前をくるくる回りながら笑う。
余計なお世話だ。
いつになったらこんな生活が終わるんだろうと遠い目をして空を見上げた。 空には桜の花びらがいくつも舞っていてなんとなく気分が上向いた気がする。 まあどうにかなるかなと何の根拠もなく思ってしまう。
しかしその予感は見事に裏切られることになると気づくのはもう少し先の話だった。
その日は風雲急を告げるかのように春一番が吹き荒れていた。 4時限目の体育が終わって教室にもどってくると、自分の机の引き出しに手紙が入っているのに気づく。
これは……もしかして、誰にも気づかれないようにそっとトイレに走り個室の中に入り、そして一呼吸おいた後、手紙の封を開け中身を読んだ。
『昼休みに大切な話がしたいので理科室で待っていますハート あなたを大切に思っているものより』
少々文面が変だがこれはもしかするとラブレターとかいうものではないでしょうか?
いやいや期待を持つのはまだ早い。 しかしながら俺はすぐに理科室へと向かう。
理科室は2階にある。 2階は2年生の教室があるので一年の俺としては少し行きづらいところにある。
それでも俺は期待を胸に、怪訝な顔ですれ違う2年生達の顔をあまり見ないようにしながら理科室に向かった。
理科室の扉の前に立ち、一度深呼吸をしてから思い切って理科室のドアを開ける。
……その中には20名ほどの男子生徒が座っている。
騙された! と思って固まっていると、入り口にいた男子が椅子から立ち上がり、
「君、斉藤くんだよね?待ってたんだよ~……こっちの席に座ってね」
俺を教室の一番前の席に座らせた。
「あの……これは……一体」
「ああちょっと待っててね、もうすぐ準備出来るからさ」
そういって彼は自分の席へと戻っていった。
これはなんなんだろう? ラブレターでなかったのはわかったけれど、一体何の集まりなんだ? そして俺はなんで呼ばれたんだろう?
当然の疑問が頭に浮かべながら俺は教壇に一番近い……ようするに真正面の一番前の席に座らされた。
やがて遮光カーテンが閉められ、部屋の中が真っ暗になり、その暗い中を必死で目を凝らしているといつの間にか俺の目の前に誰かが立っていた。
暗いので顔はよく見えないが確かに誰かが立っている。
バンとライトがあてられその人物の姿を映し出す。
長い髪を後ろに束ね、可愛らしい黒ぶちの眼鏡をかけ、思いっきり抱きしめたら折れてしまうのではないかと思う程の細い腰をしている…………男が立っていた。
男はやがて静かに目を開き、目の前にいる男子達をゆっくり見回して最後に俺の顔をじっと見て静かに喋り始めた。
「諸君……私は相馬瑞樹が好きである。彼女のきれいな髪、声、愛らしい笑顔その全てが私の心をかきむしっていく……それは私一人ではない!君達も彼女が好きなはずだ!我々はかつておろかにも彼女に挑み玉砕していった。それは愚かであり蛮勇な行為であったであろう……。しかしだ!そこでわれわれは気づいたではないか!彼女は美しくそしてそれは誰かのものであってはならないことだと!しかしながら、彼女を狙っているものは学内外問わず数多くいる。なんて恐ろしい!なんて恐れ多い!こんな不敬なことを許していいのだろうか?我々は哀れなフラレ者にすぎない。だがそれゆえに真理に気づき彼女を守れるのは我々だけではないのか?いや疑問形にするのはもうよそう!そうだそれは諸君にしかできないことなのだ!さあ同士よ立ち上がれ!今ここにわれわれは相馬瑞樹防衛隊の結成を高らかに宣言する!声を上げよ!」
何人かが声を上げる。
「足りない!もっと、もっとだ!声をあげ自分達がここにいることを宣言するんだ。そうわれわれは守護者だ。汚らわしく彼女に触れようとする不敬者に鉄槌を下し、決して認められずただただ彼女を守護するもの……それが我々だ!防衛隊だ!相馬瑞樹防衛隊なのだ!諸君……叫べ!雄叫びを上げろ!戦士としての覚悟を叫ぶんだ!さあ!さあ!さあ!」
だんだんと声を上げる人間が増えてきてやがてそれは歓声になっていく。 なんだか悪い夢を見ているみたいだった。
一体なんなんだこれは……?
演説男がぽかんとしている俺に気づき手を差し出す。 握手らしい……。
俺はぽかんとしながらも反射的に男の手を握る。 外見どおりの細い指でまるで女の子みたいだ。 触ったこと無いけど……。
男はニカっと笑い、
「はじめまして斉藤君、君のことは知っているよ。あの相馬瑞樹嬢と幼馴染だそうだね?うらやましい、実にうらやましいよ……」
「あ、あの……あなたは?」
「いや、これは失礼……私の名前は剥離忠信というものだ。防衛隊の隊長を務めている」
「いや、あの……防衛隊というのは?」
「なんだ、さっき結成演説をしただろう?われわれは相馬瑞樹嬢に言い寄ってくる不敬者を退治し、彼女を防衛し、純潔を守るものたちだよ。つまり防衛隊なんだよ。」
なんだこれは何を言っているんだ? この人の頭の中はどうなっているんだ?
「ところで今日君を呼んだのは他でもない。実はわれわれは君の助けを必要としているのだよ。君は相馬瑞樹嬢と幼馴染らしいね?つまり他人の知らない彼女の情報を知っているということだ、ぜひともその情報を我々防衛のために役立ててもらいたいと思っている。君には副隊長の座を用意しているんだが、どうだろうか?協力してくれないだろうか?」
「えっ!いや、あの……なんというか状況がすぐに飲み込めないんですが?」
「うむ……わかっている、いきなりだったからな……、だが仕方ないのだよ、他の奴らも組織化を進めているらしくて対抗するためにいささか予定を早めたからね」
「その、他の奴らっていうのは?」
「……不届き者たちのことだよ。とにかく返事は後日でいいので、協力してほしい」
「は……はあ」
そういって俺はやっと剥離先輩(2年生らしい)から開放された。
一体何がどうなってこんな状態になっているんだ? 突然のことで頭が混乱しているのでとりあえず自動販売機でジュースを買って落ち着こうとしてみる。
冷たい紙パックの中身をストローで吸いながら俺はさっきのことを考えていた。
防衛隊? 不届き者達? 一体なんなんだ?
ピンポンパンポーン。
急に聞こえてきたチャイムの音で考えを中断する。
『一年の斉藤和樹君、放課後生徒会室に来てください。繰り返します。一年の斉藤和樹君は放課後に生徒会室に来てください』
斉藤和樹というとやはり自分のことなんだろうか? なんで生徒会室によばれたのだろう?
さっきまでの疑問の上から新しい疑問を上書きされ、俺は考えるのをやめ、午後の授業に出るため教室に向かった。
途中で瑞樹に出会う。 きょろきょろしながら歩いていた瑞樹は俺を見ると怒ったような顔で、
「どこ行ってたのよ?用事があったのに」
「……まあ、色々と……用事って何だよ?」
「べ、別に……ただお弁当忘れたから購買でパン買ってきてもらおうと思ってただけよ!」
「……なんで俺がそんなことしなきゃならないんだ?」
「う、うるさいわねえ前にも言ったでしょうが!幼馴染だからよ!」
……こんな外道なことを言う鬼のどこが美しいんだろう?
さっきまでの軍隊風な演説を思い出して遠い目をした………。
色々な疑問を考えていたら午後の授業は終わり、あっという間に放課後を迎えてしまった。
さて生徒会室に向かわないと……って生徒会室ってどこにあるんだろうか?
よく考えたら生徒会室なんて生徒会に入らなければ行くことなんてないからわからないよな……。
さてどうしようか? とりあえず誰かに聞いて行くしかないかと思いフラフラと廊下を進んでいると、ちょうど向こう側から一人で歩いてくる男子生徒がいる。
あの人に聞いてみよう。 見たことない顔だからおそらく上級生だろう。
あの鬼のせいで一年の男子ほとんどと顔見知りになっているので自分が見たことのない顔なら上級生しかいないからだ。
「あの……、すいません生徒会室ってどこなんでしょうか?」
歩いてくる先輩に声をかけた時にあれ? と思った。 俺はこの人のことを知っている気がする。
だけど決して一年生じゃない……はて? 一体どこであったのだろうか?
先輩は人のよさそうな笑みを浮かべ、さわやかに真ん中分けにした前髪に触れながらこれまたさわやかに答えてくれた。
「生徒会?いいよ案内してあげるよ。ほらこっちだよ」
「あっ、ありがとうございます。」
「ううん、いいんだよ僕は君を迎えにきたんだから」
「えっ?」
そのまま先輩は何も答えず歩いていく、俺もなんとなくそれ以上何も言えず黙ってついていった。
生徒会室は3階にあった。 奇しくも理科室の真上に位置している。 なんとなく嫌な予感がした。 いや今日あの理科室であったことを考えると当然のような気がするが……とにかくそう思った。
生徒会室とプレートが掲げられている部屋の前に立ち、彼はドアを開けてくれる。
生徒会室の中は六畳くらいの部屋で、何人かの男子生徒がいた。 生徒会の人たちだろうか? 見知った顔もいるけど生徒会に入ったのか?
「あのう……今日放送で呼ばれた斉藤なんですが、なにか用でしょうか?」
しかし誰も答えてくれない。 ただ曖昧に顔を見合わせてこちらを見るだけだ。
ちょっと待て、俺は呼ばれたから来たのに無視はひどいのではないだろうか?
「呼ばれたからきたんですが、用がないなら帰らしてもらいますよ」
そういって帰ろうとするとさっきの先輩が肩に手を置いて話しかけてくる。
「まあまあ実は呼んだのは僕なんだよ、どうぞ座って……」
そういって入り口横にあったイスを持ってきて俺の前に置く。 仕方が無いのでその椅子に座る。
俺をイスに座らせると、先輩は窓際に行き背中を見せて黙り込む。
他の生徒達も何も離さずにじっと先輩の背中を見つめているだけだ。 その状態のままたっぷり数分間黙り込んでいる。
「あの……用件は……?」
沈黙に耐え切れなくなって俺が話しかけると、それを手で遮って先輩はこちらを見て唐突に切り出す。
「彼女にふさわしい人は誰だと思う?」
いきなりの意味不明発言に面食らっていると先輩は俺が意味をわかってないと気づき訂正した。
「君は相馬瑞樹君にふさわしい人とは誰だと思う?」
またあの鬼のことか、内心昼休みのことを思い出して溜息がでそうになる。
しかし先輩はそんなことには気づかず矢継ぎ早に質問をしてくる。
「彼女の好みは?好きな食べ物は?色は?彼女が最近はまっているものは?君は幼馴染で常に近くにいるのだから知っているだろう?おしえてくれないか?」
面食らっていた為、返事ができなかったがかろうじてこれだけは言えた。
「そ、それを……知ってどうしようと?」
先輩は信じられないという顔をしたあと大きく息を吸い……、
「君は何を言っているんだ?女の子を口説きおとすために好みや好きなことを知るのは当然のことだろう!我々同盟はあいつらのような負け犬とは違うのだよ!」
そう口角泡を飛ばしながらまくし立てる。
うん? あいつらとは……?
