OSAKA ASPHASM

12.サラリーマンは帰郷の現実を見る

「なー西澤」


 呼びかけに、黒板を消していた西澤が振り向く。

 隣の席同士になった俺と西澤は、日直当番のため、少し早めに学校に来ていた。2人だけの教室で、西澤は黒板掃除、俺はサボり半分で床を掃いていた。


「お前って、なんでそんな変態なん」

「喧嘩売ってる?」


 可愛らしく首を傾げて、丸く大きい目をぱちぱち瞬きさせて、ヤカラみたいなことを言う西澤。俺はとうとう掃除をするフリすらやめて、その時流行っていた、牛乳キャップをメンコ代わりにする遊びを1人でやり始めた。


「こないだ、ラクガキの犯人探しの帰りの会で、お前やってもないのに手ぇ挙げたやろ」

「うん」

「なんで? あのままやったら平原が犯人で収まってたやん」


 小学生の頃、塾のストレスのせいか中二病が3、4年ほど早く到来しスレまくっていた俺は、倫理的に悪いこととか不謹慎なことを言うのがカッコいいと思っていた。綺麗事とかイイ話を頑なに唾棄し、漫画などでも悪役を崇拝していたのだ。

 だから、最低なことだと分かっていても恥じずに言えた。

 それに対して西澤は、引くとか非難するかと思いきや、なんでもない顔で黒板掃除を終え、自分の席に座った。


「うん、そうやな」

「そうやなって……。平原と仲いいから庇ったとかか?」

「ううん。どっちかって言うと平原さんは嫌いやで。ボソボソ喋るし、そのくせ態度でかいし」


 平然と俺よりドギツいことを言う女だった。


「……じゃあ尚更、なんでやねん」

「うーん……」

「きっしょい正義感?」

「そういうのとも違うけど……何やろう。こだわり、っていうんかな?」


 西澤は、隣の俺の机の方に寄ってくると、勝手に自分の牛乳キャップを取り出して俺のそれに向かって叩きつけた。引っくり返らず、西澤は舌打ちする。


「こだわり?」

「多分一生誰にも理解されへんと思うけど。私は、一般的に『いいこと』って言われてることをしたいだけ」

「……正義感と何が違うん」


 今度は俺が西澤の牛乳キャップに自分のそれを叩きつけた。派手に飛ぶが、裏を向かずに、表のまま落ちる。まぁ舌打ちはしない。


「普段『いいこと』してたら、何か理不尽なことがあった時、可哀想に見えるやん」

「はぁ?」

「普段からルールを破ってばっかりのAちゃんが事故で死ぬ事よりも、普段からボランティアとかしてるBちゃんが100円を落とす事の方が可哀想やろ?」

「…………」


 西澤が、スナップを利かせてキャップを叩きつける。


「Aちゃんが平原さんで、Bちゃんが私ってこと。分かる?」


 俺のキャップは、大きく跳ね上がると、机の上でくるくると横向きに回り、最終的に裏を向いて倒れた。

 メンコの勝者は相手のキャップを奪えるというルールのもと、西澤は俺の牛乳キャップを特に嬉しくもなさそうに取って、筆箱に入れた。


「……やっぱきしょいわ」


 負け惜しみ交じりに、俺はそう吐き捨てた。



 退院したその日、俺は丸一日家にいた。

 長い入院生活により病院食に慣れてしまっているので、野菜中心の中華を作り、あの休日できなかった料理を思う存分楽しんだ。

 俺が入院して容態が安定するまでの間、母親がこっちに来ていたらしく、ガスや電気の支払いを代わりにやってくれていたようだ。頭が上がらない……とは思わない。何歳だと思ってんだよ、余計なお世話だ。

 とはいえ、この一ヶ月間入院していたせいで、異動先である大阪での住居をまだ用意できていない。そうなると必然的に、実家で母親と顔を合わせなければならなくなるわけで。


「……憂鬱や」

「何やのもう、これから新天地って時に」

「俺にとっての新天地はここ、東京だっつの。大阪なんて故郷じゃねーか」

「故郷に帰る時なら尚更溜め息なんか吐かへんやろ……」


 俺は大阪への異動。西澤は東京出張を終え大阪支部への帰還。偶然なのか上が合わせてくれたのかは分からないが、タイミングが同じということで、ふたり仲良く大阪行きの新幹線、隣同士の指定席に座っている。

 東京みやげにいくつか買ったお菓子を眺めながら、西澤ははぁぁ、と深すぎる溜め息を吐いた。


「せっかく1ヶ月くらいの長期出張やから、スカイツリーとか雷門とか渋谷マルキューとか行ってみたかったのに……結局、東京にトラウマ作っただけやったなぁ」

「俺は東京でナイフで刺されたことよりも、大阪の塾に無理矢理閉じ込められてたことの方がトラウマや」

「そこまで……?」

「大阪がトラウマっつーか、実家がトラウマ」


 尊敬すべき父親はほとんど家に帰ってこなくて、家にいるのは意味もなく優秀で嫌な弟と、俺を縛り付けてばかりいた嫌な母親だけ。

 実家には嫌な思い出しかなかった。

 母親は元気でいるだろうか。まぁ俺が刺されたのを聞きつけて東京まで見に来て、命に別状ない状態に戻るや否や帰って行った母親が元気でないはずがない。

 病気とかになってくれていればいくらかマシなのに。


「……病院に、弟はぉへんかったんよな」

「うん」

「オカンも何も言ってへんかった?」

「うん」


 よし。じゃあワンチャン死んでるかもな、あのクソ弟。


 大阪帰郷に僅かな希望を見出し、俺は足元の袋からバナナ饅頭を取り出して包装を破くと、箱を開けてその中の1つを頬張った。


「……あー! それ私のお土産やねんけど!?」

「え? ……あーごめん。俺の足元置いてたから」

「ええええマジで信じられへんねんけど! シノちゃんめっちゃ楽しみにしてくれてたのに!」

「今どきこんなのネット通販で買えるって……」


 自分の中に8割の不安と1割の希望、1割のバナナ饅頭を詰め込んで、隣に座る西澤の中を憤怒で満たして。

 俺たちを乗せた新幹線は、故郷へ向けて走っている。

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はじめから始まるニューゲーム OOP(場違い) @bachigai

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