第3話

 クルスト村。

 人口400人足らずのこの小さな村はローズ帝国領の最北に位置し、北を永遠と続くガーナム山脈に阻まれ、中央都市からも遠く離れているためさしたる賑わいもない辺鄙へんぴな田舎村だ。

 ここに住むものは皆心優しく、とても協力的だが、俺は早くに母をなくし、父は自由奔放な人で近所付き合いをなかなかせず、去年村を飛び出してしまったため、現在肩身狭く一人で生きている。


 唯一、父の親友だったダレスおじさんが大工をしており、いまはそのおじさんのもとで手伝いをして生計を立てている。

 毎日おじさんの工房へ出向き、木材の調達や加工をして、ヘトヘトになるまで働き、一日が終わる。

 そんなどこにでもいる、なんの特徴もないただの村人でしかない俺の目の前には…………


「………スー…………スー………………」


 人形のように整った容姿の美少女が寝ていた。


 ここまで運ぶのに、本当に苦労した。 

 まず、工房から村へと続く道は極力急ぎ、村に着いてからは村を囲む木柵の陰に身を潜め、日が完全に落ちるのを待ち、暗くなってから家へと猛ダッシュした。

 奇跡的にも、村人に会うことなく家までたどり着くことができたが…………。

 もし誰かに会っていたらと思うと、本当に怖い。

 なんて言い訳していただろう?

 

「この子ですか?さっき道で拾ったんです!」


 言えるわけがない。どんな理由を言ったとしても、白い目で見られていたであろうことは簡単に想像がつく。


 にしても困った…………ろくに離れられないようでは生活が不便すぎる。

 明日の仕事前までにはなんとかしないと…………。


 家に着いてから、俺は美少女をどうしていいかわからず、とりあえず怪我の手当てをして俺の部屋まで運び、ベットに座らせた。

 何度か声はかけてみたが、依然として返事はしてくれなかった。

 仕方なく、夜ご飯の支度をするためキッチンへと移動し、いつも作る野菜スープと簡単な炒め物を完成させる。

 夕飯を分けてあげようと部屋へ戻ると、美少女はベットに横になっていた。そして現在に至るわけである。


 部屋の椅子に腰掛け、しばらく彼女の寝顔を見ていた。


 辛そうだ。

 嫌な夢でも見ているのだろうか。

 表情は寝ているにも関わらず強張っていて、その目元は涙で少し濡れている。


 これからどうするかはまだ考えていないけど、どうにかして助けてあげたい、と思った。


「…………君はどこから来たの……?

…………どうして、そんなに辛そうなの……?

……どうして…………俺の前に現れたの………?」


 彼女に、声は届かない。


 たくさん聞きたいことはあるが、休ませてあげることを優先させよう。

 俺は夕飯を机の上に置き、布団を体にそっとかけ、部屋を出た。





 次の日の朝。

 父の部屋で目を覚ました俺は、いつものように外の川辺へ顔を洗いに行こうと家を出た。でも二歩ほど歩くと、


「……ぐっ…………!」


 体が重くなった。

 そうだ、昨日俺は知らない美少女を拾って………


「…………あっ!しまった!」


 彼女、ベットの上だ!

 今の衝撃で落ちちゃったかも……


 俺は急いで体の向きを変え、二階の自室まで二段飛ばしでかけ上がった。


「……………………」


 彼女、起きてるだろうか。

 なんだか緊張する。

 よしっ、となぜか気合いを入れ、自室のドアノブをひねった。

 

「…………失礼しまーす…………」


 美少女は…………いた。

 案の定、ベットから落ちていた。


「ご、ごめん!」


 うつ伏せになって地面に倒れていた彼女の元へ駆け寄り、体を持ち上げベットに座らせる。

 落ちた衝撃で起きたのか、彼女は開き切らない寝ぼけ眼のまま俺のことを見ていた。


「……………………」


 しばらく声を出すことができなかった。

 俺の中でも、どこか昨日のことが夢のようにも思えたし、彼女との関わり方もわからなかったから。というか、まだ会話すらしていないし…………。

 でもとりあえず、俺は声をかけようと思った。


 ————これからの人生が何か全く違うものに変わる予感。

 ————この出会いが、俺を大きく変える予感。

 その第一歩を、今日から始められるように、彼女のことをちゃんと知りたい。


 今度こそ、喋ってくれるかな…………

 不安と期待を込めて、俺は美少女に、努めて明るく声をかけた。


「や、やあ、おはよう」






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ドラゴンを倒せるまで終わらない物語 森カケル @morikakeru

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