「あの……あいつらって?」
「あいつらとはあの負け犬たちだよ!君も昼休みに呼ばれたのだろう?あいつらは彼女と付き合うのを諦め彼女を勝手に女神のように扱い、これまた勝手に純潔を守る防衛隊なんてのを結成した。実に馬鹿らしい!負け犬の発想だよ。」
ああ、あの濃い人たちのことか……というかこの人もかなり濃いよな。
先輩はまだまくし立てている。
「……つまり我々は負け犬と違って、彼女を諦めない!そして我々は同盟を組んだ!」
鼻息荒く先輩が顔を俺に近付ける。
「その……同盟……?ですか」
「そう……我々は同盟……相馬瑞樹と付き合うためにお互いに協力する同盟関係……通称付き合い同盟だよ」
胸を張ってとんでもないことを叫ぶ先輩。 そしてそれを輝いた目で見る周りの人間達。
「そ、そうですか……その……先輩も剥離先輩と一緒で……」
「一緒?あいつらと一緒にするな!君は話を聞いていたのかな?僕達はあんな負け犬とは違うのだよ!確かに昔は相馬瑞樹君を愛する仲間たちだったがね……だが今は敵だよ!不倶戴天の敵なのだよ!」
大した違いなんかないような気がするんだけど………。
「ところで君はまさかあんな負け犬達に協力する気なんかないよね?君ほどの逸材があいつらの仲間になるなんて学園生活の損失だよ!僕は副生徒会長としてそんなことは見逃せない!ああ断固として認められないよ!」
ああ思い出した。 この人確か入学式の時に在校生代表として挨拶してたな、だから顔を見たことがあると思ったのか……、それにしてもいつのまに俺はそんな大物になったんだよ、たかが瑞樹の幼馴染だというだけで……
「いや……まだ返事はしてないんですけど」
「それじゃ……ぜひとも僕達の仲間になってもらわないとね……大丈夫、悪いようにはしないからね」
すでにあんた達といることが悪いようになってるんですけど……なんてとても言えない。
ああ、なんでこんなとこに俺はいるのだろう?
どこで俺は道を踏みはずしたんだろう? できればこのままどこか遠いところに行きたい。
窓の外を見ながら……私は鳥になりたいと口走っていた。
説得工作を続ける先輩をどうにか誤魔化して返事は後日するという約束をしてなんとか開放された。
疲れた……。 一日で特濃ヘンタイに出会ってしまい、俺は疲れていた。 疲れきっていた。 早く家に帰って休みたい。
そうしたいのにどうやら俺にはまだ試練が与えられているらしい。
校門の前に見慣れた奴が立っている。
瑞樹だ。 こちらに気づき何か言いたそうにこちらをちらちら見てくる。
はあ……疲れるな……。 こういう時の瑞樹を無視したり投げやりな態度をすると向こう1週間は機嫌悪くなるので俺はもうひとふんばりするかと瑞樹に声をかけた。
「どうしたんだ?誰かと待ち合わせか?」
わかっているがあえて聞く。
「あんたを待ってたのよ!今日はどこ言ってたのよ?昼休みも放課後も……!」
お前のことを崇拝するヘンタイさん集団に勧誘されてたんだよ……と言いたかったがやめておく。 おそらく俺がそんなこと言ったら瑞樹は烈火のごとく怒り出して一体どこのどいつだと言うだろう。
俺が答えなければ答えるまで制裁するだろうし、教えて先輩らに恨みを買うのも嫌なので黙っていることにする。 これで皆幸せに過ごせるのだ……俺以外は。
これ以上悩み事は増やしたくない。
「ああ……ちょっとトイレに居たんだよ今日は調子悪くてさ」
「ふーん、それで?もう大丈夫なの?」
「ああ、なんとか峠は越えたよ」
「なによそれ?意味わかんない」
「わからないか?つまり全部うん…」
「わかった!わかったから!下品な話はやめて!」
何だ……わかってるんじゃないか
「とにかくお腹が痛かったわけね?」
「うむ……そうだな」
その後、まだ微妙に肌寒い家路を俺達は帰り始める。 しかしどうにも調子が狂ってしまい落ち着かない。 理由は瑞樹が黙りこんで、何か難しい顔をしているからだ。 普段はうるさすぎるほどうるさいのに黙っていられると逆に嫌な気分だ。
普段とは違う静かな雰囲気に本当に腹が……というより胃が痛くなりそうで俺は雰囲気を良くしようと瑞樹に話しかけようとしたその時、
「私、買い物してくるからそこで待っててよ」
瑞樹が急に走り出す。
「お、おい……」
声をかけるが瑞樹はそのまま走り出していってしまう。 なんだよ……急に。
仕方がないのでその場所で待っていると、十分ほどたったところで瑞樹が息を切らして走ってくる。
手には小さい紙袋を持って……。
「はあ……はあ……はい、これ」
瑞樹が紙袋から薬瓶を取り出して俺の手に薬瓶を載せてくる。
「うん?なんだこれ?」
「腹痛の薬よ……お腹痛いんでしょ?これ飲みなさいよ」
その珍しい優しさに内心感動しながらふとラベルを見ると頭痛薬と書いてある。
「……なあ、これは笑うところなのか?」
「えっ?何が?……ってなによこれは~!」
「いや……俺に聞かれてもそれは頭痛薬とですとしか答えられないんだけど……」
ガン! 頭に鈍い痛みが走った。 そのまま瑞樹は走り去っていく、人に薬ビンをぶつけていって……。
いくら間違えて恥ずかしかったからとはいえ普通、人に瓶を投げるか?
あの軍人も副生徒会長もいったいぜんたいあの鬼姫のどこに惚れたんだ?
こぶになった頭をさすりながらそんなことを道すがら考えていたが、俺みたいな一般人には理解しがたい何かフェロモン的なものだろうと無理やり納得してそれ以上脳内のメモリーを使うことを諦めて、家へと帰っていった。
翌日学校に向かう。 今日は瑞樹は迎えにこなかった。 さすがに人の頭にこぶを作っておいて迎えにくるということはしないようだ。
多少の常識はもっていたんだな。 幼馴染が自分が思っていたより常識があったことを嬉しく思った。 本当はうれしくないけど……。
校門のところで瑞樹に偶然会うが、人の顔を見ると赤くして走り去って行ってしまった。
……なんだか猛烈に怒りがわいてきた。 何なんだよあれは! 人にたんこぶ作っといて謝らねーわ、逃げるわ、もう少しあいつは人の道ってのを学ぶべきじゃないのか? 全くあのヘンタイ先輩達はわかってんのか? あの鬼姫の正体を!
「やあ同士よ!我が隊に入ることをきめてくれたか?」
「ふん!何が隊だよ。勝手に彼女を神聖視して気持ちの悪い奴らだ。彼は我が同盟の協力者として入ってもらうと決めているんだから君らは早く彼女を遠くで眺めながらいつまでもハアハアしてればいいのさ」
「なんだと!瑞樹嬢に近づこうとする不敬者が!貴様は身の程をわきまえろ!彼女はこの世に光臨した女神なのだ!故に我らはあの方には敬して近寄らずにだな、そう思うだろ同志和樹よ!」
「何が同志だよ。時代遅れの革命家じゃあるまいし、和樹君は僕らの仲間になってもらうよ。そして彼女を射止めて僕らは青春の一ページに彼女という名文をいれるのさ、いや一ページではなく一生……ていうのもいいな~。彼女とは僕らの人生という本を語る名文になってもらおう。うん、そうだそれがいい」
「き、貴様~青春の一ページだと?軟弱な青春ドラマじゃあるまいし、彼女を侮辱するのは許さんぞ~!」
「…………………」
朝からテンションの高い人たちだ。 わざわざ校門でそれぞれの仲間を集めて俺を待っているんだからご苦労なことだ。 本当にあんな人に薬瓶を投げつけてくるような女のどこがいいんだよ? さらに腹が立ってきた。
先輩らはあの鬼姫の非道さを理解しているのか? あいつは腹が痛いという人に瓶を投げつけて、謝らないで逃げていくような鬼畜なんだぞ……!
