天罰

 しきりに、寝ていろとさとされる体は重い。筋肉は落ちて、重さ自体はむしろ減っただろうのに、どうしてこうも重みを感じるのか。

 寝ているとひまで、閑で、いっそこのまま果ててやろうかと、思わないでもない。


「起きてるか」

「起きてるよ。寝るのも、いい加減飽きるし疲れる。眠るのに体力が要るって、本当だよ。道理で、お年寄りは朝が早いわけだ」

「なに馬鹿言ってやがる」


 そう言って、当然とばかりに近くに腰を下ろす。ここの人たちはみんな、俺がわずらっているのが伝染する病気だと、本当に知っているのかと怪しく思う。

 そこに、甘えてしまっているのだけど。

 座り込んで、言葉を捜しあぐねている。こつさえつかめば、この人はわかりやすい。


「ねえ。神様って、いると思う?」

「あ?」

「人に何か恵んだり、罰したりする、そういう神様」

「…お参りなら、行ってるぞ」


 そういえば、お守りをもらったこともあった。妙なところ、素直だ。


「俺ね、いないと思ってた。だけど、考えを変えたよ」

「一体なんだ、やぶからぼうに」

「来たきり黙りこむから、話題を提供してやったんじゃない。口下手なんだから」


 むっと、顔をしかめる。それでも反論しないところをみると、自覚はあるらしい。

 あははと、声を立てて笑った。少し、むせる。


「俺ね。あれだけ沢山殺して、何もないんだったら、神様なんていないなって思ってた。だけどほら、こんなことになったから、凄い、天罰覿面てきめんだーって」

「馬鹿言うな」

「うっわ、ひどい。本気なのに」

「本気だったら、尚更なおさら。そんなこと、言うな」

「きっと、みんなは違うよ。大丈夫とは言わないけど、ちゃんと苦しんでるでしょう、殺してることを」

「おい」

「俺は、何も感じないから。残された形になる人が、気の毒だと、そう思うだけ」

「…おい」


 懇願こんがんするように変わった声に、苦笑を押し殺す。


 ああ、きっとこの人は、俺がいなくなったら泣くんだろう。

 こっそりと、誰にも知られないように。そのことで、誰かの士気を下げないように。あの人がいれば大丈夫だと、そんな旗印になるように。

 その横で、からかいながらなぐさめられないのは、実に残念だと思う。


 ごめん、俺は先にいく。


「ところで、何かないの。お見舞いの品は?」

「…あるか、そんな物」


 話が明らかに変わったことに、力を抜くのがわかる。


「うわー、ケチ」

「知るか。寝てる奴にわざわざ届ける物なんてない」

「冷たい。みんな、色々持ってきてくれるのに。うわー、冷たい」

「馬鹿野郎。さっさとそんなもん直して、ほしいものくらい自分で何とかしろ」


 あははと、声を立てて笑う。そんな日が来るなんて、誰一人信じていない。

 それでもこの人は、そう言う。


「せいぜい努力はするよ。寝てるのも閑だしね」


 これが天罰なら、本当に、一番適切だろうと思う。

 刀を取るではなく、じりじりと命をぎ落としていくしかない、それが。罰に相応ふさわしい。

 そして俺はそれを、最後まで、最期まで、受け止めるのだろう。

 罰を受け入れるなんて、殊勝しゅしょうな気持ちではなく。ただ俺を、好きでいてくれる人たちと、少しでも長く一緒にいるために。


 ――ああ、最大の天罰だよ。

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浅葱色 来条 恵夢 @raijyou

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