第5話 もう1つの恋物語
パタン。
「ふぅ。 やっぱり難しいなあ。 もう、ムリなんだけど……。 まあ、そういうわけにはいかないよなあ。 どうしたらもっと読みやすくなるんだろう? 」
「やっほー! りんりん! ん? どしたの? りんりん何がムリってー? 」
「うわぁっ! ……な、何ですか、突然 」
誰もいなかった部室でノートを閉じて考え事をしてたら、突然、結奈先輩が僕の視界にドアップで写った。
「いやー、あたしが宿題にしたやつ、書き終えたかなって思って。 あ。 まさか、あたしの宿題かもうムリ、なんて言うんじゃないでしょうねー? 」
「よく分かりましたね、先輩。 何だって突然、こんな宿題出したんですか? だいたい、この妙に凝った設定、要ります? 」
そう言って僕が結奈先輩に突き付けたのは、さっき僕が閉じたノートだった。
結奈先輩が僕からノートを奪って、ページをめくる。
「『おはよー、蓮葉ちゃん。はい、これ。口に合うかどうか分からんけど』」
「ああああぁぁーーーっ! 何も聞こえないっ! 何も聞こえないですからねっ! そ、それよりも先輩、この妙に凝った設定は何ですかっ!? 」
慌てて結奈先輩から取り返したノートは一番初めのページが開かれていた。そこにはこう書かれていた。
ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐
りんりんへ
これはあたしからりんりんへのプレゼントだよ。
全然小説を書かないりんりんのために、あたしから宿題をあげようと思うの。
ほら、確か二ヶ月後に部誌出すじゃん?
それがさ、恋愛ページの原稿、まだ一つも無いんだよね。いつも恋愛書いてくれてるコがさ、今回は詩を書いちゃってて。
ということで、宿題は『明鏡止水』の恋愛ページの小説ね!とりあえずは一学期に発行の『明鏡』分だけでいいから。『止水』までは時間あるから、まずは大急ぎで『明鏡』分書いてねー!
よろしくー(笑)
で、内容なんだけど……。
りんりんは恋愛系苦手だよねー?
だから、あたしが設定してあげる。
[設定]
題名:「チョコ」が入った題名で!あ、あと「恋」は『明鏡』の伝統で恋愛ページの題名に必ず入れることになってるからよろしくね!
登場人物:そうだねー。りんりんのこだわりが無いなら、高校三年の女子と高校二年の男子とかを主人公にしよっか? りんりんも年同じだと書きやすいんじゃない? で、そうそう! 女の子の一人称は「あたし」ね! 男子は草食系で優しい感じで。
内容――は、任せるけど、ベタな方がいいんじゃないかな?その方が書きやすいでしょ?
ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐
「? これに何か問題でもあった? 」
「大ありです! 」
「? 何で? 」
「まず、これって僕が明鏡の分だけじゃなく、止水までやること前提ですよね? 」
「うん、そだよ?だって伝統だし。上下巻セット、見たいな? 」
「! 『見たいな? 』ってノリ軽くないですか!? ……はあ。 そんなに簡単に言わないで下さいよ。 それに、登場人物の縛りがキツすぎませんっ!? だって見てくださいよ、この設定! どうしてこんな設定にしたのか知りませんが、これじゃあまるで僕たちじゃないですか! 先輩と僕ってこんな恋愛系に登場できるような人間じゃないはずです! 断じて! ですよねぇ!? 」
「! たしかにっ、そうだけど……。 ……そうだけど! ……ぜっったいりんりんは気づかないとは思ってたよ、思ってたけど!! 題名の「チョコ」と登場人物の指定で気づいてよーー!! あぁーーもうっ、りんりんのばかっ!鈍感! 」
「? 先輩、何でそんなに怒って…………っ! 」
ノートから顔を上げると、そこには真っ赤な先輩の顔があった。そんな先輩を見た瞬間、僕はある思いが浮かんだ。
――先輩は僕のことを好きなんじゃないか?だとしたら、題名の「チョコ」を入れる指示って、あの時のあれが頭にあったってことか――?
僕はそう考えながら、去年、僕が入部した時のことを思い出していた。
ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐
「すみません。 体験入部に来たんですけど…… 」
高校一年になった僕は、文芸部に体験入部をしに来ていた。
「お! ようやく一人来た来たー! どうぞ、狭いけど入って! 」
中から声が聞こえ、ドアが開かれた。
言われた通りに中に入ると、優しそうな先輩が一人、パイプ椅子に座ってこちらを見上げていた。
「あたしは桜 結奈。結奈センパイでいいよっ!あなたの名前は? 」
「あ、僕は鈴堂 悠と言います 」
「おっけー!りんりんね!これからよろしく!それでなんだけど、体験入部と言っても、文芸部は現在部員が私しかいないの。だから、何をするっていうことも特に無いから、楽にしててね。あっ、今飲み物入れるね。お茶と紅茶とコーヒー、どれがいい? 」
「あ、ありがとうございます。じゃあ、紅茶で 」
僕がそう言うと、先輩は紙コップに紅茶パックを入れてポットからお湯を入れながら言った。
部活に電気ポットがあるってすごいな。
飲み物の種類もすごく豊富だし。
「昨日ね、OBの人が持ってきてくれたチョコあるんだけど、一緒に食べない?」
ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐ー‐
そしてあの後、二人でお茶をしながら、いろいろな話をしたっけ。
それで、他のどんな部活に体験に行っても、やっぱり文芸部のことが、先輩のことが、忘れられずに入部した。
……運命なのかもしれない。
そう思うくらいに僕は、いや、僕らは、一目惚れしてたんだ――。
「りんりん? あ、あのね、私」
先輩の声で我に返った。
先輩がこれから何を言おうとしてるか、僕も大体想像はつく。
先輩の顔がこんなに真っ赤なんだから。
でも、そのまま先輩に言わせるのは格好悪いじゃないか。
これは男の僕から言うべきことだ。
先輩がこんなに勇気を出してるんだから、僕も勇気を出さなくちゃいけない!
「あ、あのね、私」
「先輩」
僕の声が先輩の声を
先輩が怪訝そうな顔をする。
そりゃそうだ。
だって、僕は今、とても真剣な顔をしてるはずだから。
僕は大きく息を吸って、先輩の目を見つめて言った。
「先輩、僕は先輩のことが好きです。付き合ってください 」
チョコから始まる恋物語 結城愛菜 @mint169
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