「先輩……」
「うむ、なんだ?」
「彼は僕に言ったんだよ!どうしたんだい?和樹君」
「いや二人に言ったんですが……。実は昨日一緒に帰ったときに腹の調子が悪かったんで瑞樹が薬を買いに言ってくれたんですが、間違えて頭痛薬を買ってきて……そしたら人に薬瓶を投げつけて逃げていったんですよ!おかげでたんこぶ作ったんですが、先輩達はあいつの本性を知ってるんですか?瓶ですよ?瓶!」
そういって前髪を上げてたんこぶのできた額を見せる。
「うむ!あの方は優しいな!わざわざ薬を買ってきてくれるとはその慈悲深さには涙が止まらんぞ」
そういって眼鏡を上げて感涙にむせっている。 なんで今の話で感動できるんだ? いや確かに薬買ってきてくれたときは優しいと思ったけど……
「いやいや彼女はドジっ娘さんなんだな~。腹痛の薬を頭痛薬と間違えるなんて、なんて可愛い娘なんだ~。」
こっちはこっちで瑞樹のミスを可愛いとか言ってるし、確かに頭痛薬を真剣な顔で渡したときは少し本当に少しだが可愛いと思ってしまったけど……。
「あの……先輩、俺……たんこぶできたんですけど」
「いやーまったく同志がうらやましいぞ、あの方の慈悲をもらえるなんて」
「全くだよ、和樹君がうらやましいな~、そんな可愛い間違いをしてしまうのをいつも見れて~」
「……そうですか」
聞いていないのか? それとも聞いてもそこまで思考できていないのか? なんかこの二人を見ていたら疲れてきて怒りもおさまってきたよ……。
「ところで協力の件なんだけど、もちろん協力してくれるよね?」
唐突に話を切り出してきて少し面食らった。 そういえば同志だか協力者になるって話だったんだよな、今の今まで忘れていた。 いや、忘れていたかった……。
「どうしたんだい?まさか君はこの半ストーカー集団の仲間になる気なんじゃないだろうね?」
「ストーカーではない!防衛隊だ!」
二人の会話を聞いていてある決意がわいてきた。 それはストーカー集団か痛い青春グループに入るという究極の2択ではなく第3の選択を……。
「……先輩俺も瑞樹に彼氏ができるのは賛成です」
「ど、同志よ!何故だ?彼女をこんな痛い青春グループに汚されてもかまわないのか?こんな……こんな、ヘンタイたちになんだぞ?」
「誰がヘンタイだよ!勝手に彼女を守る宣言している半ストーカー集団よりましだよ」
「……ですが、なんだかんだ言っても俺は瑞樹とは幼馴染です。恋人になるのがあまりにも問題がある奴なら彼氏になってもらいたくはない、だから剥離先輩の気持ちもわからなくはないです」
「そ、それはつまり……?」
二人の声がハモる。
「つまり……彼氏ができるのは賛成ですが、変な奴なら困る。というわけで副会長には協力しますが、問題のある奴なら剥離先輩達のように瑞樹を守ります。つまり俺が納得するまで先輩達には協力します。それでいいですか剥離先輩?もし副会長が出してくる奴が問題なら俺は先輩と一緒に瑞樹を守ります。でも瑞樹にふさわしいと感じたなら俺は副会長に協力します」
「う、うむ……彼女にふさわしい男が出てくるとは思わないが、同志の意見を尊重しよう」
「ま、まあ僕も彼女が僕らのすばらしい青春の一ページになるようなら問題はないからね」
少し暑い風が頬をなでる。 春が終わりを見え始め、初夏の足音が聞こえてきたのか、それともこの変態同士の暑苦しい感情を近くで当てられてそう思えたのかは解らないが、苦渋の果てに俺は瑞樹防衛隊と付き合い同盟の協力者となることを決めたのだった……。
「それで?具体的にどうしようというんだい?」
放課後、俺達は生徒会室に集まっていた。
部屋の中は俺とそれぞれの代表者……つまり見た目はステロタイプのオタクながら心は熱い大和魂をもっているという暑苦しいヘンタイこと剥離先輩と頭の中は80年代青春まっしぐら、別の意味で暑苦しい我が学校の副生徒会長こと………名前なんでしたっけ?
「周防だ!周防純!一応副生徒会長なんだから覚えておいてくれ!」
そういえばそんな名前だったような……?でもよく考えたら昨日も今日も含めて名前を名乗っててなかったような気が……?
「そんなことはどうだっていい!今は瑞樹嬢の件をどうするかだろう?」
剥離先輩が不機嫌そうに話を進めようとする。
確かにその通りだ。 どうも俺もこの先輩達に出会ってから変わってきているような気が…いやまだ出会って二日目だぞ? きっと気のせいだ! そう……気のせいなんだ……。
「とりあえずこれからのことなんですけど」
「うむ」
「なんだい?」
「瑞樹にアプローチするにしてもまず互いに代表者を出して勝負をして決めましょう。剥離先輩側が勝ったら副会長側はアプローチをしばらく諦めると逆に副会長側が勝ったら剥離先輩はアプローチを認めると」
「ちょっとまったーー!それではこちら側が勝った場合の得がないではないかー!」
「それでは、剥離先輩側が勝ったら俺の知っている瑞樹の情報を教えます。それを何かに役立ててください」
「な、なんと瑞樹嬢の情報とな?そ、それはなんで……も、い、いいのか?」
「はい、俺の知っていることならば」
「そ、そうか…い、異存はないぞ」
腕を組んで目をつむり真剣な顔で考え込んでしまう剥離先輩、どんなことを考えているのかは想像できないが、鼻の下がのびていることを考えるとあまり立派なことではないようだ。
「勝負の方法はどうするんだい?」
「まあお互いに一回ずつ好きな勝負にすればいいんじゃないですか?」
なんかこの部屋の濃い空気に圧倒されたのかだんだん疲れてきて投げやりに答えを返す。
「そうか、それではこちらから勝負の方法を決めよう」
周防先輩がさっそく勝負の提案をする。
「最初はそうだな……どんなに瑞樹君を愛しているかを証明するためにクイズをしようじゃないか」
「むむっ、よかろう…」
「それではいくぞ……あっ、君には審判をしてもらうからよろしくね」
そういって80年代風のさわやかな笑顔で周防先輩が俺に話しかける。
「はあ……わかりました」
「では……いくぞ、第1問……瑞樹君の3サイズは?」
いきなりとんでもない問題が出た。 あわてて周防先輩に詰め寄る。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!なんでそんなこと知ってるんですか?」
「身体検査の時のデーターを見たんだ」
「そ、それってストーカーなのでは?」
思わず突っ込む。
「人間とは青春のために最大限の努力をする義務があるのだよ」
歯をキラーンと輝かせ、親指をこちらに向けてイエーイと言わんばかりの仕草をする犯罪者に思わず脱力してしまう。
「ぐぅ……てなんという不敬なことを……ますます負けられん」
「さあ……答えは?答え!答え!答えだよ!答えられまい……はははっ、しょせんは近づくことができない彼女に対して神格化してごまかしている君達とは違うのだよ、我々は!」
「上から……86……ピー……84だ」
「なっ……あっさり……答えただと」
「なんでそっちもそんなこと知ってるんですか?」
「ふんっ……我が同志には見ただけで3サイズがわかる人間スカウターと呼ばれる神技を持つ男がいるのだよ、これこそ信仰心厚い我々に起こされた奇跡だな」
「まあ……確かに奇跡ではありますが……ちなみに正解ですね」
「なんで君もそんなことしってるんだい?」
「……向こうの親が教えてくれるんで……」
「………………」
「………………」
その後勝負は白熱し、この人たちはどこから調べてくるのだろうというくらいコアな問題が出続けていたが、とうとう周防先輩が最後の賭けにでた。
「ハア……ハア……なかなかやるな」
「ふん……そっちこそな……ハア……ハア…」
「だがこれで勝負は決まりだ。食らうがいい!瑞樹君の今日はいている下着の色は何色かわかるかー!」
「ぐはっ……、なんという神にも恐れぬことを」
「……さすがにそれは俺もわかんないんですけど、というかどうやって調べたんですか?」
「ふふ……まあそちらに人間スカウターがいるようにこちらにも人間望遠カメラがいるのさ」
「……なんか無理やり人間つけてません?」
「そんなことはどうだっていい!さあ!答えがわかるかね!さあ!さあ!さあーー!」
「ぐうっ……参った」
そういって剥離先輩がひざをつく、そしてそれを見下ろすように高笑いを続ける犯罪集団のリーダー、なんか俺この人たちと関わったのは早まったかもしれないなー。
窓にかかる夕日をバックに笑い続ける姿を見ながらちょっぴり後悔していた。
ちなみにそれが正解かどうかは人間望遠カメラが念者したと言い張る写真を見て確認された。
「ただいま……はあ、疲れた」
帰宅し、自分の部屋に戻るとどっと疲れが押し寄せてきてそのままベッドに倒れこむ。
精神的疲労によっても肉体は疲労するんだということを確信し、俺はそのまま眠ろうとする……が、一階から母が呼ぶ声がする。
眠いので無視しようと決めて、無視し続けていると母は俺の部屋のドアをバンと開け、しまった! と思った俺が起き上がる前にヒュンと飛んで背中にジャンピングかかと落しを決めてくる。
「いってえー!なにすんだよ!」
「さっきから呼んでるのにこないからでしょうが!母の呼びかけに答えず寝ている息子にかかと落としは基本です」
「そ……そんな基本があってたまるか!」
「とにかく……瑞樹ちゃんが玄関にいるから呼んでたのよ、女の子を待たせるもんじゃないの!」
「い……いいよ、俺……すごく眠いし、後にしてくれって言ってくれない?」
「後……じゃないでしょ!」
身体をクルリと回転させて母のハイキックが顔面に炸裂する。 すでに四十も近いはずなのに体重の乗せ方が上手い……。 そして俺は痛い……。
「イッテェ……普通母親が息子にハイキックをぶち込むか?」
そんな俺の言葉を無視して母は俺の服の胸倉を掴み、頭をガクガクと揺らしはじめる。
「いいこと……女の子が来てくれたのに応対しないなんてのは愚の骨頂!だからお前はアホだというのだーーーーー」
「そ、そんなどっかの師匠みたいなこと言われても……」
「いいこと……息子よ、幼馴染が家に来てくれる……そりゃテレルわよ、私だってそうだ。でもねテレてしまってこんな美味しいシチュエーションを逃してしまったらあんたはきっと後悔する、というか絶対に後悔する、っていうか私がさせる。だからこそいま勇気をだして進みなさい。母さんはそれを見ててあげるわ、あなたが失敗したとしてもそれはそれでいい経験になるはずよ……さあ行って来なさい!」
「……いや、そんな大したことではないと思うんだけど」
「だったら……行って来なさい。彼女、家の前をウロウロしてて長い間、外にいたみたいよ?見かねて私が玄関に引っ張ってきたんだけど」
「……わかったよ」
「それでこそ我が息子よ……」
母は時々良くわからないテンションになることがあり、そういう時は逆らわないほうがいいという息子として長年の経験がある。
なので渋々俺は階段を下りて玄関に立っている瑞樹に挨拶した。
「……よお……」
「こ、こんばんわ……」
「…………………」
挨拶したあとそのまま二人とも黙ったままでいる。
「そ、それで……その……なんか用事があったんじゃないか?」
意を決して俺から切り出す。
「い、いや……あの……ケガの調子……どうかな……って思って……その……大丈夫?」
「あ……ああ、別に大したことじゃないから別にいいよ」
なんか俺まで緊張している。 何故だ?
