蝉の報せ

橙奏多

第1話 積乱雲

日本の高齢化は加速的に進行した。2018年の人口2億5千万に占める高齢者は既に4分の1を超えていた。だが、こんなもので終わりはしなかった。そこから更に僕たちは地獄をみる。

2030年には、ニュースや新聞の見出しに「"少子"高齢化」という文字を一切見なくなったんだ。何故なら、社会保障、福祉、介護、年金…出せばキリのない高齢化について回る問題が、もはや手の内用がないほど大きく膨らみ、取り上げる必要さえなくなってしまったからだ。そんな地獄の中、人々は知らず知らずのうちに子供を作る金と心の余裕を失い、家族を持ち養う未来を捨てた。そして、子供の全く生まれぬ完全高齢社会が到来したんだ。


完全高齢社会の到来からたった1ヶ月で、日本から生きる気力は喪失した。当然だ。若さという新鮮さ、エネルギーを失い、老いる終末を待つことしかできない世界に誰が何の希望を抱けるというのか。そして、食品、美容、インフラ、交通…あるゆるものの流通が停滞した。便利な世の中で生きてきた反動で日本国民はあっという間に耐えきれなくなった。特に権力を持っていた政治家たちはその影響が露骨に出た。彼らは、己の保身、名声、権威の失墜を恐れ、迷走した。それはもう、赤児の我儘を見ている気分にさえなった。そんな迷走の挙句の果てに、まだ少子高齢社会の時代に、国民に開示していない隠れた大金を注ぎ込み秘密裏に開発していた人工知能に、日本の行く末を託すことにしたのだ。人工知能の名前は<シュタイン>。皮肉にも、広島や長崎に投下された原子爆弾開発に貢献した天才物理学者アルベルト・アインシュタインから名前を拝借したのだ。しかし、確かに<シュタイン>は名前通りにかなり優秀であった。完成してから、わずか半日で日本のこの現状を予知してみせたのだ。時代が時代なら、人類の技術進歩に大いに貢献し、他国からの日本に対する評価を格段に向上させたことだろう。


国民の大半もすがった。自分たちではどうしようもできなかった状況を解決する打開案が出るのでは?!と僕も少し期待していた。<シュタイン>が導き出した人の域を超えた答えを聞くまでは。


結論から言えば、政治家は、大きな罪と過ちを犯した。


シュタインが答えを僕たちが実行した時、日本という1つの国が没した。もはや、人の生きる国でさえなくなってしまったんだ。そして、その日を境に太陽も見れなくなってしまった。まるで神からさえ見放された事を示すかのように。


僕は<シュタイン>に全てを託した政治家たちを死ぬまで絶対に許さない。そう心に刻んだ。


あれから、更に10年…。僕は還暦を迎えた。だが、それを喜ぶ仲間も家族もここにはいない。皆、仮想の太陽を求めたのか、統率者<シュタイン>の元へと行ってしまった。


僕はたった1人だ。10年前と変わらず力もなく弱いままだ。それでも、やはり10年経った今も変わらず<シュタイン>の出したあの答えを許せない。


僕は、夕立前に感じる生温い湿気を肌で感じて雨が降ると分かりながらも「動きたくない!傘なんていらない!」と駄々をこねるように、無駄と分かりつつ本物の太陽へ向かって、喉が張り裂けるほどの大声で叫んだ。


「僕は人間だ!人間の在り方を変えてまで生きたくない!弱いから人は、強くなる可能性を持っているんだっっ!!」


そして、雷光が閃いたと認識するのと同時に立っていられぬ程の衝撃と轟音が僕の脳を揺らした。何が起きたのか分からなかったが、直感的にそこへ僕は行くべきだと思った。まだ定まらぬ足取りで僕はその方向へ歩を進めた。


何かが変わる!そんな期待を少年でない老人ながら、抱かずにはいられなかった。





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