エピローグ

報告…旅は続く


 ラスベガスでの事件から5日後――



 「……以上が、今回の依頼の報告書になります。

  異存はございませんか?」


 リスボン中心部に広がる、なだらかな下り坂と、そこに広がる緑地公園。

 英国王エドワード7世の来訪を記念して作られた都会のオアシス、エドゥアルド7世公園。

 その坂の上に造られた噴水のへりに、2人は座っていた。


 エリス・コルネッタと、今回の事件の捜査依頼者、マリサ・アドミラル。


 彼女らの頭上、雲一つない青空の中をなびく、赤と緑のポルトガル国旗。

 任務が終わり肩の荷を下ろした、エリスの心情を現しているようだった。

 書類を受け取ったマリサは、速読を終えると、フッと笑い携帯電話を取り出した。


 「私だ。 ノクターンからの正式な報告を確認した。

  ……ああ、そうだ。

  UBSスイス・バンク、ジェーン・ヤマダ名義の口座番号に、例の報酬を入金してくれ。

  番号は、R9A2N3G1E4L0」


 通話を終え、マリサはエリスの方を見た。


 「今回も、いい仕事してくれたな。 ノクターン」


 不敵な笑みに、エリスは淡白に答えた。


 「私たちは、あなたの顧問弁護士じゃない。

  そんな、上から目線の労いなんて、侮辱以外の何物でもない」

 「素直に受け取ればいいものを……」

 

 エリスは言う。


 「他人の言葉を、馬鹿正直に受け取れば死ぬ。

  そんな世界に、長く身を置いていたものでね。

  第一、ゴミ処理を独立愚連隊に任せてると知れば、ICPOの信頼も、真っ逆さまに落ちますよ?」


 マリサも返す。


 「言ったはずだ。

  ICPOは捜査機関じゃないって。

  どんなシミを拭きとるにも、他人の手が必要なのさ」



 書類をカバンに仕舞うマリサを横に、エリスは立ち上がり歩き出すと、目の前の石柵にもたれかかった。

 眼前に広がるリスボンの市街地と、海のようなテーション川、その手前にそびえ立つシモン・ボリバル像。

 洗練された美しい絵画のような風景を眺めながら、エリスは切り出す。



 「ところで、ICPOは今回の事件、どんなシナリオでまとめるつもりです?

  当時ベガスにいた全員が、メガ・ケサランによる都心部の破壊行為を目撃しているし、数は少ないけど、映像や写真のデータが、破損せずに生き残っていた携帯電話も確認されている。

  怪奇事件が起きた証拠は、状況的なものしかないけど、確かにそこにある。

  だけど、街はケサランパサランの持つ幸運のせいで元通り。

  唯一、フェニックス・インペリアルが経営する3つのホテルと、ゲイリーを含む一部の関係者の生命を除いては……」



 マリサもまた、エリスの横へ来ると、風景を背に石柵にもたれかかった。


 

 「聞かせてもらえるかしら?

  Z管理課課長が書いた、直筆の脚本とやらを」


 マリサは口を開く。


 「9・11以降、FBIはケサランパサランとテロ事件の関係性について捜査を行っていた。

  ハイジャックされた飛行機に、ケサランパサランが持ち込まれた可能性があったからだ」

 「それは知ってますよ。

  なんせ、うちには元捜査官が在籍してますから」 

 「だったら、話は早いどころか、彼らから直接聞いてるだろ?

  FBIは今回の事件を、イスラム系過激派組織による、神経ガスと自動車爆弾を使ったテロ事件として片付け、ゲイリー・アープと彼の子飼いの元帰還兵数名を、テロリストへの活動支援容疑で立件するそうだ。

  映像、写真に関しては、ケサランパサランが関連していないモノのみを、過激派による犯行の証拠であるとして、メディアに開示する」


 ため息交じりに、エリスは言った。


 「メガ・ケサランによる破壊行為は、ガスによる人々の錯覚。

  郊外の消防隊員が見た炎や、動画に捉えられた爆発は、破壊された3つのホテルのもので、住宅街の騒動は過激派が仕掛けた自動車爆弾によるもの……か。

  こじつけが、ちょっと強引すぎるけど」 


 「仕方ないだろう?