「そう……なんだ。その悪いと思ったからさ、あ……謝りたくて……ゴメン」
「べ……別にいいよ、気にするなって」
「う……うん、それじゃそれだけ言いたかっただけ……だから……また明日ね」
「お……おお……それじゃまた明日……な」
瑞樹はそのまま後ろを見ずに玄関から外に出て行った。
「ど、どうしたんだあいつ?」
後ろを振り返ると母が階段を昇りきったところで座りながらこちらを見ている。
「な、なんだよ!見てたのかよ!」
母は何故かあせる俺をじっと見つめて鼻で笑いながら、
「まだまだね」
とつぶやいた……。
「やあ、おはよう諸君!」
昨日の勝負によって勝利した周防先輩が放課後、生徒会室に付き合い同盟賛同者達を集めて勝利宣言を始めていた。
「……つまり我々が勝利したのはひとえに君たち同盟員達の情熱と努力によってが理由だ。だからこそ我々はこの最初のチャンスを生かし……」
俺の存在に気づき先輩が近づいてくる。
「やあやあ和樹君!君も我々の勝利にお祝いを言いにきてくれたのかな?」
「いや、先輩が昨日生徒会室に来てくれといったからきたんですが?」
「ああ、そうだったね……覚えているよ」
「絶対いま忘れてましたよね?」
「そんなことはどうだっていいじゃないか、それより君に合わせたい奴がいるんだ」
そういって合図をして誰かを促すと、同盟員の中から一人の男子生徒がゆっくりと出てきた。
先輩とは時代の違う現代風の爽やかな顔に高身長、穏やかそうな雰囲気を持っていて中々にというか男の俺から見てもすごく魅力的な男性だった。
「紹介しよう……小林洋二君だ…彼を瑞樹君に挑戦させてみようと思う」
「よろしく……小林です」
見たことの無い顔だな……っていうか制服が違う……つまり……他校の生徒?
「先輩……その……この人は……」
「そう……うちの学校ではない!仕方のないことなんだよ、我が校の同盟員はみな一度は瑞樹君に振られているからね……そうするとどうしても他校の生徒を使うしかないのだよ」
「はあ……そうなんですか」
「ちょっと待ったあぁぁ!」
後ろから誰かが大声を出す。『なにやつ!…』時代劇の悪役のような声を上げて周防先輩が声のした方を見る。 そして俺も見る。
振り返ると誰も居ない。 確かに聞こえたのに……、その時天井からガタガタ音がする。
周防先輩も俺もそして他の人たちも天井を見上げていると、天井の板が一枚外れ、そこから剥離先輩が逆さまに顔を出す。
「他校の生徒を使うとは卑怯だぞ…周防よ恥を知れ!」
「恥を知れ!」
さりげなく天井の他の板を外して、その他の隊員達も剥離先輩と一緒に声を上げる。 頭を逆さにした状態で……。 まるでモグラ叩きのモグラみたいだ。
周防先輩を見ると余裕の顔で彼らを見ている。
「もう一度言うぞ……周防よ……お前には誇りがないのか?瑞樹嬢にアタックするために他校の生徒を使うなど誇りのないものがすることぞ……恥を知れ!」
周防先輩の側でも『おお』とか『確かに』という声が聞こえる。しかし周防先輩は余裕の顔で答える
「何を言っている……同盟員になるのに他校の生徒は入れないという決まりは無いし、それに彼女が幸せに青春を感じることができるなら問題はないじゃないか……それにうちの生徒なら学校内で色々妨害ができるからそんなことを言っているんだろう!」
「ぬぁっ……!しまった!」
どうやら図星だったらしく、そのショックでバランスを崩し、頭から床に落ちた。
「隊長!」
他の隊員達も慌てて天井から降りてきて剥離先輩を介抱する。
「ぐっ……何のこれしき、周防よ、貴様は……貴様は……」
ぐるんぐるん回る目で睨みつける剥離先輩を見下すように、
「まあ……君たちはせいぜい彼女の銅像でも作って後生大事に拝んでてくれよ……もっとも君たちならフィギアの方がいいかもね?あっ、後で天井の修理代送っておくから払っておくように」
剥離先輩は隊員に肩を担がれながら屈辱に震えた顔で黙って部屋を出ていった。
「余計なことで時間を無駄にしたけど……それじゃ斉藤君から彼にアドバイスを授けてくれたまえ」
ちらりと小林君を見る。 およそ俺から見てもルックスに関しては問題無いと思う……、前に瑞樹がいいと言ってた芸能人に似てる……ような気もするし、これはイケるんじゃないだろうか……。
「それじゃ早速帰りがてら色々話しようか?」
俺は彼を促して教室をでていく
周防先輩達はこれからの戦略を練るためにまだ学校に残るそうだ。 何で瑞希の為にそこまで真剣に考えられるかわからないが、おそらく聞いたら愛とかそれが青春だとか答えるのだろう……全く理解できないけれど。
「しかし他の学校でも瑞樹って知られてたなんて意外だな」
「そう?俺の学校でも有名だよ?可憐だって」
「……可憐か」
およそ瑞樹とは一光年離れてる言葉だな。
「君は彼女のことそう思わないのかい?」
「思う……?まさか!確かに顔は可愛いけどあいつは鬼だよ」
「誰が鬼ですって……?」
びくっと後ろから聞き覚えのある声がする。
振り向くと先ほど話していた鬼……いや瑞樹が立っていた。
「よ、よお……なんでこんな時間にの、残ってるんだ?な、なにか用でも?」
いかん声が震える。 早くごまかさなくては……。
「今日は日直だったんでね……帰ろうと思ったらあんたの下駄箱に靴があったから一緒に帰ってあげようと思って探してたのよ」
「そ、そうか……で、でも今日はか、彼と一緒に帰るから……い、いいよ」
小林君の方を見る。 彼はニコニコとした顔で瑞樹を見ている。
瑞樹は瑞樹で小林君をじろっと睨みつけて、
「……何で他の学校の生徒がいるのよ?」
「いや……今日たまたま会って意気投合したんだよ……な?小林君?そうだ!帰りの方向も一緒だから3人で帰ろうじゃないか!」
実際に小林君の家など知らないのだけど誤魔化すため俺はそう提案したが、
「嫌!」
却下された。
「なんで知らない奴と一緒に帰らなければいけないのよ?二人でいればいいじゃない。私は今日帰りに47号屋いってチョコオレンジ食べるから」
「あいかわらず微妙な組み合わせが好きだな……」
「とにかくあんた達二人は男同士仲良く帰ってなさいよ!それじゃあね」
「あっ!待って!47号屋行くならちょうど無料券持ってるよ、ちょうど三枚あるから三人分使えるから良かったら一緒に行こうよ」
「……………」
ものすごく渋い顔をして瑞樹がこちらをじっと見ている。
「そ、そうだよ!一緒に行こうぜ47号屋……俺も行きたいし」
「……わかったわよ」
嫌々だが瑞樹も了解した。 何で自分で行くって言ってたのに嫌そうな顔をしているのが少し気になるが………………。
「んで……なんで念願のアイス食べられたのにそんな不機嫌なんだよ?」
「……別に不機嫌じゃない」
明らかに不機嫌じゃないか! でもそれをこれ以上指摘すると怒るだろうから何も言えないけど……。
あの後三人で47号屋に行って俺は小林君をフォローしようと色々立ち回ったが瑞樹は機嫌がどんどん悪くなってきて最終的にはもう帰ると一人で帰ってしまった。 俺もあわてて小林君に別れを告げて瑞樹の後を追った。
やっと追いついて話しかけても瑞樹の機嫌は悪いままで取り付くしまがない。
「そうか……あれか……ゴメンな無神経だったな」
「……?」
そうだった。 瑞樹が怒ったのは小林君がいたからなんだ。 それしか考えられない。
「何がよ……?」
いらだつように瑞樹が俺に問いかける。
慣れた俺でもギクッとするような顔をゆがめて俺を見つめてくる。
「小林君のことだよ。彼が居たから機嫌悪かったんだろ?」
「べ、別に……」
「一緒に帰ろうと思ったら、余計な者がついてきた……そういうことだろ?」
瑞樹は顔を赤くして俯いている。 図星のようだ。
「ま、まあ……どうせ和樹のことだから、うっかり授業中に東西南北中央不敗!とか、これが俺の青春納めやー!とか叫んで先生に放課後呼び出されたとかしたんだろうと思ったから、そ……その、お、幼馴染のよしみで一緒に帰ってあげようかなと思っただけなんだから……勘違いしないでよね……」
悲しくなった。 幼馴染の自分に対する評価を聞いて……。
それじゃ俺、完全に頭のおかしい人じゃん……。
でも珍しく恥ずかしそうに俯いている瑞樹を見たのは久しぶりなので、まあよしとしよう。
意外に可愛いかったし……。 こんなこと絶対口が裂けても言えないけど……。
それと、瑞樹の俺に対する誤解を改めさせようという新しい目標もできた。
「……しかしいくら人見知りだからって、あの態度は良くないな」
「はっ?」
「いいか、いくら人付き合いが苦手だからって、俺としか話をしないというのも良くないと思うぞ、そもそも人と人は一人では……」
こないだドラマで感心した話を瑞樹に話そうとするが、瑞樹はしらけた顔でこちらを見ている。
「だからだな……お前に必要なのはやはり新しい彼……」
「もういいわ……、あんたに期待した私が馬鹿だった……本当に」
溜息をつくように肩を落とし、瑞樹はそのままスタスタと歩いていってしまった。
あれ? ソレが原因じゃなかったのか? それじゃいったい何が原因だったんだろう?
