「わ?」


 いつものように歩いていたら、突然横合いから引っ張られてたたらを踏む。

 鬼の形相に出くわした。


手前テメェ…何たくらんでやがる」

「は? 何のことですか? 怖いですよ、顔」

「お前が俺に懸想けそうしてるってのはどんな嫌がらせだ!?」

「ああ、それ」


 人目につきにくい暗がりで、至近距離に青筋の浮いた鬼がいる。俺が笑うと、いよいよ眼が血走った。

 とりあえず、つかまれた襟首えりくびから手を引きがそうと格闘する。離れない。


「誰に聞いたんですか。いやだなあ、秘密って言っといたのに」

「…まさか本当なのか」


 ぱっと手が離れ、微妙に俺から距離を取る。この人は、妙なところでわかりやすい。


「まさか。それは、俺が女でもちょっと厭だなあ」


 あからさまにほっとして、睨まれる。


「だって、いた女の一人くらいいるだろうってうるさくって。適当に言ったら鋭く突付いてくるし、成就に協力してやろうなんてなったら困るし。それなら、下手なことできない人を上げようと」

「…何だって俺なんだ。他にもいるだろうが」

「相手によったらやっぱり協力してやるなんてことになりかねないし、うっかり相手もその気になったりしたらまずいし。いやあ、思ったよりも衆道嫌いの女たらしで定評があって助かりました。皆、気の毒がってくれて」


 だからこそ、当人の耳には入らないと思っていたのに、誰が漏らしたのか。

 見ると、相手は心底厭そうなかおをしている。


「だからって、妙なでっち上げするこたねぇだろ。心配してたぞ。お前、後で一言いって来いよ」

「誰にですか?」


 面白がっていいのか同情したらいいのか、と迷うような奇妙なかおで局長の名をげられた。

 とんだ誤算だ。

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