恋に落ちる音

crow mk.X

第1話

恋に落ちる音


気持ちに気付いたのはいつだったか覚えてない。ただ気がついたときにはそうだった、ということは覚えている。

一緒にそこに居て、そこにあなたが居ると目で追っていた。

声をかける勇気はなくて、見ているだけの毎日だった。話しかけたいと願いながら、踏み出せない臆病な自分に嫌気がして、それでも変えられない毎日を過ごしていた。


転機はある日。さすがに毎日鏡に向けて嫌味を言っていれば気分も変わるもので、ようやく勇気が重い腰を上げてくれた。

勇気はあの有名な絵画の中の女性のように旗を振って、私はその後ろを煽動され奮起する民衆となり、言葉という武器を掲げて彼女へ向かっていった。


しかし結局勇気は、彼女の前に立てば自分の役目はここまでとばかりに何処へと引っ込み、臆病な素の私だけが取り残された。


一緒に遊びに行かない?


平静を装って絞り出せたのはたった一言。返事を待つわずかな間で私の心は嵐の中で波風に揉まれる小舟のようにざぶんざぶんと大いに揺れていた。

信心など無いに等しい私も、この時ばかりは神に祈った。彼女がどうか誘いを受けてくれますように、と。


いいですよ、と快諾してくれた瞬間に嵐は晴れ、海は凪、心は光で満たされた。


あとは日取りを決めて、用意を進める。その日までに車を洗い、姿見の前で服を考えて、移動の間になにを話すかで頭を捻った。で、あれよあれよと言う間にその日が来た。


彼女と待ち合わせの時間に遅刻は論外。間に合うかどうかギリギリというのも論外。待ち合わせ時間よりも早く着いておくのが当然。

そう考えてかなり早めに着いたのだけども、なんと相手の方が早かった。

失敗した? いやいや相手が早すぎるのだ。とりあえず彼女に待たせてしまったお詫びを言って、待ってないですよと定番の返しを受け取って、車に乗ってもらい目的地へ。

安全運転を心がけながら向かうも、集合時間が早かった分開店まで時間が空き。仕方がないので近所の本屋へ行くことに。


そこでしばらくどの本がオススメかを話し合い、何冊か買うことにして。奇遇にも同じ本が好きだったことに柄にもなく喜んだ。あと、私は旅行が好きなので旅行誌を眺めてどこへ行きたいなどと言ってみたり、と。

彼女の新しい一面を知れて、とてもよい時間だったと断言できる。


その後は本番の猫カフェ。猫が好きだと聞いていたので連れて行ったら、何にも勝る笑顔を見せてくれた。

猫にまみれて遊んで、そろそろいい時間と帰ることに。


帰りの間も色々と話しながら帰って。彼女を拾った場所で降ろして、さあお別れというところで呼び止めた。

どうしたんですか、と言いたげな彼女をじっと見て、ここで腹を括った。今こそ勝負のとき、ただのチキンからターキーにランクアップするときだと決心して。


僕と付き合ってください。


なんとか、ずっと抱えていたその思いをようやく伝えられた。《《》》

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