道の真ん中で一人で考え込んでいると、ダダダダっと誰かが走ってくる足音がする。
なんだ? 俺が後ろを振り向こうとした瞬間、
「こ~の~バカ息子がーーーー」
ズバッと飛び蹴りを放つ我が母、斉藤静江 年齢三十後半。 そしてその蹴りを顔面ブロックで受け取る息子、斉藤和樹十五歳……。
「ぐわっ!」
ズザザザザ……。 アニメで主人公が吹っ飛ばされるような音(実際吹っ飛ばされているわけだが)をして俺は地面に仰向けに倒れる。
なんだ? 何が起きたんだ? いや何が起きたのかは分かるけど、何の因果で母にとび蹴りを食らわなければならないんだ……。
「甘い……甘過ぎるわ……馬鹿息子がーー!」
「そっちこそふざけるなよ!いきなり他人に蹴りを……おろ?」
買い物袋を持って仁王立ちする我が母をにらみつけながら立ち上がろうとするが、立ち上がれない……嘘だろ? 足に来て立ち上がれないなんて……そんな……マンガみたいなことが……。
「あんなおいしい青春シチュエーションをぶち壊すとはどうして……どうしてわからない!この馬鹿息子が!」
生まれたての子馬のように四肢をガクガクさせている俺のことなど少しも気にかけず、拳に力を込め渾身の力で母は殴りつける。
「な、なんだよ……母さんみたいに訳のわからない熱血は嫌いなんだよ!それに青春シチュエーションってなに?そんなうちのヘンタイ副生徒会長みたいなこというなよ!わけわかんねえよ!」
母はぴたりと拳を止めて悲しそうに俺を見ると涙を浮かべながら、さらに強く殴り続ける。
「この母の気持ちがわからないなんて……この!この!馬鹿息子が…………」
薄れ行く意識の中で母さんに、いい加減昔のアニメを見て影響うけるのはもうやめてくれよと叫んでいた…………。
目が覚めたときに最初に思ったことは怒りだった。 続いて痛み。 そしてその痛みによってさらにその怒りが増大した。
服を着替え、階段を下りるとちょうど怒りの原因がいた。
「あら……おはよう和樹、昨日はよく眠れたみたいね」
「……おかげさまで、いつ家に帰ったかわからないくらいよく眠れたよ、お母様」
「まったく……人が説教しているのに道端で眠るから私がおぶってきたのよ……少し重かったけど成長したのね、この前まではあんなに小さかったのに……」
息子のひそかな成長を喜ぶ母の顔になってニッコリと笑いやがる。
「そりゃ眠ったんじゃなくて殴られすぎて気絶したんだよ!」
「ああそれより朝食の支度しないと……」
俺の怒りをよそに母さんは台所に向かってしまう。 俺もそれ以上突っ込むとまた眠ることになりそうなので、怒りをなんとか抑えて台所に入っていった。
「父さんはもう会社行ったの?」
「とっくにでかけたわよ……瑞樹ちゃんのお父さんと一緒にね」
「父さん達、なんでいつも二人で出勤するの?」
「仲がいいからでしょ……それよりご飯よそってちょうだい」
母さんに言われ炊飯器を開けて白飯を茶碗によそう。
仲がいいからって一緒に出勤はしないだろという突っ込みをしたかったが、昨日のことで疲れていたのでそれ以上突っ込むのはやめよう……。 今度聞けばいいや。
ご飯をよそうのを終えて、母さんと黙々食べているとピンポーンとチャイムが鳴る。
「あら?誰かしら、ちょっと見てきてくれる?」
朝食をほとんど食べ終わっていた俺は黙って席を立ち、玄関のドアを開けると……瑞樹がそこには立っていた。
「お……おはよう。どうしたんだ?」
なんとなく昨日のことで気まずかったのでそれが挨拶に出てしまったが、瑞樹はそんなことは気にしないようで、
「おはようじゃないわよ!学校行く時間でしょうが!」
「えっ!まだそんな時間じゃ……」
時計を見ると……もうそんな時間になっていた。
「ちょっ、母さんなんで教えてくれないんだよ!」
「別に言わなくても瑞樹ちゃんが迎えきてくれるから必要ないでしょう?おはよう瑞樹ちゃん」
「あっ!おはようございます!」
二人ともニコニコしながら朝の挨拶をする。
「そんな……瑞樹が来なかったら遅刻してたじゃないか……」
「あら……大丈夫よ。昨日家に帰ってあんたを部屋に置いた後に、よく寝坊するから迎えに来てあげてと瑞樹ちゃんに電話して頼んどいたのよ」
「……まあ仕方ないわ、一応幼馴染だし……一緒の学校だし……ついでに起こしにきてあげるわよ。……そんなことより……」
「早く準備しなさい!」
母さんと瑞樹両方に怒鳴られ、俺はあわてて二階にへとかけ上がっていった………。
「ふーんふふーん」
瑞樹は朝会ったときには仕方なくと言っていたのに、いざ外にでて一緒に歩き始めると鼻歌を歌いだした。 上機嫌だ。
なぜ急に機嫌が良くなったかはわからないが、とにかく機嫌が良いことに越したことは無いのでホッとしていると、
「おはよう……和樹君……相馬さん」
十字路の右側から小林君が歩いてきて声をかけてきた。
「あれー!おはよう小林君偶然だねー!」
俺が驚いたように挨拶を返すと瑞樹も釣られたように、
「……おはよう」
と冷たく挨拶をした。
「はは本当に偶然だね。良かったら途中まで一緒に行こうよ」
「ははは……いいよ!一緒に行こうよ!瑞樹もいいだろ?」
「……………」
返事を返さないが、嫌だと言わないから大丈夫だろう……と、希望的観測で判断して俺達三人は一緒に歩き出した。
「でも……本当に偶然だね」
「そうだね、確かに家が近いから会っても不思議ではないよね、帰りとかももしかしたら会ったりして……」
「………………」
実は偶然ではなく昨日47号屋から帰るときに俺がメールして通学路を教えておいたのだ。 他にも色々とメールしようとしたが、我が家の熱血ママのおかげでそれができなかったので後日するとしよう。
まずは普通に話ができるところまで瑞樹を小林君に慣れさせないと………。
「そういえば……昨日Nステ見たかい?モランブが新曲歌ってたよね?」
モランブとは最近人気あるダンスユニットで瑞樹が前にモランブが好きだと言っていたのを俺が小林君に教えておいたのだ。
「ああ……そうなんだ。俺昨日帰ったらすぐに寝ちゃったから見てなかったんだよな。瑞樹はNステ見たか?確かモランブのファンなんだろ?」
さりげなく瑞樹に話を降ると、
「……別に」
という冷たい返事が帰ってきた。
あれ? なんか機嫌悪くなってきてないか? さっきまで良かったのに…………。
その後も俺は瑞樹に話を降るが『別に…』とか『ふーん』という返事しか返ってこなく、結局小林君と別れるまでそんな不毛な会話を交わし続けた。 彼と別れてからもまだ機嫌が悪いままなので極力話しかけずに、何故瑞樹の機嫌が良くなってまた悪くなってしまったのかをずっと考えていた……。
「それで……瑞樹君はどうなんだい?」
「とりあえず今日一緒に登校してみたんですが、駄目です。取り付くしまもなかったです。もう少し時間が必要かもしれません」
俺はカーテンを閉め切り、入り口のドアには『会議中につき関係者以外立ち入り禁止』という張り紙をした生徒会室で『第一回青春会議』に参加していた。
「ふーむやはり一筋縄ではいかないか……防衛委員長、妨害等の有無はどうだ?」
『はっ』と防衛委員長と呼ばれた男が立ち上がり返事をして答える。
「こちらでは妨害者による情報工作、脅迫、また候補者への直接妨害も確認しておりません」
「諜報委員は?」
「はっ!工作員からは何も情報は入っておりません。沈黙を保っているようです」
「うーむ…敵側の工作があったというわけではないようだな」
「あの~、一体なんなんですか?防衛委員とか諜報委員って」
「いや~、最初は同盟を作り上げたときに色々情報を集めたりとか瑞樹君自身を守るために候補者を集めて作り出したんだけど、今は敵組織からの防衛と諜報活動が主な任務だよ」
「よくわからないんですけど……つまり剥離先輩達からの攻撃を防衛するためと情報を集めるための委員ってことですか?」
「その通り!格好いいだろう?こういうのも青春っぽくていいよね!」
「……なんか青春関係無くなっているような気がするんですけど……」
「そんなことよりしばらくは小林君と共同して瑞樹君へのサポートを頼むよ。それから防衛委員は小林君の身辺警護を、諜報委員は敵組織の動向を逐一報告してくれ……このまま剥離がおとなしくしているとは思えないからね」
テキパキとみんなに指示をだす姿はさすが副生徒会長らしく思えたが、指示している内容が内容なので苦笑いが出てしまう。
会議を終えて、自分の教室に戻る途中で瑞樹と出くわした。
手には四角い包みを持っている。 すると瑞樹は俯きながら、俺を廊下の隅に引っ張っていき、
「ちょうど良かったわ……はい!」
といって俺に四角い包みを俺に渡してきた。
「なんだこれ?」
「あんたのお母さんが昨日電話で明日は忙しいから弁当作れないって言ってたから可愛そうなんで作ってきてあげたのよ……勘違いしないでよ!幼馴染のよしみだからね!本当だからね!」
「あ、ああ」
瑞樹は弁当を渡すと顔を赤くしながら、走って自分の教室に行ってしまった。
教室に戻り、席について包みを開く、いかにも女の子が使うような可愛らしい熊の絵の描かれたプラスチックの弁当箱が出てきた。
蓋を開けると綺麗に盛り付けられたおかずとご飯があり、ご飯の上には桜デンプンが乗っていた。 ちなみに桜デンプンは俺の好物でよく母さんに幼稚園の弁当につけてくれとねだったものだ。
「あっ……美味い」
一口食べて思わずそう口走ってしまい、周りに聞かれていないか少しあせったが、幸い誰も聞いていないようなのでそのまま黙って食べ続けた。
これってやっぱり瑞樹が作ったのかな?
