血彩画

節トキ

血彩画【改稿版】


 あ、目が覚めた?

 どう? 動けない?


 なら良かった。人を縛るなんて初めてだから、心配だったんだ。うん、轡も問題ないみたい。

 寝てるところを勝手に縛り上げてごめんね。謝るから、そんなに怖がらないで。いつもみたいに、ふんぞり返ってなよ。



 なぁに、あたしが持ってるナイフが気になる?



 そんな目で見られても、これはちょっと手放せないなあ。最高の舞台を仕立てるためには、欠かせない小道具だからさ。


 じゃあ、これからの流れを説明するね?


 あと三十分くらいで、あんたの婚約者がここに来る。そ、あたしが連絡したの。話したいことがあるって、あんたの携帯で。


 天然ちゃんなんて呼ばれてるおめでたいエリでも、自分の男の携帯から別の女が電話してきたら、慌ててすっ飛んでくるでしょ。その女が、たとえ親友であるあたしだろうとね。



 で、彼女が来たら、女同士のバトル開始。



 邪魔しないでよ? ま、動けないんじゃ邪魔しようがないか。


 ああ、楽しみ。


 あたしさあ、血が堪らなく好きなんだ。何でって聞かれるとうまく答えらんないんだけど、見てると幸せな気持ちになるの。澄んでるような濁ってるような不思議な赤い色とか絶妙のとろみある質感とか……もうね、こうして話してるだけでもゾクゾクする!


 幾つの時だったかも忘れたけど、まだ小さい頃に転んでさ、その傷から流れる血を見た時に、衝撃が走ったの。何て素敵なものがこの身に詰まってるんだろうって。


 それからは暇さえあれば、自分の体を傷付けて血を見るのを楽しんでたよ。おかげで親からも周りからも変人扱いされたっけ。病院に放り込まれかけた時もあったなあ。うまく逃げたけどさ。


 いろいろ経験してからは、人前や人目につく場所は控えて、こっそりやるようになったの。失敗から学ぶってやつね。


 ふふ、あんたも知ってるでしょ。胸とかお腹とか、こんなに傷だらけでどうしたのってビックリしてたじゃん。


 これだけは、死ぬまでやめられないよ。


 だって、あたしは『自分の血』が好きなんだもん。


 他は駄目だった。試しに動物殺してみたけど、全然ときめかなかった。人が怪我してるのを見ても、全然心が躍らなかった。


 でも、エリは違うの。エリだけは、違ったの。


 聞いたことあるかもだけど、あたしとエリと出会ったのは中学の時。ウチのクラスに転入してきたあの子を一目見た瞬間にね、電気みたいのが体に走ったんだ。


 真っ白な肌に釘付けになって息もできなくて、最初は恋と勘違いして、軽く悩んだよ。今思うと馬鹿みたい、笑えるね。


 違うって気付いたのは、調理実習の時にあの子がうっかり手を切った時。



 初めて、自分以外の血を美しいと思った。


 エリの白い肌を伝う血は、これまで見たどんなものよりも綺麗で、ただただ見惚れた。



 それでわかったの。


 血だけじゃ、足りないんだよ。


 ほら、絵だって額ありきって言うじゃない?

 絵を鑑賞する時は額も含めて見るでしょ?


 そういうことなの。



 あたしにとって、自分の血が『絵』。

 エリの血は美しかったけど、それはあの『額』があってのこと。



 もう理解できた?



 あたし、『最高の絵画』を完成させたいんだ。あたしの血とエリの肌で作る理想の作品を、この目で見たい。ずっとそれが夢だったの。



 ここまで来るのは本当に大変だったよ〜。


 あんたも知っての通り、エリって全然怒らないじゃん? あたしもいろいろ試したんだけど、一回も怒らせることができなかった。男を寝取ったのもあんたが初めてじゃないし、時には虐めて孤立させたこともあった。それでもエリはニコニコしてるだけだった。


 だったら目の前で手首でも切って、血を浴びせてやればいい、と思うでしょ?


 とっくに試したよ。泣いて心配するエリも悪くはなかったけどさ、でもそれを見て『これじゃない』と思ったの。



 違うの。

 涙なんていらないの。

 『額』は泣かないの。『絵』を支えることを当たり前だと思わなきゃならないの。



 だから何としてでも、『エリの意志』であたしを傷付けさせる必要があったんだ。



 あんたとエリが婚約したって聞いた時は、本当に嬉しかった。だって婚約者を危険な目に遭わせれば、さすがのエリも怒るでしょ?



 何でこんなことを話したかって……そりゃエリを守ってほしいからだよ。



 あたしは死んでも悔いはないけど、友達のワガママに付き合わされた挙句に殺人犯の汚名を着せられるなんて、エリが可哀想じゃん?


 これが終わったら、警察にちゃんと話してね。

 できたら、エリをこれからも支えてあげて。あたしの分まで。



 ああ、来たみたい。思ったより早かったね。
















 私ね、ずっと知っていたの。わかっていたの。

 サキが私を、陥れようとしているって。


 だからあなたの携帯からサキが連絡してきても驚かなかったし、呼び出しにもすんなり応じてここに来た。


 訳がわからないといった顔をしているわね。

 何を聞きたいのかしら? 何故あなたとサキの浮気を黙認していたのかということ? それとも、何故サキが私を傷付けたがってるのかということ? それを知っていて、何故私が親友として彼女の側にい続けているのかということ?


 そんなことはどうだっていいのよ。ああ、でも最後の問いには答えてあげてもいいわ。



 ねえ……綺麗でしょう?

 血に塗れたサキの、とても痛そうで、とても苦しそうな顔。



 大丈夫よ、ちょっとナイフで切ったくらいじゃ死にはしないわ。楽しくて十回くらいは切り付けたけれど、このくらい平気よ。



 だって、ほら見て。

 もっともっとって、サキもおねだりしているじゃない。



 ああ、いいわ、すごく可愛い。私、ずっとサキのこの顔を見たかったの。目の前でこの子が手首を切ったあの日から、忘れられなかったの。泣きそうで苦しそうで、なのに物欲しげに涎垂らしてるサキが、堪らなく欲しかったの。


 もっと、もっともっともっと、切り裂いて切り刻んで切り込んで、サキを赤く紅く朱く、彩りたい。私はずっと、その欲望を叶える瞬間を待っていたの。



 本当は思いを遂げたら殺すつもりだったんだけど……気が変わったわ。


 だってサキも、私をずっと欲していたんだとわかったから。



 私、サキは尻軽の男好きなんだと思っていたの。私のことなんて、適当に男を運んでくる都合の良い存在としか見ていないと思っていたの。


 でも違ったみたい。

 サキはサキなりに、私を愛してくれていた。一途に想ってくれていた。



 想い通じ合った相手を殺すなんて、しないわ。



 だから、証明することにする。サキにも、証明してもらう。

 私がこの先もこうして傷付け愛するのは、彼女だけ。彼女が愛し欲するのは、私だけだと。




 そういうことになったから。


 悪いけどあなたには今から、血潮と苦痛に塗れて、『私達の絆』を魂かけて証明してもらうわね。




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