  本当の容疑者以外、全員、生き返っちゃったんだから。

  ネバダ支局からの報告書が上がり、本部からICPOへとレポートが送られ次第、この事件は表面的に処理される」


 もたれかかるのを止め、エリスは腕組み。


 「コピー・アンド・ペースト…ですか」

 「モキュメンタリーを作るんじゃないんだ。

  これくらいの塩梅が、ちょうどいい」


 マリサもまた、柵へ腰かけるのをやめる。


 「アメリカ政府は、どうする気です?」

 「さあな。

  死者はホテル王と、その傭兵だけだし、何も対策しなくとも、合衆国の正義を由としない連中が、勝手に犯行声明を出すだろう。

  後は、アンクル・サムが話をつけるか、バチカンが裏でお膳立てするか。

  いずれにせよ、ICPOとして私らが動くのも、ここまでだ」

 「なるほど……任務、確実に終えましたからね」


 そっけなく、エリスがその場を後にしようとした時だった。



 「しかし、分からないことが多すぎる」



 マリサの言葉に、彼女は立ち止まる。



 「配られたケサランパサランは、主の運を吸い取った後に、どうやってラスベガスに戻ったのか。

  ゲイリーは如何にして、ケサランパサランの量産体制を整えたのか。

  犠牲者の選別は、どのように行われたのか。

  挙げればきりがない」


 エリスは、マリサを背にして立ちながら、彼女の話を聞き続ける。

 

 「それに、崩壊したフェニックス・インペリアルの地下からは、破損していない無数のKITEKIが発見されている。

  とどのつまりが、あのメガ・ケサランの巨大化には、おしろいが絡んでいなかったわけだ。

  これで、おしろいで増殖する、もしくは巨大、凶暴化するとされた日本の、いや、君たちの説にも矛盾が生じたわけだが……お前自身は、どう思う?」


 一瞬の沈黙。

 マリサの問いに、エリスは振り返って答えた。


 「これは怪奇事件ですよ?

  森羅万象、その全てが簡単に分かるのなら、私たちはこんな仕事をしていません。

  確たる答えが分かるのであれば、そう……それは、私たちの追い求めてるアカシックレコード、その理論が完成した瞬間でしょうか?」


 その穏やかな表情に、マリサもフッと…。


 「そうだな。

  ナゾはナゾのまま、未来の宿題として墓場まで持っていくことにするよ」


 エリスは無言で噴水を後にし、背後を走る通りに。

 路肩に駐車していた愛車、ルノーアルピーヌ A110に乗り込もうと、ドアを開けた。


 「最後に聞かせてくれ」


 後ろからマリサに声をかけられ、歩道に顔を向ける。


 「この事件は、君の問いに答えてくれそうな事件だったのかを」



 その頭上を着陸態勢を取った旅客機がかすめていく。

 轟音が去ったのち、エリスは言った。


 

 「正直に言えば、否」


 でも…


 そう…


 「いつか、答えてみせますよ。

  彼らの汚い手が、QEDを刻むその前に……」



 風向きが変わった。

 見上げた国旗が、自分の方へなびくのを見て、エリスはただ微笑み、愛車に乗り込むのだった。

 

 自分がいるべき場所、仲間たちの待つ事務所へ戻るために。


 アルピーヌのエンジンがいつもより軽やかな気がする。

 そう感じながら、アクセルを踏みこんで。



 STORY.1 END



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クロス・ノクターン ~Me against THE WORLD~ /CASE1.ラスベガス The white JACK-POT 卯月響介 @JUNA

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