そう思うと俺も少し顔が赤くなってしまい周りの人間に気づかれないように食べるのが大変だった……。
放課後の静まり返った校舎、その中を足音が響いている。 足音を立てないように歩いているようだが、急いでもいるようで結局彼の足音をなるべく立たせないという努力は無駄になっている。
それでも彼はそれをやめず、やがて目的地に着いたようで歩みを止めた。
そして思いのほか荒くなっている息に気づき落ち着かせようとニ、三度深呼吸をし、てそれから入り口の戸をノックした。
「……女神」
「……防衛」
かちゃりとカギの空く音がする。 そして静かに戸が開かれた。
彼は音を立てないように静かに中に入りスーと戸を閉め、カギをかける。
中には何人もの男達がひしめき合っており、どうやら自分が最後だったようだ……。
部屋の中の雰囲気は暗い。 実際にカーテンを全て閉めているので本当に暗いのだが、部屋の中も男達の表情も暗闇に閉ざされているように真っ暗になっている。
『まるで敗残兵の集まりみたいだ』子供の時に見た戦争映画の中で敗残兵がせまい壕の中で敵がいつくるかと不安になっている映像を思い出し、彼はそう心の中でつぶやいた。
事実彼らは敗残兵だった。 ある目的をかけての勝負に負けた彼らはここで惨めにひしめき合っているのだ。 誰もが諦めたかのように顔を下にして押し黙っている。
その部屋の奥……、窓際に一人イスに座り、天井を見上げている男がいる。 彼こそがこの敗残兵達のリーダーであり隊長……。
もう俺達は駄目なのかもしれないという諦めがその部屋に充満しているのを目で、身体で、心で理解していているはずなのだが、彼は静かにただただ顔を上げて腕を組んでいるだけだった。
彼の椅子から出るキーキーという錆びたスプリングの出す金属音が部屋の中の溜息と溶け合ってますます陰鬱な雰囲気が増していった。
そのとき誰かが耳打ちをする。 すると男は一旦視線を下げ、一拍置いてから立ち上がった。
目の前にいる者たちが彼に集中する。
「諸君……我々は敗北した」
男は簡潔に事実上の敗北宣言をした。
部屋の中の空気は一層重くなり、そこにいる全員がもはやここまでかと諦めかけたとき、
「諸君、我々は敗北した。……しかしそれですべてが決まったわけではない!」
皆が顔を上げる。 部屋の中はカーテンを閉めているので暗く男の顔は見えない。
「諸君には、何がある?腕がある、足がある、頭がある、何より生きている!我々はまだ生きているのだ!」
わずかに……本当にわずかにだが部屋の中の空気が軽くなった気がする。 しかしそれでも彼らに充満する敗北者の気配は消えない。
「死んでしまえば我々は敗北だ。ああそれは認めよう、しかし我々は生きている。つまりまだ完全に敗北していないということだ!腕があるなら物をつかんで投げることができる。足があるなら走ることもできる。そして頭があるなら逆転の戦術も戦略も考え付くことができる!諸君……立ち上がろう…立ち上がれ!立ち上がるのだ!」
バンッと照明が男にあたる。
男の名は剥離忠信……瑞樹防衛隊のリーダーであり隊長である。
剥離の目は死んでいなかった。 不適に笑ってさえいる。
最後に部屋に入った彼が周りを見るとみんな立ち上がっていた。
敗北に心が砕かれ、絶望に頭を下げられていた男達がそれらに打ち勝ち、もう一度と砕かれた心のかけらを必死でかき集めて立ち上がろうとしていた。
「諸君……よく立ち上がってくれた。皆に聞きたい、我々の目標は?」
「瑞樹嬢の防衛!」
「諸君……我々の敵は?あのおぞましく身の程を知らない敵は一体誰だ?」
「同盟!同盟!」
「そうだ……同盟だ……しかし我々は約束をしたつまり邪魔をしないと……約束を破るのは信義に反する、それは恥ずべきことだ」
ざわざわと男達が騒ぐ、何故ここに来て勢いを裂こうというのか? 最後に部屋に入った彼もまたその疑問を持った。
「たしかに我々は約束した……邪魔をしないと……認めると……しかし……」
彼はニヤリと笑い
「何日までとは言わなかった!」
おお! 一層ざわめきが強くなる。
「つまり我々はもう解放されてもいいのだ!奴等の勝利から!我等の敗北から!そこで最後に諸君に聞きたい!我々は十分耐え忍んだか?それともまだ耐え忍ぶべきか?」
「十分!十分!」
剥離は大きく息を吸い目を閉じそして黙る。 その何秒かが彼らにはものすごく長く感じるのだろう……。
早く早くとつぶやく者もいる。 待ち切れないのかその場で足踏みをしている者達もいる。
剥離が焦らしている間にも彼らから出ていた敗北の臭いは浄化されるように消えている。
いやすでにもう消えうせていた。 いま彼らの中にあるのは一つの命令だけ……。
そして剥離は目を開き自らの言葉を待っている同志達に宣言した。
「よろしい!ならば我々は耐え忍ぶのはやめよう!今このときから我々の第2の戦いが始まる!さあ諸君らは今日は家に帰り、寝て、英気をやしなってくれ、そして明日から始まる戦に全力を出し瑞樹嬢を守ろう!」
『おおおー!』万雷のような歓声が部屋の中で爆発する。
彼らは生まれ変わっていた。 最初に自分が入ってきたときには彼らは間違いなく敗北者だった。 しかし部屋を出て行く彼らはまるで祖国を守るためにやってきた兵士のような気高さと誇りが見えている。
教室からは兵士達が…一人の少女を守護しようと改めて熱く誓い合った者達が進軍するように一人一人出て行く。 そんな者達を教室の隅で見つめながら彼は忌々しげに舌打ちをして部屋から出ようとする。
剥離の演説恐るべしと心に思い部屋を後にしたところで肩を誰かが強い力で掴んできた。
振り返ると剥離が憮然とした顔で立っていた。
「江藤……周防に報告する気か?お前は隊則第2条に反したので修正をする。観念しろ」
彼は何事か喋ろうとしたが言葉が出ない。
そのまま部屋の中に戻され戸を閉められた。
そのとき初めて彼は声を、いや悲鳴を上げたのだった…………。
「周防さん……江藤からもう同盟員をやめるという連絡が来ました。おそらく剥離にバレてしまったのかと」
「……そうか……わかった脱盟を認めると伝えておけ」
「……いいんですか?」
「おそらく修正を受けたのだろう。ならもうこちら側にかかわろうとはしないさ……向こうもそれはわかってるだろう」
「………わかりました」
「それと……江藤に……の薬を届けてあげなさい」
「……の薬ですか?なんでまた?」
「修正のやり方を考えたのは僕と剥離だからね、何をされたかはわかるんだよ。だからこそ……ね」
「……はい、わかりました」
側近は……の薬を取りに保健室へと向かった。 生徒会室の中で一人残った周防は携帯を取り出し画面を開く。
待ちうけ画面は隠し撮りした、瑞樹が蛇口から水を飲んでいるショット…そしてデータフォルダを開くと剥離と周防が肩を組んでいるフォトが画面に出てくる。 ちなみに二人とも鉢巻をしていて鉢巻には相馬LOVE。 と書いてある。
「馬鹿な奴だ……お前は彼女を崇拝しすぎなんだよ、前のようには戻れないのか……」
そういって彼はしばらく画面を見つめていたが、やがて携帯を閉じると、部屋を静かに出て行った。 外の桜はすでに大分散っていて、もう麗らかな春は過ぎたということを誰かに伝えているようだった……。
俺と瑞樹と小林君の三人での登校が始まってから一週間が立ったが、ようやく瑞樹は小林君と会話をするようになった。 それでも会話が弾んでいるとはいえない状態だけど……。
「そういえばこの間モランブのライブビデオ手に入れたんですけど良かったら見ますか?」
「いいなあ……瑞樹どうする?」
「それじゃあ和樹、小林君から借りといて」
「また47号屋の無料券手に入ったんですけど行きません?」
「瑞樹よかったな……でもあいにく俺は今日は……」
「和樹……行くわよ」
こんな感じで俺を間に通してだが会話をするようにはなってきた。
しかしこれでは埒があかない。
「確かにこれじゃ付き合うどころか二人で遊ぶのもいつになるかわからないですね」
小林君が俺に答える。
今は学校からの帰り道である。 瑞樹は日直なので今日は二人で帰っている。
彼は敬語を使って穏やかにしゃべるが、これは瑞樹が粗野に喋る奴が嫌いだと俺が教えたからだ。
それなので彼は口調まで気をつけて変えているのだが、こんなにいじましく努力する彼を見ると俺としても彼の努力に報いてあげたいと思い、色々やっては見るんだが、どれも結果は芳しくない……。
「やはりここはDプランをやるべきではないでしょうか?」
「……あれやるの?強引だからな……失敗したらもう取り返しつかないよ」
「確かに……しかしこのままではジリ貧ですから……それに必ずしも失敗するとは限らないでしょ?」
そういって彼は片目をつぶってウインクする。 彼がやるとクスリと笑ってしまうほどにチャーミングだった。 それを見て俺も小さくうなづく。
たしかに俺としてもこのままではというのがあったので覚悟を決めた。
「わかったDプランでいこう」
小林君はにっこり笑って手を差し出す。
俺もその手をとって固く握り合った。
家に帰ると俺は気を落ち着かせる為、ラジオ体操第二をフルコーラスで踊りそれから瑞樹の携帯に電話をかけた。
「……何よ?」
数コールして瑞樹が出るが、もしもしもいわず用件から聞くところが瑞樹らしいな……、
「いや……実はさ今度の日曜日に服を買いに行こうと思うんだけど、女子の意見を聞かせてもらいたいんだよね、だから付き合ってくれない?」
電話だと口調が丁寧になってしまうのは何故だろうか? おそらく緊張と相手の顔が見られないというのが理由ではないだろうか? 事実、俺はその理由、特に緊張が大勢を占めているので仕方ないだろう。
自分から瑞樹にかけることなんてそう滅多にないのだから……。
「……い、いいわよ……どこで待ち合わせ?」
「あっ、それと小林君も行くから!」
「……何で?」
うわっ! 一気に機嫌が悪くなった! 瑞樹の性格上嫌いな人間とは一緒に居たがらないから必ずしも小林君が嫌いだということは無いんだろうけど……なぜこんなに機嫌が悪くなるんだ? この感じじゃDプランは最初からつまづいたかもしれない。
「いや……彼は結構オシャレだから……一応ついてきてもらおうと思って……」
「……で、どこ?」
「へ?」
「いいわよ……一緒に行ってあげるわ、どこで何時に待ち合わせ?」
「そ、そうか……なんか嫌そうだから断るかなと思った」
「別に……嫌じゃないわよ。それに……初めて……でしょ?」
「……何が?」
「あんたがどこかに行こうって誘ったの!どうせ暇だから行ったげるわ。確かに前から和樹のセンスには言いたいことあったし……」
