10.勇者は伝説の夢を見る

「気をつけてな!」

「ああ。イーストキャピタルはお前らに任せたぞ」

「勿論です。勇者様もマールさんも、ご達者で」

「向こうでの仕事が落ち着いたら、また会いましょう!」


 あれから2週間ほどしたあと、完全に体の傷が完治した俺は、マールと共にラージスロープへと向かった。

 イーストキャピタル(今までいた都の名前だ)に残り魔物討伐を続けるらしいバッツ・サンチャオの2人と別れ、俺とマールは貸し切りの乗合馬車オムニバスに荷物を積む。

 マールを見るなり「ええ乳や」などと言い放った御者のエロジジイを横目で警戒しつつ、乗り口にマールを先行させ、そのあとに自分も乗り込む。

 この世界の馬車は馬の馬力だけでなく魔法の力も使って走らせているようだが、なるほど、2人貸し切りで使うには贅沢過ぎる広さだ。もともと乗合馬車として使われていることもあり、客室は現世で言う、カラオケの大人数部屋のような造りになっていた。


「そいじゃ、出発しますで。走り出したら集中しますんで、できるだけ話しかけんでくんさい。設備のことで分からんことがありやしたら、魔道書籍を置いてますんで、それで調べてくんさい」


 どこ訛りだよ。まぁ聞いてみたところで、この世界の地名なんて1ミリも分からないだろうけど。

 喉まで出かかったツッコミを呑み込んで、マールと揃ってはいよと適当な返事をすると、ふわっ、と、エレベーターが上昇する時のような少しの浮遊感を感じた。


「浮くんか!」

「……そら浮くよ」

「車輪あるのにか」

「車輪は魔力が不足した非常時の予備手段や」


 マールは優しく解説してくれるが、若干呆れ気味だ。

 呆れられるのも仕方ない。現実世界でモノレールを見て「何だあれ浮いてるぞ!」とか言ってくる奴がいたら俺だってドン引きする。

 つまり今の俺は、この異世界において、そのレベルで世間知らずだということだ。ラージスロープへの移動には一晩かかるらしいので、向こうについてから恥をかかないよう、その間にマールに色々教えてもらっておかねば。



 まず第一に、この世界の俺の名前は『クルス』らしい。


 俺こと勇者は元々、ラージスロープの生まれだった。生まれながらにして勇者となることは決まっていたが、18歳まではクルスとして生き、18歳に首都イーストキャピタルで正式にクルスの名を捨て、勇者となったのだ。

 そして、やはりマール=西澤だからか、俺(クルス)は小さい頃にマールと知り合っていた。現世と同じように、マールはすぐに引っ越してしまったらしいが。

 教会のベッドで目を覚ました後、いくらかその話をした。それからは、マールと話すときは関西弁……こっちの世界で言うところの、ラージスロープ訛りを使っている。


「私が知ってる限りでやけど、勇者くんの成り立ちはこんなとこやな。まさか自分の事すら覚えてないとは思わんかったけど」

「俺自身、若干ひいてるわ」

「やろうな。……じゃあ次に魔法の説明。ほんまはこんなん、初等学校で習う話やねんけどな?」


 心を抉る前置きを挟んで、マールは魔法講義を始める。

 首から自分の胸に垂れたネックレスの石をひとつ指ですくって、手のひらに乗せると、無色透明だったその石が緑色の光を放った。


「おお」

「だいたいの人工物には、それを動かすための魔術構造システムが込められてるねん。そこに、自分で触るなり遠隔で飛ばすなりして、鍵となる動力魔力キーをちょっと注げば、システム通りに動作してくれる……ここまで分かる?」

