カニバリズムとテセウスの船 その4
「さあアリス、【テセウスの船】はテセウスの船と同じ船だという認識の共有は終わったと思っていいかな?」
ウサギの問いに私はうなずく。
「【テセウスの船】は全てにおいてテセウスの船でなくともテセウスの船と呼んでもいい。私はそう理解したわ」
「よし。じゃあ本題へ戻ろう」
帽子屋はそういったけど、はて?
「本題って何だったかしら?」
テセウスの船でいっぱいいっぱいで、私はもう元の話題が思い出せない。
「『ずっと一緒にいたいから相手を食べる行為に意味はあるのか?』って話さ」
「そんな話題だったかしら?」
「そんな話題だった気がするよ」
「それじゃあそれでいいわ」
それで?なんで【テセウスの船】の話になったんだっけ?
「僕が話を振ったからさ」
ウサギが自分で言うからにはそうだったんだろう。
「いいかい。【テセウスの船】はテセウスの船だって君は認めたろ?なら食人で好きな相手を取り込むことも同じさ。構成要素が換わっても【テセウスの船】はテセウスの船で、『テセウスという男がその船に乗っていた』事実が記録されるように食人も記録されるのさ」
記録って何に?
「さあ?自分の脳みそというのが一番有力だけど脳みそだって細胞は死ぬんだし、もっと違うものに書き込まれるのかも?」
「他の物って?」
「アカシックレコードとかさ」
「そんなの信じられないわ」
「じゃあアリスはどこに記録されると思う?」
「船に事実が記録されたように、体に記録されるんじゃない?」
「それは一番ナンセンスだよ。だってその記録した船そのものが違う作りになるんだぜ。だから細胞だって入れ替わる。
「同じことよ。だから違う作りでも『同じ船』なんだから記録場所としては良いと思うけど」
「まあ、記録する場所はどこでもいいよ。とにかく記録されるんだ」
なんて乱暴な話の進め方なんだろう?
「記録される場所は本質じゃあないからね。記録されるという事実が大事なのさ」
「いいや。ちゃんと記録されてるだろう?NOWHEREに」
「だからそこはどこなの?」
私がそう聞くと、帽子屋の被った帽子をひょいと持ち上げてネムリネズミが顔を出す。
しばらく黙っていたのでどこかに消えたと思っていたのにそんなとこにいたのか。
「ずっと答えは出てるよ、
帽子屋はネムリネズミを帽子から引きずり出そうとするが、ちょろちょろと逃げてどこかへ消えてしまった。
今ここに。
今。ここに。
私はネムリネズミの言葉を
現在今まさに記録されている。ここに。こことは一体どこ?
そうか。ここだ。今ここに記録されている。
どこに?私の頭の中に。ネムリネズミは茶々ばかり入れてきたがだからといってネムリネズミが常に間違っているわけではない。
時にはネムリネズミだって核心に触れることがあるんだ。
【テセウスの船】がテセウスの船でありテセウスという部品がその船の一部だったことは観測者がいて物語として語り継がれている。
記録されているとはどこに?その答えは観測者の中に、だ。
『私がそれを知っている』
なるほど。好意からくるカニバリズムも同じだ。
相手を取り込む、取り込んだ相手の肉体だったものは自分の一部になる。だがすぐにそれらは自分の体を去るだろう。
それでも確かに、相手の肉体は自分のものになった。それを食べたものが記憶している。
食べた肉は体を去って永遠ではなくなるが、食べたという過去は決して変わらない事実として永遠に残る。
「永遠なんかじゃないよ。それを知るものが死ぬまでだよ」
ネムリネズミが今度は私のポケットから顔を出す。
そのとおりなんだろう。私は珍しく感情的にならずネムリネズミを受け入れて手の上に載せてなでてあげる。
「そのとおりね。永遠でなく知るものがいなくなるまで。でもそれはつまり食べた人が生きている限りはずっとよ。そしてそれは少なくとも食べた人にとっては永遠ってことじゃない?」
帽子屋がうなずいた。
「その結論で納得しよう。好意からのカニバリズムはテセウスの船と同じように食べた者が記憶する限りは同一性を保持する。だからする意味があることだね?」
「意味があってもしてはいけないことではあることは念押ししておくけれどね」
「ああ。そこは確かに大事だね。ありがとうアリス。今晩のお茶会でだいぶ頭の中がすっきりしたよ」
「こちらこそ、ありがとう。私も私なりの答えが見つかって嬉しいわ」
私も帽子屋にお礼を言う。
「答えを出したのは僕だけどさ」
ウサギがいうので私はウサギのことも撫でてあげた。
帽子屋がお皿を取り出して私の前に置く。あの名前の分からない銀色の丸い蓋がのっかってるやつ。高いレストランでみるみたいなのだ。これは何かしら?
「今日の締めくくりのとっておきの料理だ。【ウミガメのスープ】だよ」
帽子屋が蓋を開ける。
「
ウサギがスプーンとフォークを隣の席から取って私の前に並べる。
「アミルスタン羊は入っているかもしれないけどね?」
手の中でネムリネズミが言った。
「さあ、どうぞアリス。」
帽子屋が進めてくる肉塊のごろんとした真っ赤なスープを前に私はしばらく考える。
「これはお茶会ですもの。お茶菓子は食べても立派な料理は似合わないわ」
そういって私はまた蓋をかぶせた。
***
目覚ましの音で目が覚める。そうだ昨日は帰ってすぐに寝てしまったんだ。
朝の支度をしなければ。
そういえば昨日はそのまま寝てしまったものだから何も食べてないんだ。
お腹が空いたな。
僕は朝ご飯をつくるために起き上がった。
与太語りのアリス 青猫あずき @beencat
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