「そ、そうか……!それじゃ昼に駅近くの公園で待ち合わせしよう」
「わかった」
「そ、それじゃ……」
電話を切ってすぐに小林君にメールを送る。『成功……Dプラン開始します。』数分後彼から返事のメールが帰ってくる
『了解こちらも全力をつくします』
携帯を傍らに置き、横になりながら日曜のことを考える。 はたしてこれでいいんだろうか? 何か間違っているような気がする。 それでもその何かがわからなくて俺はただベッドの上をごろごろと転がり続けていた……………。
そして日曜日。 待ち合わせ場所にはニコニコしている少年と明らかに不機嫌な顔をした女の子が立っていた。
「おそい!なんで自分から誘っておいて遅刻してくるのかしら……許せないわ」
「まあまあ落ち着いて…もう少ししたら来ますよ」
「……………」
小林の落ち着いた声でさらに苛立ちが増してくるのか、眉間にしわを寄せて公園の入り口を睨む。
なぜこんなに彼を気に入らないんだろう? 特に気に入らないタイプではないのに……。
考えるのを邪魔するかのように携帯の着信音が流れる。 最近出たモランブの新曲……自分でダウンロードしたものだ。 おそらくあいつだろう、携帯を取り出して開口一番怒鳴りつける。
「今何時だと思ってんのよ!今どこ!どこにいるの!」
瑞樹の電話での剣幕に付き合いの長いあいつも驚いたようで気まずそうに話始める。
「いや……すまん!ちょっと用事が出来ちゃって、後少ししたら行くから適当に時間をつぶしといてくれ」
「なっ!ちょ、ちょっと……」
言いたいことだけを言われてすぐに電話を切られてしまった。
ああ! 自分から誘ったくせに! とぼやいて親指の爪を噛む。
「どうしたんですか?」
小林がまたニコニコとした顔で聞いてくる。
視線を合わせないように早口で、
「あいつ遅れてくるからどっか適当に時間をつぶしてくれって、私ちょっとその辺歩いているから小林君も適当に時間をつぶしてて」
瑞樹は返事を聞く前に歩き出す。 その顔には少し焦りの色が見える。
「そう冷たいこと言わずにどこかの店でジュースでも飲みましょうよ」
彼が提案するが、勿論瑞樹にそんな気は無い,
「遠慮しておくわ、一人が好きなのよ」
そっけなく言い返す。 これくらい冷たい態度を瑞樹ほどの美人にとられれば大抵の男は萎縮するか怒り出すかのどちらかだろう。 しかし小林の性格上怒るということはなく、おそらくああそうですかとかいっておとなしく一人でどこかへ行ってくれるはずだ。 瑞樹はそう予想していた。
しかし小林の言葉は瑞樹の予想の外だった。
「和樹君が近くにいないと怖くて一緒にいられないのかな?」
「はっ?」
歩き出そうとして止まり、思わず聞き返す。 今のは空耳? と大きい目を丸くして小林に向き直る。 彼は瑞樹の疑問を正確に理解してくれたようで、
「和樹君が近くにいないと怖くて僕と一緒にいられないの?ってきいたのさ」
「……なんでよ?」
瑞樹が当然の疑問を小林にぶつける。
「いえね……初めて一緒に登校したときから思ってたんだけど相馬さんは僕と直接話さないで和樹君を通して話すからそうなのかなと思ってね」
小林が不適に笑う。
「あんたのことが大嫌いだってのは考えないわけ?」
「それはないでしょう……君が僕のことを嫌いなら最初からここには来なかったでしょう?たとえ和樹君の誘いでも……ね」
図星なのか、『う~』と僅かに発して顔をしかめる。
「まるで……私のことを全てわかっているみたいに言うわね……」
嫌味をこめて言った言葉も効果が無かったようで、小林はクスリと笑いながら瑞樹を見つめる。 まるで嘲笑するかのような笑い方だ。 瑞樹の顔がますます険しくなる。
「いやいやまさか……僕は君の全てなんかわからないよ、全く興味ないしね。本当に君はあの方から聞いたとおりの女の子なんだね、可愛いな」
まるで幼稚園児を宥めるかのような態度で見つめてくる。
瑞樹はその視線に我慢が出来なかったのか腹に力を込めて彼に叫ぶ。
「あの方ってなによ!……っていうかあんた何者?意味わかんないわ!」
小林がまたクスリと笑う。
「本当に君は話どおりなんだね。本当は人一倍臆病で寂しがりなのにそれを見抜かれたくないから強がる。そして本当に好きな人には迷惑がられている」
「はっ!私が臆病ですって?それに好きな人って誰よ!私には好きな人なん……」
「斉藤和樹!」
ビクッと瑞樹の身体が反応してしまう。
「……ほら、反応した。君は本当に可愛いなー馬鹿と呼べるほどにね!そんなことだから和樹君に早く彼氏を作ってもらって解放されたいと思われるんだよ。最近彼が僕とよく一緒にいる理由がかわかるかい?彼は僕と君をくっつけようとしているのさ、最初は僕もあの人に言われたからそのつもりだったけど君が思っていた以上に馬鹿なんでそんな気は失せたよ」
「……嘘だよ」
「嘘なもんか!事実今日、彼が遅れているのも最初から計画済みさ!僕と君が二人っきりになるためにね!」
「……嘘だもん!」
「おやー?ずいぶん可愛い返しだね?ショックだったかい?でもしょうがないよね?君は臆病で弱い女の子なんだから」
瑞樹はすでに聞こえていないのか呆然と立ち尽くした顔で、
「あいつが……あいつが初めて誘ってくれたからコブ付きでもまあいいかと思って……新しく買った服を着て……靴も新調して……慣れない化粧も……したのに……そんなのって……そんなのって……ひどいよ……」
うわ言のように一人呟いている。
やがて耐えられなくなったのか瑞樹は走り出した。 大きな目からボロボロと涙を流し、それを他人にみられないように手で押さえながら。
「もう帰る……帰るの……お家に……」
子供のように呟きながら公園の入り口へと走り続けていく。
その後ろ姿を涼しい顔で見つめながら小林が作戦が成功した将校のような誇らしい顔で携帯のメールを打っていた。
「ふう~、言ってやった……言ってやったぞ」
額に流れる冷や汗を拭いて携帯をポケットにしまう。
案の定激怒していた瑞樹に一方的に遅刻することだけを言って電話を切った。 後が本当に恐ろしいがこれもあいつのためと俺のためでもあるんだから我慢しよう。
「少しは打ち解けてくれるといいんだけどな……」
でなければ、この後瑞樹の不機嫌を一身に受ける俺としては報われない。
瑞樹は少し角が取れたほうがいいのだ。 今まで意識していなかったが、顔は可愛いのだから……。 満面の笑みでこちらに笑いかけてくれる瑞樹を想像して見るが、上手く映像化できない。 よく考えたらあいつが満面の笑みでいるところを見たことがなかったんだ。
気を取り直して公園の入り口脇の茂みから覗き込もうとしたら誰かが走ってきたのでぶつかった。
「瑞樹?どうした?なんで顔を手で……」
俺の声に瑞樹は気づいたようで顔を抑えている手を話してこちらに向いた。
うん?……な……泣いてるのか?
「お、おい……な、なんで……泣いて…」
その瞬間バシッと大きな音がした。
はっと気づくと左の頬がジンワリと痛む。
驚いて瑞樹の顔を見ると涙でクシャクシャにしながら俺を睨んでいる。
何故? 俺はなんで瑞樹に……こんな初めて見る顔で睨まれているんだ?
「……私は……あんたなんかに彼氏を見つけてもらおうなんて……思わない……大きなお世話よ!」
そのまま俺の横をすり抜けて走り去っていく。
何で……そのことを……。
瑞樹の走ってきた方を見ると小林君が難しい顔で立っていた。
そうか……全部バレたのか……、そりゃ怒るよな……
「すいません、失敗してしまいました」
小林君が俺のところに来て謝る。
「いやいいよ……よく考えたら俺の方も余計な世話してたし……あいつが怒るのも無理ないから……」
その後小林君と二言三言話をしたが内容は覚えていない。 気がついたら家に着いていた。
玄関を開けて自分の部屋に入るとそのままベッドに倒れこむ。 久しぶりに見た瑞樹の泣き顔を思い出すとひどく心が痛んだ。 俺はとりかえしのつかないことをしてしまったんじゃないだろうか?
ベッドに倒れたまま、色々なことを考えているうちにいつのまにか俺は眠ってしまった。
そして夢を見た。
懐かしい気がするが本当にあったのかと言われれば答えられない。 そんなひどく曖昧な夢を…………。
小さい女の子が泣いている。 どこかで会った気がする。
ああ……そうだ瑞樹だ、この頃はもの凄い泣き虫で、よく泣くのでひどく困らされていたんだった。
『泣くなよ』
『だって……だって……、エーン』
『泣くなよ……いつまでも泣き虫だと結婚してやらないぞ』
瑞樹は一瞬驚いたように目を開くと一拍置いてまた泣き始めた。
『ヤダヨー、ミズキはカズくんと一緒にいるんだもん!』
『それじゃもう泣かないか?』
『グスっ……うん……もう泣かないよ』
『強くなるか?』
『うんっ!なるよ……ミズキ強くなるからずっと一緒にいてね?約束だよ』
『わかったよ……みずきが強くなるなら約束するよ』
『うん!約束!』
そういって自分の小さな指を瑞樹の指にかけて約束を交わした。
すごく……懐かしくて……悲しくなる夢だった…………。
目が覚めると顔が濡れている。 何だ? と思って顔を触ると涙だった。 泣いていたのか? 俺……。
さっきの夢を思い出すとまた涙が出てくる。 ひどく後悔していて、できるなら数週間前にもどってやり直したいくらいだ。
いや……もう……頭が回らない……何も考えたくない……何を考えても罪悪感しかでてこない。 寝てしまおう……。 また夢をみるかもしれないけど、それでも起きて後悔に悩まされるよりはきっとマシだ。 俺はそのまま無理やり眠りに着いた……。
次の日……瑞樹は学校を休んだ。
「それは……本当か?」
「はい……同盟員の木下……大倉の二人が同盟を脱盟し防衛隊に入ったようです」
報告に顔をしかめて周防が顔を上げる。
報告をした情報委員の男が溜息をつくように周防に話しかける
「周防さん……剥離の離間策で同盟員が次々と離れていきます。対策を考えないと」
「わかっている!少し考えさせてくれ!」
怒鳴りつけるように男の言葉をさえぎって周防は考え始めた。
まさか……ここまで来て剥離達が復活するとは……。 甘かった……。
確かに剥離の演説で連中が復活し始めたというのは気づいていたが、まさか同盟の離間工作を始めるとは……。
あと少し……せっかく斉藤和樹の協力を得てもう少しと言うところまできたと言うのにここまで来て邪魔をされてたまるか!
我々は瑞樹君を手に入れて青春を謳歌するのだ! 断じてあんな負け犬達に負けるわけにはいかない!