「だいたいはな」


 要は、電化製品のプラグをコンセントに差して電源スイッチを入れれば仕様通りに動く、という当たり前の話だ。

 ……いちいち現世のことに置き換えて理解しようとするのは、遠回りだろうか。


「問題は、魔力の出し方やねんけど……まさかとは思うんやけど」

「覚えてへんで!」

「そんな元気よく言わんでも……はあ」


 ラージスロープに着くまでの間にマールが何回溜め息を吐くことになるか数えてみよう、という不埒な発想が湧いた。


「んーとな……初等ではどうやって教えてるんやろ……改めて教えるってなるとちょっと難しいもんがあるなぁ」

「ご迷惑おかけします」

「ほんまにな。ふあ……えーと、じゃあ、まず手のひら出して?」


 言われた通り、右の手のひらを眠そうなマールの前に差し出す。高校の時手相占いが流行って、クラスの別に仲良くもない女子に何度か手のひらを見せたことを思い出した。

 しかしマールは、特に俺の手を触るでも見るでもなく、そのまま次の指示を出してくる。


「そしたら、息を吐きながら、その手のひらの上に小さい火をイメージして。現れるというよりは、すっと天から降りてくるようなイメージで」

「ふぅー……」


 ぼっ。

 ライターくらいの火が、手の上に出現する。


「おお」

「もう少し大きくてもいいのに」

「どうやって消すん?」

「火をイメージするのをやめたらすぐ消えるで」


 しゅっ。

 ちゃちな火は虚しく消えた。

 俺はそのまま、マールの指示も待たず勝手に他の魔法を出してやろうと思い、同じ要領で手のひらの上に小さい氷をイメージしてみる。


 かちん。ハイボールのグラスに入っていそうなサイズの角氷が手の上に出現し、そのまま空中に留まる。


「おっ、コツ掴んだみたいやな」

「なるほど。火とか氷以外には何出せるん?」

「電気とか風とか……まぁ、魔力と創力イマジン次第」

「はいまた分からん単語出てきたー」

「ま、それはおいおいなー。ちょっと眠いし、寝ていい?」


 小さな魔法のポシェットの中から、どう考えてもサイズ違いな寝袋を取り出し、俺の返事も待たずに寝袋に体を埋めるマール。

 ドラ〇もんかよ。

 そして5秒と待たずに、まだ照明もバッチリ点いている車内で、ガチな感じの寝息を立て眠りに落ちるマール。

 の〇太くんかよ。


 話し相手がいなくなって暇になった俺は、自分のカバンの中から、マールに暇があれば読んでおくようにと言われた本を取り出す。この世界に伝わる伝承や太古の数学者の予言などが集められた、高尚な本らしい。

 読書は好きな方だが、エンタメ小説とかが好きなんであって、正直、伝承本とかは苦手なんだけど……特にここだけは読んでおくように、と強く言われ付箋まで貼られたページを開く。

 ……第18章『時渡りの英雄伝』。

 勇者伝説だか予言だかのひとつで、なんでもここに描かれている勇者とは、俺のことを指すらしい。



 ――知りたくば惑え。


 勇者よ。

 なんじ、運命の分岐点にて、揺蕩たゆたう夢の狭間で世界を超えん。


 勇者よ。

 汝、運命の相手と口付けを交わす時、その瞬間の世界は保たれん。


 勇者よ。

 汝、運命の相手と握手を交わす時、保たれた瞬間の世界へと還られん。


 勇者よ。

 汝、運命を諦めることなかれ。


 ――この詩が勇者を導く光とならん事を。



「……なんだ、これ……?」


 意味の分からない部分の方が多いが……最初の方の、夢の狭間で世界を超える、とかいう文には、心当たりがある。

 俺……つまり勇者は、運命の分岐点に差し掛かった時、夢の中で、世界を超える。

 西澤が死ぬか、死なないか。その運命の分岐点において、この予言の中にある世界の跳躍は、見事に果たされた。


 その下の二つは、正直あまりピンと来ないけれど……覚えておいた方が良さそうだ。

 ふと疑問が湧く。


 俺は……いったい、何を成すために、こんな大それた予言と使命を与えられたのだろう?


「すー……すー……」

「…………」


 難しいことを延々と考えているうちに、マールの寝息に釣られて、俺もいつしか微睡みの中へと落ちていった。

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