11.サラリーマンは蘇る現実を見る
なんだか……体が重い。
完全に塞がったはずの傷が、また開きだしたみたいに痛む。
「……う、うう」
「い、い……」
「生き返りましたぁ!」
ゆっくりと目を開けると、俺を覗き込んでいたのはバッツとサンチャオ……ではなく、眞澄と倉だった。
……は? 眞澄と倉?
そういえば、天井も何だか、『向こう』より見慣れたものだ。真っ白で、でこぼこしてなくて……。ベッドの寝心地も段違いだし。
「俺は……」
「ホントに生き返ったんだな久住!」
「よかった、よかったぁ……」
「へへへ、心臓が止まった時に流した涙返せよ!」
心臓が止まった?
じっくりと周りの状況を確認してみると……俺の口と鼻を呼吸器が覆っているとか、何やらとてつもなく最先端っぽい医療機器がベッドの脇に置いてあるとか、自分に命の危機が訪れていたという事実を理解するのに、十分な材料が揃っていた。
そして、俺がその危機をどうにか乗り越えられたという事実も。
どうやら俺は……現実世界に帰ってくることができたらしい。
意識を取り戻したことを確認したお医者さんは、すぐに人工呼吸器を外す許可をくれた。ようやく話せるようになったので、眞澄と倉から現在の状況を聞き出すことにする。
「……西澤は?」
「西澤? 誰だよそれ」
「えっと……佐藤年だよ」
「佐藤さんなら、病室を出てすぐの長椅子で寝ていますよ」
向こうの世界と同じく、俺が目覚めるまでの間に2週間ちょっとが経過していた。
西澤はあのあと、毎日のように俺の病室を訪れてくれたらしい。3日ほど前、医師から俺の容体が安定し、そろそろ意識を取り戻すかもしれないという報せを受けてからは、面会可能な時間帯はずっと俺に寄り添ってくれていたんだとか。
で、世界が変わっても相変わらず、俺が意識を取り戻す瞬間には立ち会えなかったというわけだ。
「じゃあ私たち、そろそろ行かないといけません」
「帰り際に田中さん起こしていくから、ま、心配解いてやれよ」
「おう。ありがとうな」
そう言って2人が病室の戸を閉めて間もなく、慌ただしくまた戸が開かれ、西澤が入ってくる。
「久住くん、意識戻ったん!?」
「ああ、ははは、もうガチで死んだと思ったんだけど……」
「…………」
西澤は、俺の言葉を聞くなり、瞳いっぱいに涙を溜めて、病室の床にぺたんと崩れ落ちた。
慌てて声を掛けようとしてすぐにやめた。目の前で知り合いが刺されて、しかも一時は心臓が止まって、2週間を経てようやく意識を取り戻したんだ。無理もない反応だろう。
「謝っても許されへんと思うけど……ほんまに、ごめん……。あのとき、素直に一緒にまっすぐ帰ってたら……こんなことには」
「いいって、そんなん。普通、通り魔に遭遇するなんて思わんやん」
「……久住くん、変なコト、聞いていい?」
改まった顔で、西澤は立ち上がってきちんと椅子に座り直した。
聞かれる内容はだいたい予想がついていた。俺は内心で、自らの失言を責める。
「なんか、あの時の久住くん……通り魔が出てくるって、知ってるみたいやった」
そう。普通は、通り魔に遭遇するなんて思わない。
普通は、女性とはいえ十分な責任感と節度ある社会人を、「夜は危ないから」などという理由であそこまで引き止めたりはしない。
変にごまかすのもあれだ。俺は、正直に言うことにした。
「……笑わへんか?」
「う、うん」
「前日に見た夢の中で……お前に似た女が、同じような状況で刺されて死んだ」
きょとん。これが漫画だったなら、西澤の頭の上には大きな『?』マークが浮かんでいたことだろう。
沈黙が続いて、やりづらくなった俺は、辛うじて言い訳じみた言葉を紡いだ。
「……妙にリアルな夢だったんだよ」
気恥ずかしくなってきてそっぽを向く俺に、西澤は口元を抑えて、くくく、と消え入るように笑った。
小声だが、西澤がそのとき漏らした言葉が、変に印象に残っている。
「昔よりも、変わったなぁ」
#
俺以外誰もいない病室で手元灯を消し、読書を終える。
布団を引っ張って目を瞑ると、長い長い、2回分の2週間を過ごした疲労と感傷が胸のうちに去来した。とうとう明日、退院である。
……この不思議な夢と現実の行き来は、今回で終わりだろうか。
あちらの世界で読んだ伝説によれば、世界の跳躍は、『運命の分岐点』で発生するようだ。今回のように身近な人が殺されるとかいった場面を無事に切り抜けるための力といったところか。
だからもしまた、夢の中であちらの世界に行くことがあったなら、その時は自分や自分の周りに危機が迫っているということなわけで……。
危険な目に遭うのはごめんだが、あっちの世界の連中にはまた会いたい。
今回一度死んだというのに、喉元過ぎればそんな呑気なことを考えている自分に、思わず笑いが出てしまう。1人の病室でよかった。
それにしても、24になってようやく、大好きな漫画体験ができたわけだ。
せっかくだから、漫画のように、この『異世界と現実を行き来する現象』に、何か中二っぽい名前をつけてみようか。
いくら寝返りを打っても眠れないせいで、思考はどんどんしょうもない方へと加速する。
結局入院最後の日は一睡もできず、その代わりに俺の中で、『異世界と現実を行き来する現象』について、『
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