第二回 税負担の不均衡を是正するために

 最近建設中のビルでは、屋内に喫煙室を設ける例が減少している。

 それどころか、ビル内にあった喫煙室をわざわざ費用をかけて屋外に追いやる傾向すらある。

 そのため、大半の愛煙家諸氏は屋外の寒空の下で風に流されてゆく紫煙を見つめながら、こうつぶいたことがあるに違いない。

「どうして高額納税者の俺達が、こんなにしいたげられるんだ? 優遇されてもいいんじゃないのか?」


 このほど国会において、受動喫煙防止に関して喫煙者の義務を定めた法律である「受動喫煙防止法」が圧倒的多数で可決された。

 この法律では、喫煙者の屋内での喫煙行為を全面禁止とし、さらには半径十メートル以内に非喫煙者がいる状況での、屋外における喫煙行為もまた全面禁止としている。

 このような厳しい法律が成立した背景には、税負担の不均衡がある。

 たばこは最も税負担率の高い商品のひとつであり、その購入価格には「国たばこ税、地方たばこ税、たばこ特別税、消費税」の四種類の税が含まれている。

 そして、購入価格に占める税負担の割合は、実に六割にも達している。

 また「たばこ税」は年間二兆円を上回る貴重な財源であり、二〇一六年度の統計では都道府県たばこ税が千五百億円、区市町村たばこ税が九千一百億円と、年間一兆六百億円も貢献している。


 ところが、同じく二〇一六年の所得税総額は、十七兆六千億円であった。

 二〇一六年度の男性の喫煙率は二九.七%で、女性が九.七%である。

 また、喫煙と年収に関する統計では、低年収層の喫煙率が高くなる傾向にあることが知られている。

 いったんこの喫煙と性別・年収の関係を無視し、喫煙者の割合を高めの三〇%として単純計算した場合、

 ① 非喫煙者が納付した所得税の納税額は、十二兆三千億円強

 ② 喫煙者が納付した所得税及びたばこ税の納税総額は、七兆三千億円弱

となる。

 女性の非喫煙率や高年収層の所得税率を勘案すると、この差はさらに拡大するだろう。

 そこで、高額納税者である非喫煙者の権利を保護し、不均衡を是正し、さらには優遇するために「受動喫煙防止法」が施行された、というわけである。


 たばこの関係団体は「受動喫煙防止法」に対して、権利侵害の観点から猛烈な抗議を行っているが、そもそもの考え方が喫煙者の常套句であった、

「高額納税者だから優遇されて当然」

であることから、その舌鋒ぜっぽうはいささか弱い。

 加えて、喫煙室の設置費用という喫煙に伴う出費の受益者負担や、ホテルの喫煙室の空き状況などの合理的でない運用の是非、さらには健康保険における喫煙者の個人負担増まで議論される中、喫煙者の主張はもはや紫煙のようにはかないと言っても過言ではあるまい。


( 終わり )

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近未来形の話をしよう 阿井上夫 @Aiueo

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