そうだ! 剥離たちは負け犬だ! 相馬瑞樹をはじめて見た時……僕は自分の顔が赤くなる音を初めて聞いた。
恋? ……確かに最初はそこから始まった。 だからこそ僕……いや僕達は努力した。
彼女の好みを調べ、どんな考えをし、そして好きなのはどんなタイプなのか? 知ろうと努力をしたのだ!
結果は残念ながら実らなかったが、だがせめて……せめてそれなら僕は彼女の青春の手助けをしようと決意した。
過ぎてしまえば二度と来ない青春時代……それを思い出したときに素晴らしかったと思えるような時代をすごさせる。
そのためにはすばらしい恋愛も必要ではないか……。
そしてその青春時代の一ページに自分の名前が入るなら……しかし、剥離は違った。
あいつは彼女をあまりにも愛しすぎた。 愛しすぎたゆえに彼女を神格化していき、そして最終的に彼女を神としてしまったのだ。
哀れだ……どんな崇拝しようと彼女は人間であり女の子なのだ。
それがわからず勝手に彼女を神扱いしてしまう剥離に僕はもう言葉をかけることはできなかった。
そして僕は僕の意見に賛同する仲間を集めて付き合い同盟を作り、剥離は防衛隊を作り僕達は………敵になった。
もう昔に戻れるようなことはないだろう。
何かを決意したように周防は傍らにいた男につぶやいた
「剥離とは……いや防衛隊と決着をつけるしかないのか……」
「失礼します……隊長、新隊員を連れてきました」
校舎の奥……今は使われていない教室に剥離はいた。 周りには防衛隊のメンバーが彼を囲むように立っており、ややピリピリしたような空気が漂っている。
新隊員を連れてきた男が彼らを剥離のところまでつれてくると彼らは一斉に敬礼をはじめる。 これは防衛隊に入ったときにやる挨拶であり、新隊員が一番初めに覚えることである。
「同盟より二名を説得しました」
自分達は勧誘はしない、その場合は説得と言っている。 そう、これは説得なのだ。
無知で身の程を知らない者たちに身の程を教え説得するのだ。 彼女は女神であると。
周防が聞いたら哀れなと言うかもしれない、だが自分から見れば周防の方が哀れに思える。
あいつは……周防は負け犬だ。 自分もかつて周防と同じく彼女に好意を持ち奴と協力して彼女の情報を集めたが、周防は彼女に挑み撃沈した。 当然だ。 いくら情報を集めても所詮戦車に竹やりで突っ込んでも勝てるはずがない! それくらい彼女は圧倒的なのだ。
しかし周防は撃沈したというのに、惨めにも彼女の周辺にいてせめて彼女と共有した時間を持ちたいと言う考えになってしまった。
まるで敗北した国の人間が勝利国の人間の姿や仕草を真似して近づいた気になって悦に浸かっているかのようだ。
自分にはそんな恥ずかしい真似はできない。
負けたなら敬して近づかずというのをすべきなのだ! 彼女は完璧だ。 そして純粋な存在なのだ。
我々のような凡百な人間が彼女に触れていいはずはない! なのに周防は彼女をただの人間だと規定する。
自分と同じで浅ましく愚かな人間なんだと規定するのだ!
そんなことは許されない! いや許すべきではないのだ! 周防の愚かな自分の考え方を改めさせるため自分は戦い続けなければならない。
もっとも周防が愚かに気づくことはおそらくないのだろうが…………。
自嘲気味にくっくっくと笑う剥離の姿を見て、周りの隊員たちも笑い始めた。 彼らは剥離が仲間に裏切られて行く斜陽の同盟を笑っているのだと勘違いし、嘲笑ったのだ。
部屋の中には笑い声が響く、隊長の真意を誰一人理解することなく………。
隊長とその他の笑いはいつまでも続いていた。
「はい……相馬瑞樹と斉藤和樹は絶縁状態になったと思います。同盟と防衛隊……ですか?はい……そっちのほうも火種は十分かと……はい……はい……それではそろそろ……火をつけるのですね?」
電話を切ると小林は携帯を閉じ夕日を見つめた。 オレンジ色の夕日がビルに沈もうとしている。 まるでこれからを暗示するかのようだ。
小林は携帯をポケットにしまうと、夕日に向かって悠々と歩き始めた。
鼻歌を歌いながら。 楽しそうに。
「熱は……無いわね」
身体がダルイ……熱ではないことは俺だってわかってるけど、もしかしたらという期待は母さんの言葉で打ち砕かれた。
「熱が無いなら学校行けるでしょ?起きなさいな」
「……ゴメン母さん今日学校休みたいんだけど……」
「……一昨日から元気ないけど、どうしたの?そういえば瑞樹ちゃんも迎えに来ないわね、昨日は休んだらしいけど」
瑞樹という言葉に反応してしまう。 そんな俺を見て母さんは何か感づいたようだが黙ってこちらを見ている。
「……なんだよ」
沈黙に耐えかねて言葉を出してしまう。
「……別に~、まっ、今日は休んでいいわよ」
そういって母さんは部屋を出て行く……が、部屋の入り口で立ち止まり振り返る。
「瑞樹ちゃんと何があったか知らないけど悪いことをしたと思うなら謝りなさいよ?」
そう言って部屋のドアを閉めて出て行った。
「…………」
それくらいで済むならどんなに楽だろうか
俺が瑞樹にしたことはそんなことじゃ済まされないんじゃないか?
「……泣かしたのなんて何年ぶりだろう」
ポツリとつぶやく。 いつもは俺が瑞樹に泣かされていて、いつか復讐してやるなんて思うこともあったけれど、それでも泣かしてやりたいなんて考えたことはなかった。
「どうすれば……」
謝りたかった。 瑞樹に謝って許してもらってあの憎まれ口を叩いてもらいたかった。
けれど、どうやれば許されるのかわからない。 謝ってどうにかなる問題じゃないんだから………。
そのときピコーンという音が部屋に響いた。 これは……メール?……誰だろう?もしかして……
携帯を手にとって期待して開くとメールの差出人は……クラスメイトの矢口だった。
一瞬瑞樹かと期待してしまったが……瑞樹がメールしてくるはずが無いじゃないか……それにそんな期待をしてしまうなんて……本当に俺は瑞樹に対して悪いと思っているのだろうか?
メールを開かずに携帯を置こうとも思ったが、今はこの罪悪感をまぎれさせてくれるようなことを求めている。
なのでメールを開く、その作業の間にもやはり自分は悪いと思っていないのではないかという考えが一瞬よぎったが振り払ってメールを読む。
『題名 おーい
本文 元気か?もうすぐ夏なのに風邪ひくなんて珍しいな、昨日から元気がないとは思っていたけど、熱下がってるの?』
普段のイメージと違う文体なので少し吹き出してしまう。 なんか顔文字とかを多用しそうなタイプなんだけど意外に使わないんだよなこいつは。 そういえば前にあいつが言ってたっけ、
『メールに顔文字をつける奴はなんなんだ!会話の時にあんなもんを想像して会話してるのか?あいつらは!』
『それは……違うだろ』
『だろ?だから顔文字は使うべきではないと思うんだよ!俺はな』
『いや……違うっていったのはそっちじゃなくて……』
『まったく嘆かわしいぜ、日本語はどうなっちまうんだよ』
『だから人の話を……』
『なあ!みんなもそう思うだろ?いや思わない奴は非国民だ!みんな国を……日本語を愛そう、いや、愛せ~!』
『だから話を聞けーーー!』
そんなことがあったな……。 結局あの後みんなに顔文字くらいでうるさいと文句言われて、寂しそうな顔していたけど……。
でもこうやって落ち込んでいるときにメールをくれる奴がいるって嬉しい……やっぱり友達ってのはいいもんだ。
メールの送信画面を開いてメールを打つ。
『題名 余裕だぜ
本文 大丈夫 熱はもう無いよ メールありがとうな』
メールを送信して、携帯を閉じるとすぐにあの機械音がする。
おっ? 返信が来た。 なんて返してきたんだろう?
『題名 それより
本文 それより相馬さん、今日見たらかなり元気ないんだけど何かあったのか?このチャンスにアプローチして上手くやって色々したいんだけど知ってたら教えてくれ』
…………俺が馬鹿だった。 もうこいつには絶対に期待しないぞ。
そんなことより瑞樹は今日はちゃんと学校に行ったのか……日曜の瑞樹の顔を思い出す。また罪悪感が多いかぶさってきて一気に気持ちを奈落に突き落とした。
返信する気力もなく携帯をベッドに置くと頭から布団をかぶり、また鬱々とした思考に入ろうとすると携帯にまたメールが来た。 差出人はまたもや矢口だ……。
『題名 ああそれと
本文 2年の先輩がお前のこと尋ねて来てたぞなんか大事な用があるんだとよ』
2年? 周防先輩とか剥離先輩達か? 何かあったのか? でも……もういい、元はと言えば俺があの二人の先輩に協力したからこんなことになってしまったんだ。
先輩達の事なんかもう知ったことか! あとは二人で勝手にやればいい! もう俺は関わらないんだ!
携帯を乱暴に投げてまた布団をかぶりなおした。
とにかくもう寝よう……今はとにかく眠りたい……。 何も考えずに……、安らかに……。
その時、また携帯からメロディーが流れる。 今回はメロディーが違う。 今度は電話だ、マナーモードにしておけばよかった。 矢口か? いい加減にしつこいな……。
「小林君……」
手に取った携帯の画面には小林君という表示が出ている。 彼とは日曜から一回も連絡を取っていない。 どうしたんだろうか?
連絡ならメールでもいいだろうに……何かあったのか?
少し悩んだが、思い切って通話ボタンを押す。
「もしもし……?」
「おはようございます……調子は大丈夫ですか?」
「ああ、うん、なんとか……ね、それでどうかしたの?いきなり電話をしてきて」
チラッと時計を見ると時刻は九時半をさしていた。
「いやー、ちょっと体調悪い時に言うことでもないと思うんですが……」
「なんかあったの……?」
「実はですね、こないだのことで懲りまして、やはり僕には相馬さんの相手は無理かなと思ったんです……同盟もやめようと決めたのですが、和樹君には色々お世話になったから直接お礼をいいたかったんですけど、……ちょっとそれどころじゃなくなってしまって……」
「?……なにかあったの?」
「いや~……その~」
「どうかしたの?はっきり言ってくれよ!」
歯切れの悪い小林君に少しイラついてしまい強めに言葉を出すと彼は少し迷ったように答えてくれた。
「……同盟と防衛隊が完全に戦争状態になりました…………」
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